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一貫斎始末記

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幕末の近江、鉄砲鍛冶の村・国友に一貫斎という鍛冶師がいた。時代の流れにより、鉄砲は時代遅れのものに。そこで、一貫斎は鉄砲に代わるものがないか模索を始めるが……。
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#国友一貫斎

日輪を望む7―一貫斎魔鏡顛末

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日輪を望む6―一貫斎魔鏡顛末

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鉄の華(くろがねのはな)8

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鉄の華(くろがねのはな)7

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鉄の華(くろがねのはな)5

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鉄の華(くろがねのはな)3

 こうして、羆(ひぐま)用の鉄砲づくりが始まった。  翌日の晩、その日の作業が終わったのちに藤兵衛が私を呼んだ。懐から紙を出す。 「こうした細工をカラクリの上部に施せないだろうか」  それは、雨覆いのさらにその上に真鍮製の覆いを作るというものだった。簡単に云うと火縄銃は、銃身に発射用の火薬を詰め、その後に弾を込める。そして、着火用の火薬を火皿に用意し、火が着いた縄で着火し、その火薬が発車用の火薬に火を着けるという仕組みだ。紙に書かれていた覆いの形は、何度も書き直した跡が