見出し画像

不死身殺しにうってつけの日

目標は担々麺を啜っていた。撃ち殺した後、新品のコートに中華料理特有の油が跳ね返ったら嫌だと思いながらノラは引き金を引いた。

「クリーニング代も請求しとくか……」

後ろから一撃を食らい、女の頭はスープで満たされた器に思いきり突っ込んだ。麺の汁が店の壁に飛び散ってそれまでの汚れと重なって雨の日の窓ガラスのような文様を描く。元からそうであったかのように、それは年期の入った店の油染みと馴染んでいた。

「悪ぃな、こっちもここで殺る気はなかったんだが」

店長と思わしき男は、黙って頷いた。男の背後で煮立っているスープを一瞥し、ノラは男に名刺を差し出す。黒い紙に白い文字の流麗な筆記体である。男がこの名刺にこれ以上触れることはないだろう。

「領収書もくれ。……あぁ、そういえば……ここってアレが旨いんだろ? こんな形で来なきゃ俺も食えたのかなァ、餃子定食」

男が再度頷く前に携帯電話のボタンを一度押し、依頼主の用意した代理人に電話。ワンコールでつながる。仕事が早い。

「あー、俺だ。チェックアウトを頼み……「……なァに呑気してんだ?」あ──?」

背後からの、衝撃。ノラの顔面は、脂ぎった赤い壁に押しつけられた。

「ガ…………っぁ……」
「ウォール街のビジネスマンを気取っているんじゃあないぞ、青二才」

女は拳銃で撃ち抜かれた穴から血をダラダラと吹き出しながら、ノラの頭をキツツキのように執念深く、何度も壁に打ちつけた。

「傷口に豆板醤が染みるンだよ!!」
「す、すみませっ……」

手口には身に覚えがあった。懐かしい痛みと共に聞き覚えのある声が脳に響く。

「分かってるなら謝るなボケッ!」

暫くして攻撃の手は止まった。

「あんた暫く見ない内に師匠の顔も忘れた?」
「見えないモンですから……」
「あー、そうだった」

ノラはサングラスを手の甲で押し上げると不格好に微笑んだ。鼻の骨は折れている。

「前に私が座頭市になりなさいって言ったの、覚えてる?」

(続く)


昼ご飯代が欲しいです