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【第17話 乾いた瞳】

「はぁ、はぁ…ムシャムシャ…んはぁぁぁ!おいちい!!レロレロ…」

爆弾魔は、我を忘れ《足》を貪っていた。

突如として現れたaliasの姿にも気付かず。

その《修羅場》に対する舐めた意識と、涎を垂らしながら私欲を満たす劣悪極まりない姿------

「若い女の足ィィィ!そしてぇ…この後は…服を脱がせて…ムフゥゥゥゥゥゥ!もう我慢できなぃぃぃィィィィィ!!」

爆弾魔は自身の歪みきった食欲に続き、性欲までもクロエにむける。

ぎりっ…プツンッ

バーサーク状態にあるaliasの中で、さらに”何か”が切れた。

そして。

時間にしておよそ一秒足らず。

腰に帯びた鞘から抜刀しながら一瞬で爆弾魔との距離を詰め、aliasが放ったのは二閃。

その斬撃は、爆弾魔の両腕を肩口から切り落とした。

爆弾魔は、何が起きたのか理解するのに二秒。

知覚、理解、焦燥。

そして、混乱。

「------あ、アアアアアぁぁぁ!!お、俺様の腕がぁぁぁぁぁ!!!!!!」

取り返しのつかない切り口を見て、汚い悲鳴をあげる。

が、時は既に遅い。

《ボマー・ジョー》。これが、爆弾魔の名だった。

本名か通称かは、定かではない。

ボマー・ジョーは自身のE-PSI《GitBomb》を使って反撃することなく、起爆装置である《てのひら》へ、脳からの指令がアクセスする経路を無くした。

彼の油断、慢心、自制心の無さ、全てが災いし、二度とE-PSIを使えない身体になってしまった。

aliasは冷たい視線で、切り落としたボマー・ジョーの腕を踏みつけ、握られていた細い足をもぎ取る。

「ふん…弱い者ほどよく吠える…クロエさんの足、返してもらおう」

そう言って手に取った細い足を、そっとクロエの身体の横に置く。

同時に、右手に握っていた《剣---たったいま、ボマー・ジョーの腕を切り青とした---》を、チン、と音を立てて腰の鞘に納刀した。

直後、バーサーク状態になったことで鋭利になっていたaliasの目つきが、さらに邪悪の色を帯びる------

悲鳴をあげるボマー・ジョーの懐に潜り込み、胸ぐらをつかみあげた。

「剣で一瞬で殺すなんて生温いことはしない。貴様、楽に死ねると思うなよ」

そう言うとaliasは、ボマー・ジョーの下腹部を中心に嵐のような殴打を見舞う。

「ギャピッ グエッ グボォッ」

------バーサーク状態により強化された殴打を、およそ百発は繰返しボマー・ジョーの身体にめり込ませたalias。

そして血反吐にまみれボロ雑巾のようになったボマー・ジョーの身体を、ポイと投げ捨てる。

ドサッ

aliasは、これだけ敵を痛めつけても消えない不快感からギリっと歯をすり合わせた。

湧き上がる殺戮衝動------

そこに、遅れて二人のE-PSIerが姿を現した。

「Hey!alias!そのヘンにしろ!」

「alias!そいつを殺しちゃだめだ!!」

CPPの仲間である二人はaliasに駆け寄りながらそう言い放った直後、目の当たりにした状況のひどさに息を呑み言葉を詰まらせた。

たしかに、CPP側の勝利はaliasの手によってもはや決している。

しかし…これでは------

そして二人の到着からさらに遅れること十数秒。

新と、新の斜め後ろを走る少女が、この禁断の場所へ足を踏み入れることとなった。

------

------------訪れた、対面の時。

少女と少女が出会い、時間を共有した期間はたった数か月間である。

だがその二人の絆はさながら、産まれながらに連れ立った姉妹のように強固なものとなっていた。

黒咲 亜矢
瀧本 クロエ

その両名の対面は、筆舌に尽くしがたいものとなる。

爆発により右足を付け根から分離させられた少女は、目を見開いたまま座り込んでいた。

流れる血の量はおびただしく、明らかな《絶望》を体現している。

駆け寄りひざから崩れ落ちた少女は、その妹のような存在を抱きしめ嗚咽とも悲鳴ともつかない叫びをあげて泣きすさんだ。

それを取り囲む四人の男は、どんな言葉もかけることができない。

いやむしろ、言葉など、この現実に対して何の効果もないことをわかっているのだ。

それほどに亜矢の悲しみは大きく、クロエの死による損失も大きい…。

悲痛な感情に支配されたこの空間で、突如。

「…………あ、あ」

そんな小さなふり絞るような声が、クロエの咽頭を震わせ、凄惨かつ無慈悲なこの現場の空気をを動かした。

「!!」

全員が、驚愕の色をその顔に表す。

「クロエ!!!」

亜矢は自身の感情が散乱したままクロエの名を叫ぶ。

「クロエ、良かった…息があるのね?すぐに手当てを…」

「あ…亜矢ちゃん…ダメだよ…私、もぅ…」

「何言ってるの!生きてクロエ!私、あなたを愛してるの。死んじゃ嫌よ!」

「嬉しい…私、寂しかったの…家でも、学校でも…いつも一人…でも、亜矢ちゃんが…」

四人の男達が物凄い勢いで救急の手配をする中、クロエは最後の力と言わんばかりに亜矢へ語りかけ、しかしそのまぶたはどんどん閉じていく。

「亜矢ちゃん、今までありがとう…生まれ変わったら、ホントの姉妹に…なれたら、いい…な…」

「クロエ?クロエ!!ダメよ、ダメーーー!!」

完全にまぶたを閉じたクロエの瞳に輝きが戻ることは二度と無かった。

亜矢は、体温を失っていくクロエの身体を一層強く抱きしめ、自らが意識を失うまで泣き叫び続けた。

いつまでも、いつまでも…------

------

パッ

ビルとその周囲に灯りが灯ったことでaliasは自身の愚かしさを悟る。

ボマー・ジョーとaliasが対面したとき。辺りは暗闇だった。

それはクロエのE-PSIをもってしか起こり得ない現象である。

そう、つまりその時点ではクロエがまだ生存していたことを意味する。

あの凄惨な状況において情動、衝動を抑え冷静な判断をするのは容易ではない。

それを皆が理解していても、aliasは悔やんだ。

クロエの生存を認識し、救命処置のために行動すれば結果は違ったかもしれない…。

------バーサーク。それは、諸刃の剣。

亜矢と同様にaliasも、クロエの死によって心に大きな傷を刻むこととなってしまった。

------

「三人とも、少し離れていてくれ」

亜矢が気を失い、再び静寂が訪れたその場所で最初に口を開いたのは、新、alias、ロケットマンと共にこのミッションに参加した男だった。彼の名は、加藤 賢------

賢は、戦闘員ではない。

しかし、彼の有するE-PSIの特性上、ミッション参加率は高い。

それは彼が所謂《回収・押収》の類を担当するが故。

賢は一歩前に出ると、眼前の空間に指先で光る立方体を描き出した。

そして気絶しているボマー・ジョーの身体をむんずと掴むと、その立方体に放り込む。

さらに、何やら呪文のような言葉を詠唱した。

すると、ボマー・ジョーの身体が立方体と共に強い光を帯びて消えていく。

賢のE-PSIは《ObjectTransfer》。

描いた立方体に収まる物体を、設定した出口へ転送する能力だ。

その立方体の大きさはE-PSIerである賢のレベルに左右される。

当然、大は小を兼ねるため、大きい立方体を創り出せるほうが好ましい。

現時点の賢のレベルだと、最大が一辺一メートルの立方体を創り出すことが可能である。

出口は変更可能だが、一度に設定できるのは一つ。賢はCPP本部の牢獄・倉庫エリアに出口を設定している。

そして、賢はあと二つ、今度は少し小さな立方体を描きaliasが切り落としたボマー・ジョーの両腕も転送した。

「ミッション達成率五十パーセント、か」

ボマー・ジョーの回収を終えた賢が、そうぼやいた。

「damn it!クソッ…」------ロケットマンも続いて言葉を発する。

今回のミッションは、実行までほぼ時間が無かったため、シンプルな指令で構成されていた。

最優先指令であったのは瀧本 クロエの救出。それは時間的制約から、叶わなかった。

だが、もう一つ指令があった。

それは情報収集のため、実行犯の身柄をCPPで確保することだ。

なぜなら、様々な情報を総合すれば今回の犯行は間違いなく組織ぐるみである。かつ、友好的な組織ではない所謂《敵対勢力》と呼べるものの仕業と推測されるからである。

勧誘の後、断ったE-PSIerを殺害していることからもそれは明白となった。

CPPとしては、敵対勢力の内情は把握する必要がある。

ボマー・ジョーが目を覚ませば、情報収集のための聴取---聴取する者によっては、拷問と呼べるものになるかもしれない---がすぐ始まるだろう。

そして。

聴取の後、CPPはボマー・ジョーに対し断罪・処刑の処置を取ると予想される。

しかし。

瀧本 クロエは、CPPが追い続けてはいたものの未だ正式なメンバーとして迎えることができていなかった人物である。

その人物を殺害した実行犯は一般的に考えれば、あえてCPPが手を下す対象とは成り得ないはず。

だが、CPPがそこまでする理由。

それは組織間のE-PSIer獲得競争が熾烈を極めていることに起因する。

……意味するのは、何か。

その答えは、E-PSIerの登場により世界が、マナーも綺麗事も一切存在しない 組 織 間 戦 国 時 代 へと変貌した------という現実である------

------

「新」

あの凄惨な事件から、二日が経った。

賢はCPP本部で新の姿を見かけ声をかける。

「賢、お前も来てたのか。…この前は、お疲れさん」

「いや、僕はいつも通り大したことしてないよ...ところで、その後二人の様子は…?」

「謙遜するなって。お前の力はCPPに必要だろ。…aliasは、いつもより激しくジムで鍛えてるよ。もっと強くならないと…ってさ。最近はルーカスも常時フルパワーで相手してるくらいだ」

「そっか。aliasらしいね」

「あぁ。ただ…」

新はうつむき、一瞬口をつぐむ。しかし、意を決したように言葉を発した。

「亜矢は…あの日以来、家から出てこない。部屋を訪ねても、メッセージを送っても全く反応が無いんだ」

「え…?それ大丈夫?言葉は悪いけど《後を追う》って可能性も…」

「亜矢の家族が、亜矢の様子を見てすげー心配したらしくてさ。必ず誰かが同じ部屋で亜矢に寄り添ってるようだぜ…だから、最悪の事態にはならないと思う…」

「それなら、新だって」

「いや、俺は黒咲家の人間じゃないし、瀧本 クロエと亜矢の関係にはほとんど関与してなかった。悔しいが…俺にできることが思い浮かばないんだ」

「そう、か…」

「ま、だからこうして本部に来て、この前みたいな突発ミッションが発生したときのために待機してるんだよ」

「ははっ、さすが。E-PSIer の鏡だね」

「だろ?…って、そう言えば聞こえがいいが、単に怖いのかもな」

「新自身はもうE-Sigを制御できるだろ?大丈夫さ」

「どうだろうな…」

新は、自らのパートナーに起きた悲劇とどう向き合っていけばいいかわからなかった。

幼馴染として、男として、そして将来の夫として。

兄弟のような関係を築いた友を無残に殺された過去など無い自分に、何ができるだろうか。

加えてE-PSIerである新は、クロエのように他組織に一方的に勧誘され、断れば殺害される事例の増加についても心のどこかで恐怖を感じていた。

いくらaliasが強いとはいえ、CPPで言えばルーカス以上の強さを持つ勧誘者が来ないとも限らないわけだ。

亜矢を誘拐したうえで新を勧誘---脅迫、のほうが適切であろう---してきた組織の謎も、未だ解明していない。

何も。

何もできぬまま、街や河原の桜だけが散っていった------。

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