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【第2話 猟奇的切断屋】

「行こう。亜矢さんを助けに-----」

俺が呼び出すより先に、分身が現れた。

やはり俺の意思は全て見透かされている。が、今回ばかりはそれが頼もしくも映った。

「あぁ、行こう。だが、手がかりがない…闇雲に走り回っても時間の無駄だ…黒咲家を訪ねて情報をもらうか…いや、警察が捜査しているところに高校生が入り込もうとしたところで…排除されるのがオチだな…」

そう言いながら分身を見やると、神妙な面持ちで窓の外を見つめていた。

「いや、大丈夫だよ。犯人は…もう見つかった」

「な、なんだってぇ?」

分身が突拍子もない発言をしたことで、俺は素っ頓狂な声をあげた。

「この事件、誘拐犯の目的は何だと思う?」

「誘拐なんだ…黒咲家からの身代金、だろう」

「通常ならね。でも違う。この誘拐犯は " 僕達 "をおびき寄せるのが目的みたいだよ」

「ど、どういうことだ?」

------まさか…

「誘拐犯も、超能力者…ってやつなのか?」

分身はコクリと頷き、普段の飄々とした態度からは想像できないような険しい顔で窓の外を睨みつけた。

「誘拐犯は今、強い信号を発してる。超能力者同士でしか送受信できない信号をね。でも、今のキミはまだソレを感知できない。だから、緊急事態で僕を出さざるを得ない状況を、意図的に作り出したんだ。”意思を持つ者”をつくる超能力の場合、つくられた者はほぼ確実に、信号の送受信ができるからね」

「超能力者ってのはそんなこともできるのか...でも、なんでそんな回りくどいことを…いや、理由は後回しだ。場所はわかるんだな?すぐに警察に連絡して…」

「ダメだ!!」

俺が電話を手に取ると、分身が声を荒げる。

「この信号、シンプルなメッセージと殺意がこめられてる。おびき寄せる対象は僕達だけ、それを無視したら亜矢さんは即座に殺される…そう確信できるほど強い殺意だ」

「そ、そんなことまで伝えられるのか…その信号ってやつは…」

「あぁ、そうさ。僕たちだけで、亜矢さんを助けに行った方がいい」

------

俺は分身から、信号が発されている大まかな場所を聞き出し、一度本体である俺に戻ってもらった。

移動時においては一人のほうが機動力があるからだ。

足早に自宅のガレージに降りると、そこには親父が所有するバイクがずらりと並んでいる。

そのなかで唯一、俺が自身の免許で乗ることができる四〇〇ccのクラシックタイプのバイクに跨った。

バルルルル------バイクは小気味いい音を立て動き出した。

平時ならこの音には少なからず高揚感を覚えるものだが、今の俺の耳には入らない。

向かう場所は、およそ一五キロ先。海沿いの工業地帯だ。

そこは確か過去に花形産業で栄えたが、時代の奔流に飲まれ廃れてしまって以来、ほとんど無人となった廃墟のような場所。

------クソっ、嫌な予感がする…。

はやる気持ちでバイクを走らせ、廃工場が集積する工業地帯に辿り着いた。

「ここだね」------再度、分身が現れる。

より詳細に信号の発信源を掴み、俺たちは発信源の建物の前へと到着する。

...恐らく、倉庫として使われていただろう建造物だ。

重厚なその扉は、大きな錠がわかりやすく外れている。

「ここに、亜矢が...!」

一秒でも早く亜矢を助け出そうと、はやる気持ちで扉を強く押すと、ギィィと気味の悪い音を立ててその扉が開かれる。

俺達が倉庫内に入ると、バタンッと自動的に扉は閉じた。

どうやら長時間の開放を避けるため、常に閉まる方向に力が働く扉のようだ。

窓一つ無いその倉庫では、奥の方で消えかけの光源が不規則に点灯と消滅を繰り返しており、そこには------

木箱の上に横たわる亜矢の姿と、その横に腰かける長髪の女性の姿があった。

「あんたらぁ、遅いわよ〜?もぅ少しでこの娘の首落とすところだったわ〜~~」

女性は虚ろな外見と裏腹に、過激な言葉を発し俺たちを挑発してくる。

「亜矢から離れろ!」

「あ〜ら?威勢のいい坊やね。キライじゃないわ。でもね、口のきき方に気をつけなさい?」

------シュッ

突如、誘拐犯が左手を俺の方へゆらりと向け、素早く手首を振るような動作をした。

その刹那、俺の右頬に熱が走り、鮮血の飛沫が視界の端に広がる。

「つっ...!」

俺は咄嗟に小さな叫び声をあげた。

その声を聞いた分身が、こちらを見やり言葉を発する。

「血が…!アンタ…何をした?」

「初対面のレディにいきなり大声で命令してくる野暮な坊やにお仕置きしてあげたのよ〜。フフ...でも今は、殺しはしないわ♪あなたは大切な人材だから」

------人材?

誘拐犯の言葉の真意をはかりかねるが、今は亜矢の救出が最優先だ。

助け出すチャンスを窺いながらじっと睨みつけていると、ヘラヘラしたその誘拐犯は、俺を "大切な人材" とする理由と今回の犯行の動機を口にした。

「アタシね♪ある組織の構成員なのよ。ミッションは、勧誘と交渉と…抹殺♪上があなたがE-PSIに覚醒したことを知ってぇ、組織に入れると決めたの。それでアタシが勧誘しに来たんだけどぉ、信号送っても全然反応ないじゃない?それで、仕方なくあなたの学校を訪ねたら、アラ...仲良くしてるお嬢ちゃんがいるワ♪...このお嬢ちゃんをさらえば、勝手にE-PSIを発動して、信号を受けっとってくれると思ったのよ♪」

初めて聞く言葉や事実も多いが、とにもかくにも誘拐犯の目的は知れた。

俺が超能力とやらに目覚めたことで、そのチカラを狙う組織があるわけだ。

そして眼前の構成員と、その勧誘の手段からして、決して平和じみた組織ではない。

「フン...学校まで来たならこんな回りくどいことしなくても、信号とやらに頼らず直接声をかければ良かったじゃないか」

「そうだね...亜矢さんをさらう必要はない。アンタ、見かけ通りおバカさんだね?」

------俺と分身がともに誘拐犯を挑発すると、

「アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \♪」

誘拐犯は突然、猟奇的な笑い声をあげた。

「あなたたちこそ、察しの悪〜いとんだおバカさん♪そんな朴念仁に教えてアゲル♪アタシのミッションは~…勧誘と交渉と"抹殺"って言ったわよね~?」

「ウチで抹殺っていったら~、守らなきゃいけないニ段階の手順があるの♪肉体的に死に至らしめるその前に...必ず精神的な "死" を与えるのよ」

「もし、あなたがウチの組織に入ることを拒否したら、あなたはアタシの”抹殺対象”♪あなたに確実にE-PSIを発動させて~、私のところにおびき寄せて~、勧誘を拒否したらすぐにあなたの大事なこの娘の首を掻き切って精神的な死を与えるには、さらっちゃうのが一番手っ取り早いでしょ?」

...どうやらこの誘拐犯の所属する組織というのは、そうとう趣味が悪く危険な思想を持っているようだ。

さらに、組織が勧誘する者を選定する条件が超能力---E-PSIと呼んでいたが、確認は後回しだ---である以上、この誘拐犯も確実に超能力を使う。

恐らく先刻、俺の右頬に切り傷を負わせたのがそれだろう。

威嚇のための攻撃...本来の力がどれほどのものかはわからない。

------しかし、不思議と恐怖は無かった。

それは、一般的には無謀と呼ばれるものかもしれない。

しかしこの時の俺は、眼前の誘拐犯を退けて亜矢を助け出したいと強く願うあまり、意思決定において思考より情動が優先されることを止められずにいた。

「さ、ちゃちゃっと答えてくれるかしら♪組織に入るの?入らないの?」

この聞き方...恐らくこいつは組織のための「勧誘」や、まして「交渉」など真剣にする気は無い。

己の快楽のための「抹殺」の口実を得るために、断られる前提で形だけの勧誘をしているのだろう…。

そう思わせる以上、考える余地など無い。

「「当然、NOだ」」

俺と分身は、そう言い放つと同時に地を蹴り、互いの距離を斜め方向に徐々に広げながら誘拐犯に向かって駆け出す。

そしてそれぞれが倉庫内に落ちていた金属パイプを拾い上げ、誘拐犯を取り押さえにかかる。

誘拐犯は薄ら笑いを浮かべながら、見下すような目つきでこちらを見ている。

「...っらぁ!」

分身が俺よりも早く誘拐犯の前に辿り着き、肩口めがけ金属パイプを振り下ろした。

その光景を後ろから見ていた俺は、その身のこなしの軽さに驚愕した。

------本当に俺の分身なのか?

俺は運動という分野では、決して周囲の人間より出来がいい方ではない。

しかし、そんな同年代の中での優劣という次元など意にも解さぬであろうと確信できるほどの超人的な身のこなし…コピーされるのは姿形だけなのか?という考えが、頭をよぎる。

そのとき------

ズシャァァァッ!!

誘拐犯の長髪が突如不気味な光沢を帯び、縦横無尽に広がり分身に切りかかった。

鋭利な音と共に分身は後方にはじけ飛び、そのまま床に叩き付けられた。

そして直後を走っていた俺も、もはや攻撃を止めることは出来ず、誘拐犯に金属パイプを振り下ろす。

だが、いや…やはりと言うべきか。

その攻撃はヒットせず、俺も分身と同じ反撃をくらう。

「アッハハハハハハッ脆弱♪脆弱♪そんな不躾な武器とスピードで、アタシを傷つけられると思ってるのかしら?」

俺はよろよろと起き上がりながら、一連の光景を総合し問いかけた。

「アンタの超能力...何でもかんでも刃に変えて攻撃するって代物か」------

「アラ、よく見えてたわね♪まあ大雑把に言うとそんなトコロよ♪あなた達の全身を見てみなさい?」

俺の体には大小様々な切り傷が無数に刻まれている。衣服もズタボロだ。

一撃で明らかに満身創痍。

------甘かった…

が、ここで分身が思わぬ台詞を口にする。

「へえ、本物の刃があればできるようなことをわざわざ超能力でやるんだね。超能力は自分で選べないとは言え、それ以前の生活や思想に深く関係する能力が目覚めるはず。アンタ、昔からバカなんだねぇ」

…明らかに空気が凍り付いた。だが痛快だ。

分身は、どこか人を食ったような態度がある。先ほどの身のこなしといい、姿形以外は本体である俺とまったく違う《個体》ではないか...?

「言ってくれるわねぇ......そぉんなに死にたいなら、本体残してあんただけでもこの場で殺すワ...」

「ふーん」

分身が立ち上がると、俺はまたも驚愕することになる。

あれだけの斬撃をくらいながら、流れる血の量が明らかに少ない。

簡単に言えば "かすり傷" 程度のダメージしか負っていないのだ。

「おい、お前...」

「キミは下がってていいよ。さっきので結構ケガしちゃってるし、本体が死んじゃうと共倒れだからね」

少し突き放されたような印象も受けながらも、俺は分身を見守ることにした。

「…とりあえずアンタさぁ、亜矢さんの横どきなよ」

------ゴッ

倉庫内に鈍い音が鳴り響いた。

あまりの速さで視界にとらえるのがやっとだったが、なんと分身が、誘拐犯の頭部に強烈な回し蹴りをくらわせたのだ。

吹き飛ばされ宙に舞う誘拐犯。

間髪入れずに分身は地を蹴り、空中の誘拐犯に追い付くと手刀による一撃を見舞った。

振り下ろされた手刀は誘拐犯の頸椎にクリーンヒットし、そのまま誘拐犯を地面へと叩き付けた。

「あれ、この程度?そりゃそうか、アンタの組織とやらは高校生を勧誘しないといけないくらい慢性的な人手不足だもんねぇ。末端のレベルを高く維持するなんてできやしないよね?」

またも分身の挑発。 そこまで言うか という心の声は表出させず---伝わってしまっているだろうが---、いや、そんな余裕が生まれないほどに、俺はただただ目を丸くしていた。

身のこなしが軽いなんてレベルじゃない。

俺がかつて漫画やアニメでしか見たことのないような戦闘そのものを、眼前で繰り広げられたのだ。

今、誘拐犯は地面に横たわっている。

気を失ったかと期待したが、誘拐犯はゆらりと立ち上がり…うつむいたままだらりと手を下げている。

すぐさま、分身が追加攻撃の態勢に入る。

------突如、倉庫内に突風が吹き荒れた。

瞬間、分身の顔に僅かな怪訝の色が滲む。

「…亜矢さんを連れて、物陰に隠れるんだ!」

分身は叫んだ。

俺は言葉の意味を理解するより先に、亜矢の方へ駆け出した。

そして、亜矢を抱えたその時...

ズバッ------

俺の背中を、一陣の風が切り裂いた。

「------!」強烈な痛みが俺の感覚を支配する。

既に受けてしまっているニ撃に加えて新たな傷を負った俺は、亜矢をかばう態勢をとることで精いっぱいだった------

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