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【第9話 不意打ち】

私の名は、ルーカス・ギルバート------。

Central to ParallelProcessing 通称CPP という組織に所属している。

ミッション時に発生する戦闘において、最前線を担うナイス・ガイだ。

私がCPPに加入したのは今から三年前、CPPの設立とほぼ同時期である。

CPP以前は祖国で軍人として従事し、日常的に戦地に赴いては銃火器を主とした戦闘に身を投じていた。

世界各国のトップがどれだけ平和を唱えたところで一向に無くならない戦争。

働く場所には困らなかった。

そんな折、ある紛争地帯での銃撃戦の最中、突如としてE-PSIと呼ばれる超能力が私の中で開花した。

付けた名は《Gravman》。

これが重力を操るチカラであると気付いたのは、その銃撃戦で、私の意思通りに敵兵が地に付し無抵抗のままに撃ち倒した、しばらく後のことであった。

私は、常に強さを求める人生を送っている。今までも、そしてこれからも------。

現在、私は日本の首都東京にあるCPP本部内で、組織に新しく加入したE-PSIer《冴木 新》のトレーニングを担当している。

彼のE-PSIは《Double》。分身を産み出すチカラであり、その分身の名は《alias》だ。

新とaliasは、日常生活において明確に役割を区別し分担している。

新の方は、高校生ながら電脳世界でチームを作り、オリジナルゲームの開発をしているという。

そのチーム名をブランドとしたゲームは、その方面に興味が無い私にも微かながら記憶がある。さながら、彼の高いクリエイティビティとプロデュース能力を象徴している。

そして、alias…彼は、戦闘の専門家である。

先日、CPPの下部組織《E-SigLabo》の研究員であり、私の日本で出来た親友でもある 高橋理沙 に連れられ、CPPへの加入を求める新はこの場所を訪れた。

そこで私は、Doubleにより産み出された彼の分身aliasと戦闘を行い実力を測ることとした。

所詮は新米E-PSIerによる産物の戦闘能力…と、そのときの私は高みから見下ろす気概でaliasを評価しようとしていた。

戦闘の序盤こそ、余裕の態勢でaliasをいなしていたが、突如として私の身に着けていたE-SigSensorが異常な反応を見せた。

彼と対峙した時点で既にかなり青かったその珠が、なんとほぼ黒に近い色彩を放ち始めたのだ。

このE-SigSensorは、E-PSIer------あるいはE-PSIにより発現したそのもの------の放つ信号の波長に同期してその色彩を変化させる。

平時は淡い桃色を放つその珠が、信号を感知すると水色に変化し、その色が青味を帯びるほどに短波長信号を受信していると判断できるものだ。

しかし、それが黒く見えるほどに濃い青になったことなど私は目にしたことが無い。

…熟練のE-PSIerにはそんな信号を放つ者もいるかもしれないが、そのような者は信号を自在にコントロールする術を持つため、感知装置に信号を傍受されることは無い。

故にやはりそんな信号をE-SigSensorで感知する機会は皆無だ。

新米だからか我を忘れたか、兎に角、aliasのように信号のコントロールがまだ未発達な段階であれだけの短波長信号を放つとは、驚愕の一言に尽きる。

そしてその直後、aliasは光の渦を発すると共にその容貌を変化させた。

いや、そんなものは表面上の変化に過ぎない。

大きく変わったのは、戦闘時における驚異的な力…端的に言えば "速さと重さ" だ。

咆哮と共に突撃してきたaliasは、その少し前までとは比べ物にならない速度と威力で私の腹部に拳をめり込ませた。

アッパースタイルのその打撃は私を身体ごと浮き上がらせ、態勢を修正しようとするも間髪を入れずに顔面、全身に殴打の嵐を見舞われた。

その時点でaliasと交わした《一発でも攻撃をヒットさせたらCPP加入を認める》という条件は満たされたわけだが、戦闘はそこで終わらなかった。

aliasに攻撃の手を緩める気配は無かったのだ。

私自身にも余裕は無くなり、Gravmanを発動させ、真剣にaliasと立ち会った。

激闘…と呼べる真剣勝負の末、私がaliasを打ち負かすこととなったわけだが、そのときに感じた末恐ろしさの感覚は今でも拭えない。

戦闘終了後、aliasは去り際に「次に、真剣勝負をするときは 必ず アンタを倒す」と言い残し、元の姿に、そして本体である新に戻っていった。

晴れてCPP加入が決まった新も、このときばかりはaliasの尋常ならざるバーサーカーぶりに驚愕し、事態を飲み込めるまでに数分を要したようだ。

そして------

あの戦闘から三日が過ぎた今日、新とaliasにはCPPにおける最初のトレーニングを受けてもらっている。

内容は戦闘ではなく、信号------我々は《E-Sig》と呼称している------の送受信だ。

E-Sigの制御が不完全だと、加入したE-PSIerが他の組織に狙われる可能性がいつまでも排除できないし、ミッション遂行時の連絡も覚束ない。

故に、最優先課題としてCPP加入初期に行うこととなっている。

ありがたいことに新とaliasは、本体と分身の関係であっても、それぞれが独立したE-Sig器官を持っていた。

彼らに実際の送受信を行わせることで、私自身は少々の実践と口を出す以外には基本的に二人を見守っていれば良い。

「新、まだノイズが乗ってるね」

「そうか?」

「もう垂れ流しのE-Sigを止めることは大体できてるけどね。メッセージを乗せて発信したものは読み取りづらいな」

「なるほど…」

E-PSIによって意思を持つ者として産まれたaliasは、元々ある程度、E-Sig送受信の術は身に付いていた。

本体である新の方は、初日は他の新米E-PSIerと同等レベルだった。

しかし、同じ波長帯を持つaliasを相手にトレーニングしていることで、明らかに吸収が早い。

通常であれば二〜三週間程度かかるE-Sigを自身に留める術は、わずか三日間で既に会得したようだ。

「新よ、焦らなくても良いぞ。まずは自身の存在を他の組織に《盗聴》される危険性は無くなったわけだからな」

「あぁ、ありがとうルーカス」

「ところで、新は年明けからまた学校やモノクロで忙しいんだろうけど、僕はここに来ててもいいのかな?」

「もちろんだalias。お前にはみっちりと戦闘のトレーニングを受けてもらうつもりだ」

「へぇ、楽しそうだね」

新が自身のE-Sigを感知されなくなったことで、他の組織による勧誘の危険は大方排除されたと言っていいだろう。

であれば、しばらくaliasにはこのCPP本部に篭ってもらい、私が彼に戦闘のいろはを叩き込むことが出来る。

aliasは育てればCPP随一の使い手になる…先日のコロッセオでの戦闘で私はそう確信していた。

------

年が明け幾日か経過し、世間は年始の休暇を終えて通常の生活に戻り始めた。

私も休暇中は祖国に帰国したがaliasの育成が気がかりで、ゆっくり滞在したのは二日間だ。

日本に戻ってすぐにaliasと、CPPの戦闘訓練場 通称《ジム》に籠り、戦闘のトレーニングを施している。

ジムはコロッセオの内側を七割程度まで縮小したような空間で、やはり円柱形のガラス張りである。

コロッセオと異なるのは、ジム内部にそれぞれ役割の異なる小部屋が複数設置されていること。

例を挙げれば、武器庫・空間制御室・ケアルーム等。トレーニングを補佐する役割のものだ。

ちなみに、古今東西さまざまな武器を並べる武器庫を擁する、一見物騒なこの場所も ジム と呼称されることで非戦闘タイプのCPPメンバーには少々柔和な雰囲気で認識されているようだ。

だが、現在のCPPで最も高い戦闘能力を持つ私が使えば、ジムでのトレーニングは下手をするとミッションより負荷が高いこともある。

まず、本部内にこのジムの設置をする際、科学班が私のGravmanを利用して、部屋の重力をコントロールする機能を発明した。

もちろん、E-PSIが私自身から切り離されている上に対象範囲が広いので、せいぜい通常の二倍程度までしか重力を上げられないが、それでもその部屋で動き回るとなれば、かなり大きな制約だ。重力変化に慣れていない者であれば尚更------

さらに、新と似たタイプのE-PSIerにより、仮想の敵を湧出させる機能も備えている。

この機能が産み出すのは、当該E-PSIerの分身ではなく、ある程度の戦闘能力と意思を持つ"モンスター"だ。

この機能の基となったE-PSIerが、また悪趣味である…。

なんとモンスター全てが、爛れた皮膚と灰色の毛髪、口からは唾液を垂れ流す所謂”ゾンビ”の外見なのだ。誰が言い始めたか《デッド》の名で呼称されている。

しかし、見た目はともかくとして実戦の訓練としては申し分無い仮想敵として機能するため、かなりの高い湧出頻度に設定してトレーニングを行うこととしている。

------aliasには、ゆくゆく集団戦の最前線、近接戦闘を担ってもらおうと画策している。

現在の私と同じポジションだ。難易度の高い役割だが、aliasはそれだけの潜在能力を秘めている。

重力値を高めた部屋で大量の仮想敵を蹴散らすというのがトレーニングの基本だが、aliasの場合、その内容にすぐに物足りなさを覚えるであろうことは想像に難くなかった。

「aliasよ、重力値・1.5倍 デッド湧出・分間6体 に上げるぞ。行けるか?」

「ん、問題無いね」

問題無い…か…

この数値はCPPのミッションリーダー達の多くが、ミッション遂行のための戦闘員を選定する際に要求するラインだ。

つまり、これが問題無くクリア出来るならすぐにでもaliasはミッションに組み込まれることが可能ということだ。

そして30分後、aliasはその言葉通り、涼しい顔で全てのデッドを蹴散らし続けている。

「alias、一旦休憩だ」

「あれ?もうそんなに時間経った?僕まだ疲れてないけど」

「ふふ、凄まじい体力だな。しかしまずは休んで全快にしてくれ。この後は今までの基準に加えて、私も仮想敵として加わる」

「へぇ、デッドを従えるルーカスはちょっと見物だねぇ」

相変わらず人を食った態度である…しかし、その実力は本物。

更にこのトレーニングを通じてどんどんその戦闘能力は増してきている。

小休止を取るにあたり、私はまだaliasとじっくり"対話"をしたことがないことに思い至り------闘いやトレーニングにおける掛け合いではなく------彼との対話を試みた。

「どうだ、CPPは」

「なかなか面白いよ。僕は戦闘が性分に合ってるからね、ここいればそれに事欠かない」

「はっはっは、新もお前が現れたときは想定していなかっただろうな、自分の分身がバトルマニアだとは」

「まぁね、最初の頃は家の中で新の手伝いしたりして、それはそれで楽しかったんだけど…今の世界にはE-PSIer集団の争いがあるって知ってから、どうも疼きだしてね」

「ところで、alias。お前には…… "過去" はあるのか?」

「え?」

「新のE-PSIが開花したことによって分身として産まれたお前は、どのような記憶を持っているか少し気になってな」

「うーん、基本的にはこの前まで新と意思がリンクしてたから、新の過去はコピーとして記憶にあるよ。でも、それ以外…僕が分身として新の前に現れる前の記憶…って話になると…」

「心当りがあるかね」

「いや、鮮明な記憶は無い…でも…断片的に…こんなこと考えたのは初めてだから、少し混乱するな…」

そして少しの時間俯いたまま、記憶の糸を手繰り寄せていたaliasは、やがてゆっくり顔を上げて口を開いた。

「ダメだ、思い出せない。でも…一つだけ浮かんでくる映像がある…これは何かの紋章?っていうのかな?そういうマークと、強い光沢の何か鋭利な…それらを身に纏って…歩いている…大勢だ…」

「ほう。それは、新の記憶のコピーには含まれなそうな映像だな。やはりalias、お前は過去、いや、前世と表現するべきか…その記憶を残してこの世界に産まれているようだな」

「…そうかもね、考えたことなかったけど…」

「詮索するようなことをしてすまなかった。単純な好奇心だ、気にしないでくれたまえ」

「うん…」

------

小休止を終え、ジムの空間制御室で重力値・デッド湧出を先ほどと同じ数値にし、尚かつデッドの攻撃対象者から私を除外する設定にする。

準備が整ったところで私はデッドと共に------外見上非常に不本意ではあるのだがいつの間にか慣れてしまった…------、aliasとの実戦トレーニングを開始した。

aliasと立ち会うのは、あの日以来だ。

今回はトレーニング故に、あのときのような気迫は互いに無い…持ち得ない。

重力負荷のかかるaliasに、私がデッドを引き連れた上で闘えば、如何にaliasが稀有な才覚を持っていようとも勝負にはならないからだ。

今回の目的は、実戦の最中で私が口頭によるフィードバックを施し、aliasの動作をリアルタイムで矯正していく事だ。

「alias、ガードより回避の手段が有効な場面でも、お前はガードを選択しがちだ。ここでトレーニングを始めてからその傾向が顕著だぞ。反撃を前提として敵と距離を取らないようにしているのだろうが、退くときは退け」

「逃げるのは性に合わないんだけ…ど!」------aliasが得意の廻し蹴りを放つ。

私は後方に回避し、斜め後ろにいたデッドに反撃を促した。

「勝負を決めるスピードを求めるのはわかる。しかし特攻とガードが主体では多数の敵と長時間闘うことは出来ない」

「…」

決して闘いの手は止めずに、aliasに戦闘中に取るべき行動を諭す。

だが------

その後もaliasは、私とデッドの猛攻に対して退くことなく特攻を続けた。

「alias!そのやり方では勝てない!」

「それでも……僕は逃げない!」------そのまま私の懐に滑り込み、私の顎をめがけてアッパーを繰り出してくる。

私はすれすれのところでaliasの拳を回避し、そのまま宙へ飛んだ。

直前、私はデッド達を誘導し、背後に集約していた。

今、aliasの眼前からは私が消えデッドの群れが現れたはずだ。

デッド一体一体はaliasにとって取るに足らない様子だったが、不意を突かれた上にこの数、捌ききれまい。

そしてaliasはデッドの集中攻撃を受け、トレーニング中初めてジムの地面に背中を付けることとなった。

私は追い込みをかけようとするデッド達を、特殊の合図で下がらせaliasに言葉をかけた。

「alias、敵は常に一人では無い。いや、むしろミッションにおいては集団戦の機会のほうが多い。先ほどのデッドとの戦闘のときのように烏合の衆が相手ならお前の力で圧倒することも可能だが、司令官を持ち統制が取れた集団相手には、特攻を仕掛けても返り討ちだ」

「まだ、終わってない!」------aliasは立ち上がり、私を倒そうと向かってくる。しかし、冷静さを欠いた彼の動作は至極読みやすく、初撃をいなして彼の腹に私の膝をめり込ませた。

「ぐふっ」

「自身のやり方を否定され、それに抗う気持ちはわかる。だが、戦闘の現場は残酷なまでにシンプルなルールで成り立っている。生きるか、死ぬかだ」

私は、膝蹴りを見舞ったaliasに背を向け、歩き出した。

「生きるか死ぬかの戦場で、感情に支配されるのは最も愚かだ…そう、お前が生きるためには------」

ドゴォッ------------

「!?」

急に私の目の前に、ジムの地面が広がった。

どさっ、という音を立て私は地面に倒れ込んだ。

「生きるか死ぬかの戦場で敵に背中を見せるとは、愚かだねぇ。ルーカス」

後頭部を抑えながら身を起こし振り向くと、不敵な笑みを浮かべ勝ち誇ったaliasが立っていた。

「エ、alias!貴様!」

「ご高説してるとこ悪いけど、隙だらけだったもんでね」

なんと。

私が《しばらく頭を冷やせ》と言わんばかりにこの場を立ち去ろうと身を翻したのをいい事に、aliasの奴は私の後頭部にドロップキックを見舞ったのだ。

「この…バァカもんがーーー!」

「アハハ!もう満足したから逃げるよー」

…ジム内での鬼ごっこは数分間続いた。

まだまだ私がaliasに伝えるべきことは多い。あの日、aliasが姿を変え戦闘能力にブーストがかかった事象も、未だ解明はされていない。

しかし、このわがまま生意気バーサーカーと、この先歩んでいくことを私は心のどこかで楽しみにしている。

みっちり鍛えてやるから、せいぜい覚悟しておくことだな、aliasよ------

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