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【第18話 勧誘と偶然】

------カタカタカタ…

俺は、自室にこもりPCとにらめっこをしながら、一心不乱にアルファベットの羅列をタイプしていた。

「やっべ、もう三時かよ…」

ふと時計を見やると、かれこれ十時間は経過してしまっている。

…ここ数日、そんな日が続いている------

中学卒業と同時期に始めたモノクロとしての活動も、いつのまにか三年目を迎えていた。

昨年末にリリースした大型RPG「ma★na」はモノクロ史上最大のヒット作となり、メンバー全員がこの活動一本でも生活が成り立つほどの報酬を得られるようになった。

モノクロメンバーも大幅な増員が決まり、今は同時に複数タイトルの開発が進んでいる。

しかしそんな福音続きのモノクロにあっても、俺の気持ちには靄がかかっていた。

その原因は、デザイナー《Candy》こと黒咲 亜矢の活動休止に他ならない。

…あの痛ましい事件以来。

モノクロのワークサーバーのログイン記録に"Candy"の文字列は無く、他のメンバーからは心配の声があがっていた。

しかし、E-PSI絡みの事情であるために詳しい話をすることもできず---そもそも俺と、Candyがリアルでも交流があることをメンバーは知らないのだが---、皆には体調不良としか伝えられていない。

だが亜矢はモノクロ創設以来、すべてタイトルにおいて主要デザインを担当している。その亜矢が二週間もログインしていない状況など、体調不良の一言で皆が納得するはずがなかった。

リーダーである俺の元へは亜矢を心配する者からのダイレクトメッセージが続々と集まっていた。

「セブンス、ちわぷー、里見八犬伝、スパークリングれもん、VTZ250、ドネルケバブ☆bo-ya…」

読み上げているのは、受信リストに並ぶモノクロメンバーのハンドルネーム。

すべて亜矢が可愛がっている後輩デザイナー達だ。

そう、一件のメッセージを除いて。

「あれ、なんだこのユーザー…《 ゆで卵 》------?」

全く見覚えのないハンドルネームだった。

俺はメッセージを見るか否か迷う。

見知らぬハンドルネームからのメッセージは、迷惑行為を目的としたものも多いからである。

しかし、この " ゆで卵 " という名前…

俺はどこか引っかかるものを感じた。

直感…としか言いようがないが、どこか《無視できない》…そんな気持ちに駆られる。

俺は、気がつくとその謎のユーザーからのメッセージを開いていた------

------

四月十七日 夕刻------

新は、新宿駅にほど近いとあるカフェの入り口付近で、人を待っていた。

「…失礼、" Arata " 君かな?」

雑踏の中、うつむく新に声がかかる。

「はい」

新はその声の主のほうを向き、応えた。

そこに立っていたのは、ハットを片手に持ち、反対の手では杖を地面に突いた中老の男。

白髪にメガネをかけ、クラシックなスーツを身に纏うその姿は一言で表すなら《英国紳士》だ。

その英国紳士風の男性は、新の顔を見て目を丸くしていた。

「これは驚いた…」

「------こんにちわ、次郎さん」

------

カラン…

アイスコーヒーが二つ運び込まれた席に、対面して二人の男は座っていた。

一方はブラック、一方はガムシロップをドバドバと入れている------。

「まさかモノクロの " Arata " 君が、CPPの新君だったとは…些か驚いたよ」

「隠していたわけじゃないんですけどね」

コーヒーを飲みながら、新は対話をする。

相手は英国紳士風の男。彼の名は、二階堂 次郎------。

「ふむ…しかし我々にとっては好ましいことだ。見知らぬ者へ伝えるよりも、ね」

「確かにそうですね…」

「どうかな新君。昨晩、ボスから送ったメッセージの件については…?」

「------えぇ。モノクロのArataとしても、CPPの新としても、お断りする理由が無いと考えてます」

「…そうか。ありがとう、新君。優秀なE-PSIerでありながら、"Coder"と"Debugger"の役目まで果たしてくれるとは…貴重すぎる人材をCPPは獲得したものだよ」

「いえ…俺のE-PSIは、知っての通り《Double》。そしてaliasは自律した存在です。俺は、俺自身の存在意義に疑問を感じていました…特にミッション時の俺は、aliasの近くにいるだけで何もできていない…そんな中での、今回の話でしたから」

「ふむ。自律する存在を産み出すタイプのE-PSIer、特にそれが戦闘タイプの者は皆、新君と同様の悩みを持つものだ。しかしね、やはりMasterはMasterなのだよ」

「そうでしょうか…」

「もちろんさ」

新は、次郎の言葉で少し肩の荷が下りた、あるいは悩みの種が一つ解消したような感覚を覚える。

しかし、だからといって今回のメッセージに対する返答は変わらない。

詳細な内容を求め、新は問いかける。

「次郎さん、一昨日の晩に ゆで卵 氏から送られてきたメッセージに書かれた《二つの依頼》…。一つ目はともかく、二つ目は簡単じゃない…ですよね?それに、Coderである俺がCPPメンバーだったのは《たまたま》で、そうじゃなければ一般人をミッションに参加させることが決まっていた…これって、どんな大掛かりなミッションになるんでしょうか」

次郎は、机に肘をつき顔の前で手を組む。

そして顔つきを真剣なものへと変化させた。

「その通りだ、新君。まず、ミッションチームの規模は二十人。そして期間は三ヶ月を想定している」

「!! 二十人で、三ヶ月…ですか」

メンバー数にも驚いたが、それ以上に心配する事柄が新にはあった。

新は、現在高校三年生である。三ヶ月間も学校を離れるとなると、翌年の卒業が危ういのでは…。

その逡巡を見抜いたかのように次郎が言葉をかける。

「当然、君のような学生を兼ねるメンバーの場合には留年などの処置とならないよう政府を通じて教育機関へ働きかける。安心したまえ」

「あ、ありがとうございます。…あれ、もしかして、ミッションのメンバーには他にも学生がいるんですか?」

「うむ。例えば、君だけでなくalias君とも少なからず縁がある者------瀬戸 小百合 君も、戦闘員としてミッションメンバーに決まっている」

突然言い放たれた、交流あるメンバーの名に新は胸をなでおろした。

「小百合が…それは心強いです。というか、次郎さんもあのaliasと小百合の戦いを知ってたんですね」

「ふふ、強力な新人二人が自主的に戦闘を行うなど、上層部の間でもかなり話題となったものだよ」

「あ、あはは」

軽く笑い合う二人。

そして少々の間を置いて、次郎が再度真剣な顔つきで口を開く。

「モノクロのArata君はCPPとは縁無き者と想定していた。故にセキュリティの意味も込めてかなり戦闘員の比重を大きくしたんだ。しかし、ここにalias君も参加するとなれば相当に戦力は厚くなるな------SwitchGateの完成予定は七月末だ。完成次第、ミッションを開始する」

「七月末…ちょうど夏休みはかぶりますね」

「あぁ。実際の休学は二ヶ月程度になるだろう。順調に進めば…だがね」

「俺のほうで準備しておくべきことは何かありますか?」

「他メンバーにはma★naをプレイし、クリアすることを命じた。だが開発者である君には必要ないだろう。基本的にはいつも通り、alias君をジムで鍛えあげることだ。だが、一つだけ------」

------

「------はぁ…」

CPPに加入して、もう四カ月ほどが経過した。

私は、毎日毎日、どんなに部活で疲れていてもここ新宿に通い、ジムで自分の技に磨きをかけている。

って言うのに…

あの男。

バトルマニアとしか形容できないあの同い年---あれ、同い年でいいんだっけ…---の男に、一度も試合で勝てていない。

この前なんて、《ハンデ足りないかな?そっちだけデッド使ってもいいよ?》ですって------

「デッドなんて気持ち悪いの、使うわけないでしょ!」

バンッ

「ど、どうした小百合…」

「へ…?」

私が、思い出し笑いならぬ思い出し怒りで取り乱してしまっていると、背後に人が立っていた。

「やぁ。こんにちは、小百合」

無駄に爽やかな挨拶をしてくるのは、忌々しい宿敵と同じ顔、でも違う人…なのかもよく分からないけど、とにかく怒りの対象ではない。

「あ、新じゃない。いたなら声かけてよ」

「いや、なんか小百合が邪悪な雰囲気出してたもんでさ」

「ひどーい!私そんな雰囲気出してたかしら」

「ははっ嘘だよ、なんていうか…思い詰めてるっぽいから話しかけづらかったんだ。デッドがとうとか言ってたけど…何かあったのか?」

「…」------あなたのE-PSIが原因よと言ってやりたいけど、そんな理不尽な話は無いわね。

「あれ、俺なんか悪いこと言っちゃった?」

「そんなことないわ。ごめんなさい。ところで、今日はどうしたの?ジムの休憩室にあなたが顔出すなんて珍しいじゃない」

「今日は、小百合に会いに来たんだ」

「え…?」

( あれ?なに…今なんか胸の奥が… )

「ごめん、急に…迷惑だったかな」

「そ、そんなこと…ないわ」

( 顔が熱い…?なによ…意味わかんないわ )

「------七月からのミッションの件なんだけど」

「へ…?------あ、あー、例の件ね。もしかして、新も?」

私は、ミッションに関する話と聞くと小さくぶんぶん頭を振った。

意味の分からない熱と熱源を振り払うかのように。

「うん、俺も参加することになったんだ。それで、上から《xE-PSI》の構成を把握しておけって言われててさ。名取さんっていう小百合を勧誘したE-PSIerが、xE-PSIerの一人らしいんだ」

「そうだったの…?知らなかったわ」

「だから、まず名取さんを訪ねようと思うんだけど、せっかくだから顔見知りの小百合に話を通してもらいたくてさ。それに、上からはミッションメンバーの小百合にもxE-PSI構成は把握しておいてもらいたいから可能なら共に行ってくれって言われてるし」

「…わかったわ。名取さんに連絡してみる」

私はすぐ名取さんに連絡した。メッセージを送ると瞬時に返答が来る。

「------ちょうど、本部に来てるらしいわ」

「そうか、今から訪ねても平気かな」

「うん、行ってみましょ」

------

「やぁ、さゆちゃん」

------さゆちゃんだぁ!?

新は、小百合と共に訪ねたそのCPPメンバー---しかも、かなりの重要人物のはずだ---、名取 京一の第一声に出鼻をくじかれた気分になる。

「名取さん。その呼び方はやめて」

「そうかい?じゃあさゆにゃ…」

「やっぱり最初のでいいです!!」

「小百合…この人が…?」

凛々しい顔立ちと爽やかな黒髪、そして高級そうなスーツに身を包むその姿からは想像出来ない京一の軽めの発言に、新は少々不安になる。

------本当にこの人なのか…?と。

「えぇ…いつもこんな感じなの。私を勧誘しにきたときは必要以上に丁寧だったのに…ちょっと付き合いにくいけど、CPPではかなり古参メンバーで、E-PSIに関する知識も豊富な人よ」

「そ、そうなのか。えーっと名取さん。冴木 新と言います、よ、よろしくお願いします」

新が挨拶すると,、京一は物珍しいものを見るような視線を新に向ける。

「おおー、キミが新君?で、Arata君でもある------ということかな?次郎さんから話は聞いてるよぉ。すごいよねぇキミ」

「いえ、そんな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。話の流れが読めないわ。説明してくれるかしら」

小百合は、新とArata------音で聞いてしまえば全く同じ二つの名をあえて使い分ける意味がわからず問いかけた。

「あれ?さゆちゃんは知らないの?」

「あー、確かに言ってないですね…」

小百合はポカンとした顔で新を見つめる。

「小百合、《SwitchCaseReality》が初めて創り出す現実。その基となる《ma★na》を開発したのは、俺のチームなんだ」

「え、ええええ------!?」

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