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【第13話 激突】

最初に仕掛けたのは、小百合。

ルーカスによる戦闘開始の合図とほぼ同時に、Katanaを発動させた。

手にした木刀が光と風を帯びる。そして小百合ではなく木刀そのものが、強力な引力に引き寄せられるかのように真っすぐにaliasへ向かっていく。

その様を形容するならば、まさに《 ミサイル 》------

無論、武器に宿る力に任せて小百合が何もしていないわけではない。

E-PSIerである小百合はそのミサイル級の突進力を持った木刀を制御しつつ、次の技への展開を予測したうえで体勢をとる。

時間にして一秒未満だが、小百合にとっては相当長い時間に感じられていた。

Katanaを発動すると時間の感覚が加速する気がする、というのは、小百合が自身のE-PSIについてCPPの面々と共に調査を行っているときから言っていたことだ。

物理的な力が強化されるという効果以外にも、別のなにかがKatanaにはあるかもしれない...。が、その先は、現在の調査ではわかっていなかった------

小百合の攻撃は、その勢いを保ったままaliasへと届く。

ガァン!という衝撃音と共に、ジムの地面から大量の砂ぼこりが巻き上がる。

確かな手応えとともに次の攻撃へと移る小百合。

しかし、第二撃の横薙ぎは、砂煙を切り払う感触以外を知覚することができなかった。

------刹那、小百合は背後からの殺気を感じ取る。

横薙ぎの攻撃をを繰り出した体勢からの繋ぎ動作で後ろを振り向き、今まさに上段から振り下ろされる一太刀を自身の木刀で受け止める。

ガァン!------二度目の衝撃音がジムに響き渡る。

「------あれ、これで終わりかと思ったのに。よく止めたねー」

「なっ…」

気迫十分に戦闘に臨んだ小百合に対し、aliasの軽い一言が浴びせられ、小百合は虚をつかれたような心境になる。

が、aliasの剣にはギリギリと、それを受ける小百合の剣を押し沈めようと力が込められる。

「わ、私の突きを受けたはずなのに、なんで背後に…」

「別に手品じゃないさ。君が振るった二撃目の剣より速く動いただけ。見えなかったのかい?」

なんと。

aliasは木刀の腹で小百合の攻撃を止めたと同時に、砂煙に紛れ背後へ回り込んだのだ。

小百合の一撃目の突きから、二撃目の横薙ぎへの転換は決して遅くなかった。しかし、一撃目の勢いを活かして直接繋げられる太刀筋ではないのも確かだ。

aliasはその間隙をついて、背後に回り込み一撃を見舞って小百合を戦闘不能にしようとした。

小百合は、生来の超人的直感を頼りになんとか背後からの攻撃を阻止したが、不利な体勢をとらされている。

「負けて…たまるもんですか…!」

-------ガッ

Katanaを発動させる小百合は、自身の過去からは考えられないほどの力を持ってaliasによる上段からの押さえ込みを突き返す。

その細い腕には、筋金入りの負けず嫌いさによる想いが強く込められている。

aliasは、ふぅんと言った様子で後ろに飛び間合いを取った。

が、すぐさま小百合は次の攻撃をaliasに向け放つ。

Katanaによって重くそして加速した打ち込みを、常人の目では追い切れない数、叩き込む。

「おぉ…あれが瀬戸流の高速乱打か!素晴らしい…」------勝負を見守るルーカスが感嘆の声をあげる。

しかし。

aliasはその全てを、弾く…弾く…弾く。

悪魔の如き反射神経で小百合の高速乱打を弾き返している。

「へぇ、すごいねぇ。でも…」

そう言うとaliasは、なんと剣を下ろすという行動に出た。小百合はまたも虚を突かれるが、当然攻撃の手は止めない。

そこから何発だろうか…

小百合の高速乱打がaliasに炸裂した。

------突如、小百合の腹部に激痛が走る。

そしてそのままジムの地面にひざを付いてしまった。

「な…何が…起きたの…?」

小百合は混乱しながらも、なんとか立ち上がりaliasの姿を探す。

自身が高速乱打を打ち込んだ場所に、aliasはいない。

そうか。

また。後ろ。

aliasは小百合の背後で木刀を肩にかけ、まるで鼻歌でも歌うかのような態度で小百合を見ている。

小百合は今何が起きたのかを、理解した。

「私の高速乱打へのガードを捨てて、撃ったのね…」

そう、aliasは高速乱打の最中にガードを解き、攻撃を一身にくらいながら反撃したのだ。

上段からの乱打によりガラ空きとなった、小百合の胴体下部めがけて。

ルーカスはやれやれ…と困った様子で見ているが、aliasはそんなことはお構いなしだ。

「そうさ。君の攻撃は、一発一発が軽いから、ガードに手を使うよりさっさと反撃したほうがはやい」

------ズキッ

小百合の胸に、強い痛みが走る。

E-PSIを獲得してからというもの、確実に小百合の攻撃は重くなった。

しかし、それで小百合のコンプレックスが消えたわけではない。

もちろん、aliasに悪意は無い。「一発一発が軽い」という言葉には「持ち前のスピードと比べて」という意味がこめられている。

だが今の小百合には、それを感じとる余裕はない。

自身の身体の小ささに起因する、攻撃の軽さ…初めて戦う相手から、それを指摘されることは小百合にとって心にナイフを突き立てられる痛みを伴うことだった。

…ダメージはある。が、まだ闘える。どうしても、aliasに勝ちたいと強く想う小百合。

------小百合は思考した。

そもそも、どうやらaliasは攻撃を避けたり、先手を打って自ら仕掛けることよりも、敵の攻撃を真っ向から受けたうえでカウンターを見舞うのを好むように思える…

小百合はここまでの攻防で、そんなことを見抜いていた。

であればaliasに対し、連続技や高速乱打で仕留めようとするのは有効な手段ではない。

認めたくはないが、やはりそれでは一撃が軽くなってしまいカウンタ―の隙を与えることになる。

aliasのような、後の先を取る戦法を好む敵に対して取るべき手段…それは、自身の技のなかで最も強力な一撃必殺技を《初手》で打ち込むこと。

もちろんそれは大きなリスクを伴う。

一撃必殺の威力を有する技というのは往々にして攻撃後の硬直が長く、カウンターを得意とする敵にはむしろチャンスを与えてしまうことがある。

加えて、過去の小百合はスピードを活かした手数の多い技を得意としてきたため、一撃必殺の威力を有する技が限られること。それは、E-SPIerとなってKatanaを得てもすぐに変えられることではない。

この十日間で会得した、Katanaを発動することで初めて放つことが可能になった強力な技が一つ。

この局面で使える技はそれしか有していない。

そして、戦闘中の二人は知らぬがルーカスは既に、もう一度aliasが小百合に攻撃を当てた時点で戦闘継続不可とすることを決めていた。

なぜなら、それ以上続けると小百合の身体が危険だからだ。

即ち、次の小百合の一撃が決まらなければaliasの勝利が確定する…

そんな状況下で二人は睨み合い、互いに構えをとった。

------

…正直、僕の敵じゃないな。

才能はある。これからCPPで戦闘を重ねていけば、きっとこの娘は強くなるだろうね。

でも今の彼女に負ける気は、全くしない。

恐らく。

ここまでの戦いの中で彼女は、僕の性質をある程度見破っているだろう。

そうなると彼女が次に取るであろう手は一つしかない。

激重の一発を叩き込む。

これでしょ。

それをキッチリ返して、脳天に一撃。

まぁインパクトの瞬間にルーカスが重力操作で僕の攻撃の威力を軽くするだろうから死にはしないさ。

それで勝負あり。

-----僕は、最後通告のため口を開く。

「きっと、次で決まると思うけど。悔いが残らないように本気で撃ってきなよ?」

「言われなくても、そうさせてもらうわ」

ふふっ、随分冷たい目ができるん------

…?

あれ?いま、悪寒が…

------

ルーカスと新は、いや、ギャラリーを含んだこの場にいるCPP関係者全員が、戦闘に見入っていて気付かなかった。

手首に嵌めた数珠のようなアイテムの一つの珠が、漆黒の様相を見せていくのを。

この色が発現するのは、aliasがバーサーカーになったときだ。

しかし。

今のaliasはバーサーカーではない。

この事実に誰も気づくことなく、フィールドは静寂に包まれる。

「はぁぁぁぁ…!」

ドッ------

フィールドが沈むような音と振動と共に小百合は木刀を地面に突きたて、その反動の力を殺さずに木刀を引き抜き、宙へ舞った。

そして空中で、木刀を頭上に構えたまましゃがみ込む体勢をとりそのまま落下の勢いを利用して身体を縦に回転させる。

大車輪…という表現が適切だろうか。

遠心力を用いエネルギーを円周に集約したかのような円刃は、aliasめがけて一直線に落ちていく。

「「「これは…」」」

alias、新、ルーカスの三人が同時に感嘆と驚愕の声をあげる。

「ふふっ、おもしろい…!」------aliasは高揚した。

そして、心の中で、自身の先の考えを撤回する。

《ちょっと、甘くみすぎたかな》

小百合の全力の一撃を受けて立つ構えをとるalias。破壊的エネルギーを纏う小百合がギリギリまで近づいたところで、ポツリと言葉を漏らす。

「刀身側じゃ、破壊されるね…」

そう言うとaliasは、木刀の柄のさらに最下部を、今まさに衝突せんとする小百合へ向けた。

直後------

ズガァァァァァァァン!!!!!

CPP本部まるごと振動するのではないかと思うほどの衝撃が、aliasと小百合を中心に波及した。

舞い上がった砂ぼこりが荒れ狂う。

やがて、ようやく二人の姿が視認できる程度に視界が晴れたとき、そこには-----

木刀の柄の最下部で攻撃を受け止めてはいるが、片膝をつかされた体勢のaliasと、上段からaliasを木刀で押さえつける小百合の姿があった。

「よく…受け止めたわね…」

「正直、見くびってたよ。これほどとは…ね!」

言葉を交わしながらも、二人の体勢は動かない。

「刀身で受け止めれば、弾き返して最後の一撃を見舞えたんじゃなくて?」

「ふん…そんなことしたら衝撃で木刀が折れてそこで終わりだ。だからこそ、この不利な体勢さ…」

「「…」」

にらみ合う二人。だが、この状況は長くは続かなかった。

…小百合の額に汗が流れる。そしてその瞬間、力尽きたように瞼を閉じ、小百合は地面に倒れ込んだ。

小百合は、遠のく意識の向こう側にかすかに響く「勝負あり!」の言葉を聞く。

待って…まだ…戦えるわ…

そんな闘志だけをフィールドに残し、小百合は気を失った…

------

微かな薬品の匂い。

昔嗅ぎ慣れた消毒液の匂いが、最も強く嗅覚を刺激する。

小学校が終わると学校の友人と自宅の道場の裏の山を駆け巡り、木登りをするのが好きだった。

よく木から落ちたり、転んだりして擦りむいたものだ。

そんなとき、いつも母が傷口に塗ってくれたのがちょうどこんな匂いの消毒液だった-----

-----がバッ

「ここは…?」

小百合は目を覚ますと、天井・壁・仕切り布・そして自身が横たわるベッドまで、白で統一された部屋にいた。

「おう、目が覚めたか」

隣から声をかけてきた者は、現在の小百合にとって最も強烈な記憶として残っている顔だった。

「aliasさん…いえ、違うわね…新君?」

「あぁ。つーか新でいいよ。あとaliasにも、さんはいらないぜ」

「そ、そう。…コホン。じゃあ私のことも小百合と呼んでくれるかしら」

「そうさせてもらうよ」

「ねぇ新、なんで私はこんなところにいるの?」

「ここは医務室。aliasとの戦闘中に倒れた君をCPPの救護チームが運び込んだのさ」

「倒れた…そっか。私、負けたんだ」

「悲観することは無い」-----カーテンの向こう側から、声がかかる。

シャッ-----

「ルーカスさん…」

「正直、私もaliasも君があそこまで健闘するとは思っていなかった。しかし、今回のことでその考えは改めねばなるまい。CPPにとって君は、既に十分前線に出られる戦力であるとね」

「あり…がとうございます。私も、無謀だとは思ってました。でも、負けたくなかった…」

------小百合の目から大粒の涙がこぼれる。

新とルーカスは、かける言葉を見つけられなかった。

一分程度だろうか…ひとしきり泣いた後、小百合は目をハンカチで拭いながらニッコリと笑った。

「ごめんなさい。困らせちゃったわね。もう大丈夫。新、aliasに伝えてもらえるかしら」

「------次は、勝つわ」

小百合の目は強い光を宿していた。

新とルーカスはその言葉に目を丸くしたが、やがてほぼ同時に、微笑みをこぼす。

「あぁ、伝えておくよ」

「君たちはいいライバルになりそうだな。CPPの今後が楽しみである。はっはっは-----」

------

小百合は戦闘直後、救護チームのスタッフによる検査でいくつかの骨に損傷が見つかった。

が、肉体的ダメージを治癒するE-PSIerがCPPの救護チームには在籍しており、目を覚ますころには身体はむしろ戦闘前より元気な状態で回復していた。

時刻は二十二時。

ずいぶんと遅くなってしまった。

学校の最寄り駅でそれぞれが自宅の沿線に乗り換えるため、新宿から学校の最寄り駅まで共に向かう。

「はぁーーーー。しっかしなんなの?アンタの分身。あの強さ」

新宿を出た電車が、学校の最寄り駅へ到着してそれぞれの改札まであるく道中、小百合は俺にこんな言葉を漏らした。

「まぁ、aliasはな…ルーカスが言ってたけど、ちょっと特別っぽいよ」

「あ、そうやって遠回しに自慢してるんでしょー、オレのE-PSIはスゴイだろうって」

「そんなんじゃねーって」

今日出会ったばかりの 瀬戸 小百合 という少女は、顔の印象からとっつきにくいタイプかと感じていたが意外と気さくだ。

おそらくCPP本部へ向かうときは戦闘前の精神集中をしていたため、表情から心情が窺い知れなかったのだろう。

「ほんとかしら?顔に書いてあるわ」

「まじ?って、んなわけねー」

「アハハ、どーでしょうね」

そんな軽口を叩きながら歩いていると------そのとき。

ゴゴゴゴゴゴ…

大地が裂け、惑星内部のマグマが噴出するのではないかというほどの負のエネルギーを、俺は感じた。

あらゆる不吉を孕んだエネルギーの波動…

動物としての本能を強く有する生物がこの場にいれば、反射の速度でこの場から逃亡することだろう。

このエネルギーの源である”その存在”は------

ツカツカツカ------

そんな音を立て、俺と小百合の背後から近づいてくる…

バシッ------

「ちょっと新!!」

「------あ、亜矢!?」

怒りの感情とそれを隠そうとするひきつった笑顔を浮かべた亜矢が、そこにはいた。

この辺りの学生のほとんどが所有する革製のカバンで俺の尻に浴びせた一撃は、普段のものより数段重い一発だ。

このことが、亜矢の怒りの強さを物語っている。

「そちらのお嬢さんは、いったいどちらさまかしら?こぉんな夜遅くに二人で歩いているなんて、仲がよろしいですこと」

「え、あ、いや、えーとだな…や、やましいことはないんだ!そもそも今日初めて会ったんだよ、急に駅で声をかけられて…」

「今日初めて…?駅で声かけられて…?それでこんなに仲良く連れ添ってるワケ…ふぅーーん」

aliasが初めて俺の前に姿を現したとき以上に、俺は混乱してしまった。

冷静な小百合に助けられてことなきを得たが、そこから数日間、亜矢からの弁当---恥ずかしながら、交際を始めてからは亜矢に昼食を作ってもらっていた---の白米の上に、怒りを表す血管の形状がケチャップで描かれることとなってしまった------

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