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【第7話 約束】

俺は亜矢と地下鉄に乗り、亜矢から受け取ったチケットのイベントが開催される場所へとやってきた。

「亜矢、このチケット一体どうやって入手したんだ?」

「うふふ、秘密ー♪」

ここは、《横浜アリーナ》。

俺の姉が所属するアイドルグループ《ラヴァーラビリンス》 通称 " ラヴラビ " のライブ会場である。

姉がイブに大きな会場でライブをすると喜んでいたのを聞いてはいたものの、まさかそこに亜矢と俺が招待されるとは…

関係者用の席に案内された俺達は、幕が上がるのを待った。

「ねぇ!すごい数のお客さんだね!」

「ほんとだな…クリスマスイブにこれだけの人を集められるなんて…姉さんのグループってそんなに有名だったのか…」

「新ってほんとにアイドルとか疎いもんねー、みゆさんの話くらい、家で聞いてあげなさいよ。ラヴラビは今すごい勢いなのよ」

「ハハ…、いつも姉さんはマシンガントークだから聞き流しちゃってたよ」

「もぅ、私の話も聞き流してるんじゃないでしょうね」

------などと話をしていると…パッと会場の灯りが消えた。

その瞬間、会場から割れんばかりの歓声が上がる。

ある者はメンバーの名を叫び、ある者はペンライトを軽快に振り回す。

そして、俺も知っているラヴラビ代表曲のイントロがかかり、幕が落ちてメンバーが姿を現した。

なんと全員が赤と白を貴重としたコスチュームに身を包み、ステージ中央には巨大なモミの木のオブジェが屹立している。

「横浜ー!今日は明日のこと考えないで暴れちゃってぇーー!!」

------メンバーの煽りが入る。

ハイテンションな姉のパフォーマンスには若干の気恥ずかしさも覚えながら、しかし俺は亜矢と共にライブを心の底から楽しんだ。

------

「あぁー楽しかった!」

「ほんとだな、ライブがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」

「ね!明日みゆさんにお礼を言いに行かなくちゃ」

ライブが終わり、会場をあとにした俺達はその余韻に浸りながら雪の舞う横浜の街を歩く。

「さて、じゃあー、ご飯食べにいこっか」

「お、おぅ。でもさ、亜矢ごめん。俺テンパっちゃってて、店の予約とかしてないんだ…」

ここは、正直に打ち明ける。再び、己の不甲斐なさに苛まれた。

「大丈夫よ、私が誘ったんだからちゃんと店も予約してあるわ」

「本当か?ありがとう亜矢、何から何まで…」

「でも新ってホント、抜けてるところはとことん抜けてるわよねぇ」

「ぐぬぬ」

------俺達は、亜矢が予約してくれたレストランに入った。

ビルの高層階で、横浜の夜景が一望出来る窓際の席。

「ちょっと高校生には場違いだったかしら…」

「ま、まぁ酒さえ頼まなければ大丈夫じゃないか?」

料理の値段が恐ろしく高いような店ではないが、ロケーションが良いためそれなりに高級感が漂う。

料理とソフトドリンクを注文し、届いたグラスでまずは乾杯をした。

「えーっと、メリー・クリスマス。あと《ma★na》、 お疲れさま」

チン、とグラスを合わせる。

姉のライブで二人ともテンションが上がったためか、緊張感は無い。

料理が届いてからも、会話が尽きることはなく、食事は楽しく進んだ。

「アハハっ、それでねー…」

------パッ

突然、レストラン内の照明が落ちた。

「あ、あれ?なんなのよ、これ…」

「店の演出じゃない?」

他の客もざわざわと騒ぎ始める。

最初は、俺もクリスマスイブならではの店の演出が始まるのか…と感じた。

しかし、いつまで経ってもそれらしいことは起こらない。それどころか…

「待って…他のビルも停電してるわ」

「ほんとだ…」

俺と亜矢は窓から街の周囲を見渡し、そこで驚くべき光景を目にする。

「なぁ…道路見えるか?車が、無灯火で列をなして停車している」

「やっぱりおかしいわね…停電ならこの辺りの建物の電気が消えるのはわかるけど、車のライトまで消えるのは変よ」

「そうだよな…信号が消えて停車するにしても、ライトまで消えるのは------ 」

------信号…?もしや…!

「------やぁ、デート中なのに良かったのかい?僕を呼び出して」

「え、え?新…が二人?もしかしてこの人が…」

「亜矢、紹介するよ。《alias》俺の分身だ」

「ヨロシク。以前一度だけ学校で会話をしているんだけど」

「…覚えてるわ。急に新の喋り方がおかしくなったときね?っていうか!あなたにも、私が誘拐されたときのお礼を…」

「いいんだ亜矢さん、僕は新の分身。コミュニケーションは新を通じて取ってくれればね」

「で、でも…」

「それより新。どうしたんだい?」

「あれ…alias、お前、俺の意思を読んでるんじゃ」

「それがね、キミの思考が徐々に僕に入ってこなくなってるんだ」

「な…本当か?」

俺は戸惑った。

aliasは初めて俺の前に現れた日からずっと《意志のリンク》とaliasが表現する事象により、本体である俺の思考をリアルタイムで読んでいた、はずなのに…

「意志のリンクには…タイムリミットがある」

------aliasは、驚くべきことを口にした。

「でも、それが具体的にいつなのかは知らなかったよ。きっともうタイムリミットが来てるんだねぇ」

「タイムリミット…?そうだったのか…」

「ま、これからは言葉で君の意思を伝えてよ。今日は一体どうしたの?」

aliasは、相変わらず飄々としている。自分の意思を読み取られなくなったことに、戸惑う俺がおかしいのだろうか。

「alias。この状況、変だとと思わないか?周囲の建物が全て停電しているだけでなく、道を走る車までもが無灯火で停車している」

「あー、なるほどね…コレ多分…」

「「停電の中心に、E-PSIerがいる」」

------俺とaliasは口を揃えて言葉を発する。

「大規模停電をおこすE-PSIかな?シンプルだねぇ」

「停電してるだけで他に何も起きないってことは、俺達を狙った組織によるものじゃないはずだ」

「え、じゃあ…誰かが個人的にこんなことをしてるってこと?」------亜矢が俺たちに尋ねる。

「そうだろうな」

「ま、クリスマスイブに独り身でいる寂しさを紛らわすためのイタズラか何かだろうね。カップルだらけの街に迷惑かけてやろうっていうさ」

「もぅ、すごく迷惑だわ」

「alias、このE-PSIerのE-Sigを感知できるか?E-PSI使ってこんな大がかりなイタズラするってことは、どこかの組織に所属してるような奴じゃないだろうから、E-Sigは垂れ流しかもしれない」

「うん、やってみようか」

「早いとこ見つけてやめさせないと、この状況に気付いたいくつもの組織が横浜に使者を続々と送り込んでくるかもしれないしな」

「それは嫌だねぇ、それで新のE-Sigにも気付かれたら面倒だ」

そう言うとaliasは、集中しE-Sigを探り始めた。

「あ、見つけたよ。さすがにこんな大がかりなE-PSIを発動してればE-Sigも強力になってるね」

「は、はやくない!?」------亜矢が感嘆とも驚愕ともとれる声を上げる。

「ありがとう、alias。場所はどこだ?」

「この方角は…駅だね」

俺はaliasに一旦戻ってもらい、亜矢と新横浜駅を目指した。

街は暗く、人々はざわめいている。

E-PSIerのテリトリー内にいる以上、手元の端末のライトも点灯させることができないので、何度も人とぶつかりそうになりながら駅の方向へ走る。

そして、俺と亜矢は新横浜駅に辿り着き、再びaliasを呼び出した。

これから恐らく、E-PSIerとの対峙が待っている。

「さて、より詳しいE-Sigの位置を探るよ…」

aliasはそう言うと、目を瞑り集中する。

「こっちだ」

俺達はaliasの示す方向へ走り出した。

恐らく200メートルほどだろうか。走った先には------

柱に寄りかかり腕組みをして、クスクスと笑う少女が立っていた。

「この騒ぎ、キミの仕業?」

------aliasがその少女に声をかける。

「あれ…?どうして気付いたの?てか、同じ人が二人…」

少女が言葉を発する。

突如として現れた俺達を、不思議がっている。

「俺は、キミと同じE-PSIerなんだ。能力はDouble、彼は俺の分身だ」

「へぇ…」

E-PSIerという言葉は知っているようだ…すでに何らかの組織から勧誘を?あるいは…

「早くこんなイタズラはやめた方がいい、E-PSIerは多くの組織から狙われてるんだ。キミのチカラが広く知られると危険だ」

「知ってるよ?もう勧誘されたもん」

「じゃあ何故こんなことを…もしかしてもう組織に所属していて、その組織からの指示なのか?」

「ううんー、勧誘されただけで、入ってないもん」

少女は、既に組織からの勧誘を受けながらも断ったという。

しかしそれで無事でいるのは、たまたま危険ではない組織からの勧誘だったというだけだ。

「勧誘は一度とは限らない。複数の組織に狙われて、危険なものが混じっている可能性もある」

「ふぅん…」

ぷい------とそっぽを向いてしまう。

E-PSIを解除する気配は無い。俺とaliasがどうしたものかと困っていると…

「ちょっとアナタ!E-PSIerだかなんだかしらないけど、こんなくだらないことしてなんのつもり?迷惑だからやめてちょうだい!」

後ろで話を聞いていた亜矢が、痺れを切らしてずいと前に出てくる。

「え?おねーさん…」

------?

少女の顔が、何故かすこし明るくなったような…

その直後に少女の口から出た言葉は、全くの想定外だった。

「------なに?めっちゃカワイイんだけど!」

「な、なによ」

「ねぇおねーさん、このひとカレシ?カレシが二人いるのってどんな感じなのー?同じカオだけど。ねぇねぇ------」

------少女は亜矢を見た途端に饒舌になり、繊細な部分にまでどんどん切り込んでくる。

「アナタねぇ…まず電気つけなさいよ」

「はぁい」

なんと、少女はあっさりと亜矢の言うことを聞きE-PSIを解除してしまった。

瞬間、周囲がパッと明るくなる。

亜矢は呆れ顔をしているが、この少女の性質に対して亜矢がいてくれたのはありがたかったと言うべきだろう。

「で、おねーさん!この人カレシなの?それともお付きの人なの?カワイイからボディーガードてきな」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!まずここから離れたほうがいいわ。いつあなたを狙う輩がこないとも限らないでしょ」

「そうだね…僕、もういらないよね?」

「alias、すまん…変なことに巻き込んで…」------そう言って俺はaliasに戻ってもらった。

俺達は、とりあえず先程食事をしていたレストランを目指して------会計もせずに飛び出してしまった------歩き出した。

------

謎の大停電が復旧してから十数分後、俺と亜矢は、横浜の中心を一時騒然とさせたその元凶の少女を連れ、自分たちが食事をしていたレストランに戻り会計を済ませた。

その道中、街の混乱は解消していなかったが少女はその様子を気にも留めることなく、亜矢を質問攻めにしていた。

あまりの勢いに亜矢は少々辟易していたが、その過程でいくらかこの少女の情報を得た。

少女の名前は、瀧本 クロエ------。

フランス人の父を持つのハーフのようで、横浜市内の私立中学校に通っている。

E-PSIの名は《RangeBlackout》。

といってもクロエが名付けたわけではなく勧誘者がそう呼んでいたから自分もそう呼んでいるのだという。

中学生がこんな時間に街をうろついていて大丈夫なのか尋ねると「お手伝いさんの目を盗んで出てきたの。彼女は私の部屋までは入ってこないから朝までに帰ればバレないわ。パパとママは仕事でいないからヘーキ」と…富裕層の子供がE-PSIを開花させたのか…

「クロエ、そろそろいいかしら?危ないから今日はもう家に帰りなさい。家まで送るわ」

「えぇーもっとお話ししたいなぁ」

「今度一緒にお茶でも行きましょう。今日はあなたがE-PSIを使ったおかげでこの辺りは混乱してるし、新も言ってるけどあなたを欲しがる組織は一つじゃないの。この辺りにいたらいつ襲ってきてもおかしくないわ」

「…」

クロエはしょんぼりといじけている。なぜこの少女は亜矢に突然惚れ込んでしまったのか…

「さぁ、あなたの家はどっち?そこまではお話しできるわ」

------しぶしぶ俺達に家の場所を教えたクロエは、家に着くまで亜矢と話し続けた。

そしてクロエの自宅ーあまりにも豪邸だーに辿り着くと、お手伝いさんにバレてはいけないからとこっそり開けておいたという自室の小窓を使って帰っていった。

「かならずまた会おうね!約束だよ!」

「えぇ。 " 約束 " よ」

二人が最後に交わしたこの言葉が、妙に俺の心に響いた------

------

「…クロエは、きっとお父さんやお母さんにもっと甘えたいんじゃないかしら」

クロエの自宅から都内へ戻ろうと歩いていると、亜矢はこんな言葉を口にした。

「そ、それであんなことを?」

「えぇ、クロエは出会ってからずーっと私に喋りかけてきたでしょう?家にはお父さんもお母さんも仕事でほとんどいないって言ってたし…きっと家に誰もクロエの話し相手がいないのよ。それで寂しくなってあんなことを…」

「そうか…E-PSIだからおおごとになったけど、クロエにとっては単なる寂しさを紛らわすため、あるいは誰かの目を引くためのイタズラだったってことか…」

クロエの行動は誉められたものではないが、動機を考慮すれば一方的には責められないと感じた。

あの年齢で、家で自分の話を親身に聞いてくれる人もおらず、寂しく毎日を過ごしていたとしたら…

「ま、半ば強制的だけど私がクロエと友達になったわ。これからどうなるかはわからないけど、少しでもあの娘が寂しさを感じなくなれば…」

「亜矢はすごいな、学校でも年下の女の子からの人気がすごいし」

「そんなことないわよ」

------都内へ戻ると、雪の舞う勢いが少し強くなっていた。

街はまだまだ人で溢れかえっていて、多くの聖夜を共にする男女が、腕を組み歩く。

俺は…亜矢に与えられたものがあっただろうか。

亜矢の提案で姉のライブへ行き、亜矢のエスコートで食事をし、亜矢によってクロエのRangeBlackoutは止められた。

今日の俺は、亜矢に与えられてばかりだ。

このままは、終われない------

「亜矢」

俺達は家の最寄り駅ではなく、都内でも一際強い光彩を放つイルミネーションを周辺に並べる駅で電車を降り、光の中を歩いていた。

その最も巨大なオブジェの前で足を止め、俺は亜矢の名前を読んだ。

「なに?新…」

今日も、そしてそれ以前も、俺が一番耳にしてきた美しい声で反応をくれる。

その所作がすべて、紛うこと無く天使のようだ。

…言わなくては。

ここまでどんなに目の前の少女に頼り、助けられ、与えられたとしても。この瞬間だけは俺が…

「亜矢、今日は本当にありがとう。これを受け取ってくれないか?」

「え…これって…」

「開けてみて」

俺が用意した精一杯のプレゼントの紐が解かれる。

「新…すごいかわいい…ありがとう」------亜矢の目から大粒の雫が流れ落ちた。感謝するのは俺の方だ…そして俺は、最後の一言を口にする。

「亜矢。これからは…幼馴染としてじゃなくて、パートナーとして一緒にいてほしい。そして…高校を卒業したら…」

------二人の間の時が止まる。

「…結婚しよう」

「------うん…!」

舞い落ちる雪の中、俺達は将来を《約束》した。

そのまま、俺と亜矢は互いを強く抱きしめ合い唇を重ねた。

時間を忘れ、いつまでも…------------

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