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【第6話 クリスマス・イブ】

夜が明けると俺は、PCのスピーカーからの------ポーンッ という音で目を覚ました。

大事な予定を通知するアラームだ。

今日は俺が率いるゲーム開発チーム《モノクロ》の、定例ミーティングの日。

従来通り、ミーティング専用のアプリケーションを使用しオンラインで取り行う予定でいる。

モノクロのメンバーは皆律儀で、規定時間の五分前にはログインを済ませ、社交的な者などは他愛ない雑談に興じている。

メンバー間の関係は様々で、俺と亜矢のように日常的に顔を合わせる仲の者もいれば、一人で応募してきたわりに他のメンバーとやたら親しくなる者もいるし、コミュニケーションは最小限に抑え孤高に成果物のみを仕上げてくるスタイルの者もいる。

今日のミーティングのメインテーマは、やはり一週間後にリリースが迫った新作《ma★na》についてだ。

夏の前作リリースからおよそ四カ月。

これまでは、割とシンプルなゲームを一~二カ月に一本のペースでリリースしてきたモノクロだが、今回はクリスマスに大手メーカーから最新の据え置き型ハードが発売されることに合わせ、開発期間を長めに設定した大作をリリースしようと計画していた。

------時刻は午前十一時。ミーティングが開始される。

「皆さん、今日も時間きっちり、集まってくれてありがとう。定例のミーティング、始めます」

俺が挨拶をすると、「はーい」「ういっす」「よ、よ、よろしくおねがいします」等、皆思い思いに反応をくれる。

「ma★naのリリースは二十八日正午だよねー?テストも大方終わってデバッガーには引き上げてもらってるし、昨日リーダーから送ってもらった最終版のソフトを私の方でチェックして全員に配布してあるんだけど、皆プレイしてみた?」

最も年長者---恐らく、の領域を出ないが---の女性メンバーが、まずは言葉を発する。

彼女は開発スケジュールを立て、それに沿って進んでいるかのチェックや、必要な外部リソースの手配等を担ってくれている。

「やってみましたよぉ、今回、特にビジュアルがすごいですねぇ?」

「確かに。Candyさん、前回より随分腕を上げたんじゃないですか」

”Candy”と言うのは、亜矢のハンドルネームだ。モノクロのメンバーはそれぞれハンドルネームで呼び合っている。

… ” Arata ” と本名をそのままハンドルネームにしているのは、恐らく俺くらいのものだ。

「ま、当然の実力よ。アンタ達も、せいぜい腕を磨くことね」------亜矢がいつもの調子で切り返す。

「いやはや…Candyさんは手厳しいですなぁ」

「ゲームの出来はもう何も言うことない感じかな?私も最高傑作だと思う。いま悩んでるのは、宣伝イベントについてなんだけど…」

「あーそれ重要っスね。モノクロは大分世間に認知されてきて、毎作それなりに話題になるんだけど、今回は同時期リリースのタイトルが多過ぎるからなー」

「来週あちこちで、クリスマスとか年末にリリースするゲームが集合するイベントがあって、そこにはいくつか出展する予定だけど…」

「それだけだと足りないかもしれませんね。ま、一週間前になって話し合うのもどうかとは思いますが…」

「いつも開発の話で盛り上がっちゃって、販促みたいなのはギリギリにやるクセあるよね、ウチら」

「ギーク集団として正しいといえば正しい姿だけど…そうは言ってもチームの資産は増やせるだけ増やした方がイイもんねぇ」

------結局、一時間で終了と決めて行われているミーティングは、十二時きっかりにアプリケーションにより強制終了された。

今回は、ゲーム自体は完成していることもあり、販促イベントへの参加や広告の打ち出しについてなどが主題となった。

夏まではライトなタイトルを高頻度でリリースしていたため、今回のような大型タイトルの販促はチームとして経験が無く、かなり右往左往しながらの議論になってしまった。

だが結論としては、決まっていた三つのイベントへの出展に加え、今週打診があったという都内でのイベント二つへの出展と、急伸しているいくつかのメディアのスポンサーとなることが決まった。

------

「はぁーあ、やっぱりそろそろ広報専属のメンバーが一人必要じゃないかしら」

新たな週が始まり学校へ向かう朝、通学路の途中で亜矢と出くわした。

「そうだな、皆すごく考えてくれてるけど、どうしたって技術系の人間の集まりだからな…今回のような大きなタイトルは開発段階でけっこう大きな資源が投入されるから、今までみたいに短期間でスクラップ&ビルドを繰り返して…ってわけにもいかない」

「そうなのよ。規模の大きい作品になればなるほど、ある程度売れるって確信を持って世に送り出さないと、モノクロの存続は難しくなるわ」

「今回、開発自体は皆楽しんでやってくれたから、次のタイトルも規模を維持して…って話になりそうだしなぁ。やっぱ、メンバーの増員も視野に入れようぜ」

「そうしましょ。ところで、新------」

と、俺を呼びかけたところで亜矢はふとうつむき、口ごもっている。

「? どうした?亜矢」

「あ、あのね…せっかくma★naの開発が一段落して、私たちは年明けまであまりやることないじゃない?」

「うん」

「だから…その…今度の日曜日とか、もしあれなら…別に用があったらいいんだけどね…うーんと…」

今度の日曜日…

それは確か、十二月二十四日ではないか…

「ほら、この前のお礼、ちゃんとしてなかったじゃない?だから…ご飯でも一緒に…」

「えぇーっと、それは亜矢んちのホームパーティってこと?それならウチに招待状が届いてて、家族で参加する予定だけど…」

「ううん、そうじゃなくて…あの、良かったら二人で…なんて…」

俺は。

自慢じゃないがクリスマスイブを女性と二人で過ごした経験が無い。

亜矢とは何年もこうして時間を共に過ごしているが…亜矢の家は毎年クリスマスイブにそれは派手なクリスマスパーティを主宰する。

冴木家は黒咲家との交友が長く続いており毎年家族ごと招待されるため、いつもそのパーティに参加して過ごしていた。

だが、今年は------

「俺は全然いいけど…っていうか、むしろ行きたい…」

「ほんと?!」

亜矢が急に、輝くような笑顔になった。

やはり、亜矢の美しさは学校でも三本指に入ると言われるだけのことは、ある。

俺は幼馴染のその笑顔に目を奪われてしまった。

「でも、いいのか…?ホームパーティの方に亜矢が不在になっちゃうけど…」

「うん…お父さんとお母さんには話をしたの。この前の事件で新に助けてもらったのにお礼らしいお礼も出来てないし、モノクロの方も丁度落ち着くタイミングだから、クリスマスイブに二人で出かけてきてもいいかって」

「そ、そうなんだ」

その言葉を聞いて安心した俺は、当日の集合時間と場所だけを決めたところで学校に到着し、亜矢とは一旦分かれそれぞれの教室に向かった。

亜矢とクリスマスイブに二人で過ごすなんて…今までは考えられなかった。

家族ぐるみでの付き合いで、何か世間的に特別な日ともなればイベント好きの亜矢の父親が主催するパーティに招待され、そこでたくさんの人と過ごす。

そんなことが当たり前になっていたから…

一日を通し、自分の胸の高鳴りには気づかないふりをしながら窓の外を眺めていると、いつの間にか昼休みが終わってしまっていた。

教室のドアがガラガラと勢いよく開き------「はい、五限目始めるわよー」

りさセンが入ってきた。

そうだ、亜矢のことを考えていてすっかり忘れてしまっていたが、CPP推薦の話の答えをりさセンに伝えるため、もう一度E-SigLaboを訪ねる手筈を整えなくてはならない。

俺は五限目が終わると同時にりさセンに駆け寄った。

「りさセン先生」

「あら、新君。どうしたの?もしかしてこの前の話…」

「はい、そのことで話したいことがあるので、またパスを発行してもらえますか。これ、俺のアドレスです」

そういって自身のメールアドレスを書いたメモをりさセンに手渡した。

「わかった。うふふ、ありがとう。慎重ね」

慎重------どちらかというと生徒や同僚に隠して研究員をやっているりさセンへの配慮なのだが…

まぁそれは口にせず、俺は一礼してその場を立ち去った。

その夜、家族と夕食を済ませ自室に戻り寝床でネット端末を操作していると、メールの受信を知らせる通知がポップアップした。

「新君 9183479349 年内有効よ 今週末と、二十七日以降は大みそかまで毎日いるわ 高橋理沙」

というメッセージ・・・スクロールすると下に「PS.」の文字が。

「PS.日曜日はデートかしら?無理して今週末に来なくても、二十七日以降でも♪」

りさセンのいらぬお節介---実は今年に限ってはお節介でもないのだが---はともかく、どうせ学校も二十六日まではある。

落ち着いて話をしたいので、俺は二十七日にE-SigLaboへ向かうことに決めた。

------

…いつもよりも早く目が覚めた。

カーテンを開くとそこには、おあつらえむきと言わんばかりに、静かに雪が舞っていた。

積雪すれば交通機関が麻痺し移動もおぼつかなくなってしまうが、この程度の雪ならば経験上、地面に落ちればすぐに溶けてしまうだろうと思えた。

今日は十二月二十四日。

亜矢と十六時に待ち合わせをして、二人で食事をする予定になっている。

------俺は、亜矢へ日頃の感謝を込めたプレゼントを用意することにしていた。

そのために、支度を済ませ朝から街へと繰り出す。

……実は、昨日は土曜だったので、今日と同じ目的で街に繰り出していたのだ。

しかし、これだけ長い時間を亜矢とともに過ごしてきたというのに、いざ改まってプレゼントを選ぼうとすると全く品物を決断するに至らない。

俺は自分がこんなに優柔不断な人間だったのかと自己嫌悪に陥りながらも都内のターミナルクラスの駅をいくつも周り、その周辺のショッピングビル内のとある店でようやく品物に当たりをつけた。

そして、一晩おいてクリスマスイブ当日に決断しよう…というところまでは、なんとか到達していた。

俺は今日こそはと意気込み、最寄駅から環状線に乗り込んで、当たりをつけた品物が置いてある店を目指した。

「いらっしゃいませ。おや、お客様、昨日もお越しいただきましたね。ありがとうございます。何か気になる商品が御座いますか?」

昨日あれだけショーケースの前でうんうん唸っていたためか、店員にも連日の来店に気づかれてしまう。

「えーっと…この羽根ペンがモチーフのペンダントなんですけど」

俺は、亜矢が趣味で色んな山、湖、海などに出向き、風景をスケッチしていることを知っていた。

そのとき、” 羽根ペン ” を使用して描いていることも。

素人目にはあまり描きやすそうなペンには映らないが、亜矢は気に入って使っているようなのできっと何か特別な思い入れがあるはずだ。

俺がプレセントにと選んだそのペンダントはまさしく羽根ペンをモチーフにしたものだが、鳥の羽根というよりも天使の羽根に近い印象で、俺が亜矢に抱く印象と酷似している------

「こちらのペンダントですね?今すごく人気のデザインで、きっとお相手の方も喜ぶと思いますよ。石はダイヤモンドとなっております。お値段ですが、八万四千円で御座います」

------俺が繰り広げていた恥ずかしい思考に雷を落とすかのような値段が提示された。

決断を渋っていたのはこれが理由だった…

だが、ここで怯んでは男が廃る。高校生である俺にとっては大金も大金だが、亜矢への感謝は金に換えられるものではない。

「はい。プレゼント用の包装をお願いします」

亜矢へのプレゼントを手にし、ファーストフード店で軽く昼食を済ませた俺は、カフェで性懲りもなくPCをいじりだし、気づくと時刻は十五時半になっていた。

会計を済ませ、足早に待ち合わせ場所へ向かう。

俺の予想通り、朝から降ったりやんだりを繰り返した雪は、深く積雪することなく今も街を静かに舞っている。

------

「まーたカゼひくわよ」

俺の背後から、頭上へ傘が差しだされた。

振り向くと、そこには。

赤みがかった茶色い髪をおろし、顔のサイズと明らかに不釣り合いな大きな黒ぶちメガネをかけ、真っ白なコートと長いブーツに身を包んだ亜矢が立っていた。

いたずらな笑顔で口元からは八重歯が覗き、頬には紅が点されている。

「…!」

「? どうしたのよ、新」

「ご、ごめん。ちょっと見惚れてた」

「は…はぁ?!し…正直すぎるわよ…じゃなくて、何言ってんのよ!バッカじゃないの!」

「今日はいつもと随分雰囲気が違うじゃないか。なんていうか…すごくきれいだよ」

亜矢の頬に点された紅が一層赤みを増した気がした。

「もぅ!いつからそんなに調子のいいこと言うようになったのよ」

二人でアハハと笑いあい、俺たちは改めて挨拶を交わす。

「今日はヨロシクな。亜矢」

「こっちこそ。来てくれてありがとう、新」

「…!」

ここで俺は致命的な自分のミスに気付いた。

プレゼントに気を取られすぎて、食事をする店の予約はおろかデートプランそのものを考えていなかったという、男として致命的すぎるミスに。

普段であれば亜矢と出かける場合、顔を合わせて会話した流れでどこそこに行こうと決まりそのまま出かけてしまうことがほとんどで、計画や予約をして出かけることは滅多に無い。

その気楽さに甘えていたことが災いしてしまった…

「今日なんだけど、食事の前に一緒に行きたいところがあるの。新には内緒で計画してたんだけど、大丈夫かしら…?」

------なんと。

亜矢から、まるで天使の如き提案が示された。

俺は即座に首肯し、亜矢の計画に委ねることにした。

何だかんだで亜矢に甘えてばかりの自分に少し嫌気がしながらも、次こそは俺がエスコートしようと心に決めた。

「良かった!あのね、まずはこのチケットを受け取ってほしいの」

「え?これって…------」

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