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【第8話 CPP本部】

「…------ヨウコソ」

「タカハシリサ研究員ハ,八階ニイマス.コチラニオノリイタダケレバ一瞬デトウタツイタシマス」

今日は、十二月二十七日。

俺は、再びE-SigLaboを訪れていた。

CPPへの推薦話に対する " 答え " を伝えるため、りさセンからもらったメールの通りEやって来たというわけだ。

エレベーターを降りると、相変わらず白衣を着た男女がドタバタと走り回って大声を上げている。

俺はきょろきょろと辺りを見回し、りさセンの姿を探す。

フロアの喧騒の中を歩き回ると、やがて見覚えのある栗色の髪をなびかせ颯爽と歩く研究者と遭遇した。

「お、新君!来たわねぇ」

「りさセン先生、こんにちわ。例の件について話をと思いまして…」

「…わかった。また六階に行きましょう」------そう促され、りさセンと俺は六階のミーティングエリアに移動した。

「時間を取ってもらってありがとうございます」

「何言ってるの、私が持ちかけた話じゃない」

「それで、推薦の話なんですけど……俺、CPPに入りたいです。お願いします」

りさセンは俺の言葉を聞き、驚きから一瞬目を丸くしたがすぐに微笑みかけてくれた。

「…良かったわ。新君が前向きに考えてくれて」

「あの後、りさセン先生の言った ” バーサーク ” 状態ってキーワードについてよく考えたんです。それで、やっぱり仲間がいた方がいいと思って…」

「そうね、CPPはチーム行動が基本。リスクはかなり減るはずよ」

「それに、複数現実の創造…ってのがどんなものなのか、壮大すぎて俺にはよくわかりません。でも、その言葉について考えれば考えるほど興味が…」

「CPPのビジョンにも共感してくれたのね。複数現実…が、どんなものになるかは実際にできないとわからないけど、私は人々の生き方を大きく変えるって信じてるわ。きっと新君も似たような心境なんじゃないかしら」

「はい。りさセン先生が信じた組織なら、俺も信じてみようって気持ちもありますけど…」

「ふふっ」

「と、ところで…これからどうすれば?」

「うん。説明しなくちゃね。と言っても、そんなに難しいことは無いの。あなたを本部に連れて行くと、その場でいくつか質問される。その後はE-SPIerだけが本部の奥に入っていくから、どんな選定を経るか私にはわからないんだけど大体、二時間ほどで結果が出るわ」

「そ、そうなんですか。書類とか書いたりしないんですね」

「えぇ。そもそもCPPに限らずE-PSIerの組織って、所謂 ” 規則 ” みたいなのはすごく少ないのよ。それは活動の核がE-PSIに依存する以上、属人性の高い構造にどうしてもなっちゃうから。汎用性の高い規則は、作りづらいの」

「なるほど…E-PSIerがどんなチカラをどんな条件で発動するか、パターン化出来ないですもんね…」

「そう。超個性派の集まりみたいなものだからね…でも、ミッションリーダークラスのE-PSIerは、その超個性派E-PSIer達をうまくまとめあげてるらしいわ。安心して」

「組織って言うと厳密な階層構造があると勝手に思ってたけど、どちらかというとチームの集合体みたいなイメージですか」

「そうね。掲げるビジョンがあって、実現するための様々なミッションがあって、ミッション毎リーダーがいて、リーダーが組織内から必要な構成員を選んでチームを組んで…って感じね」

俺は " 組織 " という言葉から漠然と、堅い上下関係や細かい指示命令系統があるものと予想していたが、どうやら見当違いだったようだ。

確かに、予め枠組みを決めて組織運営するにしてはE-PSIer個人の影響力が強すぎるとは感じていたが…

「それじゃ、コーヒー飲み終わったら本部に行きましょう」

「わかりました。CPPの本部は、どこにあるんですか?」

「…新宿よ」

------タクシーに乗り込み、新宿駅からほど近いとある高層ビルの前で降りる。

かなり大きなビルだ。

中に入ると、先ほど訪れていた研究所と外観が酷似したエリアが眼前に広がった。

そして、見覚えある受付ロボットがこちらに向かって進んでくる。

「E-SigLabo所属、高橋理沙よ。新メンバーの推薦で来たんだけど、対応してくれる人いるかしら?」

「タカハシリサ研究員,CPP本部へヨウコソ」

「十七階デ対応イタシマス,コチラニオノリイタダケレバ一瞬デ到達イタシマス」

俺達は、これもまた見覚えがある円柱状のエレベーターに乗り込んだ。

扉が開くと、そこには------

スーツ姿の男性が立っていた。

少し長めの金髪に青い瞳、ガッシリとした骨格と厚い胸板を持ち一九〇センチメートルはあろうかという長身だ。

その風貌から、ヨーロッパの歴戦の勇士を彷彿とさせる…

「やぁ、リサ。新メンバーの推薦だって?」

「こんにちわ、ルーカス。そう、私が勤めてる学校の生徒なんだけど」

「なるほど。君がそうかな」

「はい、冴木 新と言います」

このルーカスという男、穏やかな態度の中でどこか人を見透かすような…そんな気配を感じる。

俺は多少警戒しつつ名を名乗り、男の次の言葉を待った。

「私はルーカス・ギルバートだ、よろしく新君。ところで、E-PSIはいつ頃から?」

「今年の十月です」

「他の組織からの勧誘はあった?」

「はい…組織の名前はわかりませんけど…」

「そうか。その組織の勧誘は断ったという認識で良いのかな?なら何故ウチを?」

「その組織は勧誘を断ったら俺を抹殺すると言いました。そんな組織に入ることはできません。CPPは先生から説明も受けているし、入るか否か、E-PSIerの意思を尊重してくれてますので」

「ほう、優等生らしい回答だね。しかし、とりあえず私に敬語は不要だ。面倒だろう?…では、私についてきてもらおうか」

敬語が不要…?明らかに年上の人間との対話なので違和感はあるが、ミッション時のコミュニケーションコストを減らすため敬語を排しているとすれば、従うべきだろう。

「……わかった」

恐らくここから、本格的に俺は試される。

りさセンと顔を合わせ頷き合い、身を翻して歩き出したルーカスの後を追いかけた。

------

「この部屋を使う」

「ここは…」

俺の目の前にとてつもなく大きな扉が現れた。

亜矢の誘拐犯が待ち伏せていた倉庫の扉のゆうに三倍はあるだろう。

ルーカスは扉の横のタッチパネルを慣れた手つきで操作し、ロックの解除音が鳴り響く。

「ようこそ、コロッセオへ」

「コロッセオ?」

俺の訝しげな表情を尻目に、ルーカスは扉の中へ足を踏み入れる。慌てて俺も後に続く。

コロッセオなる巨大な空間はやはり円柱の形状をしており、入り口から数メートルのところにもう一つ、ガラスの円柱が天井までを貫いている。

「このガラスはウチ特製の超強化ガラスでね、暴れん坊E-PSIerがどんなに激しくバトルしても破壊されないのさ」

「そんなところで、何をするつもりだ?」

「君、戦闘タイプのE-PSIerだろう?ならウチに入るかを決めるのは、強いかどうか。それだけだよ」

「ここで闘え、ってわけか…」

「その通り。相手は…」

そう、戦闘は一人ではできやしない。重要なのはその戦闘相手だが…

「私だ」

ッ------明らかに百戦錬磨の戦士の風貌を備えるこの男と?

しかし、確かにそうでなければわざわざルーカスが俺を試しにくる意味が無い…が…

「不服かね?」

「いや…alias」------俺はaliasを呼び出した。

「やぁ、ここがCPP本部かい?昨日の新の話通りなら、今はCPPの人が新を選別中ってことに…」

「ふっふっふ、これが君の能力か」------ルーカスが不敵な笑みを浮かべる。

「あぁ、そうだ」

「なるほどね。この人が試験官ってわけ」

「そうだ、alias。このコロッセオで、試験官のルーカスと闘って、認められれば晴れてCPP入り……ってことでいいんだよな?」------俺はルーカスに条件を確認をした。

「あぁ。その通りだ。勝つ必要は無いよ、土台無理な話だからね」

随分な自信だな、と俺が感心していると…

「いいの?そんなこと言って負けたら恥ずかしいよ?」

相変わらずaliasは人を食ったような態度で相手を挑発する。

「ふっ、姿形は全く同一なのに、キミは新君と比べ随分挑発的だな」

二人が戦闘前から見えない火花を散らし、やがて連れ立ってガラスの内側へと入って行った。

ガラスの内側は、地面に土が敷かれている。

そして、ガラスの局面には不規則に突起する足場のようなものがある。相当な高さにもそれが設置されていて、空中を舞わない限り届くはずも無さそうだ。

E-PSIerの中には飛べる者までいるのか…それを想定しなければあのような造りにはなるまい。

このコロッセオの内側と外側を隔てるガラスは、CPP特製の超強化ガラスだとルーカスは言っていた。

しかし音はほとんど遮断されないようで、ルーカスとaliasの会話は、先ほどと変わらず聞くことができる。

「キミ、alias君と言ったかな。新君のCPP入りを判断するため、これから私と闘ってもらう!」

「うん、ルールは?」

「本来ならば、必ずE-PSIを使用することをルールとしているが、キミの場合は存在が既にE-SPIの産物。なので特別なルールは設けない。とにかく私を圧倒するだけの戦闘をしてくれれば新君をCPPのメンバーとして認めよう!」

「簡単でいいね。じゃあ、早速始めていいかい?」

「来たれ!alias!」

------ザッ!

aliasが地を蹴り、ルーカスに向かって突進する。勢いを殺さずに姿勢を低くしてそのまま廻し蹴りを放つ。

しかしインパクトのその瞬間、いや正確にはその直前。ルーカスの姿が視界から消えた。

このガラス張りの空間において、平面の死角は存在しない。ということは------

宙だ。上空を見やるとやはりルーカスは高く跳躍していて、aliasの攻撃を回避した。

すぐさまaliasも追撃のために跳躍しようとするが、その刹那。

ルーカスが空中で一瞬制止した。

かと思うとそこから物凄い勢いで急降下してaliasの脳天に自身の踵を落とす。

aliasは地面に倒れ込んだが、すぐに立ち上がり、蹴りではなく殴打による攻撃を見舞う。連続して拳を繰り出すalias。

しかしルーカスは、その風貌からは想像できない、まるで流水の如きしなやかさで拳をかわす。

そして、ルーカスはaliasの攻撃を回避しながら両の掌を組み、天高く掲げたかと思うと、それを目にもとまらぬ速度で振り落とす。

aliasは即座に反応し後ろへ跳んだが、いかんせん攻撃速度が速すぎた。ルーカスの両手はaliasの右腕にクリーンヒットした。

「なんだ…アイツの速さは…」------俺は、無意識に畏怖の言葉を口にしていた。

aliasの戦闘を見るのはこれが二回目だ。

以前の誘拐事件のときには、拙いながらも俺と連携して誘拐犯を撃破したため、恐らくaliasは全力を出していたわけではないだろう。

今回、aliasは明らかに全力でルーカスに立ち会っている。俺の想像をはるかに上回る戦闘能力をaliasは持っていた。

しかし------。ルーカスの強さは、そのさらに遥か高みにあった。aliasの全力の攻撃を涼しい顔をして回避し、目にもとまらぬ速さで反撃を繰り出してくる。

「太っ腹だねぇ、初手からE-PSIを使ってくれるなんて」

「ほぅ、よく気付いたね」

二人の会話がかろうじて俺の耳にも届く。

ルーカスがE-PSIを使っている…どんなE-PSIを使っているかは、俺のいる場所からでは特定ができない。

が、二人の戦闘を通して俺の脳内には一つの予想が産まれていた。

やがて、aliasとルーカスは一旦攻防の嵐を停止し、互いに距離を取って対立した。

「ここまでのやり取りだけで、私がどんなE-PSIを使用しているのかわかったのかね」

「当然さ。アンタのE-PSI、それは------」

「「重力を操る力…」」

俺とaliasはコロッセオの外側と内側から同時に言葉を発した。

「やるじゃないか、キミも、新君もこの短い攻防の中だけで私のE-PSIを見破るとは」

「アンタの動き…その図体の割にとにかく素早い。でも…それを差し引いても、垂直方向の動きはどう考えたって速すぎる。それに、僕の攻撃を空中に回避したとき…空中で一瞬制止した…」

「なるほど。よく見ている、戦闘中の思考力は全く問題ない」

「ふん、偉そうに評価してるところ悪いけど、第二ラウンドいいかい?」

「ふふ、不敵だね。alias君」

「僕の攻撃はまだ一発もアンタに当たってないんだ。そんな状況で評価されてもね」

「そうか。では、私に一撃でも見舞うことができたらCPP入りを認めよう。どうだい?悪い条件じゃないだろう」

「ナメられたもんだね。でもいいよ、今日の最優先は新がCPP入りを確定させることだ」

「では今一度!来い、alias!」

------パッ---

突如、今度はaliasの姿が俺の視界から消えた。いや、それはやはり正しくない。

aliasは跳躍して宙に舞った。

その動作速度が、俺の知覚速度を越えていたために ”消えた” ように感じたのだ。先程のルーカスの、初撃回避時と同等の動き…

しかし何故。ルーカスは重力操作のE-PSIを使うことが今までの話で判明している。

垂直方向の勝負では、確実に分が悪いはずなのに…

「考えたな、aliasよ!」

ルーカスが叫ぶ。aliasはルーカスの頭上から、先ほど一撃目でくらった踵落としの態勢を取っている。が、ルーカスのそれよりも攻撃対象に横方向の距離が近いような印象だ…

そうか。E-PSIerであるルーカス自身が重力操作の恩恵を受けるためには、発動ポイントを奴の足元に設定するはずだ。

重力の操作である以上、その効果範囲は発動ポイントから垂直に伸びる。

であれば、aliasは自身の位置取りをルーカスの頭上に取れば条件は五分だ。

しかし------ルーカスは、恐らく重力の操作をすることなく、振り落とされるaliasの踵をかわしてみせた。

「最初にE-PSIを使ったのは、CPPとして見せておかねばならぬと考えたからだ。戦闘において必要だったわけではない」

ルーカスはあくまで落ち着いた様子でaliasに格の違いを見せつける。

「ちっ」

aliasの表情に、苛立ちの色が見える。

aliasの動きは、常人とはかけ離れている。相手が一般の人間であれば、今の条件で勝てないことなどそうないだろう。

しかし、このルーカスという男…あまりに強く、戦闘慣れしている。

傍から見ていてもそれが伝わってくるほどの気迫と動作。

「その余裕、いつまで持つかなっ」

ルーカスによる重力操作を見越して繰り出した、頭上からの攻撃をかわされても、aliasは手を緩めることなく攻撃を仕掛けている。

しかし、やはりルーカスは先程と同様涼しい顔でその攻撃をかわしながら、反撃を打ち出し確実にaliasにヒットさせる。

「alias、それほどの速さと打たれ強さ…非常に優秀な人材だ。しかし、約束は守ってもらうよ」

「うるさいね、わかってるよ。アンタに一発お見舞いしなきゃあ、認められない……だろう!」

言葉を発すると同時にaliasは裏拳をルーカスに打ち込む、それにはルーカスも虚を突かれたのか、拳が前髪の一部をかすめた。金色に輝くラインが両者の間で反射する。

尚も、aliasはルーカスに向かっていく。鬼気迫るその様子は、さながら狩りをする猛獣のようだ。

猛烈な攻撃を捌く最中、ルーカスはちらりと自身の腕を見た------そう、ちょうど腕時計を見るような仕草で…------。

「この色は…すごい、すごいぞ!」

ルーカスが言葉を発すると同時に、俺は理解した。

《E-SigSensor》だ。

りさセンが着けていた、波長の短い信号を発するほどに青くなるというE-PSIerの識別装置。恐らくあの男の腕にもそれが着けられているのだろう。

平時の俺の信号でさえ真っ青だったらしいが…

あのルーカスの感嘆は、尋常ならざる信号の受信を物語っている。

ということは…

------突如として、aliasは攻撃を止めた

「どうした、aliasよ。エネルギー切れかい?」

ルーカスの言葉に全く反応することなく、aliasは俯いている。

直後。

ズアッ------------------

轟音とともに、aliasの足元から、コロッセオの地面の砂が舞い上がった。

ルーカスはその光景に、初めて表情に驚愕の色を現した。

砂埃が収まると、そこには…

光と風が一体化しているかのような空気の渦がaliasの足元から頭上までを取り巻き、発生していた。

更に驚くべきは、その内側にいるaliasの姿だ。これまで、俺と姿形は全く同一だったはずなのに、今そこに立つaliasは、その容貌を大きく変えている。

目は明らかに吊り上がっているし、骨格が全体的にシャープになっているように見える。そして口元には牙のように尖った歯が二本覗いている。

「あれは…alias、なのか…?」------俺の心の内なる声が漏れる。

「ハッハッハ!これほどとは!alias、そしてaliasを産み出した新君、君達は天才だ」

ルーカスの上げる感嘆の声には、aliasは言葉を返さなかったが、自発的に言葉を発した。

「------悪いけど、手加減できる気がしない。大怪我したらごめんね」

相手を食ったような態度は相変わらずだが、何故かその内容が真に迫る…そして、変貌したaliasの声には、わずかだがディストーションのようなものさえかかっている…

aliasとルーカスの闘いの、この先の展開を俺は全く予測出来なかった------

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