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【第16話 地獄に堕とされた天使】

地獄絵図------

二人の少女が平穏にショッピングを楽しんでいた場所は、そんな言葉でしか形容できない景色へと一変した。

美しく陳列されていた商品群は散乱し、ピカピカだったフロアの床には血と臓物が飛び散っている。

群衆はひとところに集結して身を震わせ、突如現れた醜悪かつ異常な爆弾魔を見据えていた。

ここにいる全員が逃げ出したいと願っている。

だが逃げ出せば、先の男と同じ運命を辿ることは明白であった。

そう、肉体を内部から破壊され命を落としたあの男のように…

群衆の目には恐怖の色のみ浮かんでいる。

圧倒的臨場感を持って突き付けられる現実-----

「さて…お遊びが過ぎたな。本題に入ろうじゃないか」

「…こ、これがお遊びですって…?ふざけるんじゃないわよ!」

爆風により吹き飛び、へたりと座り込んでいた亜矢が爆弾魔の言葉に反応した。

それは、隣りにいる大切な---妹のような---存在が傷つけられたことに対し感じる強い怒りからだ。

そんな批判の声を聞いた爆弾魔は、亜矢の方へ---グルリと---顔を向ける。

瞬間、亜矢の背中に悪寒が走った。紛うことなき恐怖から、だ。

爆弾魔は醜悪な顔をさらに歪ませ、垂涎の表情で口を開く。

「ほーう。気が強いが顔はいいなぁ〜?決めた。お前《デザート》だ。ヘヘ、へへへ」

…亜矢は、自分が何を言われたのか瞬時には理解できなかった。

-------そもそも爆弾魔は、明確な目的を持ってここに来た。

しかしその目的を達成した暁には、一定の自由時間があるのだ。

その時が訪れたら、亜矢を手籠めにしたうえで殺害する。

そんな意思を表明したのである。

もちろん、最後にはこの場にいる全員を道連れに…

愚劣かつ個人的な愉悦を控えることとなった爆弾魔は、まず目的を果たすこととした。

その危険な視線は、額に血を流しぐったりしている少女をとらえる。

「さぁ。瀧本 クロエ、俺、いや、我々の目的はお前だ」

「------え…?」

クロエは一瞬、驚愕の色をその表情に浮かべたが、すぐに理解した。

「はぁ…また…私のヘンな力を狙って…でも、前に来た人とぜんぜん違う。こんなことならその人のところに行けば良かったよ…」

そう言ったクロエは、どこか虚ろな表情をしていた。

それはケガのせいというよりは、自身のこの先の運命を悟り、受け入れたかのような------

「亜矢ちゃん…」

クロエは小声で、亜矢の名を呼んだ。そして。

「ホントにホントにホントにホントに、ありがとう!だーいすき!」

-------パッ

突如、暗闇。

亜矢は、この暗闇が自分の目からこぼれ落ちる涙のせいならいいのにと、心の底から思った。

しかし現実はそうではない。

なぜなら、亜矢がどんなに手を伸ばしても、もうそこにクロエの身体は無かったからだ-------

「おい!コラ!!なんだこれは?バカにしてるのか…畜生がアァ!!」

爆弾魔の汚い怒声だけが、暗闇の中で響き渡っていた。

------

ハァ、ハァ…

私は、息を切らして暗闇の中を走った。

きっと下の階に行く。そう思ったから。

非常灯すら灯っていないそのビルは、階段を見つけるのも困難だった。

でも、エスカレーターが近くにあったのを私もクロエも覚えている。

あそこまでつければ手すりをつたって一気に下まで降りられる。

クロエもきっと…階下に逃げてる…

そう信じないと心がおかしくなりそうだった。

------同時に、私は首元で光る珠を強く握った。

私の首元にはクロエと出会った日に、婚約者がくれたペンダントが常に光っている。

そして。もうひとつ。重なって光るペンダントがある。

その先端に鎮座する珠を、私は力強く握って走った------

------

…ゴォォォォォ

「おい!さすがに速すぎる…と言いたいとこだが、もっと出ないか?急いでくれ!」

「Hey-Hey!ファンキーだなボーイ!じゃあもっとスピード上げるから、落下すんなよ?」

ドウッ------

...夜空を、流星のように薙ぐ一閃の光があった。

それは直線距離にして四キロメートル弱、時間にしておよそ一分間。

都心上空で瞬いた。

ある者は流れ星とはしゃぎ、ある者は低空飛行する飛行機だと騒ぎ、ある者は飛来したミサイルだと怯える。

しかし、そのいずれもが正解ではない。

その光線は、《生身の人間》が源である。

" CPPのロケットマン " と称されるその彼の名は、三ツ矢 ジェイコブ 颯斗------

この男もまたE-PSIerであり、CPPに所属している。

《対象》に向けた高速飛行移動という、超希少かつ有用性の高い能力を持つ”古株”だ。

帰国子女であり、性格も口調もアメリカナイズされていて、ルーカスと非常に仲がいい。

…そしてロケットマンは常時、特殊なベルトを装備している。

ベルトから放出するワイヤーを使用することで、飛行時に二人までなら運ぶことができるという代物だ。

なぜこんな装備をしているか。

その理由はシンプルだ。

ロケットマンだけではミッション達成における能力が不十分だから、の一言に尽きる。

そう、現在ワイヤーの先に接続されロケットマンとともに飛行している男が、二人。

「------僕でよかったのかなー、もう一人くらい戦闘員連れてったほうが…」

「CPPにとって未知の敵かつ組織ぐるみなことは確かだ。なら、賢の能力は必要だろ?」

「まぁ、ね。ただ、戦闘ではお役に立てそうもないよ…ま、君がいれば問題ないか」

「厳密には俺じゃないがな…」

「Hey!もう着くぜ、着地に備えな!ボーイズ!」

二人の会話に割り込むように、ロケットマンが声を上げる。

直後------

光線は直角に地面に向かって落下を始め…

ドォン!!と音を立て、とあるビルの前に三人の男が《降って来た》。

「------やはり、真っ暗だな」

「Unbelievable!瀧本 クロエの能力、ウワサにゃヒアしていたけど…ずいぶんエキセントリックだ。手持ちのデバイスがオールシャットダウンしてるぜ!」

(ひ、ヒアしていた…?ロケットマン…お前ホントに帰国子女か…?)

いくら何でも横文字の使い方が妙すぎるロケットマンへの感想はグッと飲み込む。

「と、とにかくまずは二人と、この騒ぎの元凶を探す。そして戦闘の後、即捕獲だ」

「そうだね、さぁ。新」

「あぁ。来い、alias------」

暗闇の中で視認しづらいが、確かにその場にいる男と同一の容姿・形状の存在がその場に現れた。

唯一違うのは、腰に帯びた鞘に収められた剣。

現れたその男はおもむろに、腕に巻かれた時計を見やり口を開く------

「うわ、本部を飛び立って二分も経ってない…やるねぇロケットマン」

「HaHaHa!新がとにかく飛ばせってうるさいからな」

「おい、無駄話してる余裕はないぞ。行こう」

四人の男はキッとビルを睨み、突入の態勢をとる。

と、そのとき。

反応しなくなったビルの入り口の自動ドアがこじ開けられる。

そこから飛び出た一人の少女が、四人の方へ駆け寄った。

「新!alias!」

「亜矢!」

「良かった…ちゃんと通じた…」

亜矢は新の胸に顔をつけて泣きながら、ここまで握り続けていた首元のペンダントをより一層の力で握りしめる。

「あぁ。実際に使うのは初めてだったからな…たまたま俺が本部にいたのも幸いだった」

「ウン!こんなに早く来てくれるなんて…」

「Foooo!このコが新のガールフレンド?カーワイイ!」

「ロケットマン、うるさいー」

「皆さん、CPPの…?」

新、aliasと共にこの現場に現れた二人を見て、亜矢は尋ねる。

「そうだよ亜矢さん。戦闘員はボクだけだけど、今回の亜矢さんと瀧本 クロエさんの救出ミッションはこの四人で遂行する」

------aliasのその言葉に含まれる名前を聞いて、亜矢の表情に急速に悲痛の色が浮かぶ。

「ク、クロエは、降りてきてないの…?」

亜矢はそれを完全に予想をできていなかったわけではない。

あの状況でクロエがRangeBlackoutを使い《一人で》ビルの階層を下って逃げ出すような娘ではないことを知っていたからだ。

しかし、それでも亜矢のとれる行動の選択肢は《自分は下の階へ逃げる》ことしか無かった。

なぜなら、クロエが自身を囮にして上の階に向かうという行動の可能性を考慮した場合においても、亜矢が暗闇の中で上の階に向かって迷ってしまっては、すぐ駆けつけるであろう新との合流も叶わず、かといってクロエを見つけ出し救出する術も持たないからである。

だから、自身の思考に蓋をしていた。

クロエはきっと逃げる。

下の階へ逃げて、爆弾魔の狙いから身を隠す。

そう思い込むことで亜矢自身もなんとかあの場から動くことができた。

しかし現実を突きつけられたことで、思考の蓋は無情にも取り外される。

クロエが囮として上の階に行き、亜矢を逃がす。

そして、クロエを最優先に追跡してきた爆弾魔によって------

最悪の事態が脳内を支配し、亜矢はガクガクと震えだす。

「亜矢、落ち着いてくれ。まだ、瀧本 クロエを発見していない。すぐ突入する。だがその前に、中での詳しい状況を教えてくれ」

新が諭すように語りかけるも、亜矢はパニック状態に陥っている。

「う、上の階に……?ダ、ダメよ!急がないとクロエが…!クロエが!!」

------そのときだった。

ズドンッッッッッッ

パリンッ

「!!」

無情にも遥か上空で再度響き渡った、悪魔の重低音と破砕音。

数秒置いて、五人の頭上へパラパラと舞い降ちてくるガラスの破片。

「ヤバい、ここでウダウダやってる場合じゃない!行こう!!」

「あぁ、亜矢。待ってろ」

CPPの四人の男は、ビルの中へと走りだした。

そして。

震えて、へたり込んでしまった亜矢も、立ち上がり四人の背中を追う。

「私も行くわ!」

「亜矢!危険だ」

「Hey新!立ち止まるタイム無いゼ?おジョーちゃんは上でYouが守りな!」

新は、ロケットマンの言葉をすぐに飲み込みうなずいた。そして亜矢に目配せをして優しく微笑む。

亜矢も、視線で新に感謝を伝える。

爆発が起こり窓が破砕したのは、目算で十階前後だ。

五人はエスカレーターの手すりを頼りに、上階を目指す------

-----

走る、走る、走る。

十階分も階層を昇れば、当然五人の体力差から到着に差が出る。

だがそれは、図らずも五人にとっては好ましい状況を産みだした。

なぜなら真っ先に十階に辿りつくのは、身体能力的に確実にaliasであるからだ。

このミッションにおける敵は、組織も能力も未知であることと、瀧本 クロエの能力特性から、CPPの上層部からはaliasに対して即時かつ常時バーサーク状態での戦闘指示が出ていた。

加えてRangeBlackoutの影響下では、全ての「電気をエネルギーとするモノ」は使用不可となる。

となると暗闇において敵を視認するには、別の光源が必要だ。

バーサーク状態のaliasは身体全体にオーラの光が纏われる。

その光は周囲を照らすに十分な光量を持っていた。

ゆえに、瀧本 クロエと敵の発見、そして戦闘においてもRangeBlackoutの影響を減じることが可能なのはaliasのみなのだ。

------今回、瀧本 クロエの救出ミッションが即時立ち上がり実行に移ったのは、新の持つE-SigReceiver《開発されたばかりの " 疑似E-Sig受信機 " である》に、亜矢が持つE-SigTransmitter《同様に " 疑似E-Sig送信機 " である》からのSOSが届いたからだ。

しかしCPPもいくらメンバーの関係者とは言え、そもそも組織と利害関係の無い者であれば救出にリソースを割くことはしない。

なぜ。今回正式なミッションがすぐに実行に移されたか。

それは《瀧本 クロエ》のほうを必要な人材とCPPが認識しているからである。

以前、CPPが瀧本 クロエを勧誘したときは断られている。

しかし、広範囲へ影響をもたらす能力はCPPとして継続して勧誘するに値するものだった。

ここで恩を売って…という打算がCPPにあったからこその、この人的資本確保と行動の速さである。

ズアッッッ

光と風が一体化しているかのような空気の渦が、aliasの全身を垂直に貫いた。

周囲は照らされ、その異形となった姿でaliasは辺りを見回す。

「あそこか!」

バーサーク状態のaliasの声は残響となってフロアにこだました。

フロアの奥のほうに、人影を視認したalias。

彼は地を蹴るとドウッという音を立て、なんと一足でその人影の元へと辿りつく。

------------そこには。

《何か》を喰らう、男が立っていた。

容姿は醜悪。表情は愉悦に浸っている。

その男が手に、そして口にするものが何かを、aliasは一拍遅れて悟る。

…《 人 間 の 足 》だ。

さらにもう一拍。aliasは視線を右にずらす。

彼の目に映ったのは…。

右足を無くし、散乱した窓ガラスの上で壁にもたれかかる、

目を開けたまま動かない少女の姿だった------

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