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【第11話 戦友と来訪】

麗花は、私に剣で突き飛ばされ壁に激突して尚も明るく------

「ま!さゆっちがこんだけ元気になったなら安心だっち!」

そう言い残して、全国大会の会場へと向かっていった。

ありがとう と伝え、また心の中でその何倍も感謝の言葉を連ねながら麗花を見送り、午後は麗花の試合を応援しに行こうと決めた。

しかし、一方で私は自分に起きた変化に激しく戸惑っていた。

麗花は、鬼神と同じレベルの体格と力を持つため、今までの試合では私の得意分野であるスピード勝負に持ち込めるか否が勝敗を分けていた。

今回の都大会のときもそう。

麗花に勝つために速さを極限まで高めるトレーニングを続けたものだ。

鬼神に負けてひどく落ち込んだ私を助けるため、我が家を訪ね試合を申し込んできた今日も今日とて、麗花に対する戦法は変わらない…はずだった。

身体の小さな私が、剣道という熾烈な競争の中で生き残るために鍛えてきた戦法…

でも実際の試合内容はこれまでとは大きく乖離したものとなった。

麗花は私の放った打突の「推力」により道場の壁まで飛ばされた、というのだ。

自身の放った攻撃にも関わらず何故他人ごとのような表現を用いるかというと、その瞬間の記憶が鮮明ではないから…

そう、麗花との打ち合いの激しさがピークを迎えたところで私の意識は急加速し、遂には自身では知覚できないレベルに達していた。

気がついたら、麗花は私の眼前から姿を消しており、ドォン!という音ともに数メートルも離れた壁に背中をつけていたのだ。

…一体どういうこと?

これまで自分が築き上げた常識という枠では測りかねるこの事態。

偶然…と無理矢理に納得し、私は自宅へ戻って外出の準備をした上で全国大会が行われる会場へと向かった。

------

十三時を回ったあたりだろうか。私が到着した剣道全国大会の会場は、この大会日程の中で最大の観客を動員している。

それも無理はない。

何故なら、今日ここでとり行われる試合は全国四強の剣士による準決勝と決勝という大舞台なのだ。

学校・道場の関係者のみならず、政府や警視庁の人間までが有能な若者を知るために観戦に訪れていると聞いた。

最初に行われるのはAブロックを勝ち進んだ二名による準決勝。

このAブロックこそが私が名を連ね、昨日の準々決勝で敗れることとなったブロック。

そう。故にこの舞台にこれから姿を表すのは、鬼神こと守屋 舞…

そして対する相手は京都の代表剣士、和泉 響子------。

和泉も全国制覇経験をもつ強者だが、組み合わせの妙…とでも言おうか。私は剣を交えたことが無い。

もしこの大会で私が舞を撃ち破ることができれば、初めて彼女と剣を------という想いがあったのだけれどそれは叶わなかった。

------十三時三十分、予定時刻丁度に試合開始の合図。

初動から互いに突進し激しい技の打ち合いになるかと思われたが、意外にも二人は間合いのぎりぎり外で機を伺っている。

その後、牽制のために竹刀をぶつけることはあっても勝負に出ている様子は無い…

この展開。間違いなく、勝敗は一瞬で決まる。

達人と達人が、観客の目に見えない駆け引きを水面下で応酬しているのだ。

不気味な静寂に包まれる会場、固唾を呑んで見守る観客…

その瞬間------先に仕掛けたのは和泉の方だ。鬼神の小手を目がけた一撃。

私はその動作の無駄のなさと精密さに一瞬目を見張ったが、同時に直感した。

《あ…見たことある…この状況……》

「舞の勝ちね」

私の口からポツリと漏れていたこの台詞が現実のものとなったとき、観客席からは大歓声が上がった。

------

「やるなぁ、鬼神よォ」

控え室のモニターでAブロック準々決勝を見ていた白鳥麗花は感嘆の言葉を漏らした。

麗花は闘志を燃やしていた。それは、次のBブロック準々決勝の対戦相手にではない。

今朝方、一突きで自身を地に伏せさせた永遠の好敵手である瀬戸 小百合を、この大会で打ち負かした鬼神・守屋 舞。

国内最強の座に王手をかけるその敵に向けた、闘志だ。

------その証拠に、この直後。麗花は準決勝を "快勝" した。

手に入れた鬼神への挑戦権。

"勝ってくらァ!"と仲間たちに宣言し、麗花は決勝の舞台へと向かった。

日本一が決まる試合に観客の熱も最高潮に達していた。

そして、貫禄すら感じさせる鬼神が登場したが、実は麗花も同等の見られ方をしていることに彼女は気づいていなかった。

そう。守屋に《鬼神》の異名が付いたように、麗花にも自然と呼称されるようになった異名がある。

戦妃・白鳥------。

鬼神と戦妃の歴史的名勝負の火ぶたは切って落とされた。

------

...麗花は強い。

私は過去、同じ東京都の剣士として幾度となく剣を交えた。

最も負けたくない相手なのに、最もたくさん負けた。

最も勝ちたい相手で、最もたくさん勝った。

麗花は私の中で特別な存在になった。

今、麗花は日本一の剣士を決める舞台で闘っている。その相手は《鬼神》------。

体格が同等の二人は、面や防具を纏ってしまえば観客席からはどちらがどちらか見分けるのが難しい。

しかし、私はその剣捌きによって一度も見紛うことなく二人を識別していた。

鬼神は準決勝のときとは打って変わって手数を増やしている。麗花はその攻撃の嵐を防ぎながら、時折自身の技を繰り出しヒットさせている。

一見すれば麗花が押しているように思えるが、鬼神には《相手の意表を突く》という癖がある。

自身が有利な展開に思えても、それは鬼神が機を伺っているが故に産まれた状況で、最終的には鬼神に一本を許してしまうという事態は頻繁に起こってしまうのだ。

麗花には常に警戒の色が見える…だが、鬼神はいつまで経っても戦術を変えず攻め込んでいる。

猛攻に次ぐ猛攻。

やがて私は鬼神の思惑に気づくこととなった。

鬼神は恐らく「勝ち方」を「選択」したのだ。

勝つのは当たり前とした上で、自身の課題は「どのように勝つか」。

鬼神の異名を持つその剣士は、そんな境地まで辿り着いている…

全国大会の決勝という大舞台にも関わらず、いや、だからこそというべきか。

自身の戦い方に一定の制限を設けてそれを遵守する。

矜持を掲げるその様は、宿敵ながら美しく映った。

「やぁぁぁぁ!!」

咆哮と共に更に手数を増し攻め込む鬼神。遂に麗花も対応し切れずに、形成は逆転した。

そして------

鬼神の剣は麗花の胴を横一閃に薙いだ。------私のときと同じ決まり手…

麗花はぺしゃりと膝を床につき小さく肩を震わせたが、すぐに試合開始時の位置に戻り蹲踞と納刀、礼をして大舞台を去っていった。

観客席の大歓声は、より一層の量と熱を帯び会場に鳴り響いていた。

------

コンコンッ…

私は、試合を終えた麗花に会うため、彼女の控室を訪ねた。

------しかし、ドアをノックしたが、返答がない。

「麗花...?ねぇ、いないの?」

ドアの向こうへ声をかけると、少し遅れて言葉が返ってきた。

「…オ、オウ!さゆっちか!入れ入れ」

いつもの麗花…

でも私は、気付いていた。

…麗花も、泣いていたんだ。

自惚れかもしれないけど、来客が私でなければきっと居留守を続けたんだと思う。

いま麗花により添えるのは、昨日同じく鬼神に負け涙を流し、今朝麗花により添ってもらった私しかいない。

そう自分に言い聞かせてドアノブをまわす。

「麗花、お疲れさま」

「ありがとよ、さゆっち。イヤー負けたゼ!」

「あの…ゴメンね。今朝の私との試合で消耗しなければ、結果はちがっ…」

「さゆっち!」

私の言葉を遮って、麗花が叫ぶ。

「言ったろ?ウォーミングアップだって。さゆっちがどうやって短期間であんなパワープレイを身につけたかわかんねェけどよ、今朝の試合のおかげで、アタイは鬼神のパワーにくらいつけたと思ってンだ」

「麗花…」

「負けたのはアタイが弱かったから。そんだけだ。でも…」

麗花は、強く拳を握りしめこちらに向けてゆっくりと突き出した。

「次は、さゆっちにも鬼神にも負けねーゼ!」

そう言ってニカッと笑った麗花は、どんな剣士より美しいと感じた。

------
 

小百合は、大会の表彰式には参加せずに帰路についた。

そこに、明確な理由はない。

なんとなく見たくなかったのだ。いや、もしかするとそれすらも、正しくはない。

------小百合は幼少期の頃から、”カンが当たる”あるいは"直感が鋭い"、と形容されるような子供だった。

剣道においても、スピードで敵を圧倒する戦いかたは、持ち前の読みの速さも一役買っている。

そんな小百合に、虫の知らせ...とでも表現するしかない現象が、起こっていたのだ。

なんにせよ小百合は、今朝、自身に起きた変化を自覚してからそれが「来る」と感じていた。

自宅付近の細い路地に入ったところで、背後から男の声がした。

「瀬戸 小百合 様...で間違いないですね?」

自身を訪ねてくる者の存在を予感していた小百合は、冷静に返答する。

「えぇ。そうよ。でも、人に名前を尋ねるときはまず自分が名乗るべきじゃないかしら。そもそも、こんな人気のない場所で背後から高校生に声をかけるなんて、対応が手荒になるわよ?」

小百合は、どこへ行くにも竹刀を持ち歩いている。よって万が一、暴漢に襲われようと、すぐさま撃退できるだけの力はある。

しかし今回に限っては、相手が暴漢の類ではないことはある程度予見はしていた。

「大変失礼いたしました。私、Central to ParallelProcessing所蔵、名取 京一と申します。」

「Central to ParallelProcessing?…聞いたことないわね」

「通称CPPと呼ばれております。瀬戸様が知らないのも無理は無い…秘密裏に動いている組織です故…」

「秘密裏って...なんか物騒ね。それで、そんなCPPの名取さんが私にどんなご用かしら?」

「はい。単刀直入に申し上げます。瀬戸様は、現代の超能力"E-PSI"を獲得しております。その力を、我らがCPPにお貸し頂きたく馳せ参じました」

「な、なによそれ...超能力って...信じられないわ」

「信じられないのも無理はない。E-PSIを獲得した者は、皆そう言います」

「でも...」

「?」

「超能力でもなければ信じられないことが起きたのも事実ね。それも、今朝のことよ」

「ほう...。既に発動済みでしたか。瀬戸様はいったいどのようなE-PSIを?」

「え?ちょっと待ちなさいよ、CPPはそれを知らずに声をかけてきたっていうの?」

「はい。我々が感知できるのはE-PSIerが発現したという事実と、その場所のみ。能力を調査してから勧誘に窺うのが基本だったのですが、ここ最近、組織の勧誘方針が変わったのです。」

「能力を知りもしない相手に見境なく声かけるって?あまり好きじゃないわ」

「おっしゃることは理解できます。しかし、E-PSIerの獲得競争は熾烈を極めるばかり。能力に関わらず感知したら即勧誘しなければ、他組織に奪われてしまう」

「えーっと、ちょっと整理させて」

「も、申し訳ない。E-PSIについて未知のあなたに、まくしたてるように話してしまいました」

「まず、私はE-PSIって名前の超能力を持ったのね?で、そうゆう人をE-PSIerと呼ぶと。」

「はい」

「で、そのE-PSIerを束ねる組織が複数存在している。あなたが所属するCPPは、その中の1つ」

「おっしゃる通りです」

「組織同士は対立構造にあって、E-PSIerの獲得競争が起こっている。だから、私の能力を調べずに、とにかくスピードを重視して勧誘に来た...ってことでいいのかしら?」

「瀬戸様は非常に聡明でいらっしゃる。まさにその通りでございます。通常、E-PSIerとなった方に勧誘をしてもその事実にうろたえる者が多い中、ここまで速く冷静に、E-PSIの存在・組織・勧誘への理解をしてくれたのは瀬戸様が初めてで御座います」

「スピードは私の信条なの。だから、あなた達の勧誘の速さにも感心した。いいわ。CPPに力を貸すっていうのがどうゆうことなのか、詳しく聞かせて」

------小百合は、自らの変化や、それをとりまく展開の速さに見事に順応した。

そして、名取に連れられCPP本部に出向き、より詳しい情報を精査し、晴れてCPPの一員となることを決めたのは、ここからわずか3日後のことであった------

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