渡部直己論Ⅱ  「助太刀」としての文学


渡部直己を論ずることに意味はない。党の操り人形に過ぎないからだ。そのストレスからだろうが、婦女暴行を隠蔽して問題になっている。すが秀実も女性作家を侮辱して、隠蔽しようとして「党派を使ってその女性作家の価値までおとしめて作品発表の機会を奪う」ことまで平気でしている。純文学を読む方が悪い、としか言えない現状であり、佐々木敦ほかの実名を出して批判するのは正しいが、腐敗が凄すぎて手の施しようはないだろう。まあ、金井美恵子の「辛口エッセイ」と称する「文章」に告発者のことが絶対に登場しないことをみても、救いようはないことは明らかである。まあ、中上健次も編集者を殴ってたりしてるので、なぜ非難されてるのか理解できないのかもしれないね。痴漢は、文学的評価とは無関係なので、古井由吉、渡部直己、すが秀実は気にする必要はない、ということだろう。このもの悲しい「業界」を守るため「助太刀」するという作家がいて話題になっている。困惑する以外ないが、「業界」内の論理というのがあって話が通じない可能性がある。

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