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【一日一恥】撒き散らせ、タネ的なもの

実家で過ごす、幾度目かの春。

高校まで過ごしたこの奈良で、これだけのまとまった時間を過ごすのは、もう15年ぶりぐらいのことになる。早いものです。そしてそれだけの時間を経た今、当時の子供は大人に、当時の大人は老人になった。

良くなった部分もある一方、衰えたものや、失ったものもある。悲観にあてられた日には、こんなことならもっと良くなっていたかった、なんて詮無きことを悔いたりしたけど、よく考えたら意味がないのでやめにして。

誰かの何かに役立つ力を、親が失っていく以上のスピードで伸ばせるかどうか。生きる上での再生のコミュニティを、衰えゆく家族の枠組みを越えた広さと深さで築けるかどうか。

自分のことだけ考えていた無邪気な季節の裏で、中長期での命運を賭けた、時間とお金と愛情のモデルが走っていたとは知らなかった。

家族という生産システム

我が家には、老人と化した親と大人となった姉弟がいる。家族の平均年齢はこの15年間で15歳上がった。厳密には、少し違うけれど。

他方で、親族を含めた同年代の友人たちには、新たな命を授かる系のイベントもよく聞くようになった。

今やおじいちゃんやおばあちゃんとなった親に孫を見せる。そんな象徴的なイベントに見る、系の保存則。きちんと衰えゆくものの側に、きちんと伸びてゆくものがある。システム全体としての生産性が保たれている。

何度もコップを倒してしまう父や、持病を再燃させる姉を傍に、僕には何が出来るのか。この我が家にも、新たな命が必要だなと感じる。

”新たな命”とは何たるか

情緒的な意味で、我が家に必要なのは、希望のようなものだ。自分を含め、きちんと日々衰えてゆくものがあるのは如何ともし難いから、その減衰を打ち消すだけの何かがないとジリ貧になる。

”新たな命”とは、そんな希望を抱くに足る、今後の成長が期待される可能性のようなものではなかろうか。それを見れば自然と明るくなって、うっかり健康にも良さそうな、前向きなエネルギー。

今我が家で、それに最も近いのは「ルンバ」であり、二の句が出てこないのだが、もうちょっと何かないのだろうか。確かどっか、そのへんに。

かくして今思いつくレベルで探りあてたのは全然新しくも何ともない、手垢のついた「ポテンシャル」だった。

ポテンシャルは枯れない

ポテンシャルとは「スキル」のような、手堅い市場価値のついたものではなくて、どちらかと言えば「らしさ」のような、まだなんとも言い切れない、ならではの偏りと希少さ、に由来するものだと考える。

これなら、大丈夫。何かしらはある、多分。何かしらの形で、否が応でも、偏って生きてきたのだ、我々は。

***

そんな風に自然と蓄積されてきたポテンシャルが、何らかの事情で制限されてその価値を発揮できないのは、歯がゆい。それが自覚されてないとすれば尚のこと。

例えるなら、段速の軽いマウンテンバイクを必死にこいでるような状態ではないか。真面目にこいでるのに進まない。本人は倒れたくない一心で、そうじゃない可能性を考える余裕もなく、こぐのを止めるにも止められない。

でも根本的に、ヘルシーでない活動は継続が難しいから、そのサイクルを続けるうちに段々疲弊して、気力と体力が尽きたら病んでしまう。そしてその回復には存外に時間がかかる。何たる消耗、何たる負経済。本来備わっているハズのポテンシャルへの不敬罪でもある。

自転車の乗り方を変えてもよかった。自転車でなくてもよかった。その目的地に行かなくてもよかったかもしれない。そうじゃないといけない、ってことはないのだろう。大抵のことは。

多分、今回の件は、苦手分野だったということかと思います。全然気にしないで下さい。

最近の取引先からのコメントには、うっと悲しい気持ちになったけど、認めてしまおう。そこではなかったのだ、残念ながら。"できる自分でありたい"という我執を払えば、別に好きでも得意でもないことぐらいは、体感で気がついていたでしょう。

だからもしそんな風に違和感があるのなら、気力と体力の持つうちに、何かを変える勇気もいるのだろう。

抜かずじまいの宝刀を手に取りたい。

ポテンシャルに根ざしたタネ撒きを

とは言え、ポテンシャルのままでは足りなさそうだ。その値打ちがまだ見えぬからである。

その「らしさ」のような淡いものを活かして、ゆくゆくは、何らかの他者と「交換できる価値」に変換し、継続できる仕組みの中で繋げる必要がある。

それでこそ、”新たな命”たる、可能性のよすがになるだろうから。

ここはひとつ、腕のいいシェフになったつもりで、素材のエッセンスを引き出し活かして、具現化したい。多産多死が生命のメカニズムなら、そんな自然にあやかった多産多試で。

沢山作ればたまにゃあ当たるんじゃないのかいと曖昧な着地でひとまず置いておきます。

希望のタネを、まき散らかしたい。無理なくゆっくり、焦らず急いで。

(以上)

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Masato | まさまさ牛歩の旅

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旅する気持ちと、少数派への肩入れと、爽やかなる生き恥をモットーに。 否応のない、人生の彩り。