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99.5%白いグレー

誕生日はひとりホテルで過ごした。
自主隔離期間であった。

この続き。

「接触直後の検査では検出されないことがある」
「公費での検査は1回まで」
「症状が出たらスグ検査しなさい。そうでなければ、ある程度自分のタイミングで受けて構わない」

というのが事前の保健所の方からの説明だった。

早く知りたい気持ちもあったが、どうせなら無駄撃ちを避けたかったので、平均的な潜伏期間の5日間ほどを置き、自主隔離中のホテルから検査に向かった。

池袋には気持ち良い夜風が吹いていた。

PCR検査(濃厚接触から6日目)

エレベーターから出て3Fのクリニックへ。19時15分の予約に間に合うように着いたら、そこには既に同じような目的の人が、思い思いの距離感で溢れて佇んでいた。

名前が呼ばれるまで、Kindleを読んだりぼーっとしたりして、院外の階段を少し登ったところで腰掛けて過ごす。どれぐらいそうしてたのか。待ち時間の時間感覚がもうないような気がする。名前が呼ばれた。

案内された部屋の右端には、昔保健室で見たアコーディオンの衝立(ついたて)のようなものがあり、それが幅50cmぐらいの細い道を作っていた。そちらへ進めと言う。そのどん突きに作業台と椅子があり、途中で通り過ぎた送風機が、手前から奥へと風を送っていた。

衝立ごしに担当して頂いた方から手渡された袋には、ツバを入れる目盛り付きの容器と、小さな袋に入ったアルコール綿に、容器のシールの3点セットが入っている。

「蓋を開けて、2mlのところまで泡なしで入れて下さい。詳しい説明は紙に書いてありますので」

その1平方メートルぐらいの空間には、右手に検査の手続きを記した紙が、前方にツバを出しやすくするツボの位置が書かれたイラストが貼られていた。アゴ骨のエラの部分の裏側と、下アゴの裏の部分にツボがあるらしい。

イラストの下にはバケツのようなものがあり、先に貰った透明な袋の中に、ツバの入った容器が収められ、それらが沢山、放り込まれていた。

目に入った一つの液体が赤くて、ドキッとする。

***

机に3点セットを広げて、容器の蓋を開けて、ツバを入れる。この2mlが割と大変で、途中で「まだですか?」などと聞かれつつ終えた。泡も少し入ってしまったが、ビールで言うところの7:3の、7の部分で2mlまで入れたので良しとした。

容器に蓋をして、アルコールで拭き、蓋の上からシールを引っ張って伸ばしながら接着させる。容器を元のジップロックのようなものに直して、バケツの中に入れておしまい。赤いものとは離して入れておいた。

狭い通路を逆向きに戻り、お会計を。

2,160円です。支払い方法にiDは使えますか、使えます。結果はいつわかりますか。結果はメール等で、明日の10時に連絡します。わかりました。

病院を出た。店がもう閉まっている。もう20時を過ぎていたようだ。思っていたよりも少し時間はかかったけど、手慣れたオペレーションだった。

PCR検査(濃厚接触から7日目)

「果報は寝て待て」の格言に沿い、10時よりもゆっくり寝ちゃえばドキドキしないで済むかと思ったが、9時には目が覚めた。

10時を過ぎても連絡はなかった。
なおも待つと、11時28分にメールが届いた。

○○○○(病院名)でございます。新型コロナウイルスPCR検査の結果がでましたのでメールをお送り致します。

新型コロナウイルスPCR検査:陰性
(The RT-PCR test for COVID19 was performed and was NEGATIVE result )

検査の結果は、陰性だった。
端的な内容だった。取り急ぎ、ホッとした。良かった。

抗体検査(濃厚接触から8日目)

一度ホッとしたら、もっとホッとしたくなる。

PCR検査の陰性で分かることは、その時点で体内にウィルスが検出されるレベルに存在しないことである。ただし、その時点で感染していないことは、今後も感染しないことを意味しないので注意は必要である。

濃厚接触の後にPCR検査を受けた時点では陰性だったが、その後、疑いの症状が出てから再検査で陽性になった人の話も、実例として聞いた。

この潜伏期間が、1日~2週間と個人差が大きいため、このまま2週間に亘り継続的に何も起こらないことをもって、ようやく“シロ”が決定する流れになっている。検査後の自分は「白みの増したグレー」であった。よりこの“白み”を増す安心材料はないものか。

***

ひとつ検証したい仮説があった。

自分が今回「陰性」になったのも、もしかして過去のどこかで感染していて、知らぬままに無症状で過ぎ去っていた可能性はないだろうか。つまり、抗体が既に存在するかもしれないと思った。

医療機関では、0/1の判定しかしてくれないこと、自由診療では少なからずお金がかかる(医療機関にもよって異なるが1万円前後が多い)ことを鑑み、民間の検査施設で、数値を具体的に教えてくれかつ、廉価なところを見つけたので、そこで抗体検査を受けてみることにした。

抗体検査は正式な感染の評価に使われるものではなく、あくまで参考として扱う必要がある。検査自体は簡単で、唾液ではなく血液検査になる。指先にチクッと針を刺し、米粒サイズの血液を採取して、試薬と混ぜて8分程度放置した後に、専用の装置にかければ対象の数値が測れるというスグレモノであった。15分程度で結果が出る。3,300円也。

結果は、(またも)陰性だった。

IgM/IgGという2つの抗体の値が、それぞれ基準値に達していなかった。これで過去に感染して抗体があった説は、棄却された。

現在状況(濃厚接触から10日目)

PCR検査:陰性
抗体検査:陰性

心無い友人が「どっちかは陽性であれよ」的な趣旨のことを言っていたが、とりあえず全て陰性であった。

上記2つの結果が意味するのは、過去(抗体が持続する、直近の半年間程度以内)に感染した履歴はなく、現在も感染していないことである。

あとはこのまま一定の時間が無事に過ぎれれば、シロが決まるので、刑期の終了を待つ囚人のような気分で過ごしている。この「潜伏期間」について、調べた以下の結果を最後にシェアしておしまいにしようと思う。

福岡市での積極的疫学調査を元にした分析によれば、被感染者209名から、データが取れない38名を除いた計171名の接触から感染までの日数(潜伏期間)分布が調べられていて、その平均値は4.82日(標準偏差2.71)だったらしい ※(1)ソースを元に要約

画像1

このサンプル数での結果が全体的にも同様で、標準的な分布(正規分布)に従うと仮定すれば、潜伏期間という意味では、平均±2標準偏差の中に、感染者全体の95%が含まれることになる。

※参考 標準偏差・サンプルの分布(URL

画像2

この平均から上下に2標準偏差を計算すると、

下限:4.82 - 2 * 2.71 ⇢ 0以下
上限:4.82 + 2 * 2.71 = 10.24(日)

0未満の分布は存在しえないので、サンプルの95%に含まれない残りの5%が、全て上ブレ側に存在すると考えるべきなのかはわからないが、とりあえず10.2日が経過した現在において、もし感染する運命だったのであれば、そのうちの95%の世界線ではもう発症しているハズだったということになる。

ちなみに、上記のデータサンプルを目で数えてみても、10日以降に発症したサンプル数は、
・11日 - 2名
・12日 - 4名
・14日 - 1名
・15日 - 1名
の計8名なので、8/171 =4.67(%)になる。

なお濃厚接触者に占める二次感染の比率が、約10%程度と想定されうので(2)、僕が11日目以降に発症するパターンになるのは、10% * 5% = 0.5%と推計出来る。

つまり、今の僕は99.5%白いグレーということになるのだろう。

***

東京では感染拡大のトレンドがこれまでと同じかそれ以上のペースで酷く、今回やっと自分ごとになった保健所の人たちの心労が忍ばれる。せめて残る0.5%にならぬよう願いつつ、粛々とオリンピックを見ます。

(以上)

参考データ
(1) 積極的疫学調査の情報に基づく新型コロナウイルス感染症の潜伏期間の推定(URL
(2) 新型コロナウイルス感染症の濃厚接触者における基本属性別、接触場所別の陽性率(URL

よくぞここに辿り着き、最後までお読み下さいました。 またどこかでお目にかかれますように。