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【一日一恥】その一言まで、二年半

「いつもありがとうございます」

僕が地元の奈良で定期的に訪れて、他の客より長居して、割にあまりお金を落とさないお店がある。それがよく行く近所の喫茶店である。

1杯480円のブレンドコーヒーまたはアイスコーヒーに、おかわりが100円でできる。ただし「年会費の100円を収めてもよい」というバブリーな貴兄貴姉におかれては、このおかわりも1杯無料になる。なんとも小憎い設定で、僕は大体いつも480円で2杯飲んでいる。とんだ細客であります。

この喫茶店に最初に訪れたのが、2018年の秋頃だから、かれこれ足掛け2年半ほど通っている。あまり地元の生活にバリエーションのない僕は、淡々とした日々を黙々と喫茶店で過ごすと落ち着くし、ちょっとしたお気に入りのルーティンにも感じられるため、ついつい週に2回とか3回とか、吸い寄せられるように行ってしまうのだ。


言い忘れていたが、クッキーも2枚出てくる。

コーヒーを頼むと一緒に出てくるコイツがまた憎い。当初このクッキーは、デビューと同時にカラメルビスケット界に旋風を巻き起こし、今や生ける伝説、レジェンド。ビスケット界のメッシとなった「ロータス社のビスコフ」であった。レディメイドの最高峰であった。

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(※公式HPから拝借)

赤いパッケージから取り出すや否や香り良く、口に入れれば歯ざわり軽く、舌に触れたら、まさに焦げる直前にまで煮詰めたかのようなカラメルの風味がコーヒーと異常に合う、一度食べたら忘れられないアイツである。

このレジェンドが、1枚ならず2枚ついてきた。


しかし「変化こそ唯一の永遠である」とは岡倉天心。このレジェンドにも、惜しまれつつ引退の日は訪れ、それからは丸い手焼き風のクッキー2枚に変わった。体積比で3倍ぐらいになった。ビスコフ6枚分である。

ちなみに、このドリンクと一緒についてくるクッキー2枚が、おかわりにも適用されるのかが統一されておらず、対応するスタッフによりけりな時期があった。その頃は、おかわりの度に今回はどっちかな~と楽しみに待っていたが、今では「おかわりに付けるクッキーはなし」とスタッフ間で唱和でもしたのか、ついてこなくなった。

最初の2枚に加えて、おかわり分にもさらに2枚ついてきた日には、コーヒー2杯に加えて、新クッキーが4枚だから、旧ビスコフ計算で12枚。1ダースも食べることになるため、晩飯にも多少の影響が出ていたので、なくなった今は、少しほっともしている。

***

話が逸れた。そんなこんなで2年半。ついに今日、退店時に初めてくだんのセリフを聞いた。

「いつもありがとうございます」

その言葉は、聞いた瞬間に僕の胸を少しときめかせた。そして、店外へ出ていく時に触れる、外気の肌触りの余韻の中でふと思った。

だいぶかかったな、と。

お店はお客さんを選べない

考えてみれば、それほどありがたい客ではない。

480円で長居するし、クッキーもよく食べるし、電源も使う。電源席が空いてなかったら、途中で座席移動さえする。昨今のことで、お客さんが入れ替わるごとに、より入念な座席清掃のプロセスが加わった中では、動く細客は面倒くさいに違いない。

1年目。

「(また来たか~、もう来なよ~)ありがとうございます」の時期もあったろうか。

2年目。

「(まだ来るか~、いつまで来ねや~)ありがとうございます」の時期もあったろうか。

そして、ついに今日、

「(やめへんな~、しゃあないな~)いつもありがとうございます」に辿り着いたのではなかろうか。

その一言までの距離を思う。大変ありがたいお店です。

(以上)

※この喫茶店での他の文章。なお去年から全面禁煙にリニューアルしたので嫌煙家にも安心です。
https://note.com/ulbl/n/nc66e26ecf971

よくぞここに辿り着き、最後までお読み下さいました。 またどこかでお目にかかれますように。