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個性的な姉

どうも、まさまさです。

前回の記事で、明らかに説明を端折った、表題の存在について印象的なエピソードを、いくつかご紹介したい。

一日一恥、番外編です。

玉ねぎは食べ物ではない

うちの姉は、平たく言うとベジタリアンである。しかしながら、ベジタリアン界の中でも、かなりストリクトな部類。菜食主義に対する、拘りと矜持。プライド高きベジタリアン。ベジータリアンである。

姉にとって、食べ物とは、食べるものであり、食べられないものは、食べ物ではない。ここまでは、そらそうちゃう?と、一緒について来れるハズだ。

しかしその結果、姉は、玉ねぎを庭に捨てる。

ここで家族全員が置いて行かれる。僕は驚きのあまり、問い合わせた。人間はとても驚くと、問い合わせる感じになるのじゃないかと思う。

「親父から聞いたところによると、こないだ親戚から頂いた玉ねぎがなくなり、どこにいったかわからず過ごしていたが、先日、庭の畑から出てきたとのことなのですが、これは一体どういうことなのでしょうか?」と。

姉は語った。

これでも随分我慢しました。
でも体に害のあるものだから。
すみません、私が打ち捨てました。

と。

打ち捨てたのインパクトに、最早爆笑してしまったのだが、個人的な理解としては、こういうことだ。

彼女にとって、野菜と言っても、ニラ・ニンニク・ネギの類の、一般に”精がつく”と言われてるところのものは、どうやら何かしらの理由で「良くない」ので食べるべきものではない。

いわんや、肉や魚をや!

従って、夏場にスーパーに買い物に行って、肉や野菜を買い込んで、例えばテーブルに出しておいても、彼女が冷蔵庫に入れるのは、”野菜だけ”である。

なぜならば、、、もうおわかりでしょう。

冷蔵庫は食べ物をしまう場所であり、肉は、食べ物ではないから。

交渉の結果、今では肉も冷蔵庫に入れてくれるし、玉ねぎも捨てないと思うが、基本的には嫌そうなので自分で管理している

蚊も逃がす

姉貴にとっては、今回の人生も、めぐるめく輪廻転生の過程にある。この世での出会いは、前世での出会いを踏襲するものであり、そこには、偶然というものは、あるようなないような話であったりする。

上記の肉を食べないのは、それが前世の親かもしれないから。例えば、そういうことになる。

夏、蚊ほど嫌なもんはない。
タダでさえ暑いのに、不快指数の高い羽音で迫った挙げ句、血を奪い、その後も痒がらせてくる。
何より、命がけで血を吸いにくるという姿勢もしんどい。君も、これぐらい一生懸命やってる蚊?とでも訴えているのか。非常にうざい。

姉貴はそんな蚊を、両の手でそっと包み込む。
そして夏空の下、さよなら、とつぶやくかどうかは知らないが、庭に放つ。

一体、何をしているのだ。

また、季節に関わらず、嫌なもんがある。
そうゴキブリである。

僕は、ゴキブリが嫌いだ。
なぜ嫌いかを考えたこともないが、見たら殺さねばならないような気持ちになる。野党郎党根絶やしにしたくなる。

確かに、理不尽と言えば理不尽だが、何だろう。そのヒトの家庭に寄生してゴミを漁り、ヒトの目盗んでコソコソ生きている姿勢にも腹が立つ。

うん、何て?そんなお前も大きな目で見れば、地球に寄生して生態系を破壊してるくせに、大きな顔をして生きている厚顔無恥の害獣ではないのか?とでも言いたいか。非常にうざい。

こないだの夏、実家でゴキブリが発生した。

僕は即座に、これを打撲によって死に至らしめようとしたが、姉の方が動きが早かった。

姉はそのゴキブリを、両の手でそっと包み込む。
そして夏空の下、さよなら、とつぶやくかどうかは知らないが、庭に放つ。

一体、何をしているのだ。

そんな姉の努力の甲斐もあってか、その夏帰省中の僕は、余りにカジュアルにルームメイトさながらに、ゴキブリが登場するのに耐えきれなくなった。

これは何かがおかしい。早くなんとかしなくては。そう思った僕は、最寄りのコンビニで「コンバット」を購入し、まずは手始めに3つほどを、台所を中心に設置した。

しかし、南無三。

翌日それらの「コンバット」は、ゴミ箱に捨てられているところが発見された。コンバットをコンバットするとは。これいかに。

この件は、話し合いにより、互いの信条と自由を尊重し、
僕は「自由にコンバットを設置してよく」
姉は「自由にコンバットを捨ててよい」
という結論で合意した。

話しだせばキリがない。できればもっと紹介したかったが、紙幅の都合と、舌が乗ってるうちに切り上げる。もし興味があれば、続編もご用意したい。

僕には、そんな個性的な姉がいる。

(以上)

よくぞここに辿り着き、最後までお読み下さいました。 またどこかでお目にかかれますように。