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家なき物書き

月曜日の午後3時、僕は頭を抱えていた。

世界の人口60億人のうち40億人ぐらいが、一度は経験があるだろう「やってしまった感」に、呆然としていた。

そうである、二度寝である。

おかしい。確かに、さっきまでは朝の9時だった。これはおかしい。
昨夜は23時半には寝たのだから。

はっきり言うて、しょうもなかった日曜日の夜。このまま大人しくは帰れぬと両国を徘徊していた僕は、24時間テレビの芸能人が充実した真面目な顔で走り去るのを見送った後、大分県から直送されるらしい生本マグロ刺しと、ハイボール1杯200円に釣られて「花の舞」に入り、何とかそのしょうもない一日に花を添えたかった。

マグロ刺しは売り切れていた。これはひどい。じゃあ帰りますというのも、愛想がないので、メニューをひっくり返したとこにあった「アジ刺し」に、身も心も染め直し、ハイボールを頼んだ。

ハイボールはしょうもない味であった。ぴったり200円の味がした。安いものには安いだけの理由があるんだろう。「鳥貴族にすればよかった」と思いつつ、これを3杯飲んで、なんだかんだで機嫌よく、帰ってコロッと大人しく寝たのが、23時半であった。

翌日の朝9時、場所は浅草のゲストハウスの二段ベッド。上側の穴ぐらで目が覚める。一瞬「ここどこやっけ」と前後不覚になる。宿を転々とすると、慣れより先に日常が変化する。ああ、そうやったと記憶を繋ぐ。なるほど、そうかとまた寝入った。

そして午後3時。おかしい。おかしいけど、紛れもない。行けたら行くわ系の約束がひとつ通り過ぎた、そんな状況把握の次に襲い来るは、淡い自己嫌悪だが、そこはもう、いつしか慣れた百戦錬磨の主戦場。終わったことを気に病むのはナンセンス。むしろよく寝れたことをよしとしよう、と言い聞かせ、やっぱり少し悲しかった。もしかして、やっぱりこれってアレがないからではなかろうか。

どうも、まさまさです。お世話になります。
一日一恥、7ターン目に入りました。

I have no home.

上記でお気付きかもしれないが、僕には家がない(実家はある)。普段東京にいる時は、リュック1つと、お米20kgと同じぐらいの大きさのスポーツバッグが、荷物の全てである。このスポーツバッグのことを、皆に「家です」と紹介している。初対面の人は大体僕のこの冗談に少し驚きつつ、愛想よく笑ってくれた上で、「そういう人」というレッテルを貼ることになる。

せっかくなので、我が家の紹介をすると、ほぼ衣類のみである。Tシャツが5枚、下着、靴下も同数程度、あとは襟付きのシャツが1-2枚に、部屋着的な役割として、ユニクロのリラコを愛用している。残りは、フットサル用具が一式と、プール用具が一式である。これで夏場は問題ない。他に何か必要なものはあるだろうか。なお、メガネやPC等はリュック側に入っている。

もう少し、あれもこれも出来る気がしていた頃は、ヨガマットの上に敷く用の「滑りにくいタオル地的なもの」なども入っていたが、全く使わなかったので実家に置いてきた。

そんな風に、荷物は季節による増減もありつつ、少しづつ減って今の量になったけれど(あ、しまった家でした)この「家がない生活」自体が始まるのは、遡ること3年前ぐらいになる。

前職を辞める少し前、その後、旅に出る予定にしていた僕は、残り1-2ヶ月のために、当時の家を契約更新するのも何やなー、ということで、まぁなんとかなるかと、契約は更新せず、宿を転々とすることにしたのだった。

仕事への影響は、大してなかった。前回書いた「愛すべき人」のプロジェクトも1年以上を経過して、仕事のリズムは掴めていたし、何なら、お客さん側にもバレていた。

当初こそ、仕事にプライベートは持ち込まんよ、と眉根も動かぬポーカーフェイスで、ひた隠しにしていたのだが、ニコイチで働く後輩が、「今日はどこに帰るんですか?」などと気楽に聞くので、それを聞きつけられてスグにバレた。カッコつけると、スグに蹴散らされる。

最終的には、お客さん側からも「困ったらうち来てもいいよ」などと言われることになる。恵まれた前職時代であった。

I want to have a home.

3年ほど経過した僕は今、家が欲しい。本物のやつが欲しい。

「普段(家は)どうしてるんですか?」と聞かれて、ああ、それは簡単で、Bookingとか予約サイトを使って、その日適当に調べたところに行きます。と言うと、

「面倒じゃないんですか?」と問われて、いや、まぁ慣れたら大したことはないですよ、と答えていた。多分、マクドでクーポン探して注文するのと同じぐらい、女性なら髪の毛を朝アイロンで巻くのと同じぐらいだろう。

「お金かかりませんか?」と心配されると、いや、まぁ多少増減するけど、2,000~3,000円/1泊ぐらいで十分見つかるから、月6~9万円ぐらいに収まるかな。それにその日、最終どこに着地するかはわからんやんか?(ニヤリ)と、ボヘミアンな自分に酔っていたが、

正直なところ、ちょっと面倒だったし、家があるに越したことはなかった。家がある上で、必ずしもそこに帰らない。それが桃源郷である。

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そんな今日、物件の内覧に行った。何のことはない、友人の家である。3ヶ月ほど旅行に出るそうだから、その間を、契約を解消するか、延長するかで迷っているとのことだった。良ければ、どうかと。

おお、なるほど。

なるほど、としか言いようがない。所謂、サブレットというヤツにあたるのかと思うけれど、これは持ち家であれば無問題だが、賃貸物件の場合は、又貸しになるので、大家さんに確認と合意が必要になるのだろう。或いは、賃貸契約を巻き直すということでもいいのかもしれない。

欲しい、家が欲しい。

家があれば、アレも出来るし、コレもできる。例えば、うっかり朝まで飲んだ時に「さて帰って寝よか」が出来る。これは大きい。根拠はないが、朝もきちんと起きれるだろう。これで変な二度寝ともオサラバだ。

周辺の土地柄や、最寄り駅からのアクセス、近隣の飲食店、部屋を吹き抜ける風、なるほど、なるほど。検討が進む。

「女の子を連れ込んでもいいよ」とその友人は言った。
想像だにしてないことを言うのは、やめて欲しいものです。

(以上)

よくぞここに辿り着き、最後までお読み下さいました。 またどこかでお目にかかれますように。