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図書館情報学の専門性に関するノート

(約5,200字)

 マルティン・シュレッティンガーが1808年から1829年にかけて刊行した著作『図書館学全教程試論』を起点に提唱した「図書館学Bibliothekswissenschaft」をルーツにする図書館情報学は[1]、一方で「知識」の解明と組織化を基本的姿勢としつつ、他方で20世紀後半におけるデジタル空間のインフラストラクチャー化に伴う情報技術の過剰な進化への対応のため、その視野を徐々に変容させてきた。1955年にジェイソン・ファーラディンが提唱した「情報学information science」が従来の図書館学を継承した学問領域としてのドキュメンテーションと融合することで1960年代の米国に図書館情報学library and information scienceが発生してきた経緯は[2]、図書館情報学史においても一定の共通理解となっているだろう[3]。デビット・ボーデンが図書館情報学の米国版教科書に”Introduction to Information Science”という名前を据えた点を踏まえても、米国における「情報学information science」がいわゆる図書館情報学を指すことは明らかだ[4]

こうした視点は、戦後に海外から輸入される形で学問が形成された日本の図書館情報学においても、ルーツ上は同様だ。1983年に発表された『岩波講座 情報科学』の第一巻巻頭に付された高橋秀俊による以下の引用は、少なくとも1980年代まではinformation scienceが日本国内における図書館情報学の文脈で用いられてきたことを証明している。

この言葉に相当するとみられるinformation scienceという英語はアメリカでは"図書館情報学"の言葉で前から使われているので、この講座の内容であらわすような意味には、あまり使われていないようである。むしろconputer scienceという語が、われわれの情報科学に近いと思われる。一方、ヨーロッパ各国では、inoformaticsという新語(またはこれの対応語)が広く使われているようである[5]

しかしながら、1980年代におけるinfromation scienceのこうした国内での解釈が、今日の日本においても同様に受容されているわけではないだろう。上田修一及び倉田敬子は『図書館情報学 第二版』にて、国内における情報学と図書館情報学、そして情報科学といった学問体系の離合と発展を非常に簡潔に整理している[6]。彼らによれば1980年代におけるコンピュータサイエンスの流れを汲む研究者らは自らを「情報科学」と称し、「情報学」と名乗ることはなかった。その姿勢は1990年に刊行された『岩波情報科学辞典』においても「情報科学」が「情報学」と別項目に記載されている確認できる[7]。だがしかし、2000年代以降は海外の状況や経緯から離れ独自の用法がなされるようになり、2002年の『情報学辞典』では従来的な「情報科学」とほぼ同義であったコンピュータサイエンスの射程を超えた、より広い範囲での探究を目指すことが示された[8]。ちょうどインターネットに代表されるデジタル空間がインフラストラクチャーと化しつつあった2000年代におけるこうした姿勢は、社会情報学をはじめとする新たな学問の可能性を萌芽させた一方、従来「情報学」と称されてきた図書館情報学に対しては大きな混乱をもたらしたとも指摘されている。『日本十進分類法 新訂8版』における分類記号「007 情報科学 Information Science」が旧来的な情報学と情報科学の両方を内包するものとして新たに設定され、その結果として従来的なコンピュータサイエンス関連資料に分類される「548 情報工学 Information Engineering」との混乱が発生した経緯は、情報学と情報科学の混乱の最も分かりやすい例でもあるだろう[9]。今日用いられる『日本十進分類法 新訂10版』では「007 情報学、情報科学 Information Science, Informatics」と表現されているが、元来異なる学問領域として扱われるべき「情報科学(あるいは情報工学)」と「情報学(あるいは図書館情報学)」がこうして一つの分類記号に共存していることは、ある意味で分類の失敗とも言わざるを得ないのかもしれない[10]

 とはいえ、こうした分類上の混乱を好意的に解釈すれば、それは情報学という学問における一つの好機でもある。いわゆる人文学系の学問として扱われることの多かった図書館情報学が理系の情報科学と結合し、独自進化を遂げたのが「情報学」であるならば、その独自性とは何かは問われるべき問いであり、情報学者の扱うべき問題だろう——それは「情報学」の現場たる司書においても、例外はない。だがしかし、コンピュータサイエンスとの融合を約20年で急速に遂げてきた図書館情報学において、自らの学問領域に対する抽象的な次元での内省する時間は、十分に取れていただろう。根本彰は図書館情報学の基礎的理解を整理する議論のなかで、コンピュータサイエンスにも通ずる疑似的な計算可能性を一方で維持しつつ、他方で抽象的概念たる「知識」や「情報」を扱う図書館情報学がそれらをデータとして物象化してしまうことに対し、批判的である必要を指摘した。

図書館情報学の研究は、知識の物象化にアンビバレントな立場で進められている。図書館情報学は、理念的には知識の物象化を否定する。図書館情報学は、文字、テキスト、図書における情報の価値が、それを生みだした社会的文脈を根拠としていることを起点としている。すなわち図書館情報学とは、知識と知識メディアの歴史性=一回生=単独性を基盤として遂行される学問である。この点で、普遍性を志向して歴史性への配慮を意図的に捨象する情報工学からは一線を画す。
 ところが同時に、図書館情報学の多くの研究は、実践的にはデータと情報の形式化を受け入れて遂行されている。いまや知識を流通、蓄積するものと考えることなしには、図書館情報学のほとんどの研究は成立しない。図書館情報学は、知識と知識メディアの一般性、すなわち疑似的な計算可能性にも足場を置かなければならない。
 知識の物象化を「図書館情報学にとってきわめて本質的な問題」として指摘したのは、以上のような理由からである。図書館情報学は、知識の単独性と一般性の両者にまたがって、あるいはその両者からずれたところに固有の問題領域をかかえているのである。このような固有の問題領域を「知識の現実的存在可能性」と呼んでおこう[11]

明確に情報科学と一線を画す言われる一方で「知識の疑似的な計算可能性」が要求されているという根本の観点はまさに、情報科学的なものを図書館情報学が引き受けていることを如実に表している。こうした観点を担保しながらもなお、図書館情報学の主要概念たる「知識」や「情報」という抽象的なものへの思考回路を維持し続ける必要があると、根本はいうのだ。知識に対する抽象的次元での思考と、データに対する具体的次元での処理。こう考えると、前者を「(図書館)情報学」に、そして後者を「情報科学」に位置づけることも可能かもしれない。こうした両義性こそ、図書館情報学という学問におけるある種の学際性を成立させうる、ということはできそうだ。

 では、図書館情報学はその独自性をこれまでに発揮してきたのだろうか。2011年の図書館法改正に伴い変更された司書過程のカリキュラム上で新たに追加された「図書館情報技術論」はまさに、進化する情報科学(情報工学)的なものを踏まえてのものだった[12]。国立国会図書館職員養成施設に由来する筑波大学図書館情報メディア研究科が、2020年の改組を機に「図書館情報学」の学位を廃し既存の「情報学」に集約させたのは、図書館情報学と称されてきたものがもはや情報学と同じものとなったことを示唆しているようにも解釈できる——情報工学と図書館情報学が一線を画すものであるという根本の主張にもかかわらず、だ。海外に目を向ければ、ヴァンサン・ラリヴィエールは図書館学からドキュメンテーション、そして図書館情報学へと進化した100年の歴史のなかで執筆された学術論文を調査し、1960年代に研究者の関心が図書館の実務領域から、情報とその利用へと移行したプロセスを述べた[13]。こうした変化を踏まえると、従来の図書館学に情報学という概念が結びつくことによって成立した図書館情報学は今日、多くの方面で「図書館」という名前を排し、「情報学」という言葉をより主眼に置く方向へと移行しているように見える。穿った見方をすれば、図書館情報学は今「疑似的な計算可能性」の方向へと徐々に比重が傾いているのではないか、ということもできるかもしれない。

 「図書館と情報学はたしかに理想的な組み合わせではない」と称したのは、情報学者クローニンが1995年に残した言葉だ[14]。それからおよそ30年、(図書館)情報学と情報科学の間をめぐる混乱はとりわけ米国にて長年扱われてきたが、一方でリチャード・ルービンが『図書館情報学概論』で述べるように、相対する両者の統合を望む声も少なくない[15]。そんななか、表面上は情報科学と文理融合を果たしたように見える今日の図書館情報学がその実、水面下で事実上の情報科学と同一化されているとするなら、果たして「疑似的な計算可能性」が内包する情報に対する繊細な視線は今、どこにあるのだろうか。この問題の解決には、そもそもの起点たる「図書館学」の頃には想定されていなかった「情報」という言葉に対し、図書館情報学側がいかに応答するかが大きな論点であるだろう——それこそ、根本の言うように「知識」や「情報」という抽象的なものへの思考回路を維持し続ける必要があるのだ。


[1] Martin Wilibald Schrettinger, Versuch eines vollständigen Lehrbuches der Bibliothekswissenschaft Ⅰ-Ⅳ, im Verlage des Verfasser, 1808-1829.
[2] Jason Farradane, Professional Education of the Information Scientists., Congrés International des Bibliotheques et des Centres de Documentation., 1955, vol.2b, pp.76-81.
[3] 上田修一・倉田敬子著『図書館情報学 第二版』勁草書房、2013年。および根本彰『シリーズ図書館情報学1 図書館情報学基礎』東京大学出版会、2013年など参照。
[4] デビッド・ボーデン、リン・ロビンソン『図書館情報学概論』田村俊作・塩崎亮訳、勁草書房、2019年。
[5] 高橋秀俊編『岩波講座情報科学1 情報科学の歩み』岩波書店、1983年、ⅸ頁。
[6] 上田・倉田、前掲書。
[7] 長尾真ほか編『岩波情報科学辞典』岩波書店、1990年。
[8] 北側高嗣ほか編『情報学辞典』弘文堂、2022年。
[9] もり・きよし原編、日本図書館協会分類委員会改訂『日本十進分類法 新訂8版』日本図書館協会、1978年。
[10] もりきよし原編『日本十進分類法 新訂10版』日本図書館協会、2014年。
[11] 根本彰、前掲書、20頁。
[12] 「図書館に関する科目」新旧比較表(平成24年4月1日~):文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/gakugei/shisyo/1330348.htm (最終閲覧日:20024年6月3日)
[13] V. Lariviere, et al., “A Bibliometric Chronicling of Library and Information Science’s First Hundred Years.,” Journal of the America Society for Information and Library Science and Technology., vol. 63, 2012, pp. 997-1016.
[14] Blaise Cronin, “cutting the Gordian Knot.” Information Processing and Management, vol.31, 1995, pp. 897-902.
[15] リチャード・ルービン『図書館情報学概論』根本彰訳、東京大学出版局、2014年、56頁。

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