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浮世絵の絵具ー鉛白 製法について

江戸時代の浮世絵に使用された白絵具は胡粉と鉛白の2種が確認されています。
今回は鉛白を紹介します。

世界的に鉛白の歴史は古く、古代ローマ時代には既に製造がされていました。簡単にその工程を説明すると、「壺の底に果実酢を注ぎ、その上に金属鉛を置き、さらにその壺を厩肥の中に積み重ね約6週間放置する」というものです。この製法は現代は「オランダ法」と呼ばれています。
日本では鉛白は中国より渡来し、692年には観成という僧が中国文献をもとに造ることに成功した旨の記録がありますが、工業的に製造されるようになったのは17世紀初めからだといわれています。
江戸時代どのように作られていたかを記す確証ある文献を見つけることは出来ませんでしたが、1878年に出版された高松豊吉「On Japanese pigments 」に於いて、その当時の日本での鉛白の製造法が説明されています。同文中に「現在(1878年)日本で行われている鉛白の製法は十中八九中国から伝わったもので、基本的には中国で行われている製法に違いはない」という旨の記述と、それとほぼ同じ製法が既に1637年刊行の中国明代の科学技術書「天工開物ー宋応星撰」において記載されていることを考慮すると、江戸時代に行われていた製法もそれであったことが伺えます。
その製法ですが「酢を入れた鍋の上に簀を置き、その簀の上に鉛板を並べ、樽形の容器で全体を覆い、鍋の下から炭火で約3週間にわたり加熱する」というものです。(当記事下、追記参照)
1904年刊矢野道也「絵の具製造法」には「日本で行われているこの製法はオランダ法を傳習したもの」と書かれています。

上記2点共に、容器内における鉛の変化は
1鉛+水分+酸素→水酸化鉛
2水酸化鉛+酢酸→酢酸鉛
3水酸化鉛+酢酸鉛→塩基性酢酸鉛
4塩基性酢酸鉛+炭酸ガス→塩基性炭酸鉛(鉛白)
となります。
この際、効率よく反応させる適温は40℃~50℃と言われており、前述の日本式が熱源を使用するのは適温に保つことで効率化するためだと思われます。
4の炭酸ガスはオランダ法に於いては厩肥の発酵により供給され、日本式では熱源の炭から供給されますが、文献を調べるとどちらの場合も鉛板の入った容器は炭酸ガスの供給源(厩肥及び炭火)とは仕切りをもって遮断された構造になっており、炭酸ガスの供給は仕切りの隙間から漏れてくる程度の微量で良いことが伺えました。(式中の水分、酸素、酢酸は装置内における自然発生的・自動的なものです)

以上のことを踏まえ自分が行ったやり方が下記です。

1陶器に米酢を入れ、その上に棒を渡し鉛板を丸めたものを乗せ、これと木炭を壺の中に入れ密閉します。鉛板は丸めたものの方が効率的です。

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2これを壺内40℃~50℃位になるように一日数回加熱してましたが、作業が夏場だったので、日当たりの良い場所に置いておけばそれくらいの温度になるだろうと、途中で気付き、それからは外に放置するようにしました。

3約6週間後(途中で酢の量を確認し、減ったようならその都度足してやります。)

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4折り曲げたり、ブラシを使ったりして表面に生成した鉛白を払い落とします。

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5乳鉢でよく擂り潰した後、水を加えかき混ぜます。

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6一旦ふるいで液体を濾します。鉛白化していない鉛も結構入ってました。

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7濾した液体を漏斗に敷いた濾紙に注ぎ込みます。乾いたら完成です。

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8残りの反応が済んでいない鉛は、壺に戻し蓋をして、再度放置し鉛白化するのを待ちます。反応速度は鉛自体の質や環境条件により、かなり左右されます。

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説明を見てるなかで「何故乳鉢で粉砕した後に水を加えるのか?水を加えずふるいで濾せばよくない?」と思う方もいるかもしれませんが、途中で水を加える理由は、鉛白(塩基性炭酸鉛)は水に不容性なのに対し、その中間物質である酢酸鉛は水溶性です。それでこれを洗い流し純度の高い鉛白を精製するためです。また鉛白化していない鉛は水を加えた際、乳鉢の底に溜まりやすいので、それを分ける上でも有効です。

もし作る際は、鉛白は有毒なので、吸引したり直接肌に触れたりしないようご注意下さい。

前述の高松豊吉著「On Japanese pigments 」には水を加えふるいで濾した後に「水飛」作業を行うと書かれています。(※水飛(水簸)とは水を加えかき混ぜた後、その上澄み液だけを集め、より細かい粒子を得るための作業です。)当時は水飛作業の中で精製された一番粒子の細かいものが白粉(おしろい)や七宝焼きの原料に、二番手以降のものが絵具・塗料用に使われたそうです。自分の場合は絵具が目的なのと、なるべく生成した鉛白を無駄にしたくないと思い、この水飛作業は行いませんでした。

鉛白の製法は他多数存在します(ドイツ法、フランス法、電気化学法、etc)が江戸時代の日本における製法とは、関係ないものなので割愛します。また現代国内で市販されている鉛白はオランダ法ではまず無いと思います。ちなみに現代の摺師の間では、白絵具はチタンホワイトというものを使う人が多いと思います。

今回作った絵具は次回作ワニザメの波しぶきの部分に使います。鉛白は経年と共に黒変する性質があり、それによってその使用が伺えます。

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追記(2020.10)

文献を参考に簡易型の鉛白製造装置を今春に製作し、現在はそれを使用しています

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参考文献

T.Takamatsu「On Japanese pigments」1878

高松豐吉, 丹波敬三, 田原良純 編 「化學工業全書. 第7卷」1901

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1082065/47

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