あーちゃんの命

祖母の最後が近いと知った。
その時僕は何を思うのか。残しておきたいと思った。

戦争がこの星に久しぶりに見えた。見えただけでそれは昔から今まで止むことはないのだろうけれど、文明が直に戦争に触れたのは久々だった。

祖母からは戦争の話を聞いたことはない気がする。祖父からは聞いたが。

占いで祖父を選んだらしい。だから僕が今この文書をかけている。
偶然で地球が回るのはあながち嘘ではあるまい。

感謝こそすれ後悔が残る。
なぜならひ孫を見せれていないから。

占いの続きを見せたかったと素直に思う。

初孫であったから彼女にとってみれば目に入れても痛くない存在であったことは間違いなくて、それでも怒られると母とは違う味わいがする。
ちなみに母方の祖母だ。

うまく泣けるのか。これが今の所1番の心配だ。

涙が上手く流せない。癖にしてしまったのは僕自身だ。
泣くことで脳からその記憶を消すことが可能だ。

だが、極端に負けず嫌い。きっと祖母から受け継いだのだろうと思うが。
だから泣きたくなかった。ましてや人前でなんて。

だから泣く時はいつも襖の裏だった。

おもえば野球で随分祖母との思い出は圧縮されたような気がする。

というか、中学に入ったばかりの時祖母が倒れた。
認知症に糖尿病が襲った。

だんだん消えゆく記憶の中でまだ彼女に聞きたかったことはあった。
愛とか戦争とか僕の知らない全ての記憶。

神経に刻まれた記憶というのは病などで消えるものだろうか。
僕は純粋に疑問だ。

だって元来人間の記憶というものはもっとはっきりとした色を帯びて、昨日の晩ごはんみたいな薄味の記憶とは全く別物なはずだ。

例えば僕が生まれた時のこと。お墓参りに行って先祖の声を聞いたこと。

そう。僕の祖母は見える人。
僕が祖母を間違いなく自分の祖母であると認識する一つの指標。

まあこんなのはオカルトだ。

悲しい一方で祖父の顔がチラつく。悲しそうな祖父の顔。
みたくない。

でもみたくないとも言い切れない。
みたくないということは祖母の死を思うことと繋がってしまうからだ。

上手く体が動かない気がする。心臓が変な跳ね方をしてる。
いやふぞんから聞こえるクラシックも心地悪い。

すごく嫌な気持ち。
なんで25歳でこんな形骸的な言葉しか浮かばないのか。

生きるのも楽じゃないのだろう。
そういえば認知症を発症して、僕の運動会に一人で来ようとして迷子になってたね。

すごく悲しかった。怖かった。
今は綺麗な施設で静かに生きてる。

どちらかというと植物寄りで生きてる。
でもそれは今咲き誇るオオイヌフグリではなく、たんぽぽでもなく、盆栽に近い気がする。

僕はまだ綿毛だ。ふわふわ飛んでる。
これがひどく残酷であるようにも思うのだ。

なぜ僕は飛んで良いのだろう。
祖母はなぜ盆栽にならねばならんのだ。

人生のゴールは任意であればこそ良いのに。
寒暖なく押し寄せる言語の波と、ことしに吸い始めたタバコに何か関連性を見出そうとする。

わからない。もっと生きてほしい。

科学なんて無力だ。人の記憶も意思も守れない。
僕だって無力だ。

誰もみないところで描き散らかすだけ。

春は来るのに。

頭がいたい。最悪な気分。

抗うつ薬出番だ。少しでも良いから忘れさせてほしい。

医者ってなんなのだ。救ってくれよ。

会えないのかな。体のどこかにウィルスがついてるかどうかなんてわからないし。

人生にはいろんな閉じ方があるようだ。でも祖母の人生の閉じ方はあんまりじゃないか。

悔いが残らない人生なんて可能なのだろうか。そんな人生を送る人など生まれてすぐ無くなった人しかあり得なくないか。

なんて理不尽なんだろう。神様も仏様も。

明治神宮で僕がおみくじの小銭を誤魔化したからか?
その仕打ちだとしたら僕は明治天皇を許さない。

完全な八つ当たりだな。

悲しいのかな。それもなんだかしっくりこない。

僕の三倍か四倍くらい生きている祖母は今何を思っているのだろう。
認知症の対策として小学校4年生くらいの算数ドリルを解いていた祖母は何を思っていたのだろう。

お見舞いに行って見ていられなくて泣いたな。悔しくって悲しくって。
何にもできない自分が惨めで。

いつだったっけ。最後に話したの。

もう際限ないや。ここで一旦終わるよ。

あーちゃん。ずっと生きていて。ただいまはそれしか出てこないや。

まわりまわって、世の中が幸せになる使い方をします。