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シストレのススメ第4回 期待値の阻害要因

前回までに、システムトレードを運用して短期間で効率的にお金を稼ぐには「どれだけトレード数を稼ぎ、どれだけ期待値の阻害要因を排除できるか」が重要であることを述べました。今回は期待値の阻害要因の種類とそのケア方法について、一般論をベースに述べていきます。


まずは期待値の阻害要因がどれだけ運用成績へ影響を与えるかを確認します。下の図はトレード数NとシャープレシオSRの関係を示すグラフです。赤い点線は運用レシオの等高線を示します。この等高線に対して右上に行けば行くほど、パフォーマンスが向上します。同じライン上では、パフォーマンスが同等になります。

当然ですが、期待値の阻害要因が存在する場合はパフォーマンスが劣化します。トレード数が多い場合はトレードオフとして期待値が低下しているため、阻害要因の影響を顕著に受けることが読み取れます。トレード数が50回以下の場合は、阻害率が増えても同じ標高に留まりますが、トレード数が多くなると阻害率の増加に伴って標高が低下します。


ロジック構築に際して以下の手順で阻害要因に対するケアを行います。

①阻害要因をとことん排除する方法を考える
②阻害要因の大きさに応じてトレード数を絞り期待値を確保する

まず、阻害要因について詳細を知っておく必要があります。期待値の阻害要因はインプリメンテーション・ショートフォールという理論式が導出されています。ただし本記事では解釈しやすいよう定義の一部を変更して説明します。

参考文献:取引コストの削減を巡る市場参加者の取り組み(杉原、2011年)


1.取引コスト

(1)取引手数料

一回の取引執行に際して証券会社へ払う手数料のことです。信用取引では手数料が低めに設定されている代わりに信用金利や貸株料が発生します。FXではポジションに応じてスワップが発生します。本記事ではこれらを総じて取引手数料と分類します。取引手数料は各証券会社で異なるため、口座開設時に自分の運用資金や売買頻度を考慮して適切に証券会社を選定する必要があります。

以下の図は、SBI証券での一般的な信用取引手数料による期待値阻害率です。一般に注文当たりの売買代金が大きくなると、手数料による期待値阻害率は軽減される傾向にあります。また一日の取引高が大きい顧客に対しては、取引手数料を優遇する証券会社もあります。資金が大きければ大きいほど証券会社も顧客としての価値が大きいと見なすようになり、コスト面で有利に働くようになります。


(2)スプレッド

ASK(買値)とBID(売値)の差です。出来高が多く流動性の高い銘柄では、スプレッドはほぼ1Tickですが、新興市場の銘柄などでは、スプレッドが10Tick以上開いていることも見かけます。成行注文(テイク注文)のときにこのコストを支払います。指値注文(メイク注文)ではコストが掛かりません(メイク注文は証券会社によっては逆手数料が貰える場合があります)。


(3)スリッページ

遅延コストとも呼ばれます。投資家が売買の意思決定してから実際の取引が完了するまでのタイムラグにより生じる損失であり、ザラ場で成行注文したときに発生します。例えば現在価格が1000円で成行買い注文を出したとき、1001円で約定したとすると0.1%の損失が発生していることになります。

これは取引ツールで注文ボタンをクリックしてから実際に証券会社に注文が届いて注文が執行されるまでの時間に第三者が売買を行い、それにより価格変動が発生したものです。特にブレイクアウトのような売買方向が偏るような状況下では顕著に発生します。

以下の図は、スリッページの実測結果です。スリッページの根本的な対策は指値注文を使うことですが、そうすると後述する「機会コスト」が大きくなってしまいます。スリッページは板寄せ時には発生しないため、寄り引け売買にすることも効果的な対策です。


(4)マーケットインパクト

自己の売買により市場に与える価格変動による損失を指します。市場の売買高に対して大規模な取引を実施した場合に顕著に発生します。流動性の低い新興市場における取引で顕著に発生します。

ザラ場では自己の成行注文が板上の価格を食うことで価格が変動しますが他の参加者の注文を同時に消化している可能性があるため、スリッページなのかマーケットインパクトなのか判断するためには板に張り付いておくしかありません。寄り付きの場合は「前日からのギャップ÷寄り付き出来高」、引けの場合は「14:59の最終Tickデータから終値までのギャップ÷引け出来高」を計算することで、単位数量あたりのマーケットインパクトを計測することができます。

以下の図は、マーケットインパクトの実測結果です。マーケットインパクトは自己売買高に伴って大きくなるため、これを抑制するためには市場の流動性に対して自己売買高を相対的に小さくするように決定する必要があります。この「売買高制限」は実測結果から0.2%以下(1日の出来高の500分の1)程度が妥当だと考えています。

また同じストラテジーを複数の人が運用すると、結果として市場に対して運用者全体の総売買高が大きくなってしまいマーケットインパクトが大きくなります。他の取引参加者とのタイミングをずらすなど、対策が必要となります。


2.機会コスト

機会コストとは、本来は約定できる筈だった銘柄が何らかの理由により約定できなかった場合に生じる利益の喪失や損失の拡大を指します。


(1)取引規制

突如発生した売買停止などの取引規制により、本来構築するはずだったポジションを建てることができない場合があります。これらはバックテストに考慮できるものと考慮できないものがあります。

バックテストの世界の中で「規制対象の銘柄」を「自分だけが都合よく」売買していることが利益の源泉になっている場合があります。簡単な例を挙げると、バックテストにSTOP高/STOP安が考慮されていない場合です。このバックテストツールでブレイクアウト系のストラテジーを検証した場合、簡単に良好なパフォーマンスを得ることができます。


(2)値動きの変動によるもの

価格の急激な変動により約定できた筈の指値が約定できない場合があります。指値には「キュー」という概念があります。市場は原則として価格優先・時間優先の法則に従っており、同じ指値でも早くから並んでいるものが優先されます。また取引所のシステムの負荷によって「注文が通らない」という事象も発生することがあります。

バックテストの世界の中で、「変動の大きい市場」で「自分だけが優先的」に売買していることが利益の源泉になっている場合があります。このようなストラテジーを実運用した場合、機会コストが跳ね上がってしまい、利益が出なくなります。


3.人為コスト

「人為的な要因」により当初定めたルール通りの取引執行ができずに発生してしまうコストです。要するにミスによる損失です。これは大きく3つに分類されます。


(1)ルールがなくて発生するミス

普段のトレードにはないイレギュラーな状況下で発生することが多いミスです。実運用を想定する段階で、検討に抜けがあったことになります。発覚した時点でルールを策定することが重要です。ルールを策定しないと人間は簡単に裁量に走ってしまいます。


(2)ルールに従って発生するミス

これはルールを取り決めた過程(プロセス)に欠陥があったことになります。単なる抜けや分析不足により、定めたルールが不適切である場合です。また故意ではないポカミス(発注時の入力ミスや決済忘れなど)もこれに分類しておきます。このようなミスはそれらを予防する手段の準備を欠いていたことになります。


(3)ルールを破って発生するミス(バイオレーション)

これは個人的な感情でルールを破るという、最も許し難いミスです。具体例を挙げると、損失の先延ばしのため決済を遅らせる、目先の利益に飛びつき利確してしまう、シグナルが出ていないのにポジションを作ってしまう、直近の運用状況を悲観して裁量でシステムを停止してしまう、などです。

特にシステムトレードに慣れていない方は、予めシステムの停止基準を「トレード数が100回を超えるまでは継続する」、「DDが20%以下になるまでは継続する」などと定めておくべきです。そのほうが運用時に右往左往しなくてよいのです。

これは本人の性格に依るところが大きく、このミスが頻発するようであればシステムトレードには不向きな性格と考えられます。投資手法はストレスにならない手法を選ぶべきであり、システムトレードによる資産運用は止めたほうが良いと思います。

人間ですから過去の失敗の記憶は薄れてしまいます。どんなに巨額の損失を出しどれだけ悔い改めたとしても、そのインパクトは必ず薄れていくものなのです。従って、失敗が発生した時点で原因を真摯に分析して明確化するとともに、再発防止対策の立案と他にも同じようなミスが発生しないか確認する作業(横展開)が必要となります。最終的には失敗を起こさない(発生防止)、万が一失敗しても損失が拡大しない(実害防止)ような「仕組み作り」が必要となります。

失敗を分析し、対策を立案し、仕組みを整備する過程は苦痛を伴う作業ですが、失敗しないトレード環境を作り込むことこそがシステムトレードにおける成功のカギとなります。


4.阻害要因と向き合う

これらの阻害要因のうち、バックテスト段階で正確に考慮できるのは「取引手数料」だけです。阻害要因が大きい場合、(カーブフィッティングは除いて)バックテストで良好であったのに、実際に運用を始めると利益が出なくなってしまいます。ストラテジーの構築段階でこれらの阻害要因を頭に置き、ロバストな手法を考えることが大切です。

また、どうしても阻害要因の影響を軽減できない場合は、トレード数を絞ることを考えます。特に運用資金が大きくマーケットへの影響を緩和できない場合には、δが大きいストラテジーの採用を検討すべきです(逆張りでなく順張りへのシフト)。


次回はシステムトレードのもう1つの肝である「トレード数の稼ぎ方と留意点」について説明します。