朽ちるを愛でる人
秋分の日に田丸雄一さんを偲んで。
田丸雄一さんについて、何か書き残したいとずっと思いながら、今年の春に永眠されたとお聞きしてから半年も経ってしまった。
最後にお会いできたのが3月24日だった。田丸さんの世界を結晶したようなMarutaという深大寺のレストランを尋ねた。その5日後にメッセージを頂いた。今度来た時は、今回見せれなかったレインガーデンや建物全体の環境への取り組みを見て欲しいこと、その時お話ししたフィンランドの森のことに触れて積極的に関わりたいと、田丸さんから頂いたメッセージには未来がはっきりと記されていた。
本当に小さくなった田丸さんの姿を見ていたので訃報への心の準備は出来ていたつもりだった。でも目の奥の輝きとメッセージの力強さに、ひょっとしたらと思わせる生命力があった。
月並みだけれど、あまりにも早すぎるお別れに、聞いた時は悔しさと悲しさと入り混じったぐちゃぐちゃな感情だった。
明治神宮の鎮守の杜づくりに参画した歴史ある造園業を営む家に生まれ、日本がまだ良い時代だった頃に美意識を創り上げ、多くの卓越した感性の持ち主がそうであるように、少し頑固で、ちょっと孤独で、いつか心から理解してくれる誰かをずっと待っているような感じがする人だった。
日本でなくイタリアから世界にその理解者を求め、田丸さんの会社はGreen Wise Italyというミラノの一等地にショールームを構えた。田丸さんが何に投資をしたのか。会社の中で理解していた人は数少なかったかもしれないと想像する。それでも田丸さんはミラノに仲間を見つけて、少しずつ根をおろして行った。
私は2020年の終わりにForbes Japanに記事を書くためにはじめて田丸さんとお話しの機会を得た。
最初は少し辿々しく、ぽつりぽつりという感じの口調は後半には饒舌に転じ、最後は何か思いが迸るような2時間以上のインタビューだった。私の筆力では全く表現不足の記事にも関わらず喜んで下さった。
その翌年2021年にヴェネツィアビエンナーレで建築家の遠野未来さんの作品の企画監修をすることになった。田丸さんのインタビューで何度も繰り返された生態系の再生ということに、建築作品を通じて少しでも挑戦したいんだとお話したら、出来る限りの協力をすると快諾下さった。コロナで渡航もままならず、ミラノのショールームもどうなるかわからない、そんなタイミングにもかかわらずイタリア側の社員の皆さんの協力を惜しみなくつけて下さった。
私たち人間は地球にとって害悪な存在ではない生き方を選び、そして全ての命が支え合う社会を創造できるんだ、そんな壮大なことを証明しようともがいたJIENという作品は、正直作品としてはやり切れない部分がたくさんあった。でも今となってはこの挑戦が依代のようなものになって、同じ思いで社会でもがく、孤独で必死な、素晴らしい人との出会いや繋がりをたくさん運んで来てくれた。
建築も、食も花やグリーンの世界も。
一見華やかな世界の裏側に目を覆いたくなるような腐敗がある。
仕方がない、そういうものだと甘んじていたら、どんどん広がり、深く飲み込まれていくような腐界では、その腐を取り除こうとすればするほど、いつの間にか自分の手も身体も腐っていくような伝染力がある。
でも命には別の終え方もある。
葉や枝のように自然の中で枯れていく終え方だ。
そしてゆっくりと朽ちて地球の一部に還る。
命は枯れて、なお自分ひとりで朽ちていくことは出来ない。風や雨や目に見えない小さな微生物が助けてくれるから朽ちることが出来る。
そのためには、そういった自然が協力してくれるような肉体と精神を持って生きなければならない。普段から防腐剤で攻撃し、化学薬品まみれでそういったものから防御している身体でいながら、死んだらゆっくり優しく朽ちさせてくれなどというのは虫が良すぎるのだ。
田丸さんの茎道という作品は、ゆっくりと朽ちていく様を愛でるという、命のはかないうつろいに美を見出した、日本人が古代から培ったもののあわれそのものであり、やさしく根源的な生命観を問いかける芸術作品だ。
昨日数年ぶりにGreen Wise Italyのショールームを訪れた。ウィンドウに並ぶ、枯れかけた薔薇を不思議そうに外から覗き込んできたイタリア人が入ってくる。
あなたの店は薔薇を売ってるの?花器のお店なの?
新しく代表になった三尾さんが説明する。
だいたいこんなようなことを説明していたと思う。それを聞いて、なるほどという顔で
Che bello (素晴らしいわね)
とマダムは満足そうに呟いて店を後にした。
前代表の活動をきっかけに世界的な超一流のブランドやメーカーがグリーンワイズ社に注文をしてくるという。
世界の裏側に少しずつ光が差し込んでいるのだろう。
最後にお会いした田丸さんの身体は本当に美しく枯れていた。枯れてもなお命の輝きがあった。田丸さんが表現した美学そのものだった。そして最後まで地球や自然について諦めていなかった。
田丸さん、ありがとうございました。
そしてどうか見守っていて下さい。
あなたが望んだ地球に、日本に少しずつ近づいていく様を。どうぞ、安らかに。
田丸さんに出会って、本当によかったです。
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