大正にはロマンがあり昭和にはレトロな宝がある。で、平成と令和は?

最近は昭和レトロという言葉が流行っておりまして、昭和時代にガキの頃生きてたモノとしては時代が一回転したんだなあと思うばかりですが、大正はソレよりも前からロマンがあるとされてます。なんつったって大正ロマンですから。それ昭和の時代から言われてきた事ですから。

まず大正っていつからなのかをWikipediaでみましょう。1912年 (大正元年) 7月30日 から 1926年 (大正15年) 12月25日とありまして、また「最後の 大日本帝国 の戦時下でない正規の教育制度を受けた世代である」(大正世代)とも記されてます。

大正の終わりから「昭和20年」事1945年に至るまでは暗黒の時代へ突き進んで行ったのはここで言う間もありません。その後の高度成長期辺りに形成された文化などがその昭和レトロの核となるところではないかと思います。その期間約40年。

その次の平成ですが「トレンディーなもの」が沢山出ては消えてますが2022年時点ではまだ「平成トレンディー」の延長線上なんじゃないかと思いますが、平成は30年続いてます。昭和が1989年1月7日で昭和天皇崩御により「足掛け」64年の幕を閉じております。そこから30年です。
先程「平成トレンディーの延長」とは言いましたが平成に至っては実は一枚岩では無く「昭和の勤労概念」が通用したのは平成の前半までで後は体制側がしのごのご託を並べるようになりこの所から労働環境がおかしくなるわ知っての通り給料が上がらないとかになってきまして、ついには「サービス残業」「社畜」などと「いやいやそんなんは本来労働基準監督署が仕事してれば生まれてくる事すらなかった言葉やんそんなん」はここでは問わないにしても「余暇も金もない」世代の量産、あっ就職氷河期も平成ですね。下手をすると平成で日本国民にとって本気で平和だったのなんて最短で1995年あたりの6年程度、最長でも2000年過ぎの10年程度だったかも知れません。まだ2000年代は日本も表面的には民主主義国の国会運営が執り行われていましたがその後出てきたのがアベ政治です。ここで平成という時代の総まとめが行われたような所があります。つまり日本国民にはなんの得もならないことを政府が率先するようなった上にそれに従うのが日本国民の勤めのような感じになってしまったのです。そういう人は将来自分のお子さんを兵隊に行かせたりするんでしょうねぇ。そもそもそうならないように努力するのが憲法でも言われている「平和なうちに不段の努力で」と言うやつなんですが、平成末期10年間でその体制維持も危ういところです。今はたちまち日本国内で何らかの爆撃があったりしないので表面的には平和とは言えます。

そして令和です。僕はこの元号とにかく嫌いではじめ聞いたときには「命「」に「」せよって意味かこの野郎!」と捉えてしまったくらいです。そして平成末期の10年で構築されてしまった日本的ソフト独裁イズムの延長として令和と言うのが始まったとも言えます。

ちなみに大正デモクラシー(democracy)と言う言葉ありましたよね。それが軍部独裁的な昭和が終わり、平成の企業独善的な体制に政治が迎合し、そして令和オートクラシー(autocracy)の到達のような感じです。今回のこの記事はただ「令和オートクラシー」って言葉を作りたくてジェレミー・クラークソン氏並みの前ふりで書いてみました。

お口直しに同氏のジョークがふんだんに効いたこちらをどうぞ

オートクラシーなだけに「オート」でシメてみましたとさwww

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?