2024.03.21 春の歌

スピッツ「春の歌」にふさわしい季節は、都会のこの町にはほとんど無い。まだ風は冷たくて道の端っこに雪が残っているのに、暖かい陽の光が雪に反射してきらめいている。そんな複雑で限定的な冷たいのに暖かい日のことをいつも思い出す。

卒業式が終わり、春休みが始まる。特にイベントも予定もなく怠惰になるであろう休暇期間。これから始まる新しいことへの不安が募りつつも、世界は春が来るという期待で浮かれていて、自分もまたどこか浮かれていて、そこにも温度差がある。「春」にしか味わえない絶妙に嬉しいようで嬉しくない感情。

(新しい環境に適応するのに人より時間がかかる私だから、なおさら苦みの方が強く感じるのかも知れない。(これがMBTI診断で言うところのEから始まる人達はただ期待で心躍る時間になってたかもしれない。))

歌詞だけを見ればスピッツの「春の歌」は、暗く苦しい冬を終えて、大切な君とも別れ、しかし1人きりでも懸命に歩んでいくぞという希望の歌だ。もしこの歌詞に凡庸なロックサウンドが乗ったなら、きっとただの明るい春の応援ソングになっていただろう。それがこんなにも切なくて複雑な感情を呼び起こすことができるのは、スピッツの音楽の中の芸術性が高いからだ。

桜が咲いてお花見をする呑気な浮かれた季節の前にある、ほんの小さな季節。ぼーっと生きていたら通り過ぎて見落としてしまいそうなほんの僅かな季節。人間達は「3月なのにまだ寒いね,春はまだかな」なんて言っている時、虫や鳥や植物達だけが密かに忙しくせっせと準備をしている時。
曖昧さと精緻さを持ち、それを表現できるのはなんてすごいんだろうとこの曲を聴く度に感銘を受ける。ただ、都会のこの町ではこの曲にふさわしい気候になる季節はほとんどなく、また今のこの年齢ではそのような心情の変化が伴う出来事がほとんど起こらないことに寂しさを覚える。


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