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「全て満たされた僕たちは何も面白いことできないよ」




笑ってもらえたということは認めてもらえた、ということだろうか。

ならそれでいっか。

そういえば、小さい頃から、何か言って、やって、他人を笑わせるのが大好きだった。笑わせるためにあれこれ奔走していたな。今それを思い出した。


「そう、高校の時ね、半分冗談だけど、お笑い芸人目指してたわ」

「なれるよ笑笑」

「まじ?半分本気だよ?」

「トークショー呼んで、行くね」

「いや、それはいいかな」

急に冷たいと、正面に座った女の子はえーっと拗ねた。そしてこの会話を近くのテーブルを片付けていた店員のおばちゃんが聞いていたらしく、はっはと笑った。

「あんたたち面白いわ」

「えー嬉しいです」
「あ、あの、梅酒もらっても良いですか?ロックでお願いします」

「誰が飲むのっ!」

「えっ。私です、え、あ、23歳です私」

「そなの!はたち以上ならok」

なるほど、はたち以上には見えなかったか。若く見えるってことにしておくね。ありがとうおばちゃん。女の子は口元を押さえて、笑いを堪えるためか震えているけど、気にしないことにするよ。


他人を救うことを通して自分を救っている気がする。直接自分を救うことは許されない行為だと、体のどこかで禁制がかかっている。厄介なこった。回り回って救ったから結果オーライかな。




もういやなんだと、その子の目から涙がこぼれた。

「もういやなの」

何かを察し、とりあえず座って話しな、とソファーに促したら、つい堪えきれなくなってしまったかのように、そう吐き出し、彼女は顔を手で覆った。

少しの沈黙の後、そんなに自分を嫌うことないよって、言ってみたりした。

嵌っているぬかるみごと嫌だと、渡したティッシュをくしゃくしゃにして泣いていた。

ぬかるみというのはまあ、本人の悩みをぼかして言うために、私が勝手に例えたものだ。

正直、ぬかるみなんて嵌った時点でだいぶ手遅れなんだよね。抜け出せないとまでは言わないけど。一度レーダーの範囲が拡大してしまうと、それを縮めようとするだけ無駄だった。一方的に細密に進化し、神経への張り巡らせが広がっていった。

なら逆手をとってやろうじゃないか、と思った。それを試行錯誤中ではあるけど。

だから、そのぬかるみを嫌うことよりも、それをどうにか抜け出すことよりも、嵌ったままどうやりやすいように行動することを考えた方が、むしろ良いんじゃないかなって。そんな風な意味の言葉をかけた。

君はもうどうせそのぬかるみにどっぷり浸かってるんだしさ、スポッとぬける方法を探し当てる方が無理って話よ。少しずつ、少しずつ抜けていくんだ。抜けたいなら。抜けるために無理をしたら元も子もないじゃないか。

好きなだけ蔓延らせてみても、良いんじゃないかな。悪玉菌しかなかったら止めるけど、実際それだけしかないことの方が少ない気がするな。

ただ、行き詰まることがあるとは思う。そしたら話せばいいし、今みたいに。私じゃなくても、誰でもいいんだ。話したら良いじゃないか。他人がどう思って聞いてるかなんて考えるだけ無駄だよ。

相手がどう思うか本当の意味で分かりっこないって、君も理解しているはずでしょ?理解すればするほど、「分かり合えない」ことが浮き彫りにされるんだ。だから無駄だよ、考えたって。だからと言って、考えなくていいってわけでもないな。好きなだけ考えたら良いさ。無駄だからってやめる必要はないでしょ。無駄って分かった上で好きなだけ考えるんだ。そしたらそのうち無駄じゃなくなってるかもしれないし、今ほどそんなに嫌じゃなくなってるかもしれないよ。どうかな?

少なくとも私の立場からは、そんなに君が君自身を嫌うほどの嫌な人には感じないな。それ以外で私がどう思ってるかなんて、変な話、君にはどうでも良いじゃないか。だって、私が思うのは私の勝手で、君が考えるのは君の勝手だ。約まるところ、私は私だし、君は君だ。


もはや、思い詰めたその子に語りかけているのか、自分自身に言い聞かせているのかわからないや。

そのぬかるみに今、実際に私も似たような感じで嵌っているわけだけど、だからといって私がわかったような口ぶりで語ったところで、「お前に何がわかるんだよ」って思うだろ?つまりそういうことだよ。だからこの話が終われば、もう私が話したことは全部忘れてくれ。むしろ忘れろ。どうでもいいことだし、実質君にはどうでもいいことなんだよ。




最近は、余裕があれば降りる駅の手前の駅で降りて、少し歩いて帰ったりしている。

しかし今日は話したり、その後あたたかい面でも食べようって言ってご飯に行ったから、少し遅くなっちゃったし、歩かないでそのまま帰ろうとも思ったんだけど。まあ俺も色々と思うことがあったから、気晴らしにやっぱりちょっと歩こうと思った。

電車を降りた後、地上への階段の入り口から吹いて来た冷たい風で、少し降りたのを後悔した。でも外へ出て、少し見上げたら、真ん前に半分の月とその近くで星が輝いていた。

携帯を開いて、


▶︎お月様見えるかな?

▶︎なんか星が近いよ

▶︎なんの星かな


と送った。


2023.12.21   星期四
(帰り道はyonigeの「春の嵐」を聴いていたので、歌詞をタイトルにつけました。)
(月と星綺麗だったんだけど、写真撮ってないから、落書きで誤魔化しておきます。)

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