見出し画像

素直で正直なのが彼の魅力だった。

素直で正直なのが彼の魅力だった。

12月、
その頃の私はもう恋に期待することに疲れていた。彼と初めて会った時も私に恋していないことは早い段階で分かった。それでいて、女を道具としてみる言外の傲りは感じないから不思議だった。

大学時代にスポーツで鍛え上げた体格を褒めると「やめるとすぐ小さくなるから、仕方なく筋トレしてる。」と自虐的に笑った。本人の言う通り、立派な学歴の割にはそれほど賢く見えなかった。ただ知的好奇心が旺盛で、ひとところにに留めておける性格でないことはすぐに分かった。

帰り道は、「ハイ、手!」と有無言わさず恋人繋ぎをされて歩いた。嫌じゃなかった。大してその気もないくせに「泊めてよ」なんて言ってくるのが、ちょっと可愛かった。気持ちとは裏腹の拒否をすると、「待つのは得意なほう」って笑ってあっさり解散した。

3月、
彼の存在を忘れかけた頃、連絡がきた。別に捨てられたわけでも、嘘つかれたわけでもない。楽しい時間とちょっと疼く感覚だけを思い出し、彼と会う約束した。聞くと静岡に転勤が決まったという。最後に飲もうよと、彼は言った。どうせ離れるのであれば、気持ちに蓋をするのだって簡単だ。そう言い聞かせた。

でも会うとやっぱり居心地がよかった。テンポよく軽口を言い合って過ごす。私はこの無邪気な男と身体を重ねたかったし、遠距離恋愛には向かない彼の性格を考えればもったいぶったところで恋愛関係にはなれないと分かっていた。飲めないお酒をいつもよりたくさん飲んで、凍えながらホテルに向かった。一晩楽しんで、他の男と同じ引き出しにしまえばいいや。

繋がったまま軽々と持ち上げられたり、彼の鎖骨の傷跡にキスをしたり。口移しで水を飲ませあったり。屈強な男が声を出すのがたまらなく愛おしかった。相性がいいと何度も言い合ったとき、「でも、経験人数2人だけ。」って恥ずかしそうに教えてくれた。それは遠距離が理由で終わったと前に聞いた彼の過去の全恋愛の数と同じだった。私たちは「またね」といって別れた。

6月、
私には恋人ができていた。とにかく容姿がよくて、寡黙ながら女を喜ばせる言葉がわかる男。わたしのこと本当に好きなのずっと違和感があった。きっと相手も同じだったんだと思う。徐々に連絡が少なくなっていった。続けるための努力をしているのが自分だけな気がして、途中でやめた。

そんな時彼から連絡がきた。とにかくタイミングがいい男なのだ。遠慮がなく、フラットで、話してて心地よかった。寝た時のことはお互い触れなかった。恋人の存在も言わなかった。聞かれなかったし、興味もないだろうと思った。人として好きだから友達になりたかった。

大学で打ち込んだスポーツをもう一度やりたくなり、チームに入ったという。こちらで練習がある時に会うことになった。

その時、彼はお土産をくれて、素敵なお店も予約してくれた。話は尽きなくて、軽口を叩き合いながら話す。今思えば、その時点で私は完全に彼のことが好きだったし、彼といる時の自分が好きだった。彼がわたしのことどう思ってるかは聞けなかった。思わぬタイミングで「彼氏いるの?」って聞かれたとき、素っ頓狂な声を出してしまって彼氏がいることがバレた。私は嘘がつけない。

彼は「遅かったかー。」とかなり動揺してひとしきりもがいた。「あなたがそんなに動揺してくれるとは思わなかった。」と私がいうと、「今日だけ浮気しよう。全部俺のせいにしていいから。」といった。悲しかった。最初は断ったけど、私はやっぱりついていった。本能的に彼のことが好きだった。彼氏と別れて俺と付き合おうと言ってくれないかなとずっと思いながら抱かれた。

「前にあってから他の子と遊んでないの?」と聞くと「ないなぁ。俺、モテへんし。」という。周りがなんと言おうと今でもそれは嘘じゃなかったと信じている。「たまに遊びに行こうよ。」と精一杯いうと、「嫌だよ。そんなの俺が寂しいじゃん。俺、遠距離無理だし。こうやってたまに会おうよ」そっか。付き合わずに、たまに寝れるならそのほうがいいよね。また踏み込めなかった。その日も彼は「またね。」と言った。

モヤモヤしながら一週間過ごし、ようやく彼のお土産を食べた。美味しかったよって連絡した。でもすぐに彼氏とちゃんと別れてから連絡しようと思い直して、送信を取り消した。そしたらすぐにLINEがきた。

「取り消すなよ。」
「ごめん。なんか気まずくて。」
「別れたのかと思った。」
「まだだけど、もう別れるつもりだよ。」
「俺と付き合ってもいいことないで。恋愛より仕事や趣味に集中して、だめにするタイプ。」
「そっかー。そうだよね。私があなたでも浮気するような女嫌だもん。とりあえず一度ひとりになるよ。」
自分で言ったのにズキっと胸が痛んだ。連絡先も消した。

9月
土曜日の夜「久しぶりー」とLINEが来て他愛のないやりとりが始まった。彼氏とはとっくに終わっていた。馬鹿な私はまた[追加]を押す。「今、彼氏おるん?家どこ?」「うちは無理だよ。」と送ると、すぐに電話がかかってきた。「ほんま友達捕まらん!お願い!」家に入れて、部屋の物に彼との思い出ができるのがいやだった。ただれる覚悟がなかった。終電ももう少しでなくなる。「ギリギリまで他の人に電話してみて。」5分後、「泊めてくれる人見つかった。ありがとう」

10月
先月の電話で配属は決まってないが転勤するという話を聞いていたから東京に来ないかなと期待していた。2週間過ぎても連絡がないから、自分から連絡した。配属は名古屋。離れた。また飲もうよという話になり、会うことになった。「うちは当てにしないでね。」というと、「新幹線で帰るからええよ。」横浜で試合をしたあと、東京まで来ることになった。新幹線の駅で飲もうと言ったが、彼は新幹線の駅は面白くないからといい、私の家との中間地点の酒飲みの街で早い時間から飲み始めた。弱い私はすぐに酔ってしまった。早めに切り上げてラグビーの準決勝を見ることにした。
店を出て「ご馳走様でしたー!!!」というと
「こっちは新幹線代で金ないんやから、出す気くらい見せろ!」
「えーいいじゃん。」
「試合観にきてくれたら奢ったるわ。」
「えー来たら困るくせに。そしたらグッズ買ってサイン貰いに行こうかな!」
「でも東京の試合は来月のが最後やな。」

最初は一緒に準決勝を見ていたのだが、二人ともすっかり眠ってしまって気付いたら試合は終わっていた。友達の家に泊まることにしたと言っていたが、時刻はまだ19時半、友達も飲んでいて連絡もつかない。時間を持て余した男女がすることなんて限られている。

彼が手を出してきた時、懸命に拒んだ。好きだからこそ、拒まなくてはいけないって思った。その時はできないタイミングでもあったから、わたしが彼に感じている強い魅力に抗えると思っていたのだ。そして「遠距離やってみない?」って事もなげに言うんだって思ってた。

でも感情って本当に麻薬で、キスを始めてしまったら止められない。好きな男じゃなかったらできないのに狂おしいくらい欲しくなって、自然に手が伸びてしまった。そこからはもうこぼれる彼の声が愛おしくて夢中だった。悪いのは恋愛感情なのか、それとも性欲なのか。

結局、友達と連絡が取れず、彼はうちに泊まった。その日、彼は初めてわたしに背を向けて寝た。やっぱり、ここには一欠片の愛情もないのかと思うと目が冴えてしまった。寝息を立てはじめた彼がハッと起きて「ごめん、俺のせいで眠れない?」その声は、なんだか少し気まずそうでもあり、煩わしそうでもあって、それ以上何も言わないでと言っているように感じた。そう思ったら今日こそ伝えようと思ってた言葉を飲み込んで「ううん、別に。」そう言って、彼の大きな背中にギュッと抱きつくのが精一杯だった。

翌朝、私は仕事があったのである程度支度を済ませて彼を起こした。「ごめんなー、ほんま助かったわ!」といって慣れた素振りで短時間で身支度を終えた。今までと明らかに違う様子で微妙な距離感で駅まで歩き、駅で別れた。「またね。」とは言わなかった。

11月
もう彼の存在がどんどん大きくなってしまっていることには気づいていた。大して用事もないのに連絡をとる。すると以前と変わらぬ様子で、能天気に「どうしたん?」って返事が来るのだ。
「試合、観に行こうかな?」
「ほんま?興味あったん?」
「観てみたくなって。」
「嬉しいなー。楽しみやわ。」
彼に初めて嘘をつかせたんじゃないかと思った。

試合前日、このまま連絡せずに行かなければ、彼を困らすことはないのかなと思った。でも一度行くと言ったし、もしかしたら迷惑じゃないかもしれない。そんな望みにかけて連絡した。

「お疲れ。」
「お疲れー。明日どないする?」
ああ、連絡が来てしまったって感じだろうな。
「それなんだけど、もし本当に行ったら困るよね?」
「困らんって言ったら嘘になるな。」
ああ、嘘をついてほしかった。
「そうだよね。やめとくよ。頑張ってね」
「おう!」
そんなやりとりで終わった。あーあ、ダメだったか。

12月
彼への気持ちに必死に蓋をして過ごした。幸いにも仕事が忙しくあまり考えずに済んだ。

その頃、昔の元彼から久しぶりの連絡があった。遠距離していたが、仕事で余裕がない彼から毎日のように届く愚痴に疲れて別れを選んだ。一部からは羨望の眼差しを向けられる仕事をしている分、当時は少し高慢なところはあったが、連絡して来た彼は心を入れ替えているようにみえた。よりを戻したいと言われた時、やっぱり彼の顔がチラついた。彼にちゃんと振られたら私もけじめがつくんじゃないかと。そして、元彼とよりを戻したら、それなりには幸せなんじゃないだろうかと。元彼には、少し考えたいと返事を保留し、彼に連絡した。

連絡してすぐかかってくる電話、少し話してから
「もう東京には来てないの?」
「せやなー。シーズン終わったから1月末までオフや。そしたらまた会おなー」
「うん…いや、でも私もうダメだと思う。」
「なんで?彼氏できたん。」
「ううん、でもあなたのこと独り占めしたくなる。あなたと一緒にいると自然体で楽しい。他の人ではだめ。私、遠距離もできるよ!」
彼はほんの少しだけ悩む素振りをしてくれて、
「やっぱり遠距離は無理や。距離が遠いと気持ちも遠くなる。他にやりたいこと優先して俺がダメにするから、もう遠距離はしない。」
「どうしても?2%くらいはいけると思ってたけどな。…嘘、本当は12%くらい。」
「あはは!ほなら、ほんまは30%くらい行けると思とったやろ。」
「それは思ってないよ。」
「でも、もう気軽な気持ちで連絡しちゃあかんな」
「えーしてくれないの?してよ。私からはしにくい」
「できひんよ。東京に異動になった時にでも連絡するかも。でもきっとその前に俺よりいい人できるよ。」
「そっか。…でも私たち、うまくやれるんじゃないかと思ったけどな。」
「相性良かったな。一緒にいて楽しかったし。」
「楽しかったよね?…あー諦めつかないからもっと酷いこと言ってほしいよ。」
「言えへんよ。思ってないことは。」
「そしたらいっそ名古屋で彼女作って。東京の子と付き合ってたらすごく悲しい」
「どやろな。俺、恋愛自体が向いてないしな。」
じゃあねって電話を切る時、これで最後なのかなと思うとなかなか電話が切れなかった。きっと向こうの配慮だと思う。10秒、20秒と無言のまま、時間が過ぎた。先に切ってよ、とか言いたかった。いつまででも話していたかった。でもこれ以上彼に面倒な印象を与えたくなかったから、何も言わないまま電話を切った。

3月
それからも彼のことを思い出すことは度々あった。振られたら付き合おうと思っていた元彼はやっぱり過去の人で、気持ちが再燃することはなかった。
このまま永遠に彼に会えなくなるのが本当に嫌で、付き合えなくてもいいから接点がほしいと思ってしまった。

「久しぶり!また会おうよー」と返事が来る。
よせばいいのに「そういうのなしだよ。」と予防線を張る。
「合意の上であるかもー」
その後もなぜだか噛み合わない会話が続く。
前は普通に話してて楽しいから会ってるってフリしてくれてたのに。
また迫るつもりなんかなかったのに、
「じゃあ彼女?」なんて寒い冗談を言うと「彼女なーないしょ。」
スマホを持つ手が震えた。諦めたつもりだった。彼女を作る気がないなら仕方ないと思ってたから。
こんな連絡しなきゃ良かった。そしたら私がだめなんじゃない、と思い込んでいられたのに。「そこまで言ったなら教えてよ」というと。一言「できてん!」
動揺が止まらなくて、聞きたいことが沢山あったけど、聞いたところで傷つくだけだと思って、ふざけたスタンプを一つ落とした。
その夜日付も変わる頃、「ちなみに今東京!笑」弄んで楽しい?って噛みつきたくなる気持ちを抑えていると畳み掛けるように電話。グッと堪えて無視する。続く適当なLINE。
あー、遊びで寝ても対等なのが良かったのに、気持ち伝えたらこれ?見損なったよ、と思いながらも、その残酷な無邪気ささえも好きになってしまっていて苦しい。
「できてん!」のLINEを読んでから涙は流れてないのに大泣きした後みたいな胸の苦しさと震えを感じてた。心がずっと泣いてたんだと思う。
「好きで付き合ったんでしょ?大事にしなよ。わたしはもう浮気しないし、浮気相手になる気もないよ。」というと、「えらい。えらいよ。」と煽ってくる。
そこからも少しラリーが続く。苦しさより腹立たしさがついに優って一言言ってやろうと思い、電話をかけた。
少し酔ってる彼はやっぱり思っていたより、ずっと嫌なやつで、こちらが聞けばなんでも話した。私は私で、怒りと悲しみが交互にやってきて、相当面倒なやつだった。
私が気持ちを伝えた一ヶ月後くらいに名古屋で彼女ができたこと。言わされるような形とはいえ、自分から告白したこと。あんまりしっくりきてないこと。私が浮気した時と同じ感じだと言われるともう黙るしかない。
「今まで私に話したことに嘘はなかった?」
「嘘ついたことは一度もないよ。」
「私と付き合おうとは思ったこと一度もなかった?」わたしは臆病すぎて、押すことも引くこともできなかった瞬間の心当たりが多すぎる。「んーでもな、距離がなーとはずっと思ってたよ。名古屋と東京は遠いよ〜。」濁されたには気付いていた。尻すぼみに言った彼の声はさっきまでの高慢な態度とは違って、少し情けない子供みたいな声だった。
「めっちゃ嫉妬するやん。」「そりゃするよ〜。」ともがく自分が以前動揺してくれた彼に重なって見えた。
「試合、一度でいいから観に行きたかったな。観に行ったら怖い?」「ううん、少し嬉しい。」また、わたしの好きだった少年みたいな彼が戻ってきてた。この期に及んでやめてほしい。
「そっか。頑張ってね。じゃあね。」
そういって別れを告げて今度はすぐに切った。

私たちは偶然3ヶ月周期で結びついていただけで、一度ずれたら二度と重ならないのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?