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【創作怪談】       還不(還らず)の交差点

小さな頃から、その交差点の不思議な噂はあった。
霧雨の降る日にあの交差点を通ると人が消えるとか、事故にあうとか、交差点の角に髪の長い女がずぶ濡れで立って手招きをしてるなどなど、噂話は数限りなくあった。
俺はといえば、自宅へ帰るのに必ずと言っていいほど使う道だったので気にもしていなかった。あの日までは!


夕暮れ時、学校の帰り道、そぼ降る雨、
還らずの交差点に差し掛かる時、目の前で車が正面衝突の事故を起こした。
交差点中央で赤の軽と白の普通車がものの見事にぶつかった!まるで何かが爆発したような音であちらこちらから人が飛び出てきた。
俺は交差点の手前で呆然と立ちすくんだまま、ある一点を見つめていた。
交差点の角に女が立っている。遠目にだが長い髪なのはわかる。その女が事故現場を指差して狂ったように笑い転げている。

何だ、アレは?!

あんなのってあるか?他人の事故現場を指差して笑うなんて!俺は事故にあった人間の安否よりもその女の挙動から目を離せないでいた。
なんでそんな風に笑えるんだ?人の不幸をと言う正義感ではなく、あんなあからさまに笑う態度をどうしてとれるんだ?と言う疑問の方が勝っていた。

「おーい、大丈夫かー?」
「お、こっちは意識あるみたいだぞ?」
「早く救急車呼べー!」
「ここんとこ、立て続けに事故が起きてるな、還らずで何かあるのか?」

付近の住人が慌ただしく動いて車内の人間を車外へ運び出そうとしていた。
赤の軽からは女性が
白の普通車からは男性が運び出され、簡易的に敷かれた布の上に横たわっていた。少しでも雨が当たらないようにとの配慮か傘がいくつも置かれていた。
女は相変わらずで今度は両手の甲で拍手をしている。所謂、逆拍手である。
俺はゾッとした。昨今のオカルトブームもあって多少の知識は有り、逆拍手が不吉な意味合いを持つものだとは理解していた。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。2台の潰れた車、倒れた男女、もう何も出来ない周囲の人々、笑う女、その全体図を見ながら、立ち尽くす俺。雨は止まない。
すると、図の中の動きが変わった。
女が逆拍手を止めて俺を見ていた。目線はお互い合っていないが、女が俺を見ているのはわかった。女の腕がスイっと上がって手招きをする。
俺に向かって「おいで、おいで」とゆっくり手招きをする。
イヤだ!行きたくない!と思ってるのに、ゆっくりと動き出してしまう。
操られるかのようにゆっくりと1歩をふみだしている。また1歩、また1歩と交差点中央に近寄って行く俺。次第に女の表情が見えるような位置になった。
真っ赤な口紅を塗ったような唇が大きくニタリと笑みを浮かべている。
「誰か助けてくれー!」と叫んでいるのだが、現実には声は出ていない。
ただアワアワしてるだけだ。誰もが俺の存在に意識を払う余裕は無い。到着した救急車に状況を説明し、新たな事故が発生しないように交差点を通る車の交通整理におわれていた。
何とか抗ってみるのだが、身体は言うことを聞かない。ゆっくりと女の方へ確実に向かっているのだ。女の所に辿り着いたら、俺はどうなるんだ?心臓の鼓動が鼓膜を突き破るかのような勢いでドッドッと響く。
嫌な冷や汗が背中を伝う。両腕に鳥肌が立っているのが感覚的にわかる。女の噂は他にもなにかあった気がする。
何だ何だ、女に関する還らずの交差点での噂、手招きされた時の注意点とか無かったか?絶対にやってはいけない事が無かったか?助かる方法は無いかと脳をフル回転させて考える。交差点はたまたま信号が青だから、俺が歩いても何らおかしくはない。
渡りきれるのか?この速度で?と思いながらも、頭は何かを思い出そうとして必死だ。もう少しで女の前に着いてしまう!
女は手招きを止めて、俺に向かって両手を開いて迎え入れようとしている姿に見えた。
何だった?
何だった?
何だった?
絶対にしてはいけない事!
してはいけない
してはいけない
それだけはしてはいけない事!
女としてはいけない事!

目を合わせてはいけない!


耳元で声がした。若い男がそう言った。そこで思い出した。『女と目を合わせると連れて行かれるから目だけは合わせるな』と言う教えが噂の中にあった事を!
その教えを見知らぬ声の男が俺に今、伝えたのと同じ事を!男は俺の肩に手を回して寄り添いながら、ゆっくりと諭すように
「女と目を合わせてはいけないよ!それだけは絶対に守って!」と告げたのだった。
その瞬間、俺は目を閉じた。途端に歩きがふらつく。でも、ゆっくりと身体は前に向かう。やはり自分の身体は言うことを聞かない。
「あ、金縛りにあってる?解くよ!」
いきなり背中をバンッと強い力で叩かれ、身体の自由が戻った。そして糸が切れたかのように、その場に俺はゆっくりと崩れ落ちた。男が俺に手を添えて、その場に座らせてくれたのがわかった。
「良し!そのまま目を閉じて意識を強く持つんだ!じゃないと連れて行かれるぞ?」若い男の激が飛ぶ。誰だ?目を閉じちゃってるからソイツの顔も姿も全くわからない。もんなヤツが見たいよりも、俺は連れて行かれるぞの言葉に震えて、しっかりと目を閉じて、お経を大声で唱えていた。
「うん、それで良い!さてと、お姉さん、お待たせ」
何それ何それ、知り合い?知り合いなの?
突然現れた正義の味方に安堵した俺は少し余裕が出てきた。
「還らずの交差点だけど、お姉さんは還って来ちゃったんだね?でも、ただ立ってるだけならまだ許せたのに、手招きしては事故を誘発させて自分の恨みを晴らしてたでしょ?」
目を開けてはいないが、俺の耳はダンボだった。目を閉じてるから、聴力が鋭敏になってるせいもあるだろう。
全てが聞こえるし、見えないのに情景が浮かぶ。
交差点角で手招きしていた女と俺を救った男が静かに対峙している。
男は軽い足取りで女の元へ駆け寄ったようだ。
救急車のサイレンが再び鳴り響き、走り去っでゆく。一段落したとばかりに近隣住民が散らばってゆく。残ったのは事故処理を任せられたであろう若い警官のみであった。
「おーい、君、どうしたんだ?そんな所に座ってたら危ないぞ?」と声が飛んだ。
親切な警官だな!立てるもんなら俺も立ちたいよ(笑)
苦笑しながら、目を閉じている俺に
「目が悪いのか?何でそんな人間が一人で付き添いもなくこんな所に居るんだ?ん?アレは友達か?」
恐らく、先程の男を友達で付き添いだと勘違いしているのであろう。
だが事態は急を要す場面だ!
「あ!お巡りさん!目を閉じて!」
切れの良い声が耳に飛び込んでくる。
「もう少しで還らせるから、それまでの辛抱だよ!そっちの君もまだ目を開けないでね!」
そう言われて再度、目を固く閉じた素直な俺であった。
「さぁお姉さん!逢魔ヶ刻はもう終わるよ。道を、扉を開けるからあちらの元の場所へ還ってくださいね!もう、ここへ通じる道は堰き止めるから二度と還って来ては駄目だよ」

閉じた瞼の裏に眩しい光が当たる。

「イヤだ。私は還らない。皆、ここで私と同じ目に合わせてやるんだ。そしていつか私を轢き殺したヤツを見付けて殺すんだ!」と女が叫んだ。

全てを聞いていた俺は、この交差点で死亡事故が多い理由に納得してしまった。彼女が一枚噛んでいたのか、と。

「お姉さん、反省の色が無いねー!俺は女性には優しい性質なんだけど、そう言う事なら、罰を受けてもらうよ?」

ドサッ!ドサッと音がした。何かが地面に落ちた音。
「あぁあああああああ!」と女の絶叫。
「別に痛くないでしょ?お姉さん、霊体だもの。罰としては軽いでしょ?もう手招きできない様に両手首を切り落としただけだもん」
女から激しい怒りと憎悪が迸っているのをビシビシと感じる。
でも若い男は何も気にしていないようだ。
「本当は消滅させても良いと言われてるんだ。アンタが事故らせて亡くなった方のお身内から頼まれてる。それに俺にはそれだけの力がある。わかるだろ?」
男の姿は見えないが、物凄い闘気のようなものを感じた。そこに雷が落ちたかのような感じで何か素肌がチリチリする。女は何も答えない。先程までの憎悪は薄れていた。気圧されている。そう感じた。
「はい、じゃあお姉さん、さようなら!今度、還って来たら消すよ?」
また強烈な光が瞼の裏に焼き付いて、静かに光が閉ざされていくのを感じた。
「はい、もう目を開けて良いよーん」
その声を合図にバチッと目を開けたら、手が差し伸べられていた。
次に目に飛び込んだのは金髪!外人?かと思いきや、顔は日本人。生意気そうな年齢の少年という風体、だが顔面偏差値は俺より高いのがすぐにわかる。間違いなく女が放っとかないって類いだな(笑)
コレが俺と和政(カズマサ)の出会いであった。ちなみにお巡りさんは横で気絶していた。目を瞑る瞬間、たまたま女をチラリと見てしまい気を失ったらしい。自業自得ってヤツ?昔からオバケが苦手なんだと後でこっそり教えてくれた(笑)


「はい、二人ともこっち向いてぇ俺の目を真っ直ぐ見てぇーはい!気を付け!」
学校か?軍隊か?とへの字眉をしながら二人でビシッと気を付けをした。
そこからたっぷりと3分はあったかな?
「んー大丈夫だねぇ、女の残穢(ざんえ)は二人とも無いね!ちゃんと目を閉じてたんだね、偉い偉い!」
「お前が閉じろって言ったじゃんか!」
「そう言ってもさー、気になって目を開けて見ようとするお馬鹿さんが居るんだよ」
「所で君は何者なんだい?アレは何だったの?何か知ってるなら教えてよ」と職務を遂行しようと気絶していた警官が名誉挽回を図ろうとする。
「あーごめんなさい。守秘義務あるし、説明してもわかってらえないと思うから、単純に忘れてください。もう、ここで事故が多発する事は無くなると思うから」
和正と名乗った少年があっけらかんと答えた。
「いや、そう言う訳にはいかな、い」と呼び止めた警官に和正が向き直り、目の前で両手をパン!と打った。
「はい、貴方は何も見てないし覚えてない。僕の事も知らない」
そう言うと俺の前まで片足でケンケンをしながらやってきた。
「お兄さんは何も見ないふりして黙っててくれるよね❤」と言うと両手を俺の前に出して手を打とうとする姿勢を取る。
「あ、あぁ!俺は何も見てないし何も知らない。そうだろ?」
「うん、僕は和政。お兄さんは?」
「俺は新(シン)」
「じゃ、シンさん!お風呂貸してくれないかな?こんなドロドロの姿じゃ僕、帰れないよー汚くてバスにも乗れない(笑)」
「風呂?ま、いっか。良し、ついてこいよ。風呂の前に何か食おうぜ!」
「あ、うまやがあるー!俺、炒飯食べたいー!杏仁豆腐も付けてね(笑)」
「俺はうまやセットにするぞ?何か俺が奢る前提になってねーか?」
「まぁまぁ良いじゃん。げん直しってヤツ?それかぁ精進落としってことで」
「何でも良いよ。腹減ったからなー」
「新さん、気前良いねー❤モテるでしょ?」
「アホなこと言ってないで、ほら入るぞ?」
「はいはーい」
和正がぴょこんと扉を跨いで入った向こうの景色には雨はもう上がって夜の帳が降りようとしていた。




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