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誰も知らない

 目尻の皺に潜む影を妖艶に化かすシャンデリア、ざわめきに喰われたBGM。サナギから変身した蝶達が夜の始まりを教えてくれる。
 夢幻の世界へようこそ。秋風に運ばれた5色の影が紫煙のカーテンを揺らし入ってくる。
「いらっしゃいませ」
 今宵もクラブ泉の夜がめくる。


 今夜は桜一家からの接待って名目の合コン….じゃ無くて飲み会。
 こっちからは社長、矢代とそのお供、七原。桜一家からは連さんとあのキャンキャンうるせー奴。あと百目鬼もさっきまでいたんだけど、急に姿をくらましやがった。案の定矢代の酒の量が不機嫌を物語るように増えていく。

 宴もたけなわになると、いつの間にか目が据わりきった矢代は、グラスに垂れる水滴にまるでアレを舐め上げるようにツツっと舌先を這わせ、とろりと妖艶な目つきで周りをソワソワとさせ始める。

「あーあ、隣の子、リンちゃんだっけ」大きな胸を矢代の腕に押し付けながら…..秋波を送ってる?
「え、ええーちょまっ……」連さん社長の膝に手乗せてねぇ?あの人そっちもイケる系?
「あーもう、こんな姿百目鬼が見たらよー…..」
 七原の頭の中で「セーラ服と機関銃」のあのラストが再現され、「いや、カ・イ・カ・ン!じゃねーから」と一人ツッコミをしながら、軽く身震いをする。

 そんな中、七原の憂鬱などお構いなしの矢代の一声で急な王様ゲームが始まったって訳だ。
 最初はお決まりの何番と何番がキスーとかで盛り上げる。しばらくして矢代に王様の番が回って来る。思えばこの時すでにいやーな予感はしてたんだ。

「7番と8番、この後ホテルへ直行!」 
 王様矢代の居丈高に言い放つ声が店内に響き渡る。
「キタキター!7番オレオレオレ!」
 ここ最近の抗争劇のドタバタで、しばらくそっち方面はご無沙汰だった七原がガッツポーズで立ち上がると、多分こっちもだいぶん溜まってるんだろう。苛立ったトーンで「七原ウルセー」と矢代が眉をひそめる。

 アサミちゃんだといいなぁ、いやミキちゃんも胸でっけーし、一回ぐらいお願いしたい…..と鼻息荒く女の子たちを見回す。すると奥のテーブルから何やら小競り合いをしてる声が聞こえてきた。

「た、頼むって、一生のお願い……なっ」
「イヤに決まってんじゃん、イヤよ」
 神谷と隣の女の子が何か棒を押し付けあってる。
 そうこうしてるうちに、その棒を高々と上げてその子が立ち上がる。
「お、おっあの子かぁ?今夜はあの娘とランデブーってかぁ」テンションが上がってきて下半身が一気に騒ぎ出す。

「はーい!おめでとうございまーす!8番は神谷さんでーす。」

 ん?んん??はああぁぁぁ!!!!
 女の子の声に、髪屋さん?加ミヤちゃん?現実逃避する脳がカタカタと願望という名の変換を始める。

「イヤイヤイヤ、男同士は無いっしょ、も、もう一回やり直…..っ」
 上擦った声で神谷が捲し立てた次の瞬間、「ヒィィッ」とどっかのヒューズが飛んだような奇声を発する。
 見るとどこからともなく現れた矢代が、神谷の背後にすっと立っている。
 「おいっ」
 矢代の手が大きくはだけた神谷の豹柄の開襟シャツにスルッと滑り込み、耳朶に唇を寄せ囁いた。
「王様の言うことは〜」

「……ぜっ…絶対です……」


「ガチャッ」
 その時カウンターの奥のドアが開き、百目鬼がネクタイを整えながら、ドアの上枠に頭をぶつけないように屈み込んで出て来る。その後ろから続けて、結った髪のほつれを気にするように整えながら出て来る泉ママ!?

「オイオイオイ」つい心の声が口から溢れる。風の噂で「Mr.節操無し」って聞いてたけどマジかー、と眉根を寄せながら考えてると、百目鬼が突然獲物を見つけた獣の如く雄叫びをあげ…….いや実際にはあげてないが、ズカズカっと矢代に突進してくる。そして亀のように固まってる哀れな神谷を引き離す。

「矢代さん、飲み過ぎです。送ります」
「ウルセー、なんだよ、もうスッキリしたから帰るって?」
「…….スッキリ……..するまで帰しません」
「はぁー何言っちゃってんの、おまえ」

 百目鬼が上着を掴み、連さんにお辞儀をし、壁に寄りかかってる矢代の肩を抱え、電光石火の早業で出口に向かう。
 この超早送りの映像を唖然として見てた七原。だが、今だ、このどさくさに紛れちまえーとばかりに、
「あっじゃー俺もここらでーハハっ」
 と百目鬼を盾にそそくさと移動する。
 
 あくまでも自然に上手く気配を隠したつもりだったのに、目敏い矢代が見逃すはずが無かった。
「おい、七原!それと神谷もこっち来いっ!」
顎でクイッと呼び寄せられ、両腕で2人の首を裸絞にすると、大層ご気分麗しくない悪魔が再度囁いた。

「王様の言うことは〜なっ」


 2人が去ったドアの前で、しばし無言で立ち竦む。神谷如きに気を遣ってる自分が忌々しい。
「お、おまえ、家どこ?俺んち結構遠くてさ、ホテル泊まろうと思ってんだけど…….おまえも来る?なんて…..ハハハッ」
 乾いた口調で言いチラッとヤツの横顔を盗み見る。意外にも悩んでる様子。
「……ま、まぁ俺んとこも遠えーし、ねみーから行ってもいいけど…….」

「そこは這ってでも帰れよ」と声を大にして言いたいのを飲み込む。案の定後方から女の子たちの冷やかしが始まる。
「いやーん、間違いが起こったりしてーきゃぁー」
「っるせーな、ねーよ」
 キャンキャンと噛みつく神谷。そんな光景に「はぁぁぁ」と魂が溢れだすほどの溜息をついた七原は、本当にどうでもよくなって、ただその場から早く逃げ出したくてしょうがなかった。

「おまえ、帰る前に連さんに挨拶してこいよ」
 七原に言われ、神谷が「えっと連さんは、、」と店内を見渡すと、奥のカウンターで泉ママとしっぽりと飲んでいる。こっちも結構酒が進んでるみたいで、時折ママの腰に手が回ったりしてる。やれやれ、お目当てはこっちか。
 連さんは近寄って来る神谷に気付くと、目だけで近づくなオーラを出したので、軽く頭を下げそのまま店を後にした。


 ホテルに向かう道、二人無言で歩く。
 神谷が半歩下がってついてくるのを視界の端に、逃げるなら今だぞって思いながらも声に出せず、頭を掻く。

 部屋に入るや否やなんか落ち着かなくて、無駄にウロウロと行き来をし、冷蔵庫の中をチェックしたりする。僅かな空調の音だけの静粛な空間に、心音が響きそうで緊張が増す。おいおい、緊張ってなんだよ、神谷だぞ。
 少し上擦った声で「先に風呂入る?」と聞く。何もやましい気持ちは無いのに何故か変に意識してしまう自分が嫌だ。こうなったらもう早く風呂入って寝よう、うん。
 
 その小っ恥ずかしい雰囲気を壊したのは、ピロンピロンと立て続けに鳴り響く通知音だった。止まらないその音を消そうとポケットから携帯を取り出す。知り合いの店の女の子達からずらっと並ぶメッセージ。俺はそれで日付けが変わっていた事を知る。

「うるせーっ、何?」
 神谷が神経質そうな表情で眉尻を上げながら七原の携帯を覗き込む。
「あーまぁ…..今日誕生日なんだわ俺」
 言った矢先「あっやべー、言わなきゃ良かった」と焦ったがもう遅い。さすがに誕生日にホテルで二人は宜しくない。
「えっと、これは、ほらよー女の子達からお祝いっていう名の……まぁ営業ってとこ?」
 なんだ、この浮気の言い訳をしてまーすみたいな図は?
 七原が苦笑いで濁し、会話を終了させようとする。すると神谷が、
「へー……..おめでとう?」
 なんて言うもんだから、一瞬「えっ可愛……」って喉まで出そうになった声を飲み込む。
 たまに顔を出す神谷の素の部分にはいつもどう対応していいのか分からず、「お、おう」と照れた小学生みたいな返しをする。
 
 再度流れ出した浮ついた空気に面映くなり、「じゃあ俺が先に風呂に」と言いかけたところで、神谷が「あークソっ」と頭を掻き、それから口早に捲し立てた。
「プ、プレゼントはオレー、みてーな事、ぜってー言わねーからなっ!」

「学校に行こう」の屋上からの告白並みの爆弾を落としてきやがる。
    言われた七原も目を丸くしたが、言った本人も慌てて目を逸らすと、流石に間違ったと思ったのか、「今のやっぱ無しで」と今度は頭を抱えてうずくまる。
 なんだかころころと変わる七変化の姿が滑稽で、七原は堪らずぶっと吹き出した。
 
    すると神谷は笑われた事にムカついたのか、はたまた言い出した以上引けないのか、半分ヤケクソのような言いっぷりで、
「俺が上だったら考えてやらなくもねー」
 今度は盛大な花火を打ち上げてくる。ここまで来るともうお笑いだ。 
 分かったよ、お前の茶番に付き合ってやるよ、とばかりにこっちもロケット花火を打ち上げる。
「何、おまえ俺としてーの?」
 意地悪くそう言い、仰け反りながら「あははっ」と今度は本気で笑った。

 神谷がハッと目を開く。次の瞬間、その顔がまるで紅葉を散らしたかのように真っ赤に染まると、「テメーッ」と言いながら胸ぐらを掴んでくる。
 七原はそれを軽くこなし、神谷の膝の裏に足をかけそのままベッドに押し倒す。
「ハハッ俺に勝とうなんて100年早えーよ」
 したり顔で言いながら、のしっと神谷の腰の上に乗っかり両手を頭の上に抑えつけた、その時だった。

 ゴリッ!!

 感じてしまった。尻に当たる硬いものを。
 目が合う、神谷が目を逸らす。そして、居た堪れないように声を振り絞る。
「…..み、見んなっ……..」
 な、なんだその顔。辱めを受けたかのように耳まで赤くした顔を隠そうとする神谷。その煽情的な表情に、あろう事か下半芯が誤作動を始める。
 
 イヤ待て待て落ち着け俺、これは神谷、KA・MI・YA!
 コイツもなんでしおらしく押し倒されちゃってんだよー!
 そしてなんで俺は……


 俺のはーーーー!!


 この夜、ベロベロの社長を背負って帰った百目鬼達、
 ママとアフターに行くといいタクシーで消えていった連さん達、
 そして俺達、

 そのあとのことは、誰も知らない。


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