負の連鎖が止まらない話

ぼくは、中学校時代バスケットボール部に所属していた。

別にバスケが特別好きだったとか、ミニバス経験者で〜とかいうわけではない。単に入れる部活が野球かサッカーかバスケかの三択で、その中で一番マシだったのがバスケ部だったからである。

結局、2年生の秋に退部してしまうので実質1年半しかやっていなかったのだが、もしかしたら今までの人生で最も濃い時間だったかもしれない。

それくらい、良い思い出も悪い思い出も(大半が後者だが)濃厚に詰まっている。なのでここの思い出を書くとキリがないため、特にぼくの心に引っかかっている出来事を書きたい。


ぼくが1年生の時の夏、2つ上の3年生が引退し、ぼくら1年生と1つ上の2年生だけのチームが誕生した。ここで大きな問題となったのは、とにかくこの2年生がぼくら1年生に厳しかったことである。

もちろん、とても良くしてくれた先輩もいたがそれはほんの僅かで、大半はぼくたちを否定し、貶し、常に文句を言っていた。

キャプテンだろうが副キャプテンだろうがほぼ試合に出ない控え選手であろうが、年齢がたった1つしか変わらないのに必要以上に、上から目線であった。

しかも全員が全員にそういう態度を取っているならまだしも、お気に入りの後輩は特別可愛がったりするもんだから、それ以外の1年生の腸はグツグツ煮えくり返っていた。

中には、とある先輩が通るスペースをちょっと塞いでいただけで、邪魔なんだよ死ね、と言われたという話も聞いた。

なんか、直接面と向かって指摘する、というより、わざと相手に聞こえるような声量でまじで使えねーな、とか言ったりするような、非常に陰湿なやり方でぼくたち1年生のメンタルを着実に削っていっていた。

もちろん、ぼくの学校だけではなかったかもしれないし、たかが中学生、そういう時期だから仕方ないのかもしれないが、にしても度が過ぎていたと思うのである。

ぼくも含めほとんどが普段からそういう扱いを受けていたため、とにかく1年生と2年生の仲は悪く、悪質な上下関係が構築された。

そんな最悪な状況のため、練習や試合などで弊害が出るのは言うまでもない。

そもそもぼくは経験者でもないのになぜかよく先輩達に混ざって練習したり試合に出たりすることが多く、その度にボロクソ言われ続けた。

ルールもよく分かっていない中、とりあえず出ろと言われ出たものの、何をしたらよいかがよく分からないのでとりあえず邪魔にならないように、と意識していたつもりだったのだがよく分からないうちに勝手に先輩の逆鱗に触れていたのか、「動けよ!」とよく分からないお叱りを頂戴した。もう全体的によく分からないのである。

ぼくとしては、いやどう動けばいいか教えてくれよという気持ちだったのだが、もはや口答えをするような気持ちの余裕はないので、先輩の文句、屁理屈、悪口、悪態にひたすら耐え忍ぶ。メンタル的には相当キツかった。

そんな中でもなんとか頑張って続けて、少しずつ時は過ぎ、2年生に進級したことで今度は自分達に後輩ができるようになった。

1年前と同じように嫌〜な先輩達は夏で引退し、やっとあの地獄から解放され、今度はぼく達があの先輩達と同じ立場になった。

そう、まさに「同じ立場になった」のである。

なんとぼくらの代で特に素行の悪かった一人の生徒が、今まで自分達がされてきた扱いと全く同じことを1年生にし始めたのだ。

まさに自分がやられて嫌なことを相手にする、八つ当たり、ストレスのはけ口に使う、といったところである。

この状況はさすがにまずいのでは、とおそらく全員が思ったのだが、なんとなーく彼に反抗できるような雰囲気ではなく、彼も自分に対抗してくる者がいないことを理解し、体育館はすぐに彼の独壇場と化した。

彼が「おい1年、○○ちゃんとやれよ!まじで使えねーな」とか言うと我々もフォローするでもなく、「ちゃんとやってよ」と付け加えて注意するなどが積み重なった結果、畏怖を与える2年生とただひたすら怒られる1年生という構図は立場が入れ替わるようにして継続することとなってしまった。

もちろんぼくは、今まで自分が受けてきたような攻撃的な言葉を1年生に浴びせることはなかったのだが、この状況を打破すべく行動出来なかったことは恥ずべきことであり、自分の弱いところだっなあと自覚している。

結局ぼくがこの部活の退部を決めたのはこの素行の悪かった生徒が大きなきっかけとなっているのだが、自分が上にやられたことと同じことを下にやる、というふうにして繋がっていく負の連鎖は、もう止めることはできないのだな、と悟った。

しかし、もしかしたらその1年生たちが後輩を持つようになったとき、また誰かが同じことを後輩にするようになるかもしれない。

伝統のように、あの中学校のバスケ部の体制は変わらないかもしれない。

そう考えると、多少自分を犠牲にしてでも、どこかであの彼に対抗して1年生に救いの手を伸ばすことができたのではないか?仲の良い先輩後輩関係を築くために最大限努力できたことはあったのではないか?負の連鎖を止めることは本当に出来なかったのか?

良くない状況ということが分かっていたにも関わらず見て見ぬふりをし、さらに途中でその部活からも逃げて辞めた人間としては、やはり今でもどこか責任を感じるところもあり、胸につっかえるような出来事だった。

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