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2021年11月の映画5本

①忠治旅日記(1927/日/伊藤大輔)
②ブータン 山の学校(新/不/パオ・チョニン・ドルジ)
③緑の光線(1986/仏/エリック・ロメール)
④なし
⑤なし

①澤登翠さんの活弁付きで観たサイレント映画。澤登さんの語りぶりは、講談や落語よりも遥かに演技的であり、台本とスクリーンを交互に見ながら、音をハメていくリズムの良さ、タイミングの的確さに驚嘆した。また、老若男女喜怒哀楽の演じ分け、特に幼い子供の声色が胸に響いた。物語の山場、忠治の子別れの悲痛な場面では、無垢な勘太郎の姿に泣かされてしまった。

   主役の大河内傳次郎の演技を見て、顔と身体の表現について深く考えさせられた。(冒頭の悔しがる顔の凄まじさ!)当たり前だが、サイレント時代の役者にとっては、感情表現イコール身体表現である。そして、それは歌舞伎や舞踊に通じ、さらに言えば宗教的儀式にも繋がるものと言えるだろう。言葉を介さずに感情の爆発、変化を表現するには、文字通り、全身全霊を懸けなければならない。それが負の感情、「憎い」「つらい」「悲しい」であれば尚更だ。そして、大河内傳次郎はそれが出来る役者だった。彼が映画スターだった理由はそこにあると思う。

   同じ日に『御誂次郎吉格子』(これも伊藤大輔監督)の弁士付き上映もあって、坂本頼光さんの活弁を聞くことができ、大満足のカツベン初体験だった。ただ満席近い客席の殆どが老人ばかりで、学生は私だけだった気がする。仕方ないかもしれないが、なんとなく寂しかった。

②世界一幸福な国ブータンで教師として働きながらも、本当はオーストラリアで歌手になることを夢みる男が、異動になった僻地の村の人々との交流によって心のふるさとを獲得するお話。

 こういう田舎モノ(Iターンモノ)は日本の映画ドラマでも沢山観てきたが、それらと比較した時の本作の「あっさり感」「後腐れなさ」はあまり見た事がない類のものだった。
  こういう田舎モノにありがちなことと言えば、「田舎」を強調したいだけの安いギャグ、過剰な演出から始まり、

・ほんわかのんびりほのぼの癒し系ハートフルスローライフ
・学校でいじめられている子供との間に生まれる親子的な絆
・少女の淡い初恋と成長
・村独自の祭りや儀式に魅せられ信仰に傾き、後に儀式の大役を任される主人公
・若くて綺麗な女性との恋愛関係
・それを絶対に認めない頑固親父
・(これは田舎ではないが)教室で豚を育てる
・ヤギに惚れられる主人公
・村長や上役の男性から「お前は俺の息子だ」的な謎のラブコールをされる
・子供が行方不明になる
・子供の時にだけあなたに訪れる不思議な出会い

というような、都会とのギャップが殊更に強調された幻想的ユートピアを舞台にして、主人公の既成概念が破壊され、やがてはそれまでの自分を否定し、田舎に帰依すると言ったストーリーが展開される。(頼むからくたばってくれよこの文化)

笑いと涙、感動に溢れた忙しいストーリのラストにはもう、感情の大渋滞、涙の洪水警報が発令される。ついに村を離れる時がやってきたのだ。

しかし、
・子供達からの手紙、行かないでと泣く子供達
・つられて泣く大人達、頑固親父も結婚を認める
・村民の期待、村の未来を背負わされる主人公
・それでも断ろうとする主人公を引き止める恋仲の女性とヤギ
・主人公はついに決断する。「村に残る、結婚しよう」

.....バカじゃねーの、と小学生の時から思っていた。ところが、『ブータン山の学校』の主人公はもう全然振り返らない。子供たちとの別れも、村人との別れも全く意に介さず、オーストラリアに向かう。だが、主人公は人でなしと言う訳では無い。それが描かれるラストで、じんわり暖かい気持ちになれるのだ。必見です!

  付け加えるとこの映画は、アカデミー賞外国映画部門にブータン代表として出品されているのだが、抑えた演出と風景描写は『ノマドランド』に通じるような厳かさがあった。パオ・チョニン・ドルジという名前にも注目だ。

③エリック・ロメール作品を5、6本見たあたりから段々と彼の作品の良さがわかってきた気がする。彼の作品でもっとも良かったと思う。アマプラで見れます。是非。

『御誂次郎吉格子』もとんでもなく面白くてびっくらこきました。ラスト(52:00くらいから)の提灯と字幕の演出がとにかく素晴らしいです。『あんたにあたしのこと忘れさせないよ』という名台詞に感動しました。坂本頼光さんの活弁もホントに良いのよ。
 11月は歌舞伎も観ました。国立劇場で『一谷嫩軍記』、主役の熊谷次郎直実を中村芝翫さんが演じていました。不勉強かつ予習もしないで行ったせいで、話に付いていくのが大変でしたが、後半の展開が衝撃すぎて、悲しいやら腹立たしいやら...戦争の無常というよりも武家社会の融通の利かなさ、上司に逆らえない部下の諦めを感じました。

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