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繰延税金資産に関する理解を深めよう

1.    税金の支払いは、当期純利益を押し下げる

繰延税金資産は、税金の前払い部分を資産計上しているものです。法人所得税は費用ではありませんが、税引前当期純利益から差し引かれて、当期純利益が求めれられることを考えると、収益から差し引く点において費用と同じ性質を持っています(収益を押し下げる効果があります)。なので、繰延税金資産のことを考えるときに基本知識として理解しておくべきなのは、前払費用の会計処理です。日商簿記3級でよく出てくる項目とすると前払保険料とかを思い出しませんか?具体例で前払費用の会計処理を見ていきましょう。

(事例)3月決算企業で、9月末時点で一年分の前払保険料12,000円を現金で支払った。
6か月分は前払となります。なので次のような仕訳になりますよね。

9月末の保険料支払時

(借方)支払保険料 12,000 (貸方)現金 12,000

3月末(決算時点):当期に対応する分(6か月分のみを費用計上、6か月分は資産計上)

(借方)前払保険料6,000(貸方)支払保険料 6,000

これで費用に計上される支払保険料が6,000になっていることが分かるでしょうか?そして翌期の期首では次の仕訳をします。

4月1日(翌期首)

(借方)支払保険料 6,000 (貸方)前払保険料 6,000

となり、前払保険料は期末に発生し、翌期首に取り崩されます。

前払保険料が期間損益計算、つまりP/L、B/Sに与える影響は、

今期:「費用の減少」(P/L)「前払費用の資産計上」(B/S)

翌期:「費用の増加」(P/L)「資産計上されていた前払費用を取り崩し」(B/S)

になります。

もちろん、毎期同じ時期に一年分の保険料を支払っているとすれば、結局毎年計上される支払保険料は12,000となりますから、変わらないよね!となります。発生主義では、こうした調整が行われることは簿記で習ったと思います。これを税金でもやろうというのが税効果会計であり、繰延税金資産です。もちろん逆もあります(繰延税金負債)。前受収益ですね。全く同じケースで保険料ではなく家賃と考えて仕訳するとこうなりますね。

9月末に受取家賃

(借方)現金 12,000 (貸方)受取家賃 12,000

3月末(決算時点)

(借方)受取家賃 6,000(貸方)前受家賃 6,000

4月1日(翌期首)

(借方)前受家賃 6,000 (貸方)受取家賃 6,000

これからは、この発生主義における期間損益計算の調整を一通り経験している!ということを前提にお話ししたいと思います。繰延税金負債も重要ではありますが、多くの場合、問題になるのは税金の前払いとして計上される繰延税金資産です。

企業会計上で問題とされる会計処理の多くは、収益ではなく費用が問題になります。評価益の計上もありますが、ダウンサイド、つまり費用、債務に関連することの方が多くあります(資産除去債務、減損、退職給付、貸倒引当金、商品評価損、棚卸減耗損・・・etc)。なので、必然的に問題になる多くの事例も、企業会計上で計上が認められている費用が税法上、損金として算入が認められていないことにより起こりえます。

2. 課税所得計算と当期純利益の不一致がもたらす影響

前節でお話しした通り、課税所得計算と当期純利益は一致しないことがあります。そのことがもたらす影響をまず説明しようと思います。課税所得計算の仕組みを考えてみましょう。やや極端な例ですが、

税法基準

益金 50,000

損金 0

課税所得 50,000

となります。この場合、企業会計上では、どうなるかというと次のようになります。

企業会計基準

収益 50,000

費用 0

税引前当期純利益 50,000

となります。

ここからが問題です。

支払うべき法人税等を考えます。実効税率(企業が負担する税率:所得税、事業税、住民税含む)30%とすると、課税所得は50,000×30%となるので、法人税等は15,000となることはお判りでしょうか?その場合を確認していきましょう。

企業会計基準

税引前当期純利益  50,000

法人税等     △15,000

当期純利益     35,000

となります。ここまでは大丈夫でしょうか?法人税等は、税引前当期純利益⇒当期純利益の間で計上される項目で税金の支払い額です。これだったら何の調整もいらないのですが、以下のようなケースにおいて調整が発生します。

(例)保有している有価証券¥30,000において評価損¥10,000が発生した。この評価損は損金不算入である。

こうした例は頻繁に起こりえます。損金不算入、つまり、税金上の費用として認められない!という案件です。そんなの理不尽・・・といっても仕方ありません。そもそも税法基準は未実現損益の計上にはひどく消極的です。この事例としてソフトバンクグループがあります。

『SBGは16年9月、英アームを240億ポンド(約3兆3千億円)で買収。SBGや関係者によると、SBGは18年、前年5月に設立した10兆円規模の投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(SVF)にアーム株の一部を現物出資した際、取得価格と時価評価額の差にあたる約1兆4千億円の損失を計上したという。だが同国税局は、SBGがSVFに相当額を出資していることなどから、損失額の約30%について計上を認めず、約4200億円の申告漏れを指摘した模様だ。SBGは取材に対し、「損金算入の時期で見解の相違があり修正申告した。約4千億円は19年3月期の損金に算入される。所得隠しのような脱税に関わるものではない」としている。』

 朝日新聞:『ソフトバンクグループ4200億円申告漏れ 過去最高額』(2019年6月19日付電子版)

たとえば、こちらの件ですが、1兆4千億円の損金の算入が認められず、4,200億円(損金計上額の約30%)が課税所得に加えられることになったわけです。つまり・・・課税額が増えたことになります。

先ほどの有価証券評価損の損金計上が認められなかった場合、どうなるのでしょうか。次のようになります。

<税法基準>     <企業会計基準>

益金 50,000     収益 50,000

損金 0        費用 △10,000

課税所得 50,000   税引前当期純利益 40,000

           法人税等 △15,000

           税引後当期純利益 25,000 

評価損が発生したにも関わらず税法基準においては損金には算入できませんので、課税所得は50,000となり、これに30%をかけた額が法人税等となります。

評価損の損金算入が認められなかったことで課税所得は、税引前当期純利益よりも10,000(課税所得50,000-税引前当期純利益40,000)増加しています。これにより課税対象となる所得が多くなり、結果として、『10,000×30%』と3,000多く税金を支払うことになります

これを税金の前払である、と捉えるのが繰延税金資産です。

先ほどの評価損は、実現されれば、つまり売却されれば損金に算入することが出来ます(売却するまでは損金に算入できないです)。2期目に売却した、と考えて話を進めてみましょう。

こうなります。晴れて損金算入出来た!となります。*このケースでは毎年度同じだけの益金を稼ぐことが出来ている、という仮定で考えています。税効果つまり、繰延税金資産を考えなかった場合を示します。

税効果会計を適用しない場合、法人税等(税金の支払い額)が、1期目15,000、2期目12,000と2期目の方が減っていることが分かります。これは2期目に損金算入が「遅れて」(企業会計から見れば)算入されたため、です。つまり支払う税金(法人税等)は2期目に減少しています。また1期目の結果から損失計上をして、損金不算入の影響で法人税も減算されることなく取られていますので、当期純利益が押し下げられていることが分かります。

『だからどうしたの?』となるわけですが、視点を変えて企業側でみてみましょう。

「費用(損失)を計上して、法人税等も減算されず、当期純利益が押し下げられて、踏んだり蹴ったりだ!」となるわけです。

一方で、期間損益計算の観点でも税法基準と企業会計の基準の差で、当期純利益に歪みが生じているとも捉えられるかもしれません(この辺りは解釈次第でしょう)。*何を言っている分からない!という人は、先ほどの事例で、支払保険料を調整しない結果を思い浮かべてみてください。

ともあれ、この差を埋めるのが税効果会計です。税効果会計を導入した場合は次のようになります。

税効果会計では、調整が必要になった段階(損金不算入の事案が発生した時)で

(借方)繰延税金資産 3,000 (貸方)法人税等調整額 3,000

と計上します。このケースでは評価損10,000×30%=3,000が企業会計上と税法基準との差異になります。その差を上記のような形で計上します。このケースでは評価損10,000×30%=3,000が企業会計上と税法基準との差異になります。その差を繰延税金資産として資産計上し、法人税等調整額はP/Lの貸方に計上され、当期純利益が押し上げられれます(借方に計上されるのが費用、貸方に計上されるのが収益、なので、この場合、計上分だけ収益が増えます)。

ただし、この差は当然、解消された時点(つまり評価損が売却損になり損金算入が認められた時点)で、

(貸方)法人税等調整額3,000 (借方)繰延税金資産3,000

となります(繰延税金資産の取り崩し)。

これ結局、あんまり意味ないんでないの?なんでこんな面倒なことするの?と思われるかもしれません(私もかつてそう思ってました)。なぜならば、総額としての利益計上額は変わらない(2期で見た場合)、わけです。利益の額の計上のタイミングが変わっただけです。ですが、このタイミングが企業とすれば重要な訳です。

なぜならば、当期純利益を損失計上で押し下げられ、損金不算入で法人税等も変わらなければダブルパンチです。影響を少しでも減らしたい、と考えれば、この差異を繰延税金資産、すなわち税金の前払いとして認識させてもらった方が有利な訳です。


3. 繰延税金資産の計上は将来、安定的に課税所得を稼ぐことが前提

繰延税金資産の計上は企業にとって有利なことは分かりますが、これは計画的に利益、つまり課税される所得を稼げている場合に限定されます。家計における各種の税制優遇措置も同じですが、例えば所得が0になったら、住宅ローン減税も保険料の所得控除なども関係ない、ということは理解できると思います。

つまり、所得控除を受けるためには一定の所得を稼いでいることが条件です。企業において大赤字に陥ってしまった場合は、当初予定していた損金算入が意味をなさなくなります。極端なケースですが、以下を見てみましょう。

先ほどのケースで、益金が100分の1になった、としましょう。課税所得がマイナス!になってしまいます。こうなると税金は0になります。こうなるとどうなるか。

こうなってしまいます。本来であれば、1期目に法人税等調整額3,000は税金の前払いを見込んで計上されています。ですが、2期目課税所得が0になり、繰延税金資産を取り崩して損失が拡大しただけ、となっています。特に繰延税金資産をこうしたケースで取り崩さないといけなくなった場合、これ一体何なの??となってしまいます。つまり、繰延税金資産は安定的に課税所得を稼ぐ、ということを前提に資産計上されているのであって、こうした事態を想定して計上するものではありません。これがいわゆる繰延税金資産の回収可能性、という問題です。

将来の課税所得の予想に基づいて積立てるのが繰延税金資産なわけですが、将来のことが分からない…という事態においては取り崩すべきか否か、難しい判断が迫られます。つまり将来のことが予想できないんだったら繰延税金資産なんて計上しなければよいのでは?と思われるとかもしれません(ある意味正しいと思います)。延税金資産の計上は建前としては期間損益計算の適正化ですが、実のところ、企業側にとってメリットが大きい基準です。そのため、企業側の要望もあり、繰延税金資産の計上は今後も行われていくでしょう。

(補足)分かりやすくするために事例は単純化しましたが、実際には先の事例では課税所得のマイナス額が繰越欠損金となり、新たに繰延税金資産が計上されることになります。

4. 繰延税金負債と会計用語と整理しておこう

ここまでは繰延税金資産について焦点を当てました。勿論、逆の繰延税金負債もあります。繰延税金負債は、評価益に対する益金不算入のケースで適用されます。

(例)売買目的としない株式の取得金額は、1,000であったが、期末の評価額は1,200となった。法人税等の実効税率は30%で計算する。

(借方) 投資有価証券 200 (貸方)その他有価証券評価差額金 140 

                   繰延税金負債       60

時価評価による評価益により投資有価証券の帳簿価額は200増加しています。200×30%=60は、税金の後払い(益金に算入されないという事は、つまり、課税所得はその分だけ減少する)として、負債として計上します。さて、ここで会計用語も整理しておきましょう。

・将来減算一時差異の発生(損金不算入)⇒繰延税金資産の計上(前払費用に相当)

繰延税金資産が計上された期の当期純利益は増加(取り崩された期は減少)

(借方)繰延税金資産 ○○(B/S)/ 法人税等調整額(P/L)

 *法人税等調整額分だけ当期純利益は増加

・将来加算一時差異の発生(益金不算入)⇒繰延税金負債の計上(未収収益に相当)

⇒繰延税金負債が計上された期の当期純利益は減少(取り崩された期は増加)

(借方)法人税等調整額 ○○(P/L)/繰延税金負債 ○○(B/S)

*法人税等調整額分だけ当期純利益は減少

となります。

 ここで取り上げた事例は、一時差異ということで税法基準と企業会計基準の差異が、いずれ解消される差異です。永久差異といって解消されないものは計上することが出来ません。例えば、大企業における交際費等、受取配当金の益金不算入、罰金等の損金不算入が該当します(違法行為による違反金は損金算入出来ません)

再度確認です(しつこくてすいません)。法人等調整額は、『税引前当期純利益⇒当期純利益』の間の調整項目です。なので、税引前当期純利益には影響は与えません。またこれは全て企業会計上の期間損益計算なので、キャッシュには影響を与えません。つまり現金の移動は何も発生していません。実際の現金に影響を与えないのに、こんなに手間暇かけて、会計処理をして期間損益計算をする・・というのにうんざりする人も多いと思いますが、それだけ計上される当期純利益の額に神経をとがらせているのが企業である、と考えると面白くないですか(いや面白くないという人も多数でしょうね。複雑になっているだけともいえますから(笑))?

5. 繰越欠損金と繰延税金資産

 最後にもう一つ。繰越欠損金について触れます。繰越欠損金は簡単にいえば、過去の当期純損失、つまり課税所得にマイナスとなった場合、翌期以降にそのマイナス額分だけ課税所得を減額することが出来るという処理です。つまり×1年度で当期純損失1,000が発生し、翌年度の×2年度に当期純利益1,000で、課税所得=当期純利益だとします。

 実効税率が30%となると、×2年度の当期純利益(=課税所得)に対して、300の法人税等の支払いが発生します。ですが、×1年度は1,000の損失が発生して、企業業績が悪かったわけですし、×1期と×2期の2期分でみれば、当期純利益は0になります。

 繰越欠損金は、過去の損失分を繰り越して、次期以降の課税所得を減額することを認める制度です。このケースでは、×1年度の当期純損失1,000が全て×2年度の繰越欠損金として認められたとすると、当期純利益は0となり、法人税等は0となります。企業会計上では、繰越欠損金を繰延税金資産として計上することが認められています。

このケースでは、

 ×1年度(借方)繰延税金資産 300 (貸方)法人税等調整額 300

なります。×2年度に課税所得が発生した時点で取り崩しますので、

×2年度 (借方)法人税等調整額 300 (貸方)繰延税金資産 300

となります。

ただし、繰越欠損金の計上は、控除限度額があります。

大企業であれば、所得×50%

中小企業は全額算入可能となっています。

(補足)法人税法上では「中小企業」は、「中小法人等」と規定され、資本金が1億円以下であれば中小法人等となります。ただし、資本金が5億円以上の大法人の100%子会社である場合などは除かれます。交際費等の損金算入が認められるなど、中小企業(中小法人等)には税務上の優遇措置が様々に設けられています。

先ほどのケースでは、全額認められたとしましたが、実際には半額の150しか大企業は認められないわけです。ただし、コロナ禍では繰越欠損金の控除上限の特例があり、大企業であってもコロナ禍の繰越欠損金の控除限度額を、事業適用計画に従って行った投資の範囲で損金算入することが出来ます(詳しい制度についてのまた改めて機会があれば)。

また繰越欠損金の繰越期間は10年です。これを超えると繰越は認められません。このことも勘案して繰延税金資産を計上しなければなりません(繰延税金資産の回収可能性)。

実は、繰延欠損金による繰延税金資産の計上額は業種によっては増加しています。増えている業種は、コロナ禍で大きな影響を受けた、空運や鉄道などの公共交通機関です。今後業績が回復する見込みがなければ(課税所得が+にならなければ)、繰延税金資産の回収可能性が疑われることになります。今後は、各社に計上されている繰延税金資産にも着目してみてみるとよいでしょう(これぞ企業会計の仕組みを知らないと出来ない分析です!!)。

(やってみよう(その1))Edinetで公共交通機関の有価証券報告書をチェックして、2019年度3月期から2022年3月期の繰延税金資産の増減額をみてみよう(総資産に占める繰延税金資産の比率を計算してみると分かりやすいでしょう)。

 (やってみよう(その2))
さらに調べてみた企業の有価証券報告書の文書内で「繰延税金資産」と検索して、事業等のリスク、回収可能性についてどのように言及されているかを調べてみよう。

とかく、税務は政策に影響を受けますし、色々な思惑が入り乱れていて、複雑です。だからこそ、税務のスペシャリストである税理士の活躍する場があるわけです。またこのように整理すると税効果会計を通じて、税務の面白さ(複雑なだけ?)を垣間見ることができます。

人がやれないようなことを出来るのが、会計、税務のプロフェッショナルです。税務関連のことも絡ませて会計を話し出すと本当に色々なネタがあります。が、今回はこの辺りで(今回話した内容は入門的な話です)。


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