決まっていること。

夏が訪れると私が思い出す「決まりごと」のお話。

世の中には決められていることがあります。
国の法律や会社のルール。
これら定められていることは、その国に住む以上、その会社で働く以上、守らなければなりません。

しかし、「言わなくても分かるよね」なことだったり、「ある場合における定番」や「個人の価値観によるルール」だった場合はいかがでしょう。
そして、それに対してこちら側が無感知であった場合、えてして事態は悪い結果を招いてしまいます。
「そんなん、知らんがな!」で済めばよいのですが、考え方が十人十色である以上、そしてそれが仕事における事となると、難しい問題です。
ただ、稀にことなきを得る場合もございまして。



十数年ほど前の夏、私が食品メーカー営業駆け出しの頃。
私が担当していた店舗運営をするお客様において、自社ドライバーの方が問題を起こしました。納入先の扉を開ける鍵を紛失してしまったのです。

道路沿いで運営する、いわゆる「路面店」ならまだしも、そこは鉄道駅構内にあるお店。
担当先への謝罪はもちろん、駅を運営する鉄道会社側へもお詫びと対策を報告する必要があります(この場合、納入業社の私側は黒子の会社のため、店舗運営企業さんが代表して鉄道会社さんへ報告とお詫びをする)。
しかもこの担当先の社長と専務、相当癖が強く直情的ときたものですから大変です(社長が父、専務が息子という親子経営)。


「絶対面倒なことになる、、、」


ドライバーから連絡を受けた私は顔が青ざめ、血の気が引き、エヴァ第拾九話「男の戦い」のシンジの如く、暗い地下シェルターに体育座りで現実逃避をしたくなる心境でした。

第一報を専務へ入れると「今すぐ来てください」との命。上司に同行してもらう暇もなく営業車を飛ばして会社に着くと、すでに社長と専務が仁王立ち。


「もうやめて、、、とっくに私のライフはゼロよ、、、」


2分後、ぽず死す。土下座スタンバイ。火を見るより明らかなデッドエンド。
オムカエデゴンス。

”とにかく謝り散らす”
今より場数を踏み慣れていない当時の私はそれに徹する事にしました。
敬語を使っても静かに怒りを露わにする専務と、見た目もノリもアウトレイジ全開の社長が矢継ぎ早に私を追及。

「あなたのとこの会社の管理体制はどうなってるんですか?」

「鍵を失くすなんてありえないことだろ!交換代弁償しろよな!」

「もし店に何かあったらどうしてくれるんですか?補償はできるんですか?」

「ふざけんなよ、どうしてくれるんだよ!あぁ!?誠意見せろよバカヤローコノヤロー!!!(話盛ってます)」

至極ごもっともでございます、、、
全て真摯に受け止めて謝りましたが、相手方二人の怒りのボルテージは下がる様子を見せません。
そんな中、専務が続けます。

「ウチだけならまだしも、○○線(鉄道会社)さんにもお詫びをしないといけないじゃないですか。」

「はい、申し訳ございません、、、。」

「あのねぇ、さっきから!ここで謝られて済む話じゃないんですよ!」

「申し訳ございません、、、」

「大体ね、お詫びをするってことは、○○線さんに、とらやの羊羹を持って行かないといけないじゃないですか!!」


、、、、え?ようかん????


「よ、ようかんですか、、、?」
テンパっていて思わず心の内を言葉にしてしまった。
しかし続ける専務。

「そうですよ!お詫びをする時は、とらやの羊羹って決まってるんですよ!!」

決まってるんだ!!、、、ぽずのかしこさが1上がった。
今でこそ検索の一つでもかければお詫びの品の相場は大体わかりますが、無学の私に捲し立てる専務。

「あぁもう!こんな忙しい時に羊羹を買わないといけないんですよ!○○(百貨店)に行けばいいのかなぁ!結構遠いんですよ!時間がかかる!!」

段々専務の怒りが「鍵紛失」から「羊羹を買わなければならない大変さ」に変わりつつありました。先ほどより苛立ちを隠せなくなった専務。
空気が少し変になったところでさっきまでキレ散らかしていた社長、

「、、、まぁこの時間だったら道混んでないだろ。」

フォローし始めたァ!!
なんか丸く収まるかもしんまい!!!!!1

そしてそんなあまりにも甘い予想が的中(羊羹だけに)、奇跡的にも怒りの矛先を私に向けたお二人は「羊羹を買う」という命題に気を取られ、私は上司と連名の上お詫びと対策の報告書を早々に提出するよう命じられて解放されたのでした。
ありがとう、羊羹。ありがとう、とらや。
そして全ての和菓子たちに、ありがとう。終劇。

外に出て一人ポツネンと炎天下の中立ち尽くす私。
蝉の鳴き声が盛んな中、蒸し暑い車内に戻った私が手帳に書いたメモは、



「謝る時はとらやのようかん」(漢字が書けなかった)



この世の「なんか決まっていること」を肌で体感したひと夏の体験談でした。ご清覧大変ありがとうございました。

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