すずめの戸締りについて(ネタバレあります)

表題の通り、感想です。
本作、また、別の本・漫画の作品についてもややネタバレを含みます。ご承知おきください。





正直なところ、申し上げ方が非常に悪いのですが、全く期待をしておりませんでした。まさかこんなに胸を打たれるとは思っておらずで大変驚いております。
そのため、Twitterにて「観てきた!面白かった!」で完結させるのは非常に難しく、こちらで思い感じたことを書こうと考えた次第です。


そもそも私が本作に期待を寄せていなかった理由は一つで、「過去、新海誠さんが作る作品を観て、その価値観についていけなかったから」です。
非常に砕けた&失礼な申し上げ方をいたしますと、作品に漂う「そこはかとない童貞感」が無理だったのです。

ピュアすぎるのです。色々と。
世界に汚れがない感じ。それでいてどこかしみったれた感じ。そして何より、女性キャラクターへ処女性を求めている雰囲気が、どうにもこうにも苦手なのでした。

作品に対していい・悪いという判断をするつもりは毛頭ございませんし、先に述べたことは過去の私の一方的な印象にすぎません。
ただ、表現に対して「好き・嫌い」はあると思うし、私はこれまで後者の印象を持っていたのです。

そして今月。
「すずめの戸締り」を今回観て、とんでもない作品を手掛けていらっしゃるのだ、と感じました。
そして同時に、過去の印象だけでこれまでの数作品を観ようとしなかった自分を恥じました。


面白かった、というよりは、すごかった。
感動した、というよりは、考えさせられた。
そして自分の思い出の引き出しの棚を引き開けて、当時の自分へ劇中のすずめの台詞を聞かせてあげたいと思いました。

あらすじや設定などについては映画をご覧頂くか、他あらゆるサイトをご確認いただくとして、恐らく他の方も驚いたであろう、すずめの過去に起きた出来事に、私も一瞬体が強張りました。

「マジか」と。「あの出来事をこの作品で描くのか」と。


2011年3月11日。東日本大震災。

劇中で地震を多く描いていることについては設定上のことと認識しておりましたが、すずめが赴く最終目的地が東北とわかる描写で、どなただって「あっ」と感じるはず。勘の良い方ならもっと前から。

触れることや言及することがダメとは無論思いません。ただ、作品の表現の一つとして取り扱うのはかなりセンシティブなこととなると思います。
正しい言い方かはわかりかねますが、取り扱い方一つで作品に対しての感じ方・評価が大きく変わってしまいます。

過去、園子温監督の「ヒミズ」で、まだ被災したばかりの東北の残骸のシーンが映された時に途方も無い嫌悪感を抱いたことを思い出しました。
「これ、必要か?今ここで必要なシーンなのか?」と。
センシティブな部分にあえて踏み込んで、インパクトを与えようとしているだけなのでは無いのか?と。
ここ最近で浮き彫りになった監督ご自身の問題とは全く別にして、あの作品は私にとって受け入れ難いものでした。
その時の記憶が蘇り、あの時と同じか?と非常に不安なままスクリーンを見つめていた私。しかしそれは、杞憂に終わったのです。


簡潔に申し上げれば、とても丁寧に風景、人物の表情を描いている。
そして、とても丁寧に人物の台詞を紡ぎ出している。

被災をした方と、そうで無い方の視点・思考の違いをちゃんと提示している。
恐らく実際の資料をもとにしたであろう瓦礫の数々が、写実的に描き出されている。
過去に大きな心の傷を背負った人間と、その人を囲む人たちの日常、そして日本の風景、その土地土地に住む人間たちの今の日常と温かみを丁寧に描き出しているからこそ、閉じ師というファンタジーが活きて、過去日本を襲った出来事が作品の中でリアリティを増すのだと。


新海さんは、きっと震災当時から、この作品のことを考えていたのかもしれない。
1人の表現者として、当時の出来事を思い悩み考えて、それを表すにはどうすればよいのかを想い続けてきたのかもしれない。
ただ前向きな言葉では嘘がある。思い返せば、あの頃巷に溢れていたポジティブな言葉の数々を、よくもまぁ熱を帯びて薄っぺらに吐けたものだ、と感じていた自分がいたものでした。

着想、構想、一体どれぐらいの時間があったのだろう。
それはきっと途方も無い時間だっただろう。
11年が経過した今だからこそ、作品の景色、すずめの言葉が胸に迫る。
すずめが、幼少期の自分自身へ投げかけた言葉が、観ているこちら側へとても響く。あれは紛れもなく新海さんの言葉そのものだと思いました。


身の上話で恐縮ですが、震災当時、私は関東で一人暮らしを始めたばかりで不安しかありませんでした。
職場で地震に遭い、やっとの思いで帰宅をしたら部屋はぐちゃぐちゃ、テレビをつけたらまるでこの世の終わりのようなニュース。
9.11の時より生々しい恐ろしさが襲う日々でした。

でも、当事者意識が薄かった私は、どこかワクワクしていたりもしたのでした。これは本当に失礼な話ですが。
計画停電で薄暗くなった部屋で、「もうこのままどうにかなっちゃってもいいかな」なんて思ったりもしました。
「デデデデ」で宇宙人が地球に現れた時の門出の思いそのまんま。
そんな当時の心境を思い出して、「あぁ、あの時も色々あったけど、よく今を無事に迎えられているな」と思ったのです。

話がそれますが、現在のすずめが過去のすずめに話しかけるシーンにおいては、乙一さんの短編「Calling you」にも似た感覚でスクリーンを見つめておりました。
物語のラスト、自身へ語りかける言葉の一つ一つが優しくて、あたたかい、あの感じのままでした。


閑話休題。
被災された方へも、そうでない方へも、同じ熱量で語りかけてくれる新海さんのメッセージに、深い優しさを感じました。
前者の方々は、この作品を観てどのように感じたのだろう。
決して風化されるにはあらず、現在進行形で、そしてこれからもまだまだたくさんのやりきれない思いがあるだろう中、この事象に真っ直ぐに向き合われた監督に、生意気ながらも敬意を表したいです。

娘が観たいと言ってくれた本作。
劇場に足を運んで本当に良かったです。
過去作品を時間を作り、改めてちゃんと観ようと思います。
邦画は基本観ていて体力をごっそり持っていかれるものですが、非常によい疲れ方をしたと思っております。

ご一読大変ありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?