「上町台地」名所図会 第41回

写真/中原文雄
文/松本正行

第41回 坐摩神社行宮(大阪市中央区)


 平安の半ばから鎌倉の初めにかけて、皇族・貴族はこぞって熊野三山に参詣しました。「蟻の熊野詣」と称されるほど盛んで、後白河法皇などは34回も詣でたといわれます。都から淀川を下って上町台地の北端で船を降り、熊野街道を通って熊野三山に。写真上の坐摩(いかすり)神社行宮が、その熊野街道の起点だったとされています。
 現在の坐摩神社の所在地は中央区久太郎町ですが、もともとはこの行宮の場所にありました(秀吉の大坂城築城により移転)。そして、王子社の第一である窪津王子(渡辺王子とも)もここにあったそうです。いまはビルに囲まれた小さな境内ですが、後白河法皇はじめ平清盛、源頼朝・政子夫妻など歴史上の人物が多数、立ち寄った場所と知れば、何だか不思議な感じがします。
 行宮境内には鎮座石と呼ばれるものがあり、神功皇后(応神天皇の母)がこの石に座って休息したという伝説が残ります。狛犬ならぬ白鷺像が社殿前に建つのも、白鷺が皇后の危機を救った逸話に由来しています。
 そんな坐摩神社行宮から東に少し行ったところに、旧高倉筋石段(写真下)と呼ばれる古い石畳の階段があります。昔は、このような石段が大川沿いに並んでいたのでしょう。痛みが激しく坂に改修してもよさそうですが、何ともいえない風情。歴史を感じる場所はいつまでも残したいものですね。


中原文雄
1948年生まれ。建築工房日想舎 主宰。NPO法人まち・すまいづくり会員。

松本正行
1965年生まれ。ライター・編集者。NPO法人まち・すまいづくり会員。

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