相羽秋夫の「上町らくご植物園」第20折

植物が登場する落語を取り上げ、演芸評論家の相羽さんならではの面白い視点で読み解きます。

上方落語「昆布巻(こんまき)芝居」
海草御礼―― 昆布


 匂(にお)いに敏感な男がいた。近所の飯の御数(おかず)の匂いを当て、気に入ると貰いに行った。ある日、家主宅で昆布巻(こんまき)を炊いた。さっそく男が来て「くれ」と言うが、家主は鍋の蓋(ふた)を閉じて渡さない。男は、宮本武蔵が異人(仙人)に、剣を鍋の蓋(ふた)で止められた芝居を思い出し、家主をうまく誘って芝居をさせ、見事に蓋を取らせる。家主「昆布巻欲しさに芝居をするとは、ほんにお前は無茶し(武蔵)やな」と言うと、男「あんたも意地ん(異人)きたない」。

 昆布はコンブともコブとも発音する。昆布・若布(わかめ)・鹿尾菜(ひじき)・水雲(もずく)〈以上褐藻(かっそう)〉、海苔(のり)・天草(てんぐさ)〈以上紅藻〉、それに緑藻などの海藻と海中の植物全てを含めて海草と言う。だからこの欄で紹介する資格は十分にある。
 北海道や東北地方が主な収穫地だが、昆布船を出し、投げ鉤(かぎ)・曳(ひき)鉤・懸(かけ)鉤などの手段で海底から引き上げる。海辺に漂着したものを拾うこともある。それを干し、店頭で売る。この過程を俳句でご案内する。「サロマ湖と海との境昆布舟」「昆布拾ふ乳房は濡れて滴(したた)れり」。そして「海の端踏んでは昆布干してゆく」。「干し昆布布のごとくに折りたたむ」と商品化し、「昆布屋で昆布永く親しく眺められ」となる。
 「昆布に針刺す」の言葉がある。何か心に誓うことがあると、昆布に針を刺して心を固くした。また人を呪う時は、それを井戸に沈めたり、昆布で人形を作り樹木に刺す風習があった。
 昆布の料理法は多いが、関西では出し汁の主流は昆布だ。関東では鰹(かつお)が中心になる。昆布巻は、大阪ではコンマキと発音し、専門に売る商人がいた。「幸ひと心祝ひに買ひもせん 見のがしならぬ夜の昆布店」の狂歌が残るように、“夜の昆布”は“喜こぶ”のしゃれで、「夜の昆布は見のがすな」と言われた。
 帯を解かずに男と情を交わすことを「昆布巻」と称した。山崎豊子作『ぼんち』に見える。正月の新婚家庭に、今でもありそうだ。
――「昆布」と掛けてマタニティドレスと解く、その心は鰊(にしん=妊娠)に合う。

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