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発達障害について考えよう(2)

増加の背景にあるもの

                                                    植草学園大学発達教育学部教授 野澤和弘

 発達障害とみられる子どもたちが小中高校の通常学級で急激に増えていることを前回は紹介しました。2004年に施行された発達障害者支援法で「早期発見・早期支援」が謳われたあたりから、学校や社会で関心が高まり、潜在化していた発達障害の特性のある子が表に出されるようになってきたのではないかとみられています。特に保育所や学校では集団行動になじめない子が「発達障害」とレッテルを貼られる傾向が強くなっているようなのです。

新幹線を降りることを忘れる

 子どもの発達とはどのようなものでしょうか。発達心理学の教科書に載っているような成長の段階を順調にクリアしていく子どもばかりではありません。何かが遅れたり、突出していたりという発達の凸凹は多くの子どもに見られます。
 じっとしていられない、みんなに合わせるのが苦手、何か特定のものに興味があり、他のことに注意が向かない……。自分の子どものころを思い出せば、誰しも思い当たることがあるのではないでしょうか。
 私自身がそうでした。何かに夢中になるとそのことばかりに熱中して時間が過ぎるのもすっかり忘れていたことがよくあります。学校で集団行動をするのが苦痛で仕方がなく、ストレスから失敗ばかりしていました。
 大人になっても新幹線の中でパソコンに原稿を打っていたら夢中になり、降りなければいけない駅で降りるのを忘れたことが3回はあります。明確に覚えているだけで3回なのであって、降りるのを忘れたこと自体を忘れていることもほかにある可能性があります。
 その度に訪問先に迷惑をかけ、大事な仕事で手痛い失敗をすることになりました。それでも、言い訳をしたり、ごまかしたり、別のことでカバーしたりして、何とか切り抜けてきた、というのが正直なところです。

保育所や学校で作られる?

 曲がったことが嫌いで、ごまかしたり、言い訳をしたりするのが苦手な子もいます。自分が失敗したとは思わず、周囲と自分が違っていることや、誰かに迷惑をかけていることに気づかない子もいます。
 こうした発達特性のある子どもは保育所や小学校ではどのように見られているのでしょう。
 みんなで一緒に活動することを重視する価値観が日本の教育や社会の土台にあります。保育所や小学校では子どもたちにルールを守り、集団へ適応することを求める傾向が強いと思います。
 それが苦手な子どもはストレスが高じて反抗したり、暴れたり、教室から飛び出したりすることがあります。そうした行為は「問題行動」とされ、学習や生活指導が困難な子のリストに入れられ、発達障害があるのではないかと受診を勧められます。もともとの凸凹の発達特性よりも、二次的な症状が注目され、「発達障害」のレッテルを貼られている、そんな子が多いのではないでしょうか。

植草学園大学(千葉市若葉区)のキャンパスで。

子どもの日常からおとなが消える

 家庭での養育環境の変化も指摘されています。
 かつては専業主婦のお母さんがいつも家にいて、おじいちゃん、おばあちゃんもいたりして、近所とも密な関係がありました。農業などの第一次産業や自営業などが中心の時代は、多世代が一つの家で暮らし、子育ても高齢者の介護も障害者の支援も家族の中で行われていたのです。
 ところが、工業化が進み、さらにサービス産業が盛んになってくると、会社に雇用されて働く人が増えてきます。人々は都市へと移住し、多世代同居から核家族が多くなり、さらにはシングル家庭が当たり前のように増えてきました。
 現役世代の人口が減ってくると、結婚や出産をして子育てをしながら女性も社会で働き続けることが求められるようになってきます。
 時代の移り変わりとともに、子どもが暮らす日常からおとなの姿がすっかり少なくなってきました。

先生になりたい学生たちをサポートする教職・公務員支援センター(植草学園大L棟3階)

愛着形成が難しくなり…

 人々の暮らし方、働き方は時代の移り変わりとともに、大きく変わってきました。以前は親が忙しくても、何か問題を抱えていても、子育てを助けてくれる人が周囲にいました。どうしてもだめな場合には親代わりになる人もいました。祖父母や親族や近隣の人々です。
 そうした人々が子育ての現場からいなくなり、親は孤立しながら仕事で多忙な毎日を送っています。家庭内での養育機能は自ずと弱まり、そのしわ寄せは子どもに行くようになりました。幼児期の愛着形成に問題のある子が増えているといわれている背景です。
 十分な愛着形成ができていないと、周囲の人々に反抗したり、落ち着きがなかったりという、発達障害と同じような行動をすることがあります。そうした子どもが保育所や小学校での集団生活の中でさらに適応障害を起こしているというのです。
 いずれにしても医学的には必ずしも発達障害と診断されていないケースも「8・8%」の中に多数含まれているのは間違いないでしょう。保育所や学校の環境や指導によって適応障害を生じさせているのに、あたかも子どもが先天的に持っている「発達障害」と思われているケースがかなりあると見ていいのではないでしょうか。
                              つづく
       (毎日新聞の連載「令和の幸福論」を加筆・修正しました)

野澤和弘 植草学園大学副学長(教授) 静岡県熱海市出身。早稲田大学法学部卒、1983年毎日新聞社入社。いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待など担当。論説委員として社会保障担当。2020年から現職。一般社団法人スローコミュニケーション代表、社会保障審議会障害者部会委員、東京大学「障害者のリアルに迫る」ゼミ顧問。上智大学非常勤講師、近著に「弱さを愛せる社会に~分断の時代を超える『令和の幸福論』」(中央法規)。「スローコミュニケーション~わかりやすい文章・わかちあう文化」(スローコミュニケーション)、「条例のある街」(ぶどう社)、「障害者のリアル×東大生のリアル」(〃)など。https://www.uekusa.ac.jp/university/dev_ed/dev_ed_spe/page-61105

5月26日、オープンキャンパスです。

学校説明会・オープンキャンパス | 植草学園大学・植草学園短期大学 (uekusa.ac.jp)


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