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UFOについての省察

以前、書いたショートショートを、
ちょっとだけ加筆修正したものです。

「聞いたかい? アメリカ議会が半世紀ぶりにUFOに関する公聴会を開いたらしい」
 テーブルの向かい、タブロイド紙を広げながら彼がそう問いかけてきた。
 私は一度、小さく首を縦に振った。
「もちろん。なんたって、我々に関係する出来事なんだからね」
 彼は紙面から視線を外し、わたしを見た。不敵な笑みを浮かべて、こう言った。
「おおかた、アメリカ航空宇宙局(NASA)が調査に乗り出すだろうが、徒労に終わるだろうね」

「なぜそう思うんだい?」
 私が率直に尋ねると、彼は大きく眉を吊り上げた。
「決まってるだろう。この時代の彼らが、我々の文明には遠く及ばないからさ」
 彼はタブロイド紙をたたみ、あらっぽくそれをテーブルに置き、
「我々からすれば、彼らなんか少し知能を持っただけの猿と一緒だ」
と言い放つ。
「もしくはそうかもしれない。だけど少し言い過ぎじゃないか? 我々の事実上の祖先なんだぜ?」
「きみは甘いな」
 言いつつ、彼はテーブルの上のコーヒーカップを手に取り、口に運ぶ。カップをテーブルに戻すと、彼は低い声で言う。
「近い将来、彼らが地球でどんなことをしでかすのか、きみは知っているだろう」

 私は渋々認める。
「三度目の世界大戦を起こし、大地の九割を放射能で汚染させた。地球はとても生物が住めるような環境ではなくなり、我々の〈真の祖先〉は太陽系外惑星ケプラー1649cへの移住を余儀なくされた」
「そうだ」
 と言って、彼は思慮深げに口角を上げた。
「結局のところ彼ら地球人は、文明を持て余す野蛮な猿なんだ。彼らのおかげで、我々は地球という美しい星を失ったわけだからね」

 私はテーブルの上の〈ペプシコーラ〉を取り上げて、一口で50mlほどを胃の中に流し込んだ。
 この星では〈コーラ〉という炭酸飲料がポピュラーで、その中でも〈コカ・コーラ〉と〈ペプシコーラ〉というブランドが市場におけるシェアを二分しているようだが、どうやら私の味覚はペプシの方を好むようだった。

「彼らがマヌケなポイントを挙げればキリがないが、その一つがこれだ」
 と、彼は得意そうな様子で人差し指を立てた。
「彼らはUFOの乗組員が宇宙人や異星人だと考えている。これに関しては正しい。実際、我々は他所の星から来訪してきたわけだからね。だが、彼らが想像する宇宙人の外見とは、どれもフィクションに登場するようなエイリアンのようなものばかりさ。さすがに滑稽だと思わないか?」
 私はとっさに、地球人の擁護にまわる。
「しかし、彼らは本物の外的生命体を見たことがないのだから、仕方ないんじゃないんか? それにきみは、地球人を『文明を持て余す野蛮な猿』だと認識しているんだろう?」

 私が指摘すると、彼は意味深な笑みを浮かべた。
「そうだ。きみの言う通りだ。それゆえ、彼らはまさかUFOの乗組員が生物学的には自分たちと同じ人間であり、ましてや未来人であるとは思いもしないだろう」
「まったくね」
彼の言葉に私は賛同し、
「そのうえ、彼らが目撃するUFOが、まさかタイムマシンと同等の機体だとはね」
と言い添える。

 彼の背後、バルコニーの向こうに広がる真っ赤な夕焼けの空を、大型の旅客機が轟音を鳴り響かせながら横切っていった。
「それにしても、気になるのは同胞のことだ」
 と、私は言う。
「そもそもはその公聴会が開かれるようになった原因は、同胞の機体が幾度となく撮影されたことにある。なぜわざわざ〈ステルス〉を解除するんだ?」
 私の疑問に、彼は自信に満ちた表情で答える。
「詳しいことはわかっていないが、どうやら地球特有の磁場が〈ステルス〉のシステムを稀に狂わせ、無効にすることがあるらしい。同胞も、何も好き好んで姿を晒しているわけではないのさ」
「なるほど。……しかしそいつは困ったものだな」

 私はまたしても50mlほどのペプシを胃の中に送った。どうやら、この液体には苛烈な中毒性があるようだった。
「だがそれ以上に問題なのは、一部の同胞による我々の秩序を乱す行為だ」
 彼の声が突然、それまで以上に一段と低くなった。
 おうむ返しに、私は訊く。
「秩序を乱す行為?」
「この前もあっただろう。意図的にアメリカ軍の戦闘機に接近し、挑発的な行動をとった同胞のことだよ」
「ああ、あれのことか。確かに少し目に余るものがあるね」
「身勝手な単独行動は慎んでもらいたいものだ。我々は呑気に観光なんかのためにこの星を訪れたわけではないのだから」

 今度は黒い鳥の大群が耳障りな奇声を発しながら、夕焼けの空を通過していった。
 彼はコーヒーカップに浸かるスプーンを抜き取り、それを手で弄び始めながら言う。
「核戦争が起きる前に、この星を植民惑星にすること——それが我々ケプラー人の目的だ。計画の完遂には、手始めに地球人の大量虐殺を実行する必要がある。つまりは、同族殺しだ」
「必然的に、そういうことになるね」
「そうさ。しかし、きみの言葉の節々からは彼らに対する情を感じる」
 途端に、彼の目に剣呑な光が宿った気がした。
「きみには我々の計画に協力する覚悟があるのか?」
 一瞬の沈黙の後、
「もちろん、あるとも」
 と乾いた声で私は答えた。

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