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「おお、わが総統!」短編小説

《あらすじ》近未来、その国はO型とA型の人たちによって支配されていた。彼らはB型を憎み、絶滅させようと計画する。ある日、リーダーである総統が、何者かに狙撃される事件が勃発して…(SF.ショートショート)

「どけ、運転を代われ!」

いてもたってもいられなかった。運転手が降りると、私はすぐに後ろの座席から飛び出して、ハンドルを握った。

「長官、病院の場所はこちらになります」

運転手が窓から地図を見せた。

「わかっておる、そんなものはいらぬ」

この運転手は馘だ。私のことを誰だと思っているのだ。今ではO型突撃隊長官という地位についているが、私は広田総統の運転手から、ここまでのし上がった男だ。

広田総統、ご無事であってください。私は病院へ向かう道すがら、何度も総統のご無事を祈った。

B型のテロリストたちめ、断じて許すわけにはいかぬ。

それよりも、この手抜かりはなんだ。首都には絶対にB型の奴らが入れないように、警戒していたはずなのに、どこから紛れ込んだと言うのだ。

これはA型親衛隊の手抜かりだ。我々、O型突撃隊に首都の警備をもう一度担当させるように働きかけなければならない。

A型親衛隊と我々のO型突撃隊とのライバル関係はすでに三十年以上続いていた。A型親衛隊の長官である日村は、総統の秘書を長い間勤めた男だ。

病院に到着すると、すでにその日村がいた。

「総統の容態は?」私は強い口調で訊いた。

「危篤状態であられる」
ぬけぬけと日村が言った。

「なんだと!」

私は激怒して、日村に掴みかかった。

「お前ら、A型親衛隊が近くにいながら、なんたることだ!」

日村は口を真一文字に結んで、私から浴びせられる言葉に耐えていた。

「総統に何かあれば、俺の血をもって償いたい」日村が言う。

「お前の血をもってだと、お前らA型の血など総統の力になるまい」

A型の日村はギリギリと歯ぎしりして屈辱に耐えていた。そうだ。A型の血など今の総統には必要はないのだ。

「いくら取ってもかまわない。私の血を総統に輸血してくれ」

私は手術室の前に立っている看護婦に言った。日村は相当がっかりしていることだろう。総統の血液型はO型だ。我々O型突撃隊の血液だけを必要としているのだ。

所詮、A型の奴らなど、我々O型の支配を受ける存在に過ぎない二等国民だ。若い頃の広田総統は、いつも私にだけそう言っていた。

あいつらA型は仕事を与えれば見事に実行するが、自分たちでは何も判断できない羊の群れだ。我々O型こそが国を正しく導くのだ、と。

リーダーになるのは、我々O型の人間だ。それをA型親衛隊の日村はまったくわかっていない。

看護婦はO型の血が充分に足りていると言ったが、この私の血こそ総統が必要としているのだ、と言って無理やりに採血させた。

実際に私の血をもって総統の命を救うつもりだった。

総統は不死身だ。絶対にこんなことで死んだりはしない。B型のテロリストたちの凶弾で亡くなるわけがないのだ。

それにしてもB型の奴等の忌々しいこと。あいつらを一刻も早く、この国から消し去らねばならない。

それを実行できるのは、広田総統閣下のみだ。

「B型の奴等こそ、この国の元凶だ」

広田総統が、そう訴えて選挙にうって出たのは、三十年も前のことだった。

当時は誰も広田総統がこの国を導く唯一の人だとは思っていなかった。だが私は早くから広田総統の時代が来るのはわかっていた。

先の戦争も、B型の奴等の勝手な行動によって破れたのだ。それは学者たちもわかっていたことだ。だが、誰もがレイシストと呼ばれるのを恐れて声を上げようとしなかったのだ。

なんたる体たらくだ。

広田総統は、学者たちを集めて、血液型による犯罪者の統計をとらせていた。そのデータによるとやはり犯罪はB型に多いのがわかったのだ。

私は納得した。私は父親から継いだ会社の金を、専務であるB型の男に持ち逃げされた。その上、逃げるときに私のB型の妻まで連れいかれのだ。

私は絶望していた。仕事どころか家庭まで壊されてしまったのだ。

悔しさのあまり死のうかと考えていたとき、総統の街頭演説に偶然出くわしたのだ。

「B型こそが、悪の元凶である。この国から一刻も早くB型をなくさねばならない」

私はすぐに広田総統のところへ行き、働かして欲しいと願いでた。この国を守るために私がしなければならない使命に気がついたのだ。

ひとつ残念なことは、私よりも先に日村が鞄持ちとして同行していたことだ。私は仕方なく運転手として働くことになった。

だが運転手として働くことで、広田総統の本音を聞くことができた。A型である日村よりもO型である私にこそ信頼を置いてくださったことだ。

「我々O型は、選ばれた者たちなのだ。元々アフリカで生まれた我々の祖先はO型だった。だが、一種類の血液型では、病原菌によって絶滅するかもしれない。そのために神はA型をお作りになった。つまりA型は我々が生き残るための補助をする役目をもって生まれたのだ。そして何かの弾みでB型が生まれた。奴等は我々を脅かす存在だ。言うなれば体を破壊するガン細胞のようなものだ。すぐに取り除かねばならない」

総統はB型をこの世から葬り去るつもりだ。
我々、社会革命自由党は、そのためならなんでもする。

三十年前に広田総統がひとりで始めた革命が、今や国中を覆う力になっている。広田総統は選挙によって選ばれたのだ。つまりこの国の大半の者たちが、広田総統の政策に賛同している。

誰もが気がついていのだ。職場で学校で家庭で、B型たちはいつも勝手な振る舞いをして和を乱してきた。あいつらのせいで我々はいつも損をしているのだ。

そのことをO型やA型の者たちは、ずっと気にしていた。その潜在的な欲求に広田総統は答えてくれた始めての人だ。

総裁はすぐにニュルンベルク法を制定し、B型を一つの場所に集めて隔離した。そして、その後は順次、収容所へと送ることにしたのだ。
そしてB型の子供を生む可能性があるAB型には、子供を生むことも禁止した。これでいずれB型の人間は絶滅する。

もちろん国際世論は、我々の政策を非難したが、そんなことは知ったことではない。それよりも彼らの中にも声には出さないが、我々に同調しているところがあるくらいだ。

そのとき、携帯電話が鳴った。

「長官、我々O型突撃隊は、総統を襲撃したテロリストを逮捕することに成功いたしました」

私のところに、一報が入った。

「断じてテロリストを処刑してはならない。奴から聞き出すのだ」

私は、A型親衛隊の日村が、このテロリストとなんらかの関係があるのではないかと考えていた。

最近の日村は、広田総統から疎まれていた。A型親衛隊の勝手な振る舞いが、目に余っていたのだ。

古くは織田信長が明智光秀の謀叛によって殺されたこともある。

日村ならやりかねないかもしれない。だが、そんなことは私が許すわけがない。

そのとき、突然、手術室の扉が開いて、手術を終えた医師が出てきた。

「総統のご容体は?」

医師はこちらをじっと見つめると、首を横に振った。その瞳は底なしの暗さで濁っていた。

「総統が死ぬわけがない」

私は手術室に駆け込んだ。

そこには総裁の遺体が横たわっていた。

「ああ!我が総裁!」

私は遺体にすがりついて泣いた。しばらくすると、悲しみの中から怒りがふつふつと湧き起こってきた。このようなことは断じて許しておけない。

「日村、お前が広田総統を殺したんだ。わかってるぞ」

私は日村に向かって言った。

「なんだと、俺が総統を殺したなんて馬鹿なことを云いおって!」

「証拠はあがってるんだ。すでにO型突撃隊は犯人を確保している。すぐに証言が出てくるだろう」

日村の唇がわなわなと震えていた。

「すぐに日村を拘束しろ!」私は部下に命じた。

そのときだった。
扉が開き、信じられない人物が入ってきた。
私は震えていた。それはもう二度と会うことができないと思っていた広田総統だったからだ。

「総統!」

私は敬礼をすることも忘れて、総統の足元にひざまづいた。

広田総統には、どこにも怪我はなかった。やはり総統は不死身だったのだ。私の目からは涙が溢れた。

「影武者は死んだか。そんなことよりもA型親衛隊、こいつを拘束しろ」

「なぜ私が!」

私はすぐに取り押さえられた。見ると、日村の口が嬉しそうにねじまがっていた。日村に謀られたのだ。

「離せ!私はO型突撃隊の長官であるぞ」

「この嘘つき野郎が!」

総統が私に唾を吐きかけた。どんな濡れ衣を課されたのだろうか、私は信じられなかった。裏切り者は、そこにいる日村のはずだ。

「何かの誤解です。総統の影武者を殺したのは、日村の手によるものです。その証拠はすぐに上がります。離してください」

「影武者を殺した奴など、どうでもいい」

広田総統が何を言っておられるのか、私には理解ができなかった。

「かねがねから私はお前を疑っていた」

「まさか、そんなことはございません。何かの誤解です」

「誤解だと、知らなかったと言うのか?」

「何のことですか?」

「ほ〜う、そうか、知らなかったのか、そうかもしれない」

広田総統は、日村の顔を見て笑った。

「先程、お前の血液を調べた医者が驚くべき事実を知らせてきた」

輸血ようにと提供した私の血のことだった。

「そんなまさか」

「お前の血液はB型だった。私を三十年間も騙しおって、さすが犯罪者の血だけはある」

「そんな、私がB型であるわけがありません。それこそ何かの間違いです。もう一度調べてください。そこにいる日村が私を貶めるために何か計ったに違いありません」

「何度調べても同じだ。間違いない」

「納得しかねます。せめて私の目の前でもう一度調べてください」

自分がB型であるわけがない。私の性格の中にB型らしいところは、一つもない。私は常にリーダーとして振る舞い、勝手な行いなどしたこともない。B型の奴らのように、右に行けといえば、左に行く、へそ曲がりではないのだ。私は自分がO型であると信じている。子供の頃の血液検査で医師からそう言われたのだ。君はO型だ、と。だから私はO型として生きてきたのだ。

だが、その場で採血した私の血もB型だった。紛れもなくB型だった。私は自分を呪った。

私はこの六十年間ずっとO型として生きてきたのだ。その私が今更B型として生きていけるわけがない。

「私は断じてB型などではない!」

絶滅収容所に送られる貨物列車の中で、私は何度もそう叫んだ。

すると、隣で座り込んでいた男が言った。

「なぁ、そんなにB型であることを恥じるなよ。俺たちは何も悪さをしちゃいないんだ。むしろ悪いのは、B型を差別している奴らなんだからよ。恥じるなら、奴らの方だろ。なぁ、そう思わないか」

私は、その男に反論することができなかった。

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