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『旅はうまくいかない』⑩

チェコ編⑩「ついに念願の混浴サウナへ。チェコ美人と遭遇」

「ドブリーデン!」とチェコ語で挨拶されると、僕はドキッとしてしまった。何しろ目の前の女性はまっ裸だったからだ。僕はそのときプラハのサウナにいた。

「ああ、あの、ドブリーデン!」と僕は目のやり場に困りながら、かろうじて言った。

チェコのサウナが混浴だと聞いてやってきたのだが、これほどまでにあっけらかんとしているとは思わなかった。

午後七時、僕はひとりでホテルを出た。妻を誘ったのだが、断られてしまったからだ。ネットで探したサウナは、僕の泊まっているホテルからトラムで十五分ほど行った所にあった。

トラムは川沿いをまっすぐ走るだけなので間違えようがない。それに、もし乗り間違えても一日乗車券を持っているので、特に何も心配することはなかった。

トラムに乗ると、夕方とあって混んでいた。つり革につかまると、窓越しに川が見える。日が沈む前なので窓から差し込む光が眩しい。窓の向こうでは地元の人たちが川遊びをしていた。パドルサーフィンをしてる人たちがいる。海がないチェコでは川は貴重な夏の遊び場なのだろう。

西日でキラキラと輝いている川面が美しい。限られた季節の限られた時間にしか目にすることができない景色だった。

妻も一緒に来ればよかったのに、と思った。ぜひこの景色を一緒に眺めたかった。

しばらく走ると、ダンシングハウスが見えてきた。グニャリと歪んだ建物がまるで踊っているように見える。見ていると不思議な不安感に襲われる。この街にはどこか不気味な建物や彫像がたくさんあった。さすがカフカを生んだ国だけのことはある。

トラムがどんどん進んでいくと観光客ではない地元の人たちが乗りこんできた。学校帰りの学生や仕事を終えた大人たちが楽しそうに笑っていた。そう、ヨーロッパの夏は夜が長いのだ。まだまだ家に帰るには早すぎる。

僕はこれから行くサウナのことを考えていた。混浴だと言うが、きっと若い女の子はいないだろう。どうせ、男たちがいっぱいいるに違いない。たとえこの国の文化だったとしても、若い女の子たちがそれを受け入れているとは限らない。きっといつも行っている錦糸町のサウナと変わらない光景なんだろうな、と考えていた。

目的の駅でトラムをおりると、サウナの建物は目の前にあった。川辺の公園に面している二階建てがそれだ。まだ新しいのか、スポーツクラブを思わせる。中に入って受付でお金を払うと、九十分で千五百円ほどだった。そんなに高くない。

店員は、僕にバスタオルと大きなシーツのようなものを渡した。ロッカーは男女別々のようだ。混浴だから、どちらでもいいように思えるのだが、着替えは違うらしい。

ロッカーで裸になり、しっかりと腰にタオルを巻いた。この白い大きなシーツは何に使用するのだろう。とりあえず手に持っておくことにした。

なんだか緊張する。温泉でも混浴に行ったことはない。いったい中はどうなっているのだろうか。

だが、中は意外と言うか、当然のように普通だった。更衣室を出ると目の前にドリンクを提供するカウンターがあり、サウナや水風呂があった。どうやら二階には休憩場所もあるようだ。

僕は二階に上がってみることにした。思った通りたくさんのリクライニングチェアが並んでいた。男性が一人そこで休憩していた。

さてどうするか、やはり女性はいないようだ。安心し、そしてもちろん残念にも思った。

ゆっくり確認するとサウナは四つほどあるようだ。それぞれに温度が違う。低温のサウナは六十度ぐらいだろうか、まずそれに入ることにした。

そして入るとすぐ目にしたものに驚いた。サウナの上の段に若い女の子が横になっていたのだ。それも仰向けに。僕はドキッとしてしまった。オッパイよりも何もよりも、目の前に彼女のアンダーヘアーがあったからだ。

「ドブリーデン!(チェコ語でこんにちは)」とその彼女がこちらを見て言ったのだ。
「ああ、あの、ドブリデン」と僕は言うのがやっとだった。

彼女がこちらを見て、微笑んだ。受け入れられているのだろうか、それとも馬鹿にされているのだろうか。僕の容姿が若く見えるからだろうか。とにかく微笑んでくれたのはいいのだが、こちらは微笑みかえす余裕などなかった。

とにかく性的な目だけはしてはいけない。心はエロでいっぱいだったとしても。

僕は彼女を見習って持っている白いシーツを敷いた。そして一応股間はタオルで隠すことにした。反応したら国際問題だ。

彼女をジロジロ見てはいけないと思いながら、見ないではいられない。二十代だろうか、若くて美しい女性だった。横になって天井を見つめ、汗をぬぐっていた。胸を隠すこともない。こちらの目を気にすることもなかった。

なんて美しい体だろうか。見てはいけないのに、ついつい吸つけられるように目が彼女にいってしまう。

僕は五分ほどいると、なんだか居心地が悪くなってしまい。そのサウナの部屋から逃げ出してしまった。そして一度水風呂につかって体だけではなく心も冷やすことにした。

う〜ん、困ったことになった。いや違う。すごい幸運なことになったぞ。初めて入った混浴のサウナであんな美しい女の子と二人っきりになるなんて。僕は自分を落ち着かせようと深呼吸をした。そして、リクライニングチェアに横になって少し休むことにした。

よし、次のサウナに行ってみよう。それは一番奥にあるサウナだった。中に入ると猛烈に熱い。百度ちかくあるに違いない。このサウナが他と違うのは、へやに窓がついていることだ。もちろん開閉はできないが、外を眺めることができた。見えるのは川沿いの公園だった。プールがあるようで、子供たちが水遊びをしている。

僕以外は誰もいなかった。一人だとなんだかほっとする。するとスポーツブラに短パン姿の女性が入ってきて、僕になにやら説明した。どうやらサウナのスタッフのようだ。

だが、チェコ語なので何を言っているのだかわからない。すると今度は英語で説明しだした。

何かイベント的なことが行われるようだ。たぶんロウリュだろう。一度日本のサウナで経験したことがあるが、係の人が水蒸気を発生させ、その熱風を送るサービスだ。

その若い彼女がそれをやってくれるらしい。僕は一度サウナから出ると、冷たいシャワーを浴びて、もう一度その場所に戻ることにした。

そして、またもやドキッとしてしまう。どこから湧いてきたのか、若い女の子たちが四人ほど座っていたからだ。彼女たちは一応タオルを巻いているが、すぐにタオルをほどいて、それぞれが好きな格好をした。一人はタオルの上に腹ばいになった。そうすることによって胸は見えないが、今度はお尻がすべて僕に見えてしまうことなる。

うーん、こまった。僕は反応しないように天井を見つめるしかない。そして隣の女性は巻いていたタオルを下に敷くためにほどいた。もう胸もアンダーヘアーもさらけ出している。こっちを見てもダメだ。もう目のやり場に困ってしまう。

どちらを見ても女の子の裸なのだ。こんな天国みたいな光景に憧れていたが、実際にその場にいるともうお手上げだった。とにかく反応しないように呪文を唱えるしかない。

だが、それもすぐに危惧だとわかった。とにかくサウナの中が熱いのだ。もう耐えきれない熱さだと言ってもいい。ここに五分といられない気がする。だが、ここは日本男児として弱いところは見せられない。

すぐにロウリュが始まった。サウナストーンの上にシャーベット状の氷を固めた塊が置かれた。氷がとけると一気に蒸気が上がり、いい香りが広がる。

スポーツブラの女の子は、音楽をかけるとそれに合わせて踊りだした。そして手にもっている布で僕らに向かって熱風を送る。その熱がまた熱い。いや、熱いというよりも痛みだ。う〜ん、耐えられるだろうか。

だが、サウナから逃げだす者などひとりもいない。スポーツブラの女の子がサウナストーンの上にもう一つ氷を乗せる。またもや、いい香りとともに熱が舞い上がる。そしてまたもや彼女は踊りだす。もちろん汗だくだ。僕らよりも熱いに違いない。

大丈夫だろうか、見ているだけで苦しくなる。そして実際に僕も限界に近い。日頃、錦糸町のサウナで鍛えていなかったら、きっと耐えることができなかっただろう。

もう女の子の裸など見ている余裕はなかった。早くこのサービスが終わってくれないか、それしか考えられない。

だが、氷の塊はまだ二つある。耐えらるだろうか。見ると僕と違い女の子たちはまったく平気なようだ。どうなっているのだろう。

また一つ氷が投入された。そしてスポーツブラの彼女のダンスと熱風。僕はひたすら耐えるしかない。そしてやっと最後の氷が投入された。

スポーツブラの女の子が最後の熱風を僕らに送る。死にそうに熱い。もう溶けてなくなりそうだ。ひとしきり熱風を送ると、ついに彼女の動きが止まった。そして何か挨拶した。それにともなってサウナの客から拍手が送られる。

やっと終わった。僕は一目散にサウナから飛び出した。床が熱くて、足の裏を火傷してしまいそうだ。

すぐにシャワー室に逃げ込み冷水を浴びた。
ふぅ〜死ぬかと思った。こんな熱いサウナは初めてだ。しばらく冷水を浴びていると、スポーツブラの彼女が入ってきた。僕に気がつくと何か言った。たぶん、ロウリュはどうだった、と訊いているのだろう。僕は笑顔で、グッド、とこたえた。

すると次の瞬間、僕の目の前で、彼女はスポーツブラと短パンを脱いで裸になった。 プリッとした若くて弾けるオッパイだった。

まったくこのサウナに来てから、ドキッとされっぱなしだ。見ていいのか見ていけないのか、最後までわからなかった。心の持ち方もわからない。混浴の中でどうやって平常心を保てばいいのか、さっぱりわからなかった。

もう一度来れば慣れるのだろうか、いや何度来ても慣れないような気がする。そして慣れてしまったら、きっと楽しみが半減してしまうだろう。

隣では、なにも気にすることがないように若い彼女がシャワーを浴びている。とても自然な振る舞いだ。恥かしいなどと間違っても思っていないだろう。こっちが恥ずかしく思っているのが間違っているのだ。そう何度も思おうとしたが、やっぱり駄目だった。やっぱり恥ずかしい。

妻と別々でよかった。そう思うのがやっとだった。

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