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大いなる序章 ツール・ド・フランス2021 勝手にプレビュー

「もうツール・ド・フランスの季節なのか」。きっと多くの人がそう思っているに違いない。だが、安心してほしい。地球が速く回るようになったのでも、日々を生きる体感速度がスピードアップしたのでもない。昨年は2カ月遅れで行われ、今年は東京五輪の影響で前倒しで開催される。2020年の閉幕日が9月20日、そして開幕日が6月26日。1年ではなく、9カ月でツール・ド・フランスを迎えるのだ。

この記事はとても長いです。最初に今大会全体の展望を述べ、その次に各賞の優勝争いを述べ、さらに各ステージの詳細を述べていきます。読みたい項目があれば、下のメニューから適宜、ジャンプしてください
(役に立つかもしれない観戦用語集はこちら

◆大会展望 大いなる序章

これまでツール・ド・フランスを沸かせてきた選手たちに、多少なりとも陰りが見えてきている。クリス・フルーム(イスラエル・スタートアップネーション)は大ケガからのリハビリ途上で5勝目は厳しい。ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)は35歳、リッチー・ポート(同)は36歳を迎えた。あのエステバン・チャベス(バイクエクスチェンジ)だって31歳なのだから、ベテランたちが「大ベテラン」になるのも頷ける。

スプリンターも、ポイント賞争いという意味ではペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)の対抗馬が増え、現実に昨年はマイヨ・ヴェールを失った。ロット・スーダルの中でエーススプリンターがジョン・デゲンコルプからカレブ・ユアンにバトンタッチしたように、プロトン全体の世代交代は確実に起きている。

次の時代のプロトンを引っ張るべきリーダーは誰か。仮にリーダージャージーをベテランたちが着たとしても、次代のエースは自分なのだと誇る者がきっと出てくる。今年のツール・ド・フランスは、大いなる序章であり、長い序章を読まねば先が分からない大会になる。

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今大会のルートは山を登ってのフィニッシュではなく、そこから麓まで下ってのゴールが多い。個人タイムトライアルも二つあり、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)、ミゲル・アンヘル・ロペス(アスタナ・プレミアテック)などの軽量のクライマーが総合優勝する可能性は低い。

◇  それでも優勝候補は多く ◇ 

ツールと同じA.S.O.が主催し、前哨戦と位置付けられている「クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ」でも下りゴールが設定され、タイムトライアルステージは平坦ではなく丘陵地形だった。それらを考慮すると、今ツールのステージも単純な平坦ばかりではないが、驚くような山ばかりでもない、というコース模様になりそうだ。実際に開幕からの2ステージは丘陵地形で、今年に限ればスプリンターは一日たりとも黄色の夢を見ない。

極端なステージが少ないため、いわゆるオールラウンダーが最終表彰台を独占するような結果が想像される。全盛期ならクリス・フルーム(イスラエル・スタートアップネーション)が頂点に立っていたはずだ。ブックメーカーのオッズも1倍からぴたりと離れなかっただろう。

その意味では、ブックメーカーは胸をなで下ろしているに違いない。なぜなら今年は実力拮抗で予想が難しいのだ。クライマー以外の複数の総合系ライダーに優勝の可能性があり、前哨戦でも本当の実力は測れなかった。

現状ではディフェンディングチャンピオンのタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)、昨年は最終決戦で敗れたが十分な実力があるプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)、3年前のツールを制覇したゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)などが最有力候補に挙げられる。だが、ジロ・デ・イタリアではバーレーン・ヴィクトリアスがエースではなかったダミアーノ・カルーゾが総合2位に輝いており、各チームのエースばかりが表彰台に上がるとは限らない。

◇ ◇ エースの不安 ◇ 

チームのエースやセカンドエースも上位に入ると考えると、30人くらいが候補に挙がってしまう。もっとも、最有力3選手に限ってもそれぞれが弱みを抱えているのも事実で、それが実力差を縮めている。

ポガチャルは今シーズンの序盤戦で無類の強さを誇ったが、4月25日のワンデーレース「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」のあとはレースから離れて調整し、前哨戦とされるレースをスキップした。ログリッチは8日間のステージレース「パリ~ニース」(3月7日~14日)で最終日に落車して、リーダージャージーを明け渡している。険しいステージと極限のメンタルが重なるとログリッチにも死角がある。

トーマスも落車が多く、個人タイムトライアルや下り坂でどこまで攻められるかは分からない。クリテリウム・ドゥ・ドーフィネは最終日の下り坂で足を滑らせた。ただ、トーマスは落車の仕方がうまく、リタイアに直結するものではないが。

◆有力選手 黄色と緑を着るのは…

個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)とポイント賞(マイヨ・ヴェール)に着目して、有力選手をリストで紹介する。

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これらの顔ぶれの中で、個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)のトップを極めるのは、今年こそプリモシュ・ログリッチではないか。元スキージャンパーは昨年のツールも、そのほかの1週間程度のステージレースも、ちゃんと飛んだ。

しかし、着地だけがいつも失敗してきたのだ。昨年も最終日前日の個人タイムトライアルでタデイ・ポガチャルに逆転を許した。今年こそ、ログリッチは飛んで、着地して、見事なテレマークを決めねばならない。

◇ ◇ サガンvs.コルブレッリ ◇ 

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ポイント賞は、ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)やソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)などパンチャー寄りのスプリンターに有利だろう。昨年の覇者たるサム・ベネットが出場しないのも、彼らには味方する。

直前のレースでのコンディションを考慮すれば、コルブレッリのほうが一歩リードしている。もちろんピュアスプリンターが勝利を量産すれば可能性は出てくるが、カレブ・ユアン(ロット・スーダル)は8月中旬から開催の「ブエルタ・ア・エスパーニャ」でもステージ優勝を狙うため、スプリントステージ以外はグルペットを選択するはず。他競技で東京五輪に向かうマチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)も自主的な途中リタイアの可能性がある。

◆各賞予想
個人総合
 プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
ポイント ソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)
山 岳  ミゲル・アンヘル・ロペス(アスタナ・プレミアテック)
ヤング  タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)
チーム  モビスター
スーパー敢闘賞 ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)

◆コース展望 山あり、谷あり

今年のコースを見ていこう。優勝予想に加え、今年のプレビューでは制作局のフランス国営放送が映すであろうそれぞれの土地の風景を述べていく。旅としてのツール、スポーツとしてのツールを両面から楽しむ一助になれば幸いだ。

スタートリストに変更があった場合、開幕前日までは予想を変更する可能性があります。開幕後はリタイアなどがあっても予想は変更しません。

◇ ◇ 第1週 意外な開幕 ◇ ◇

スプリンター向けのステージではなく、パンチャーにとって有利なコースで開幕する。ジュリアン・アラフィリップ、マチュー・ファンデルプール、アレハンドロ・バルベルデが黄色を目指すというオープニングだ。

◇ はじまりの黄色を夢に見て ◇

第1ステージ 6月26日
コース:BREST > LANDERNEAU
種別:中級山岳
距離:198km
優勝予想:ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)

フランス本土の北西端に近いブレストをスタートする。序盤の60キロは右手に海が広がり、軍港として知られるブレスト港の湾奥やドゥアルヌネ湾の景勝地を眺める。中盤戦以降は起伏に富んだ地形の中を駆け抜ける。ブルターニュ地方は牧畜や飼料用小麦の生産でも名高く、実り豊かな風景を自転車の一団が走る。

レースは序盤から逃げの打ち合いになり、山岳ジャージーを狙うチームが積極的に仕掛ける。ゴールは3キロにわたる上り坂の先に用意された。平均勾配は6パーセント近い。ツール・ド・フランスの初日はスプリンター向けの平坦ステージが組まれやすいが、今年は彼らに勝負権はない。

春のクラシック「フレッシュ・ワロンヌ」で「ユイの壁」を悠々と駆け上がるジュリアン・アラフィリップにはうってつけのレイアウト。唯一の不安は、早々と手を挙げて、横からプリモシュ・ログリッチに差されないか。いつかの「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」のように。いや、今年ならマチュー・ファンデルプールが差すかもしれない。

◇ イギリス海峡の海は美しく ◇

第2ステージ 6月27日
コース:PERROS-GUIREC > MUR-DE-BRETAGNE GUERLEDAN
種別:中級山岳
距離:183.5km
優勝予想:マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)

前半に海を見て、後半は丘陵地形の中を走るというレイアウトは前日とほぼ同じ。ただ、今日の海は左側にある。4級山岳地点でもある残り68キロ地点のサン・ブリウまではイギリス海峡サンマロ湾の美しいビーチと古城が、たびたび映し出される。サン・ブリウは13世紀建造のサンテティエンヌ大聖堂も見どころだ。

レース展開も前日と同じように序盤は積極的なアタックが繰り返される。ゴール前はやはり上り坂。2キロで平均勾配6.9パーセントときつい。前哨戦「クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ」でステージ2連勝を飾った24歳の若者なら、早めの仕掛けで頂上を極めるかもしれない。どのチームだってジュリアン・アラフィリップやアレハンドロ・バルベルデをマークしているのだから、駆け出す者たちをどこまで本気で追えるだろうか。

※6/22:初出から優勝予想を変更(選手リスト確定による)

◇ ブルターニュの大地でスプリント ◇

第3ステージ 6月28日
コース:LORIENT > PONTIVY
種別:平坦
距離:183km
優勝予想:マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)

ブルターニュの穀倉地帯を走って行く。フランスは世界有数の農業国。小麦や飼料作物は決して高付加価値産品ではないが、ブルターニュの台地を覆う圧倒的な作付面積で地域経済を支える。この日の舞台となるモルビアン県にはブルトン人(ブルターニュ地方の人)の風習が色濃く残るという。古城も多い。

3日目にしてようやくのスプリントステージになった。何も起きなければ、スプリンターが勝つに違いない。しかし、何かが起きる可能性は大いにある。穀倉地帯は発電用の風車もぐるぐると回り、横風分断を予感させる。それにスプリンターを抱えるチームに前日までの疲れが残っていたら、エースをゴールの街・ポンティヴィまで無事に送り届けられるだろうか。まさかの逃げ切りだって考えられる。マチュー・ファンデルプールなら一人で逃げも集団も料理してしまえるはずだが。

◇ ここでは何も起きないはず ◇

第4ステージ 6月29日
コース:REDON > FOUGERES
種別:平坦
距離:150.5km
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル)

人口20万の都市・レンヌを初めとする中小規模の都市を繋ぎながら、水と緑の穀倉地帯を駆けていく。途中、ジャンゼ(残り94.4キロ)郊外のエッセには巨石遺跡があり、ヴィトレ(残り114.4キロ)やゴール地点のフジェールには砦が古城が残る。

この日も平坦のレースだ。1キロを切ってからラウンドアバウトを左へと90度ターンする。トリッキーなレイアウトではないし、ツールなら曲がった直後の中央分離帯も排除していると思われるが、逆バンクになっている場所には気をつけたい。そこをこなせれば集団スプリントになる。ポケットロケットことカレブ・ユアンは今年、全てのグランツールでステージ優勝を狙っている。まさに彼向きのコース設定だ。

◇ 個人タイムトライアル。泣くか、笑うか ◇

第5ステージ 6月30日
コース:CHANGE > LAVAL ESPACE MAYENNE
種別:個人タイムトライアル
距離:27.2km
優勝予想:ローハン・デニス(イネオス・グレナディアーズ)

ツールはブルターニュ地方を離れ、少しずつ内陸へと入る。この日はマイエンヌ県の県都、ラヴァルでの個人タイムトライアル。マイエンヌ川が南北に貫流し、第一中間計測地点(残り18.4キロ)の直前と残り4キロを切ったあたりで川を渡る。大河ではないが、穏やかな流れのマイエンヌ川と、川沿いの瀟洒な建造物が美しい。ラバル伯居城は今、博物館になっているという。

個人で戦うタイムトライアルは二つに注目だ。一つはステージ優勝争い。残り5キロこそ直角カーブが続くが、それを除けばタイムトライアルスペシャリストに有利なレイアウトで、相当に高速なバトルになりそうだ。もう一つは、総合優勝を狙う選手たちの戦い。タデイ・ポガチャル、プリモシュ・ログリッチの二人が一歩以上のリードを奪うと考えられるが、それ以外の総合系は大きくタイムを落とさないようにしたい。

◇ 長い直線路に、もし横風が吹くなら ◇

第6ステージ 7月1日
コース:TOURS > CHATEAUROUX
種別:平坦
距離:161km
優勝予想:ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)

7月に入ったが、今日も平坦ステージだ。見どころは多く、4級山岳地点があるサン・テニャン(残り88キロ)には広大な敷地面積を誇るボーバル動物園があり、ヴァランセ(残り46.1キロ)には庭園が美しいヴァランセ城がある。ヴァランセーチーズとはヤギ乳で製造する台形型のチーズのこと。ルートを通して河跡湖や旧河道など河跡地形が多いのも特徴と言える。

レースは基本的には集団スプリントが予想される。ただ、ヴァランセからはほぼ直線でゴールのシャトールーへと向かう最後の45キロがくせ者だ。吹きさらしの畑とうっそうとした森が繰り返し出てくる。吹きさらしの区間では横風を使った攻撃が出てくるだろう。荒れた展開になればペーター・サガンやワウト・ファンアールトが勝利する可能性が高まる。

◇ 250キロ。ゆるく、果てしない ◇

第7ステージ 7月2日
コース:VIERZON > LE CREUSOT
種別:中級山岳
距離:249.5km
優勝予想:ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)

フランスのど真ん中を西から東へと渡る、今大会最長の約250キロのステージだ。サン・ブナン・ダジ(残り133.7キロ)を過ぎると丘陵地帯へと入っていく。終盤のオータン(残り42.8キロ)は交通の要衝として古来から発展してきた街で、円形劇場や城門などのローマ遺跡があるほか、ロマネスク様式の大聖堂もある。

レースは逃げ切りも十分に考えられるステージだ。残り18.1キロ地点にある2級山岳、シニャル・デュションにはボーナスタイムが設定されている。今大会初の2級山岳地点だが、総合系の争いが起きるような高い難易度ではなく、ボーナスタイムのために狙うような選手もいないだろう。

◇ 続く1級山岳。勝負に出るか、否か ◇

第8ステージ 7月3日
コース:OYONNAX > LE GRAND-BORNAND
種別:上級山岳
距離:151km
優勝予想:リッチー・ポート(イネオス・グレナディアーズ)

ジュラ山脈の南麓を過ぎて、アルプス山脈へと突っ込んでいく。1級山岳を三つもこなす上級山岳ステージだ。舞台のオート・サヴォア県はスイス国境に接し、ジュネーブが近い。酪農、果樹栽培が盛んで、もちろんスキーリゾートでも栄えている。ロム峠(残り28.7キロ)から先は高原地帯。標高1,618メートルのコロンビエール峠(残り14.7キロ)は樹木が少なく、険しい岩肌と澄んだ青い空のコントラストが映える美景だ。

選手たちはそんな美しい景色を横目に、コロンビエール峠から標高922メートルのル・グラン・ボルナンに下ってゴールする。頂上ゴールなら軽量のクライマーが喜ぶだろうが、残念ながら下ってのフィニッシュ。ただ、コロンビエール峠を越える頃には先頭集団の人数は絞られている。3人くらいがまとまっているはずのイネオス・グレナディアーズ勢なら、誰かが勝負に出てもよさそうだ。

◇ ティーニュでツールをもう一度 ◇

第9ステージ 7月4日
コース:CLUSES > TIGNES
種別:上級山岳
距離:145km
優勝予想:サイモン・イェーツ(バイクエクスチェンジ)

プリモシュ・ログリッチがツール・ド・フランスに忘れ物を取りに来たとすれば、ツール・ド・フランスはティーニュに残した忘れ物を取り返しに来た。2019年大会は突如の悪天候(雹に見舞われた!)でティーニュに至るステージが途中で幕切れとなった。今年はティーニュに行かねばならない。

集団は超級山岳ル・プレ峠(残り64キロ)とコルメ・ド・ロズラン峠(残り51.6キロ)をこなして麓まで下り、再び登坂に入って標高2,107メートルのティーニュに至る。今日の風景も美しい。雪解け水が流れ込む湖や川がいくつも映される。ティーニュはイゼール川を堰き止めた人工湖のほとりにあり、天端を通らないとはいえダムのそばをライダーたちは坂道に汗を流しながら走り抜ける。今日こそはピュアクライマーに向いたステージ。リゴベルト・ウラン、サイモン・イェーツ、ピエール・ラトゥールなどにチャンスがある。

7月5日 休息日(ティーニュにて)

◇ ◇ 第2週 確かな挑戦状 ◇ ◇

厳しい山岳ステージが用意された第2週。ここで必ず、総合優勝をめぐる戦いが勃発する。第2週のオープニングステージこそ平和に進みそうだが…。

◇ イゼール川を愛でる ◇

第10ステージ 7月6日
コース:ALBERTVILLE > VALENCE
種別:平坦
距離:191km
優勝予想:アルノー・デマール(グルパマFDJ)

休息日の翌日は平坦ステージが組まれることが多い。冬季五輪が開かれたアルベールヴィルを出立地に選んだ今日も、道のりは平坦だ。ラ・プラセット(残り108.4キロ)のスプリントポイントを過ぎ、ヴォルップ(残り103.3キロ)の街を抜けると、集団は渓谷を流れてきたイゼール川と再会する。このあたりの山々は標高が高く、屏風のような断崖がいくつも折り重なっている。きっと空撮はダイナミックだ。

レースに関しては何も起きない。フランス国営放送は雄大な景色を映したり、過去の大会の振り返り映像を流したりしながら、視聴者をなんとかゴールまで連れて行こうとするだろう。ゴール前のスプリントは激しくなるが、休息日明けはコンディションを維持できているかが結果を左右する。

◇ 魔の山。2度の微笑み ◇

第11ステージ 7月7日
コース:SORGUES > MALAUCENE
種別:上級山岳
距離:199km
優勝予想:リッチー・ポート(イネオス・グレナディアーズ)

アルプス山脈の南西部にある高峰、モン・ヴァントゥ(ヴァントゥ山)に登って下って、登って下ってのコースだ。モン・ヴァントゥの頂上部は一切の木々がない。天空の上に伸びる道は絶景であり、絶望である。特に2度もモン・ヴァントゥに登らされるライダーにとっては、地獄に脚を突っ込んだ境地だろう。クリス・フルームなら、別の意味で「もう走りたくない」と思うに違いない。2016年の出来事だ。興奮した観客によって撮影用モーターバイクが急停車し、後続の選手が追突。フルームはバイクが壊れ、文字通りにランニングしてしまった。

今年のモン・ヴァントゥへの登攀のうち、1度目の通過は山の東麓、ソー(残り102.6キロ)から登る。登坂距離22キロ超という長い上り坂だが、頂上まで残り6キロの地点までは5パーセント前後と緩い(距離は長いが!)。シャレ・レナール(残り82.6キロ)のレストハウスからは勾配がきつくなり、白茶色の大地が草木を奪い去る。集団は1度目の峠(残り76.4キロ)を過ぎてマロセーヌへと下り、再び登りなおす。2度目の登りはサン・エステーブ(残り37.8キロ)を起点とし、公式発表によれば登坂距離15.7キロ、平均勾配8.8パーセント。距離は短いが、非常に厳しい坂道だ。ばらばらになった集団は1度目で通ったレストハウスを過ぎて、山頂(残り22キロ)に到達する。

こんな山を登ってもまだ11ステージ目。勝負を懸けるには早すぎるかもしれないが、残りステージの全てをコントロールし、リーダージャージーを着て走りきれる自信があるなら、勝負に出てもいい。すなわち、イネオス・グレナディアーズやユンボ・ヴィスマなどのチーム力の高い集団にとっては仕掛けどころになる。エースを後ろに温存したまま、サブエースが先行して勝つというのも考えられ、リッチー・ポートやセップ・クス、ステフィン・クライスヴァイクも勝者になりうる。

◇ 南仏の風は、きっと穏やか ◇

第12ステージ 7月8日
コース:SAINT-PAUL-TROIS-CHATEAUX > NIMES
種別:平坦
距離:159.5km
優勝予想:イェーレ・ワライス(コフィディス)

サン・ポール・トロワ・シャトーをスタートし、人口約15万人のニームにゴールする。ユゼス(残り26.7キロ)からニームにかけては聖堂や遺跡が多く、ローマの水道橋「ポン・デュ・ガール」や神殿、公衆浴場などローマ時代の遺構が多く残る。前日の景色とは異なり、南仏の日差しが緑を照らし、ブドウ畑が広がる沿道には、ヒマワリがツールの通過に合わせて花を咲かせていることだろう。

レースはスプリンター向けのステージで、スプリンターを抱えるチームが集団を統率しなければならないが、「モン・ヴァントゥ」の疲労が残っているならコントロールを失い、逃げ切りが起きる可能性もある。すなわちコフィディスが暴れるなら、こういうステージがうってつけだ。

◇ ブドウとオリーブと睡魔 ◇

第13ステージ 7月9日
コース:NIMES > CARCASSONNE
種別:平坦
距離:220km
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル)

一行はニームを旅立ち、ほぼ西へ、西へと進んでいく。220キロという長めの設定。きっとアクチュアルスタートから2秒で逃げが決まり、その後はだらだらと長いステージになる。ただ、ゴールは見逃せない。計算に狂いさえ起きなければレースはスプリンターたちの激しいバトルで幕を閉じ、視聴者はバトルとカルカッソンヌの美しい景色に圧倒される。

1997年にカルカッソンヌは歴史的城塞都市として世界文化遺産に登録された。古い城壁に囲まれた市街は直線的に区画され、中世時代と変わらぬ風景を残している。このカルカッソンヌはオード県に属するが、レースの大半はエロー県の内陸、中央山塊の麓を東から西へと横断する。ブドウとオリーブ栽培が盛んで、今大会の最序盤で見た風と小麦の大地とは全く異なる営みが広がっている。

くせのない、眠いステージのゴールを飾るのはピュアスプリンターだ。トレインが機能するステージでもある。カレブ・ユアンがツールを去っていなければ、彼が仕留めるだろう。しかし、ツールに残っていればだ。アルノー・デマール、ケース・ボルなども勝負に絡んでくる。

◇ 丘陵地。強い者は逃げ切れる ◇

第14ステージ 7月10日
コース:CARCASSONNE > QUILLAN
種別:中級山岳
距離:184km
優勝予想:マルク・ヒルシ(UAEチームエミレーツ)

5つの難易度の低い山岳をこなして、キアンにゴールする。ピレネー山脈の北麓を走るコースで、全般的に石灰岩質の台地の上を走る。カラブル(残り128.2キロ)近郊のモンベル湖はピレネーを望む湖で、野鳥の宝庫。インターネットを検索すると、「逆さピレネー」の写真の投稿も見られる。富士五湖のフランス版といったところだろうか。4つめの山岳ポイント、ガリナグ丘陵(残り57.4キロ)を越え、ベセード・ド・ソ(残り50.9キロ)を過ぎるとしばらくは石灰岩質の渓谷の間を抜けていく。

レースは言うまでもなく逃げ切りが起きやすいステージだ。序盤はアタック合戦になる。もしかしたら明確な逃げ集団ができないままに終盤まで進んでしまうかもしれない。2級山岳を下ってからのゴールということも考えれば、荒れた展開に強く、下り坂でも安定している選手がトップで両手を挙げるはずだ。

◇ 主催者の頓狂、刃となり ◇

第15ステージ 7月11日
コース:CERET > ANDORRE-LA-VIEILLE
種別:上級山岳
距離:191.5km
優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

スペインとの国境に近い山地を走り、アンドラ公国に入ってゴールする。今年のルートを決めた人たちは、ここに来て少し狂ったのかもしれない。第14ステージまで非常に純粋なコースを作ってきたのに、第15ステージはちょっとおかしい。レーサーにとっては悪い意味で、頓狂が刃となって降り注ぐ。

平面の地図だけを見れば1級山岳、2級山岳、1級山岳、1級山岳と通過してから、アンドラ・ラ・ベリャにゴールする厳しいステージだ。ただ、断面図がおかしい。最初の1級山岳、モン・ルイ(残り105キロ)は登坂の中腹でしかなく、標高1,506メートルの峠を過ぎ、スペインの飛び地(リビア)に近いフォン・ルー(残り96.4キロ)付近まで登る。ここの標高は約1800メートル。不幸にもここは何のポイントでもないのだ! そして、次の2級山岳も単に1級山岳、ポール・ダンヴァリアへの通過点でしかない。なんという頓狂か。

もっと狂っているのは三つ目の1級山岳たるベチャリス峠(残り14.8キロ)への登坂路だ。つづら折りを何度も繰り返す山道は、ストリートビューで下見をしようにも、グーグルカーが途中で踵を返している。少なくとも2014年までは未舗装路だったようで、上りも、下りもきっと危険に満ちている。

なお、二つ目の1級山岳のポール・ダンヴァリアは今大会の最高標高地点(2,408メートル)で、アンリ・デグランジュ特別賞が設定されている。ここをトップ通過した選手は表彰される。

7月12日 休息日(アンドラにて)

◇ ◇ 第3週 残されたドラマ ◇ ◇

レースはいよいよ最後の1週間に入る。逆転劇が起きるのか、アンドラでマイヨ・ジョーヌに袖を通した者が守り抜くのか。最後の勝負が始まる。

◇ いにしえのサーキットへ 

第16ステージ 7月13日
コース:PAS DE LA CASE > SAINT-GAUDENS
種別:中級山岳
距離:169km
優勝予想:カスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)

169キロのステージだが、アンドラの国境から19キロも走ってからアクチュアルスタートを迎える。ゴール地点は踊りたくなるような地名のサン・ゴダンス。八重洲出版が発行する今大会の日本語版公式プログラムによれば「かつてカーレースのサーキットだった」(ティエリー・グヴヌーのコメント)場所にフィニッシュラインが引かれた。

レースは2級山岳、1級山岳、2級山岳をこなしてゴールへと向かう。今日、起きるのは二つの可能性のうちのどちらか。一つは逃げ切り。もう一つは山道に耐えられるスプリンターが他をふるい落とし、いにしえのサーキットをかっ飛ばすという展開だ。ただ、途中のラ・コル峠(残り67.9キロ)は距離13.1キロで平均勾配6.6パーセントもある。ペーター・サガンやソンニ・コルブレッリには厳しいかもしれない。となると、逃げ切りのほうがあり得る。1954年まで開設されていたというサーキットの跡地を駆け抜けるのは、ウルフパックことドゥクーニンク・クイックステップの誰かかもしれない。

◇ クライマーたちの決戦 ◇

第17ステージ 7月14日
コース:MURET > SAINT-LARY-SOULAN COL DU PORTET
種別:上級山岳
距離:178.5km
優勝予想:エステバン・チャベス(バイクエクスチェンジ)

大都市トゥールーズ近傍のミュレをスタートし、再びピレネー山脈へと突っ込んでいく。今度はより本格的に。ただし、スプリントポイントがあるバニエール・ド・リュション(残り65キロ)までは平坦で、前日のフィニッシュ地だったサン・ゴダンス(残り110.5キロ )、サン・ベルトラン・ド・コマンジュ・ノートルダム大聖堂に近いルール・バルッス(残り94.2キロ)などを通り過ぎる。大聖堂は三つの建築様式が融合した建物で、1993年登録の世界文化遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部を構成する。

レースはバニエール・ド・リュションを過ぎると、マイヨ・ジョーヌを争う者たちが主役となる。二つの1級山岳を越えて、ル・ポルテ峠にゴールする。ここまでは厳しい山があっても下ってのゴールだったが、今日は純粋に登坂力こそが問われるステージだ。つまり、クライマー向き。ナイロ・キンタナ、エステバン・チャベス、リゴベルト・ウランなどが候補に挙がる。個人タイムトライアルで遅れてしまう選手なら、今日と明日で勝負に出ないわけにはいかない。

◇ 危険のみが潜む魔境 ◇

第18ステージ 7月15日
コース:PAU > LUZ ARDIDEN
種別:上級山岳
距離:129.7km
優勝予想:プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

ツールは今年も、自らが愛する街・ポーを巡礼する。今年はスタート地点として登場するのみで、ちょっと控え目だが。

今日はピレネー・アトランティック県のポーを出発し、オート・ピレネー県の山を登る。約130キロの短いコースに、二つの超級山岳。短いが、いや、短いからこそ厳しく、険しく、危険なステージだ。一つ目の超級山岳は名高いル・トゥルマレ峠(残り35.6キロ。トゥールマレー、ツールマレーとも)で、岩山に取り囲まれた夏のスキーリゾート(雪がなければ草と岩の荒野でしかない!)を行く。二つ目の超級山岳はゴール地点でもあるリュズ・アルディダン。雲を下に見る渺茫たる土地へと、心もとないくねくね道がつながっている。

優勝候補は限られる。今年最初のグランツール「ジロ・デ・イタリア」では名峰ゾンコランに登るステージで、UCIプロチームのエオロ・コメタに所属するロレンツォ・フォルテュネオが勝利する驚きの展開があったが、さすがにツール・ド・フランスでそれは起きないだろう。この日、誰がリーダージャージーを着ていたとしても、攻めずしてツールを勝ち抜くことはできない。2日後に控える個人タイムトライアルに不安を抱える選手にとって、トゥルマレとアルディダンは最後の懸けだ。ピュアクライマーはもちろん、2020年のツール・ド・フランスで痛い目に遭ったプリモシュ・ログリッチは、自身の優勝とオート・ピレネーのジャンプ台復活を期すかのように、美しい着地を決めてみせるかもしれない。

◇ ワインの街へ ◇

第19ステージ 7月16日
コース:MOURENX > LIBOURNE
種別:平坦
距離:207km
優勝予想:アルノー・デマール(グルパマFDJ)

ポー近郊のムーランから、ボルドー郊外のリブルヌに至る207キロの平坦ステージが組まれた。一休みの時だ。ピレネーの山々に疲れ切った集団は小さな逃げを先行させ、クレオン(残り20.8キロ)の街あたりで吸収するだろう。そして集団スプリントへと移る。

ボルドーの周辺へと向かうステージなのだから、風景はブドウ畑が多い。そして集村が多いフランスにありながら、この地方は村々の間隔が狭く、人里離れた場所はほとんどない。ガロンヌ川を古びた鉄橋(残り40.3キロ)で渡り、ゴールの少し手前でドルドーニュ川を比較的新しい橋で渡る。どちらの川も赤茶けているが、水運やクルーズで使われ、ほとりには古城もある。そんな説明をしたところで、きっと今日は眠い。

リュクセ(残り90.1キロ)のそばにはヨーロッパ最大規模の演習場があり、地上絵のような特徴的な模様が浮かび上がっている。場所の性質上、空撮で映るとは限らないが。

◇ 明暗を分ける「45秒」 ◇

第20ステージ 7月17日
コース:LIBOURNE > SAINT-EMILION
種別:個人タイムトライアル
距離:30.8km
優勝予想:シュテファン・キュンク(グルパマFDJ)

再び個人タイムトライアルが行われる。距離は30.8キロ。緩やかなアップダウンがあるが、テクニカルなコースではない。スタート地はリブルヌで、ゴールはサン・テミリオン。ワインの特産地らしく、コースのほとんどは右も左もブドウ畑だ。特に終着地の街はブドウ畑に囲まれ、中心部には中世と変わらぬ風景が残る。古い教会や遺構があり、街は1999年に世界遺産に登録されている。

癖のないコース設定だと考えれば、このステージを優勝するのはタイムトライアルスペシャリストだろう。問題はマイヨ・ジョーヌ争い。2020年のツール・ド・フランスでは、最終日1日前の個人タイムトライアルでタデイ・ポガチャルが同国の先輩、プリモシュ・ログリッチとの差をひっくり返し、総合優勝を確定させた。

ただ、1年前とは異なり、差を決定的なものにするような厳しい登坂はない。安定した走行さえできれば、ポガチャルとログリッチ、それにゲラント・トーマスにも大きな差は開かない。この3人のタイム差は15秒以内に収まるはずだ。一方でクライマーたちは速い選手でも彼らから45秒くらいは遅れ、2分ほど失う選手も出てくる。もし、クライマーにチャンスがあるなら、前日までのギャップの目安はタイトに見積もって45秒。スタート時点でそれ以上の差を持っていなければ、可能性はほとんど残っていない。

◇ 夕暮れのパリ。プロトンの凱旋 ◇

第21ステージ 7月18日
コース:CHATOU > PARIS CHAMPS-ELYSEES
種別:平坦
距離:108.5km
優勝予想:ティム・メルリール(アルペシン・フェニックス)

パリ近郊のシャトゥをスタートし、パリのシャンゼリゼ大通りに向かう。意外かもしれないが、アクチュアルスタート地のポアシーは今大会の最北地点。パリがフランスの地理的中心ではなく、かなり北部にあることが分かる。

コースは輝いている。いくつかの森を抜けてパリの都心へと入り、贅沢にもルーヴル美術館の庭園(ガラスのピラミッドの庭だ!)を通り抜け、最後は周回コースを左回りに8周する。すなわち、石畳のシャンゼリゼ大通りを走ってエトワール凱旋門を周り、オベリスクのコンコルド広場を左に見てセーヌの川沿いを走る。そして地下道を通ってリヴォリ通りに出ると、ジャンヌ・ダルク像の出迎えを受けながら、再びシャンゼリゼ大通りに戻るというお馴染みの設定だ。

最終ステージは過酷なレースを走ってきた者たちへの祝福の舞台。パリの周回コースに入るまでは何の争いも起きず、パレードに時間が費やされる。マイヨ・ジョーヌに袖を通した者はプロトンの先頭で、記念写真を撮ったり、グラスを傾けたり。今日のルートでは個人総合時間賞を揺るがすような差が付かないため、ほとんどの争いは終わっているのだ。もうアシストに守ってもらう必要はない。

目の色を変えているのはスプリンターたち。シャンゼリゼ大通りで我が脚力を戦わせ、凱歌をあげられる――。そんなチャンスは何度もあるものではない。百戦錬磨のベテランが右手を突き上げるか、新進のライダーが雄叫びを上げるか。アルペシン・フェニックスのティム・メルリールはどちらでもない中堅スプリンターだが、そこに割って入ってもおもしろい。

シャンゼリゼ大通りを夕暮れまで封鎖してポディウムが設けられる。各賞の勝者――新しい時代の扉を開ける者たち――が、駆け上がる。最高の瞬間は神々しい。

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