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幕の内弁当590円。 ツール・ド・フランス2022 勝手にプレビュー

いよいよ7月1日に「ツール・ド・フランス」が始まる。今年はデンマークのコペンハーゲンがスタート地に選ばれた。ツールが国外で出立するのはコロナ禍以降では初めて。最序盤の3日間を同国内で競い、移動日を挟んでフランスに入国。その後もベルギーやスイスを通るコースが設定され、4カ国にまたがる全21ステージで表彰台を目指す。

それは幕の内弁当である。コースが。

コース自体は特徴があるような、ないような、なんとも言えない設定だ。オーソドックスと言ってもいいだろう。あるいは、幕の内弁当のようなステージの連続で、サイクルロードレースのいいところを少しずつ集めて、一つにまとめたような感じだ。

これは近年のジロ・デ・イタリアに対するアンチテーゼかもしれない。今年5月のジロ・デ・イタリアは山という山を詰め込み、全21ステージの獲得標高を異次元とも言える5万キロに設定した。

しかし、コースは確かに過酷なものになったが、21日間のレースは本当に魅力に満ちたものになっただろうか。フアン・ロペス(トレック・セガフレード)、ビニアム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベール)という新しい力が見えたのは間違いない。だが、マリア・ローザの本格的なバトルに関しては主催者の目論見は外れただろう。山岳での争いは至って普通だったし、逃げ切りのステージが頻発した。

地獄のようなコースにしたところで、出場する選手やチームが乗ってこなければ意味がないし、地獄を嫌えばレースは示し合わせたかのように淡々と進んでしまう。むしろ、誰にでも可能性がある癖のないコース設定のほうが、レースはおもしろくなるのではないか。ジロは幸か不幸か本質を提示したような気がするのだ。

もしそうならば、今年のツール・ド・フランスはおもしろくなるに違いない。オーソドックスなコース設定で、幕の内弁当は高級品でも夕方の投げ売りでもない、「ほっとも〇と」の590円くらいのものだ。ほとんどの選手にとって毎日のレースに勝負権があり、何事も起きなければ両手以上の数のライダーに表彰台の3番目に立つ権利がある。

スプリンターが活躍するステージがあれば、クライマーが活躍するステージもある。タイムトライアルスペシャリストが輝くべき瞬間もある。横風が吹いて集団がバラバラになったり、石畳で運に見放されるライダーも出てくるだろう。そして、何も起きない日は何も起きない。日本のテレビ視聴者にとっては寝てもいい日、残業してもいい日がきちんと用意されている。

総合優勝争いのキーポイントは?

今大会にはトップカテゴリーの「UCIワールドチーム」に所属する全18チームと、セカンドディビジョンの「UCIプロチーム」から4チームの計22チームが出場する。1チームあたり8人編成。残念ながら日本人の出場はない。

最も名誉あるのが個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)で21ステージ累計で最も速く選手がポディウム(表彰台)の頂点に立つ。1位の選手に贈られるジャージーは黄色で、フランス語でマイヨ・ジョーヌと呼ばれる。

勝負に関わる決定的な差が開くのは山岳ステージと個人タイムトライアルステージ。今年は勾配が急な登りが多いという点では「クライマー」という脚質の選手に有利だが、チームの守りが機能しない個人タイムトライアルの距離が長いため、登坂力に劣るが単独巡航能力の高い「オールラウンダー」のほうに向いているだろう。

そう考えれば、2連覇中のタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とベテランのプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)の両スロベニア人ライダーにしか表彰台のトップに立てる権利はないように思う。そして実際にそうなるに違いない。

もし、クリス・フルーム(イスラエル・プレミアテック)が全盛期の力を誇っていたならば、最後のタイムトライアルでクライマーの夢を打ち砕く光景が見られたはず。かつてロメン・バルデ(DSM)、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)が青ざめたように…。

今年は「タイムトライアルでどうせ逆転されるんだから」といじける心配をしなくてもいい。なぜなら第20ステージ(長距離の個人タイムトライアル)よりもずっと前に、スロベニアンは後続との差を圧倒的なものにしているからだ。4分差? いや、もっと非情な差になっている。

誰かは喰らいつけるだろうか。ヨナス・ビンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)の夢枕にログリッチが立っていたら、それは悲劇の痕跡であり、時すでに遅い。

他の候補を探せば、AG2Rシトロエンのベン・オコーナーブノワ・コスヌフロワ、ジロでチーム力を発揮したボーラ・ハンスグローエのアレクサンドル・ウラソフなど、期待を懸けられるライダーは確かに存在する。

イネオス・グレナディアーズはゲラント・トーマスアダム・イェーツダニエル・マルティネスなどという豪華布陣だが、今大会も彼らを束ねられる存在がいない。バーレーン・ヴィクトリアスはダミアーノ・カルーゾジャック・ヘイグの二枚看板で臨む。アシストを含め他布陣は強力。ただ、経験値の高い新城幸也がツールメンバーから外れたのは残念だ。

冒頭にも触れている通り、彼らが3位を争っているとしたらレースは正常に進んでいることを意味し、2位以上を争っているとしたらスロベニアンが石畳(第5ステージ)の餌食になったと思わねばならない。フルームの2勝目が懸かった2014年もそうだった。石畳が設けられたステージで唯一リタイアしたのが当時のディフェンディングチャンピオン(フルーム)であり、マイヨ・ジョーヌを着続けたのがヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ・カザクスタン)=今ツール不出場=だった。

そうした要素を踏まえて、各賞の優勝予想をしてみた。次の通りだ。

個人総合時間賞
1位 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)
2位 プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
3位 ロマン・バルデ(DSM)

ポイント賞
1位 ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)

山岳賞
1位 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

ヤングライダー賞
1位 タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

チーム賞
1位 ユンボ・ヴィスマ

スーパー敢闘賞
マチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)

各ステージ予想

1週目 デンマーク(グランデパール)

第1ステージ 7月1日

コース:コペンハーゲン-コペンハーゲン
種別:個人タイムトライアル(平坦)
距離:13.2km
優勝予想:フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)

スタート地点とゴール地点はほぼ同じで、コペンハーゲンの市街地をぐるりと一周する。自動車レースの市街地サーキットのようなコース設定だが、コーナーが多く高速巡航できる区間は意外と短い。それでも世界選手権のタイムトライアルで連覇し、6月22日に行われたばかりのイタリア国内選手権でもタイムトライアルで圧勝したフィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)ならば問題なく駆け抜けるだろう。

総合優勝争いをする選手たちにとっても重要なステージだ。距離が短いため、タイムトライアルが苦手な総合系選手でもタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)やプロモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)から離されるのは30秒程度。ではなぜ重要なのか。それはひとえに明日が大荒れのステージになるからだ。

特にログリッチはこのステージでポディウムに立つ必要は全くないが、必ず上位に入っていなければならない。上位に入れれば明日はきっと集団をコントロールできる。魔のステージに待ち構えているトラブルから逃れるために、今日の順位が何より重要だ。

テレビに何度となく映し出されるコペンハーゲンは新旧の建造物が融合した美しい街並みを誇る。アマリエンボル広場を中心に広がるロココ様式の宮殿(1794年)、市庁舎(1905年)、星形城塞(17世紀)、人魚姫像も観光地のひとつ。人口は50万人強で、都市圏全体では約200万人。都市部を走る鉄道は無人運転のミニ地下鉄で、環状線は2019年に開業したばかりだ。

第2ステージ 7月2日

コース:ロスキレ-ニュボー
種別:平坦
距離:202.2km
優勝予想:ファビオ・ヤコブセン(クイックステップ・アルファビニル)

202キロのコースの中盤に4級山岳が三つ設定されている。ただ、獲得標高はわずか千メートルで、見た目には簡単なステージだ。間違いなくワイルドカードで出場しているチームが数人逃げて、4級山岳で山岳賞争いをするだろう。そこまでのストーリーがぶち壊されることはない。問題はそのあとだ。

コペンハーゲン近郊をスタートしたプロトン(集団)は首都のあるシェラン島でゴールするのではなく、大ベルト海峡に渡された道「グレートベルト・リンク」を通ってフュン島・ニュボーのフィニッシュ地点を目指す。

海峡の長さは18キロ。自動車道は架橋され、鉄道は中央にある小島をはさんで東側が併用橋、西側が海底トンネルとなっている。もちろん自転車が走るのは橋。風が吹くとは限らないが、風が吹けば儲かると知っているチームは動かないわけにはいかない。海と橋の魔力とはそういうものだ。

かつてファビアン・カンチェラーラは横風による大落車に巻き込まれ、マイヨ・ジョーヌを失った。どこを走ればフランスに着く前に、ツールを去る事態を避けられるか。なるべくなら前にいたいという心理もまた危険をはらむ。

それでもゴールは風と位置取りに耐えたチームによって集団スプリントで決する。つまりはクイックステップ・アルファビニルとアルペシン・ドゥクーニンク(アルペシン・フェニックス)のベルギー籍チームは最有力候補。ラインレース初戦といえばアルペシン・ドゥクーニンク勢の定位置のようになっているが、コース上の位置取りではジャスパー・フィリプセン(アルペシン・ドゥクーニンク)よりも、ファビオ・ヤコブセン(クイックステップ・アルファビニル)が有利であろう。

ところで、島のインスタは黄色だらけ。大歓迎ムードが伝わってくる。こういうところにゴールできるのは選手にとっても幸せだろう。風を乗り越え、無事にゴールできればいい思い出にもなるに違いない。

第3ステージ 7月3日

コース:バイレ-セナボー
種別:平坦
距離:182.0km 
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル)

ヨーロッパ大陸に上陸したプロトンはバイレから一路南下する。もっとも島に首都があるデンマークにとって、「本土」がどこなのかは分からないが。

終始アップダウンのあるコースだが、最後の10キロは平坦基調。プロトンは跳ね橋を渡ってゴール地のセナボー市街地に入っていく。フィニッシュラインの800メートル手前に左のやや鋭角なカーブがあり、ストリートビューを見れば危険な位置に信号機が設置されているのは気がかり。ツールのことだから、信号機くらい引っこ抜いていると思うが、もしそうでなければスプリントチームは注意しておきたい。

もし仮にレースが荒れた展開になれば、バルト海上のデンマークの島・ボーンホルム出身のマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)にもチャンスはあるはず。ただ、基本的にはピュアスプリンターのバトルに収まっていく。

景観にも注目したいステージだ。中間スプリントポイントがあるクリスチャンスフェルドは、モラヴィア教会(モラヴィア兄弟団)の入植地として世界文化遺産に登録されている。モラヴィア兄弟団はプロテスタント系の教団。15世紀に設立後、17世紀の三十年戦争で縮小するが、再興して今に至っている。クリスチャンスフェルド市街地は整った街並みが魅力だ。

終盤に通過する都市・オベンローは深いフィヨルドの奥に商業港湾、ヨットハーバー、ビーチが同居する。そんな小さな港町をつなぎながら、ドイツ国境に近いセナボーに至る。さまざまな文化が交流し、海とともに発展してきた海洋国家・デンマーク。めったに見られない風景を目に焼き付けながら、寝落ちないようにレースを見守りたい。

(移動日)

1週目 フランス~ベルギー~スイス

第4ステージ 7月5日

コース:ダンケルク-カレー
種別:丘陵
距離:171.5km
優勝予想:ペーター・サガン(トタルエネルジー)

移動日を経て、プロトンはフランスに到達した。ベルギー国境に近い北部の街、ダンケルクをスタートし、今日はカレーにゴールする。そう、またしても集団は海を目指すのだ。バルト海の入り組んだ海岸線を見ていたはずが、わずか中1日の日程で今度はドーバー海峡を臨む。

ただし、いくつものワンデーレースに愛されるこのエリアで組むステージだから、ルートは平坦ではない。4級山岳が6カ所もあるコースで、獲得標高も1700メートルを超える。ピュアスプリンターが力を残してゴールに入るのは難しく、多少の登坂をものともしないくらいパンチャー寄りのスプリンターにぴったりだ。本来の力を発揮できるならペーター・サガン(トタルエネルジー)向き。前哨戦のツール・ド・スイスで久しぶりの勝利を手にしたが、再び新型コロナウイルスにも感染してしまったサガン。勝負に絡めるだろうか。ロードレースファンの多くはスターの輝きを見たいと思っているに違いない。

他の候補は誰か。レイアウトは多くの選手に勝負権があるように見えるが、自由を得られるライダーは意外と少なそうだ。フィリップ・ジルベール(ロット・スーダル)はカレブ・ユアンを置いていくわけにはいかず、マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)も優先されるのは総合系ライダーのアシストだ。カレーを目指すこの絶妙なレイアウトを先頭で生き延びられる選手は限られる。サガンと似て自由があるのは、ほかにマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)くらいではなかろうか。

第5ステージ 7月6日

コース:リール-アランベール
種別:丘陵(石畳)
距離:157km
優勝予想:マチュー・フェンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)

今日のステージは、幕の内弁当に入っている小さな焼き魚のような一日だ。焼き魚はほかの惣菜よりも美味しい。しかし、トラップがあるのだ。小骨が刺さるかもしれないし、醤油がワイシャツを濡らすかもしれない。

「こんなコースにする必要があるのか」。そんな恨み節は昨年から若いライダーを中心に漏れていた。それでも大人たちは言わねばならない。小骨は刺さったって死にはしない。腹を括るしかないのだと。

157キロのレースは後半に11カ所の石畳セクターが出てくる。いわば石畳中心のクラシックレース「パリ〜ルーベ」のミニバージョンで、フィニッシュラインは「パリ~ルーベ」の悪名高い石畳区間「アランベール」の手前に引かれた。さすがにアランベールの石畳を走らせようとしないのは、せめてもの良心だろう。ただ、本来なら重量級のレーサーに向いたコースなのだから、軽量のクライマーやオールラウンダーの何人かはきっと吹っ飛ばされる。

もし雨が降れば悲惨だ。独特の緊張がプロトンを包み込み、チームスカイ時代のクリス・フルーム(イスラエル・プレミアテック)がそうであったように、石畳を前に勝負権を失う選手が出てきてもおかしくはない。もちろんこのステージを勝利するのは、春のクラシックレースで活躍する選手たち。マチュー・フェンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)、ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)、ステファン・キュンク(グルパマFDJ)、マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)などが区間優勝の最有力だ。

総合優勝を目指す選手たちは大きく遅れないことが必須。タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)は第20ステージの個人タイムトライアルで多少の遅れは取り返せるが、そのほかのライダーは少なくとも彼らの近くでゴールしたい。去年みたく序盤戦で優勝争いを諦め、表彰台争い(2位以下の争い)にシフトするのは御免だ――。そんな嘆きくらいなら大人たちもちょっとは頷いてくれるだろう。

第6ステージ 7月7日

コース:バンシュ-ロンウィ
種別:丘陵
距離:219.9km 
優勝予想:プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

ベルギーのバンシュをスタートし、約70キロでフランスに入るが、ゴール地点までずっと国境に沿うように走っていく。昨日がフランダースクラシック(石畳のワンデーレース)ならば、今日はアルデンヌクラシック(丘陵のワンデーレース)といったところだろう。ゴール地点のすぐそばに4級山岳と3級山岳があり、ゴールの6キロ手前にある登坂は距離800メートルで勾配が12.3パーセントという壁だ。さらにゴール直前にも最大勾配11パーセントの急坂がある。

激坂を制し、小集団スプリントも制することができる選手は限られる。ユイの壁(ミュール・ド・ユイ)に愛されるアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)が出ていれば、彼が勝っただろう。バルベルデがいないなら、もはや選択肢は二択しかない。プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)がスキーのジャンプ台を巻き戻すように駆け上がるか、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)の夏祭りが始まってしまうか。伏兵と言ったって、ユンボとUAEのチーメイトしか候補に挙がらない。やはり今日もまた特殊なステージだ。


第7ステージ 7月8日

コース:トンブレンヌ-ラ・シュペール・プランシュ・デ・ベルフィーユ
種別:山岳
距離:176.3km 
優勝予想:アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ)

ツール・ド・フランスが取り憑かれてしまった山、「ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ」。毎年のように登場するようになったこの急坂を今年も駆け上がる。今大会では最初の山頂フィニッシュのステージだ。大会ディレクターのクリスチャン・プリュドムは「登坂のテストではあるが」と濁し、こう続ける。

「ギャップがそれほど大きくなかったとしても、最終表彰台争いに大きな示唆を与えることになる」(公式サイト)

ましてや今年は、ゴール地点に「シュペール(Super)」という言葉が付いた。中学生みたいな言い方が許されるなら「超すごいベルフィーユ」。7キロの登坂距離に対する平均勾配は8.7パーセントだが、最大勾配は24パーセントにもなる。「超すごい」「超やばい」急坂であり、ここで表彰台争いから脱落するライダーは出てくるだろう。なんにせよ最後の登りに全てが詰まったステージだ。この占いを見逃すことはできない。

第8ステージ 7月9日

コース:ドール-ローザンヌ
種別:丘陵
距離:186.3km 
優勝予想:ギョーム・マルタン(コフィディス)

スイスに入り、ローザンヌの丘を駆け上がる。国境とは無関係にコースが引かれるのは、コロナ禍をヨーロッパが乗り越えた証だろう。しかし、前哨戦の「ツール・ド・スイス」ではコロナに罹患して総合系のライダーが何人も大会を去った。

コロナの扱いはまだ厳しく、罹患と途中退場がイコールだという認識は変わらない。第8ステージまでに選手たちの多くが残っていることを期待したいが、果たしてどうだろうか。

プロトンはジュラ山塊を経てゴール地点を目指す。4級山岳、3級山岳、4級山岳と繰り返して、最後は3級山岳。このうち最初の二つは登ってもすぐには下らない。ヨーロッパらしい山模様で、このコースで「逃げ切り」を狙うライダーは力を使い果たすくらいの漕ぎ方をしてもいい。

あるいは。あるいは、哲学者という正しいレッテルと同時に、ロードレース解説者から「ギョーム・スーパー」などと呼ばれてしまっている彼ならば、その作戦を実行してもいい。つまり、ベルフィーユの激坂で遅れた差を取り戻すスーパーな策略。ギョーム・マルタン(コフィディス)の出番だ。

第9ステージ 7月10日

コース:エイグル-シャテル・ル・ポルテ・デュ・ソレイユ
種別:山岳
距離:192.9km 
優勝予想:ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)

国際自転車競技連合(UCI)へのあいさつを、ツール主催者のA.S.O.は忘れていない。「やあ、こんにちは」などと会釈するつもりも、深く首を垂れるつもりも、毛頭ないと思うが。

今日はUCIの本部があるエイグルをスタートし、レマン湖畔やスイスらしい山地を経て、再びエイグルに戻ってくる。二度もプロトンを見せてあげるのだから、A.S.O.の懐は深いのかもしれないが、そこで「ゴールイン」というエンディングを迎えるはずもない。

プロトン(集団)はエイグルを高速で駆け抜けて、フランス国境の山を目指す。1級山岳・モルジャンは15.4キロで平均勾配6.1パーセント。だらだらと登っていくが、そこには明確な意志を感じる。そろそろフランスに戻ろう。

モルジャンから少し下り、また登り返して今度は「本当の」ゴール。シャテルの太陽の門にA.S.O.は導いていく。逃げ切りも考えられるコース設定だが、総合系の争いも起きるだろう。ツールを制覇したことのあるゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)が、白いアイウェアの向こうでにやりと笑うのもおもしろい。もしくは、ダヴィ・ゴデュ(グルパマFDJ)かティボ・ピノー(同)のフランス人ライダーにもチャンスはあるかもしれない。

(休息日)

2週目 アルプスラウンド

第10ステージ 7月12日

コース:モルジヌ-メジェーヴ
種別:丘陵
距離:148.1km
優勝予想:レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)

148キロの短いステージで、メジェーヴの傾斜が付いた滑走路にゴールする。2020年8月、コロナの“ロックダウン”が解かれたあと、わずか5ステージで行われたクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでは2度もここにフィニッシュラインが引かれた。第4ステージでレナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)が独走勝利、第5ステージでセップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)が後続を引き離して勝利している。

第5ステージは特にフランス人選手たちが万全の体制を整えていたステージだった。ただ、とあるロードレース解説者がフランス人ライダーのティボー・ピノ(グルパマFDJ)を優勝候補に挙げ、レース中にtwitterで「こい」と発した瞬間に、見事にフランス人集団は崩壊し、ピノは遅れていった。

鬼門のステージだ。最後が登坂距離19.2キロ、平均勾配4.1パーセントの何でもない登りにも関わらず、休息日明けの体調に違和感があれば大きく遅れてしまう。もちろんプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)はこんなところでスピードダウンするわけにはいかないし、ピノだってそろそろ真の実力を示したい。

残り25キロにあるスプリントポイントを通過すると、プロトン(集団)はアルヴ川を渡ってメジェーヴの登坂開始地点を目指す。川沿いにある駅はフランス国鉄と登山鉄道「モンブラン・トラムウェー」の結節点だ。ツール・ド・フランスの戦いも列車を乗り換えて、ヨーロッパアルプスの激闘へと移っていく。

第11ステージ 7月13日

コース:アルベールビル-グラノン峠
種別:山岳
距離:151.7km
優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

今大会初の超級山岳が登場する第11ステージ。1級山岳テレグラフ峠、超級山岳ガリビエ峠を越え、超級山岳グラノン峠にゴールする。サイクリストが憧れ、そして心を打ち砕かれる峠の数々は、今大会の勝敗を大きく分けるステージになるだろう。プロロードレーサーでさえここでは打ち砕かれるのだ。心も、夢も。

ガリビエ峠の登坂では決定的が付くことはないが、地山がむき出しでガードレールのない1車線路は危険に満ちている。下り坂が苦手なら相当に足を使わされ、グラノン峠での勝負権は手から落ちていく。

フィニッシュ地・グラノン峠への登坂は登坂距離11.3キロで、平均勾配は9.2パーセント。常に厳しく、木もなく、水もない大地を淡々と登る。勝負ができる選手はタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)を除けば、ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)、ベン・オコーナー(AG2Rシトロエン)、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)、エンリク・マス(モビスター)などか。

己との戦いとなる厳しいステージ。ただ、景色は素晴らしい。今年も窪田等氏のナレーションで「自転車乗りは地球の屋根に乗って、孤独に汗を振り絞る。ああ、やっとゴールだ。きつかった。でも、登った。自転車乗りはまたひとつ、山を極めた」などと聞けるだろうか。

獲得標高4千メートルのこのステージ。スプリンターはタイムアウトとの戦いになる。もし、UAEチームエミレーツとユンボ・ヴィスマが己の戦いに集中して高速で展開したなら、何人かのスプリンターは制限時間以内にグラノン峠には到着できず、ツールを去らねばならない。登れるスプリンター(?)のワウト・ファンアールトを抱えるユンボ・ヴィスマなら、それも計算してのレースをするかもしれないが、エースが昨日のステージを無事に終えていることが大前提だ。

第12ステージ 7月14日

コース:ブリアンソン-ラルプ・デュエズ
種別:山岳
距離:165.1km
優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

主催者やコースディレクターは弩弓のドSであると同時に、選手からの非難を笑えるくらいのドMでないと務まらない。そんなことを示してくれているのが、フランス革命記念日の7月14日に行われる第12ステージだ。

昨日通ったばかりのガリビエ峠を登り返し、さらにスキーリゾート地のクロワ・ドゥ・フェール峠を登っては下り、幾重にも重なるつづら折りの道を経てラルプ・デュエズに至る。全てが「超級」にカテゴライズされた山岳。総獲得標高は約4600メートルで、端的にとんでもないステージが組まれた。

優勝候補は前日と変わらない。ただ、ラルプ・デュエズは不毛の地ではなく、別荘やスポーツリゾートが広がり、残り3キロの勾配は緩い。後続をたたきのめしたライダーが単独ゴールする可能性は高いが、数人の小集団スプリントに持ち込まれる確率もゼロではない。そういうゴール設定は、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)、プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)のスロベニア人に向く。

景色は今日もうっとりと見とれてしまう。クロワ・ドゥ・フェール峠の下りにあるロックフィルダム「グランメゾンダム」は発電用のダムで、石積みの堰堤、鏡のような湖面が美しい。下流にあるヴェルネイ湖とセットになっており、どちらもツール・ド・フランスではお馴染みの風景だ。ヴェルネイ湖では左岸に近い湖上に架けられた橋をプロトン(集団)が通過する。

下りきると一直線の道でラルプ・デュエズの登り口まで駆け抜ける。アシストを残せているチームは一握り。美観と地獄はいつも一緒にほほえんでいる。

第13ステージ 7月15日

コース:ル・ブール・ドアザン-サンテティエンヌ
種別:平坦
距離:192.6km
優勝予想:ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)

集団はアルプスに背を向け、中央山塊の台地を目指す。ゴール地点はサンテティエンヌ。平坦ステージのカテゴリーながら、獲得標高は1800メートルと、そこそこ厳しい。逃げ切りも考えられるが、ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)、マチュー・フェンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)はこういうステージこそ逃さないだろう。

残り56キロ地点のヴィエンヌでローヌ川を渡ってローヌ県の台地を走る。それまでのイゼール県の低地は穀物栽培や乳牛の飼育が盛ん。ローヌ県はワイン用のブドウ栽培が行われている。何が言いたいか? そう、今日は典型的な移動ステージ。よほど景観に興味がなければ、残り15キロくらいまでは寝ててもいい。

第14ステージ 7月16日

コース:サンテティエンヌ-マンド
種別:丘陵
距離:192.5km
優勝予想:マイケル・マシューズ(バイクエクスチェンジ・ジェイコ)

サンテティエンヌから一路南下するステージだ。走行距離は192.5キロで、前日に比べて100メートル短いだけで、登ったり下ったりのコース設定も似ている。ただし、今日はマンド(メンデ)の空港にゴールする直前に登坂距離3キロ、平均勾配10.2パーセントの「壁」が登場する。

ローラン・ジャラベールは1995年、今日と同じサンテティエンヌを発ちマンドにゴールするツール・ド・フランス第12ステージで、逃げ切り勝利を果たした。ジャジャにとっては愛すべき場所だろう。地元自治体は今年、登坂を黄色に塗り直したそうだ。ジャラベールが着たのはグリーンジャージーだが、今年は黄色を着ている者たちのバトルが現実のもとなるかもしれない。

マイケル・マシューズ(バイクエクスチェンジ・ジェイコ)、ペーター・サガン(トタルエネルジー)は黄色い者たちの追い上げをかわせるだろうか。最後の黄色い登坂が誰にほほえむかは見通しにくい。

第15ステージ 7月17日

コース:ロデズ-カルカッソンヌ
種別:平坦
距離:202.5km
優勝予想:ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)

途中に3級山岳が2カ所あるだけの「平坦」ステージ。いわゆる移動ステージで、残り48キロ地点にある3級山岳・カマーズを抜けると下り基調でカルカッソンヌに向かう。

落とし穴は二つある。一つはカルカッソンヌ市街に入る手前からテクニカルなレイアウトが続くという点だ。残り4キロで運河の閘門を渡るが、左に90度、右に90度、左90度と通ってラウンドアバウトを右旋回する。シケインを二重にこなしてく形で、珍しい形状の閘門の空撮も映らないほどのめまぐるしさ。カルカッソンヌの街に入っても鋭角カーブがあり、トレインは機能しそうにない。

もうひとつの落とし穴は、「平坦」ながら、獲得標高は2500メートルに迫るというコースの厳しさ。疲れた足には相当に響くだろう。これらの要素を踏まえるなら、カルカッソンヌでの大集団スプリントは予想しにくい。単純な実力勝負となり、地力のある選手が拳を突き上げることになりそうだ。

ツールはアプルスでの戦いを終え、中央山塊での三つの移動ステージのような、クラシックレースのような、「落とし穴だらけ」のステージを終えて、ピレネーを望むカルカッソンヌにたどり着いた。中央山塊とピレネー山脈の間にある交通の要衝で、ここはオード川とミディ運河が東西に貫流する。しかし川幅は驚くほどに狭く、少し標高の高い台地は乾燥しきっている。

農業はブドウや穀物が中心だから、今日はワインを飲みながら眺めるのもいい。幸いにしてプロトンも明日は休息日だが、日本の視聴者も明日は海の日の休日だ。もっとも、カルカッソンヌを含むラングドック地方のワインについて、日本大百科全書(小学館)の記述は「ワインの品質はあまりよくないが、生産高はフランス第一位である」とにべもないが…。

(休息日)

3週目 ピレネー決戦&ITT

第16ステージ 7月19日

コース:カルカッソンヌ-フォア
種別:山岳
距離:178.5km
優勝予想:バウケ・モレマ(トレック・セガフレード)

決戦のピレネー3連戦は、今年の「幕の内弁当」を象徴する変化に富んだプロフィールで選手たちを歓迎する。ただし、ピレネーに寵愛されるのはただ一人のライダーでしかないが。

休息日を終えたあとの第16ステージは、カルカッソンヌをスタートしてフォアに向かう。終盤に二つの1級山岳があり、下ってゴールする。一つ目の「レール峠」(ポール・ド・レール)は登坂距離11.4キロ、平均勾配7パーセントで、ここまでの山を乗り越えてきたライダーにとっては緩い。その次の「ペゲール峠」(ミュール・ド・ペゲール=ペゲールの壁)は登坂距離9.3キロ、平均勾配7.9パーセントながら終盤の3キロは10パーセントの勾配が続く。

ペゲール峠で総合系ライダーのバトルが起きる可能性はあるが、明日と明後日のステージを考えれば、まだ勝負を決定づけるもにはならない。

それに、今日は逃げ切りのステージだ。おそらく逃げ集団はメーン集団に対してレール峠の登坂口で15分前後のリードを保っているだろう。昨年までのツールならば最後の峠に「ボーナスタイムポイント」なるものを設定したに違いないが、それが無意味なことが証明され(気づくのが遅いが)、逃げ集団が無謀な追い上げを食らう可能性は低い。遅れ気味なクライマーやオールラウンダーには狙い目のステージと言えよう。

ところで、レール峠は現地表記で「Port de Lers」と書く。峠だからフランス語の「Col」が一般的だと思うが、ピレネー地方は「Port」を当てるようだ。それはスペイン語の「Puerto」と同じで、港と峠の両方を指す言葉。ツールの旅は、いよいよフランスの最南端、アンドラやスペインに迫る場所へと至った。

第17ステージ 7月20日

コース:サン・ゴーダンス-ペイラギュード
種別:山岳
距離:129.7km
優勝予想:タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)

短い距離の中に1級山岳、2級山岳、1級山岳とこなして、1級山岳「ペイラギュード」にゴールする。第10ステージ、第14ステージに続く、今大会3度目となる滑走路へのゴールだ。

カテゴリーが付けられた山岳を、アスパン峠(1級)、アンシザン峠(2級)、ヴァルルーロン・アゼ峠(1級)、ペイラギュード(1級)の順でこなしていく。ペイラギュードは残り3キロを切ってからが厳しく、最大勾配は16パーセントに達する。この区間だけでも1分前後の差が開きそうだ。

ただ、押し並べて全ての峠は緩やかで、じわじわとライダーの脚を削る。この日がバッドデーだったり、アシストを欠いていたりすれば、ヴァルルーロン・アゼ峠までにかなりダメージを受けるだろう。そして力を削がれたまま、テクニカルな下りに入らなければならない。

緩やかな登坂、テクニカルな下り、最後の急勾配と、目まぐるしい。文字通りに総合力が求められ、個人総合優勝を争う選手の何人かは確実にこのステージでチャンスを失ってしまう。総合優勝を諦めるのか、表彰台を諦めるのか、トップ10を諦めるのか――。表彰台で羽ばたけるライダーはひとにぎり。そして、スプリンターはタイムアウトとの戦いになる。

第18ステージ 7月21日

コース:ルルド-オタカム
種別:山岳
距離:143.2km
優勝予想:ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)

ラランスのスプリントポイントを過ぎると、いよいよピレネーの頂上決戦が始まる。まずは超級山岳にカテゴライズされた天空の聖地「オービスク峠」だ。登坂距離16.4キロ、平均勾配7.1%のスペックで、ラランスの標高545メートルからオービスクの標高1709メートルまで約1200メートルを登っていく。

かつてのチーム・スカイなら、力尽くで他チームのアタックを押さえ込み集団を牽引しただろう。今年はどうか。オービスクでアタック合戦が繰り広げられ、プロトン(集団)は想像以上に小さくなっているかもしれない。

峠を越えると集団はカテゴリーの付いていない登り返し「ソウラー峠」を経て県道126号線に入る。ここまでは道は広いが、エスシャルテスの散村から脇道に逸れると一気に道は狭くなってしまう。ここが1級山岳「スパンデル峠」の登り口で、荒れた狭い道は格好のアタックポイントになる。もちろん下りも道が狭く、離されたライダーが追いつくのは至難の業だ。

「オービスクとスパンデルのお陰で…」。大会ディレクターのクリスチャン・プリュドムは誇らしげにそう言い放ち、「予期せぬ崩壊、あらゆる種類の急展開が(戦いの)カードに現われる」(公式サイト)と続ける。確かにそうだろう。ここには魔物が潜む。

谷あいの交通の要衝、アルジュレス・ガゾストに下りきり、自転車道となっている廃線跡を越え、細くも荒々しいポー川を渡ると、ついに最後の山「オタカム」に取りかかる。13.6キロ、平均勾配7.8パーセント。山岳スポーツのターミナルへと向かう整備された道路だが、変わらない景色のまま残り8キロを切ると、約5キロにわたって平均勾配が10パーセントを超える。この区間が最終的な勝負ポイントだ。

総合優勝を争う選手たちがマークしあうなら、もしかしたら峠を過ぎたベテラン選手にも区間優勝のチャンスは出てくる。もう一度、己の峠を高い位置に設定するために――。ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)やロマン・バルデ(DSM)、それにクリス・フルーム(イスラエル・プレミアテック)が挑む姿も見てみたい。

オタカムを最後に制したのはヴィンチェンツォ・ニバリ。2014年の第18ステージで彼は1分以上の差を付けてゴールし、最終的に7分差で総合優勝を果たした。ニバリがもうツールを走ることはないが、好敵手たちはもう一度、この地で栄光に近づきたい。

第19ステージ 7月22日

コース:カステルノ・マニオアック-カオール
種別:平坦
距離:188.3km
優勝予想:アンドレア・パスクアロン(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)

特に語ることのない平坦ステージだ。明日のタイムトライアルに向けて休んでおきたい総合系ライダーは無理な勝負を避けようとするだろう。スプリンターチームも山岳コースを終えて疲弊しきっている。目の色を変えているのはまだ勝利がないチーム。彼らが積極的に動いて逃げ集団を形成し、実際に逃げ切ってしまうステージになる可能性は高い。

風でも吹かない限りはのんびりとした一日になり、プロトン(集団)は牧畜と穀物栽培が中心の丘陵地域をだらだらと走って行く。終盤は景色が変わり、石灰岩質のコース(Causses)と呼ばれる地域に入るが、走るコースのプロフィールが大きく変化することはない。終着地のカオールはロット県の県都。ロット川が包み込むように流れている巡礼の街に、先頭集団は激しく、後続集団はゆったりとゴールする。

第20ステージ 7月23日

コース:ラカペル・マリヴァル-ロカマドゥール
種別:個人タイムトライアル
距離:40.7km
優勝予想:ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)

40キロ超の長い個人タイムトライアルで今年の総合優勝者が決まる。コース最終盤は登ったり下ったりと忙しく、最後の2キロも100メートルほどを駆け上がる。ただ、40キロのうち中間部の20キロに特に高速で駆け抜けられる距離は長く、このステージ単体の勝利を挙げるのはタイムトライアルスペシャリストだろう。

主催者が注意を促すのは、第2計測地点・グラマの街。ライダーにとっては何ら問題はないが、ここでレースコースとサポート車両の迂回路が交差する。コースマーシャルにとっては腕の見せ所で、ライダーが足止めを食らうような事態だけは避けたい。もっとも総合優勝争いをする選手が通る頃にはスタート地に戻る車はないので、大きな不安はないが。

最終走者のタイムを主催者は49分と想定している。かなり攻めた予想だが、確かにそのくらいのタイムは十分に考えられる。それに、ステファン・ヴィッセガー(EFエデュケーション・イージーポスト)、ステファン・キュンク(グルパマFDJ)の両スイス人スペシャリストならば48分を切る可能性はある。

長距離のタイムトライアルではユンボ・ヴィスマ勢の強さも忘れてはならない。なんといっても総合系のチームは、日々チームタイムトライアルをしているようなもの。長く淡々と走るということに関しては負けられない。この日に懸けるタイムトライアラーと総合優勝を争う者たちの48分前後の戦いに注目だ。

第21ステージ 7月24日

コース:ラ・デファンス-パリ(シャンゼリゼ大通り)
種別:平坦
距離:115.6km
優勝予想:ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)

高層ビルが林立する再開発地域、ラ・デファンスをスタートする。パリの近郊どころか、都市のど真ん中でスタートするというわけだ。そこから郊外へと出て緑豊かな土地を走り、さらにベルサイユ宮殿を間近に見て、再びパリ市街に入っていく。最後はもちろんシャンゼリゼ大通りでのスプリント勝負だ。

シャンゼリゼにたどり着くまでは、前日のタイムトライアルで確定した総合優勝者を祝うパレードの雰囲気。大通りの石畳に手足が震えるころになって、ようやくプロトンに戦いのスイッチが押される。

昨年に続くワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)のシャンゼリゼステージ2連覇が懸かる。追撃したいのは、シャンゼリゼでの勝利があるカレブ・ユアン(ロット・スーダル)、アレクサンダー・クリストフ(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)、ディラン・フルーネウェーヘン(バイクエクスチェンジ・ジェイコ)などだ。
ファビオ・ヤコブセン(クイックステップ・アルファビニル)、アルベルト・ダイネーゼ(DSM)、それにグリーンジャージーに最も愛された男、ペーター・サガン(トタルエネルジー)も候補に挙がる。最後は必ず激しい争いになる。

夕闇迫るパリの石畳を走りきり、ついに勝者が決まる。表彰台の背景は今年も輝くばかりのエトワール凱旋門。第109回ツール・ド・フランスは、この日を最速で駆け抜けた勝者と、21日間を最速で駆け抜けた総合優勝者に、表彰台を独占する権利を授ける。こんなにも過酷なレースに挑もうとした“ならず者たち”の挑戦を讃えるフィナーレだ。

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