試みについて

作品についてのテキストです。

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構造:
ビートルズの全楽曲が同時に再生された音声ファイルを、音声ファイル共有サービス「SoundCloud」上にアップロードする。楽曲イメージには、ビートルズの全アルバムジャケットをコラージュして作成した画像データを採用する。

コンセプト:
サブスクリプションサービスや動画共有サービスが、音楽に適用されて久しい。これらのサービスを利用する多くのユーザーは、古今東西の音楽を瞬時に聴けるようになった。このインフラの変化は、人々の音楽への認識を変容させた。つまり、音楽はCDやレコードのような所有物ではなくなり、ネットワークにアクセスすることで聴くことができる“対象”になった。

こうした音楽におけるインフラの変化のおかげで、私たちの目の前に膨大な数の音楽が溢れかえった。しかし、人間の耳(脳)は一つの楽曲しか聴くことしかできない。この二つの事実を前に私たちは、選択を強いられている。つまり、「何を聴き、何を聴かないか」という選択だ。

現状、そうした意思決定はコンピューター・プログラムによって行われている。例えば、YouTubeのレコメンド機能によって、今見ているミュージックビデオと関連するミュージックビデオが視聴している動画の横にサジェストされ、次に聴く(見る)音楽が決まる。あるいは、自分の視聴履歴を元に導き出された楽曲がサジェストされる場合もありうる。

このように、私が何を聴き何を聴かないかという選択は、特定のアルゴリズムに支配されていて、私は次々と視界に飛び込んでくる情報に対して、無思考に指先を動かすことで任意のネットワークにアクセスしているだけなのである。言い換えるならば、インターネットに放流された音楽が、ただ私の意思とは無関係に再生と停止を繰り返しているのだ。

サウンド・アーティストの藤本由紀夫は2007年、213台のCDプレイヤーを壁一面に並べ、それぞれのプレイヤーで異なるBeatlesの楽曲を再生したサウンド・インスタレーション 《+ / -》を発表した。本作品は、展示空間全体に耳をすましてもノイズにしか聞こえない音が、213台のうちの1台のプレイヤーに近づくことで、Beatlesの何の曲が再生されているのかを聞きわけることができる。本作品について、藤本は次のように発言している。
「今後、私たちは塊となった情報から自分に必要なものだけを取り出す能力が要求されるようになってくるだろう。この社会の変化を、私はこの新しい作品を通じて表現したかった」

藤本が言うところの「取り出す能力」を、私たちはテクノロジーによって奪われた状態にある。そして、そのような環境に取り残された身体が聴取できる音とは、もはやノイズに他ならない。つまり現代の聴衆(リスナー)は、藤本由紀夫 《+ / -》の展示空間全体で鳴り響いていたノイズを聴いているのだ。

本作品は、藤本と同じようにBeatlesの全楽曲を再生することで《+ / -》の展示空間を、現代の聴取環境の中で再現させ、そこで「取り出す能力」を剥ぎ取られた私たち自身を描き出す。

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