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マンガ喫茶におびえる人

初出:『真顔日記』2020年

マンガ喫茶におびえる人と出会った。とにかくマンガ喫茶が怖いらしい。意外すぎる発想で面白かった。マンガ喫茶が「怖い」と表現されることがあるか? 私にとっちゃ、マンガ喫茶はむしろ楽園なんだが。

具体的に話を聞いた。第一に、その人は閉所恐怖症である。四方を壁に囲まれた狭い空間にいると恐怖に支配される。だからなるべく開けた場所にいたい。自分の家でも部屋のドアは完全に閉めない。閉じこめられることに異常な恐怖感があるという。

第二に、その人はマンガにまったく興味がない。マンガと接点のない人生を送ってきた。『ワンピース』も『ドラゴンボール』も『進撃の巨人』も読んだことがない。もちろんマンガ喫茶に行ったこともない。しかし常識としてどんな場所かは知っている。店内の写真を見たこともある。そこに自分がいることを想像するだけで、怖い。

閉所恐怖症の人間にとって、マンガ喫茶の小さなブースに閉じこめられる感覚は怖ろしく、あわてて外に出ても、壁一面には大量のマンガ、マンガ、マンガ……。何の興味もないものが、空間を埋め尽くすようにびっしりと棚に詰め込まれている。逃げ場がない。拷問だ。頭がおかしくなる。悲鳴をあげてメニューを見れば、3時間パック、6時間パック、12時間パック、24時間パックと、倍々ゲームで拷問の時間が増えていく。パックされているのは私だ。私は、この空間にパックされている!

自分とは正反対の発想で面白かった。考えてみれば、私はむしろ閉所を異様に好む。一畳半の物置に七年住めたのも、そのためだろう。マンガ喫茶のブースに入ると落ち着く。約束の地を見つけたような気分になってくる。それにマンガを読むのも好きだから、定期的にマンガ喫茶に行く。このあいだも行ってきた。気になっていたマンガを色々読んだ。真夜中の静かな店内に空調の音だけが続いていた。深夜三時、どこかのブースのおっさんがドラクエの打撃音みたいなくしゃみをした。デクシュッ!

めしを食うか本を買います