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うなり声でネコをおどかす

たまに、ネコをおどかす必要が生じる。たとえば、玄関のドアを開けたいのに、ネコが近くに集まっているとき。あるいは、台所で料理をしようとしたらネコが集まってきて、料理どころではなくなったとき。

そんなときは、低い声で「ブウウーッ!」と言う。これをやると、ネコは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。どうやら男の低い声のほうが効果があるらしく、同居人にも頼まれる。「ちょっとアレやって」てなもんである。

それは別にいいんだが、最近、ネコたちに手の内を見抜かれはじめた。「あれ? こいつ上田じゃん」とバレつつある。「やばい野犬がいるかと思ったけど、ただの上田じゃん」と。「居候がブウブウいってるだけじゃん」と。

冷静な初音など、「ブウウウ!」とうなる私をまじまじと見つめて、「は? 頭大丈夫?」という顔をする。これは心に来る。私だって、好きでブウブウいっているわけではない。おまえたちをおどかすために仕方なくやっている。それなのに、素で、天然で、心の底からブウブウうなっている人のような扱いを受けるのは心外である。私にそんな趣味はない。

試行錯誤をはじめた。うなりかたを微妙に変えてみるのである。「ブウウ」から「ブアン! ブアアン!」、あるいは「ブオッ? ブオッ? ブオッ?」というふうにアレンジしてみる。するとしばらく効果が出る。「あっ、やっぱり、やばい野犬かも!」となって、ネコは一目散に逃げていく。しかし、それもやがてバレる。「やっぱ上田じゃん」となる。ネコたちの学習能力には驚くばかりである。仕方なく新たなうなり声を開発する。いたちごっこ。

現在は、志村けんがコント中に出す面白い声みたいなものを出す羽目になっている。目ん玉をひんむいて下唇を突き出しながら「ウエッ!?」と言うのである。これでネコたちは逃げていく。目的は果たされているが、人としての尊厳はズタズタである。

大体、こんな声を出す男からは、私だって逃げたい。

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初出:2014年〜2017年

ネコたち(と同居人)が登場する回をまとめたもの

めしを食うか本を買います