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4つのストーリー♡♡♡♡

【夢】
 私は、友人や家族と名古屋に旅行に来ている。一日が終わり宿へ着いたところ、持ってきたカバンがない。おかしいな?でもあの木の下に置いてきたのかもしれない。そう思い、探しに行く。途中まで、友人が「この路地を抜けるといい。」と教えてくれ、友人の優しさを感じていた。ふと、探しに行こうと決めたが、携帯もお金も持ち合わせていないことに気づき、不安を覚えた。「なんとかなる」という気持ちと少し不安な気持ちが混在していた。途中、大きな交差点につき、「携帯もお金もないのにどうするの?」「どうやって行こうか」と考えていると、半田市に住む友人を思い出していた。しかし、半田市まで行くお金がないなと思っていた。
 ところが、場面はなぜか自宅になり、そこに戻るとパートナーが掃除機をかけている。私が、「鞄、見なかった?」と声をかけるが何も返事がない。すると、畳の部屋に、探していたこげ茶色のしっかりした手持ちの鞄はそこにあった。

 【LINE】
 離れて暮らしているので、母や父は近況報告をしてほしいと言う。素敵な写真が撮れると、日々送っている。
 ある晩、私が「夜空がきれいで、素敵だった。」と送ると
母:「寒いのに?のんきねえ。」…
 また、ある日、母:「何も変わりないですか?孫の○○ちゃんはいつものこと、何の連絡もありません。ライン入れても絵文字が入るだけ、変わりないのでしょうねえ。」と送られてきて、
 私が、「家族LINEにメッセージ送っても、子どもたちの返信はないよう。元気にやってるんでしょう♡」と送ると
母:「子どもはそんなものですね。」と送ってくる。
 こんなやりとりを続けているうちに、こちらが波動の高いと感じる写真を送るんだけど、その写真を見て、母は、「何の連絡もないし、心配ではないのかね!って噂してたのが聞こえましたか?」「さびしそう」「柴犬の源ちゃん命だね。」「源ちゃんお行儀悪いね」など、思ってもない言葉が返ってくるので、どうしてだろうと思っていた。自分が創っている世界だとは知りながら、違和感を感じていた。

 【Laughter】
「Laughter」~Official髭男dismの曲がある。
朝酌川の土手を散歩していると、ふとヒゲダンの曲が浮かんだ。
歩くテンポに合わせてイメージするとぴったりな曲なのだ。強い風、しっとりした街並み、人の温かさと真面目さを感じる松江。
この朝酌川を上っていくと島根大学につく。近くのマンションの一階にある服部珈琲工房にもヒゲダンは来たことあるのかなと思いつつ、歌いながら散歩する。
 もしかして、ここをヒゲダンは、ゲージと感じて飛び立ったのかもしれないが、私にはとても波動の高い場所に思える。
ある人にはゲージに見えても、ある人には心地いい空間になる。ゲージって実は、自分自身で創ったものなんだなと感じながら、口ずさんでいた。

【時間旅行】
 「世界を変える魔法の使い方」で知り合った魔法を使える仲間たちと時間旅行をした。それは、過去生を思い出し、変えたい過去は自分で書き換えちゃおうというものだ。そこには、いろんな過去生を思い出して話をしてくれる仲間がいて、とても親近感がわいた。多次元に行き来する私たちは、どこかの時代に縁があったのだろうと感じた。話をしているうちに、「昔から何となく行きたくないけど行くことになった場所がある」「アトランティス」「マヤ」などの言葉が気になった。
 
 来月、私は、石垣島の友だちに会いに行くことになっている。ふと、私が、「石垣島の友だちに会いたい」と思ったのだ。今回行くのが2度目である。以前から、久高島にも行きたいと思っていた。そこでスケジュールを立てる時、石垣島、竹富島、久高島に行くよう計画した。友人のアドバイスもあり、最後、沖縄に一人一泊することになった。

 時間旅行の仲間とのやりとりで、昔から、私は、沖縄に行こうと誘われてもなんとなく避けていたことを思い出した。もしかして、今回の旅は、自分の見たくない過去生に出会えるのかもしれない。見たくないと思っていたことに向き合い、赦して癒して受け入れる旅にになる気がしている。
 
 時間旅行の時、私が思い出した過去生は、沖縄かどうかはわからないが、私が、どこかの崖に立っていて、何か大きな出来事が起こったのだろう、自分一人が生き残ってしまい、呆然と下を見ている。そして、私は、崖の下で死んでいく人を見ているのだ。私は、崖の下にいる人を見てみないふりをしてしまって、どうしていいのかわからないと感じたり、罪悪感を感じていた。
 一方、崖の下に生き埋めになっているのも自分で、頭だけ出た状態で生き埋めになっている。すると、鳥が自分の頭を突くのだ。
 そういえば、鳥は好きだけど、鳥の嘴は、異常に昔から怖かったなと思い出した。そこで、時間旅行している私が、「大丈夫?」と声をかけると、頭を突かれながら生き埋めになっている私は、「大丈夫、大丈夫。」と明るく答えていた。
 崖の上から、見てみないふりをしている自分と対照的だった。
 そこで、時間旅行をしている私は、鳥に突かれている私の魂を鳥の背中に乗せて、空高く、宇宙に、昇っていくように願い、大天使ミヒャエルを呼んで一緒にやってみた。崖の上にいる私には、「見てみないふりをしてもいいんだよ。大丈夫」「罪悪感をもってたんだんねえ。大丈夫だよう。」って声をかけた。すると、突かれていた私も、崖にいた私も明るい顔になったのが見えた。

 次の朝、この4つのストーリーがほぼ同時に私の中にイメージが浮かび、最後にあのこげ茶色の鞄が象徴的に出てきた。まどろんだ目覚めの中、それを見た瞬間、恩師からの成人の祝いでもらった鞄だったことに気づいた。そして、しっかりとしたこげ茶色の鞄を見た時、「ここにすでにあったんだ」「檻」「祈り」という言葉が浮かんだ。すると、自然に涙が出てきて、「祈り」とは自分に対する母の愛だったことに気づき、感謝の気持ちでいっぱいになった。私が、窮屈に感じ、「檻」だと感じていたものは、実は、私にあふれる愛をいつも送り続けてくれる母、父の祈りのようなもので、わたしの傍にいつもあったんだと気づいた。

まどろみの中、起きてみると、松江は雨だった。
真東の方向の大山は、雲で真っ白だった。
が、ふと東側の半円のベランダの手摺に雨がポタリ、ポタリ落ちているの見えた。
いいなあ、雨なんだあ。そして、雨粒が、自分の涙に思えた。


読んでくださってありがとう♡    つきまる


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