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[HipHop] 唾奇 / 俺の不幸で踊ってくれ

1993年のL.A.暴動の前、当時の黒人の若者たちがHipHopのビートの上に、自分たちの現状や何を思っているかをラップしていた。

では現在の日本ではどうなのだろうか?若者たちの声はどこで表現されているのだろうか?
結論から言えば、いろいろなジャンルの音楽の歌詞にリアルな言葉はあるだろうけど、HipHopの歌詞にも海外と同じく若者たちのリアルな声は表現されている。

HipHopの歌詞に日本の若者のリアルな言葉が宿っている。と、いう考察は都築響一が2013年に発売した「ヒップホップの詩人たち」という本で既に行っている。

本の発売から7年。日本のHipHopはテレビ番組のヒットチャートにこそ反映されないが、YouTubeの再生回数は桁違いに伸びている(「ヒップホップの詩人たち」に登場する田我流[でんがりゅう]の「ゆれる」という曲は2020年5月の時点で1000万回再生されている)。「ヒップホップの詩人たち」の後に登場したアーティストを何回かに分けて紹介してみたい。

今回は「唾奇」というアーティスト。

唾奇の生い立ちを語ったインタビュー動画(今は見れない)によると、唾奇は沖縄の荒れた母子家庭で育った。母親は食事も金も与えず幼い姉と唾奇を置いて1週間も帰って来ないこともあった。やがて祖母の元へ引き取られる。祖母は優しかったようだが唾奇が高校生くらいの頃に祖母が医療施設へ入ってしまった。その他の事情もあり、高校を卒業した唾奇は住所不定者になってしまった。友人の父親が持つマンションの一室に何十人かで暮らし、昼と夜にアルバイトをして生きていた。とのことだ。

僕はなんだかんだで定職があり、普通に暮らせているが、一部の若者はこのような状態になっている。子供のころに事故死していてもおかしくない状態だ。日本総中流時代は遥か昔に無くなっていたことを実感する

唾奇のリアルな若者の言葉を、「生活編」と「色・恋、愛編」について3曲づつ取り上げてみることにする。

生活編

「俺の不幸で踊ってくれ」ライブで出た言葉だ。分かりやすく、そして鋭い言葉は聴く人を惹きつけてやまない。

道-TAO-

2015年の唾奇の出世作。何者でもなく、金もなく借金を背負っている若者の姿(自分自身)を描き切っている。

唾奇 道-TAO- prod by. TNG
Hey boy 視界がyellow
Hello 街から街
改札抜けてから挨拶
吐くまで飲み明かした日の夜明け
逆流する 人の横目映る
きっとそうだね 無愛想 My soul
死にそう でも生きよう 無くなる物
代償の大小 関わらずブレない物
いつかのリスカの傷をなぞると 思い出す
また迎えに行くよ
泣いてるば ヤー なちぶさーや
「いくらくらい?」
まぁ4~5万くらいあれば足りると思う
ほどほどにしとけお前
年下のあの子のバイト代
倍の額 借金の返済
金無い 全部俺のせい
「幸せになれない」ってそれもそうだね
低血圧じゃ 朝はダルい
抜けない眠剤と怠惰
目覚めの一服 灰皿の横の灰
トワイライトからハイライト
チャリンコに跨るケツに乗せる女と別れる寄中前
(後略)
(作詞: 唾奇)

betty blue 

KUJAというアーティストの客演。唾奇にとっても大切な歌詞のようで、唾奇の人気が出た後に改めてMVが作られた。不安定な精神状態を客観的に描きあげている。

KUJA / betty blue feat.唾奇
昨日の夢 俺の空は晴れてて
今日はバイト向かう途中で強い雨に打たれて
いつの間にか腐れてる
生きてたって死んでる
負けの味に慣れた舐めた大人
随分なりたく無い者になった
やっぱ俺もそう君もそう死にたそう生きたそう ごめんもう...
抱いた後の怠惰 "やっぱお前無いわ"
って俺の自分勝手 あの空の星に跨って
また買ってる "なんでね?"最低..."goddamn
安定と不安定 ポツリと浮かんで消えて
金と縁の切れ目 人の涙は綺麗で
嘘も見抜けないよな これで最後なって
もうあれから晴れた空は見なくなった
お前××××とか辞めれた?
こちら順調 普通の上等
俺のlifeはコンドーム またいつか今度
"俺は生きる今日を"
(後略)
(作詞: 唾奇)

Kikuzato

道-tao-と同じくTNGというトラックメーカーとの曲。祖母の家で住んでいたころの話。唾奇のお姉さんは不良少女となっていたようで、トラブルメーカーだったらしい。何の救いもないような話。沖縄の方言でラップしている。

TNG - KIKUZATO feat.唾奇
ただいま おばー やなかじゃー(※変な臭い) まーか?(※何処か?)
蛍光灯 囲む男女 空のカン 咥えてる 指先からビーム
フラー(※馬鹿) シンナー やばいだろ 若気の至り 入り浸り
ガラス割るバー ヤー(※お前) のシージャー(※先輩) 
可笑しい顔 おばーの枕に瓶
住宅地に止まるタクシー 陰口に頭きたって深夜
ドア叩く 15、16の風俗嬢 壁 一面 喧嘩上等 元彼の名 塗り潰してた写る目 血塗れの風呂場でリスカ 唾付けとけ 包帯巻いとけ
ブリーチ パッキンのねーねー(※お姉ちゃん) なんかあったんかねー

暮れて無く蝉の声 9月登下校 鉄線なぞり早歩きの帰路
不安 何故か居なくなる気になってなんで 泣いてる俺になんで?って聞くから余計泣いてる
笑えいい事あるからやー 笑えいい事あるからやー
(後略)
(作詞: 唾奇)


色・恋、愛編

唾奇は女性からするとタチの悪い男のようだ。
個人的には南Q太の名作「さよならみどりちゃん」に出てくるような男に感じた。

2017年国産HIP HOP振り返り座談会 という記事で、面白い評価?がある。

DJ NOBU: いそうでいないタイプなんだよね。「クズエモい」っていう。
伊藤: クズエモい(笑)。
正社員: 唾奇君 、ズルいですよね。言ってることはクズなのにマジでカッコ良い(笑)。
高木: それがセクシーに見えるのかもしれないですね。

クズエモい... でも実際の恋愛事情はJPOPのような綺麗ごとの歌詞ばかりではないと思う。そういう意味では非常にリアルだ。

Made my day

生活編に入れようかと思ったけど、女性から”本当に糞でごめん"と言われたり、セフレに呼びかけたりと、女性関連のことも多い歌詞だ。僕はこの曲で唾奇を知った。(インフルエンザで寝込んでいるときに聴いていたspotifyのプレイリストにあり、気に入ってしまった)

唾奇 × Sweet William / Made my day
シラフでもラフ 俺はマイペースを保持モチ
おちおち暇する暇も無い
鬱混じりの朝 大体は抱いたら怠惰さ
後は死ぬだけ 散んだよ 咲いたら
糞な現実に愚痴吐く ウチならまだマシ
内なる魂 本物男になる "本当に糞でごめん"とか言われてもだよな
適当な粉に適当な錠剤 Lifeを壊してる道中Rhymeを踏む
俺は鬱だと気づかず見透かす カス だが吐くbars
地球でよかった Boy frend Girl Frend セフレにMy Men
相手してくれよ暇なら
チャリがあるから向かうさ今から
(後略)
(歌詞: 唾奇)

ROOM VACATION

確かに女性からしたらクズとしか言いようがない歌詞だ。
最後にちゃっかり「嘘偽りない愛」と言ってしまうところもタチが悪い。

DJ HASEBE / ROOM VACATION feat. 唾奇 & おかもとえみ
(前略)
ぐだぐだ言う
Me&you ちゃんと知ってる?
車も免許も無い
バイトも辞めた それな
めんど臭いから口を開くな
また泣くば? 居なくならないでね
俺の都合で相手してくれ
愛って素敵ね 履いて捨てるみてーな
浅はかな言葉 子供な大人
わかってる 俺の勝手なんて身勝手な関係
古びたタンテでヒットナンバーかけて
自宅で支度を済ませて
安酒片手にPOOLでも行こう
やっぱなんだかんだ君が居ると最高
人不幸にする才能 でも嘘偽りない愛ど
(後略)
(歌詞: 唾奇)

Walkin

フラれることもあるようです。海外のHipHopの歌詞は息を吐くようにbitchという言葉が連呼されますが、日本のHipHopの歌詞でここまで見事にbitchを使った歌詞は珍しいのではないでしょうか?個人的にはこの歌詞が一番すきです。

唾奇 / Walkin
痩せこけた 貯金 残高を見る
大体の事はもう知ってる
イキって これで食う
吐いた唾飲めず 今日もまた日が暮れる
ダチとの再会 ハイサイ
今じゃネタ同然のフリースタイル
酒かっ喰らって 深く眠りに落ちる
咲いて散る
この一生にありがとうと素直に言えるまでまだ時間がかかる
やたら傷だらけの身体にキスしてくれたあの子はもう嫌い
交差点すれ違う感情
別の男連れてりゃ世話ないね
幸せになれ 「あなたに合う人に会う日もそう遠く無い」って Bitch
(後略)
(歌詞: 唾奇)

唾奇の曲は外れ無しなので、興味があれば他にも聴いてみてほしい。僕は「街から街」「Same as」「ame」「i believe」などを好んで聴いている。


<追記2020/8/22>
一時期見れなかった(と、僕が思っていただけ?)インタビュー動画を再発見しました。このインタビューは驚きました。これが日本の現状なのかと、、。

母子家庭なのに帰ってこない母親、近所に食事をめぐんでもらってたら母親に怒られたため姉が近所の店で万引きして飢えをしのいでいたこと。
母親に祖母に預けられて捨てられてたこと。母親の男が何人も変わったこと。
お姉さんがヤンキーだったこと。
小6のころお姉さんの彼氏の影響でヒップホップを聴き始めたこと。
お姉さんが敵対していたヤンキーに拉致されたこと。
中学は数回しか行っていなかったけど、高校はちゃんと生きたいと自分で金を稼いで通ったこと。祖母の介護と老人ホームへ行ったこと、ノイローゼになる帰ってきた母親と姉。
よく知らない親戚らしい人が家に住み着き、見かねた親族が家を売り払ったことでホームレスになったこと。
何十人もの仲間と住んだ友人の持っていた部屋(604)。そこでレコーディングしたアルバム。
アルバイトしていたかまぼこ工場、バイク屋。さらに高校へ通う。
元から貧乏なので当たり前だと思っていたこと。
SweetWillamsの協力でアーティスト活動が軌道にのったこと。
長い時間かけて作った曲「道(tao)」のこと。
不幸を売りにしたくなく、風景を感じるラップをしたいこと。

そして、入手するのが大変だった唾奇名義のファーストミニアルバムが配信開始。Spotifyにもあります。PC版(ブラウザ)だと15時間は自由に聴けるので試しに聴いてみてほしい。(facebookログインできます)。


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