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『水星の魔女』が話題なので『神無月の巫女』の話しようぜ!!!の回

 ごきげんよう。東京大学百合愛好会所属のうどん脳(よわコシ)と申します。

 この記事を書いております2022年12月現在、私は放送中のテレビアニメ『機動戦士ガンダム水星の魔女』にどハマりしております。

 国民的アニメ『機動戦士ガンダム』シリーズの新作であり、出会ったばかりの女子高生と女子高生が婚約者になるという怒涛の展開で幕を開けた今作。一話にして「水星っておかたいのね。こっちじゃ(同性婚は)全然アリよ」という名言を生み出したことで早くも有名になりました。その後も、毎話放送される度に関連ワードがトレンドを埋め尽くし、注目度の高さが伺えます。
 美麗で迫力のある戦闘シーン、視聴者を飽きさせないテンポ、意表を突いてくるストーリー、もちろん気になる二人の行く先などなど、数えきれない魅力がある『水星の魔女』。私も一視聴者として、毎話楽しみにしております。まだご覧になっていない方は、ぜひリアルタイムで追ってみては如何でしょうか。

 さて、この『水星の魔女』という作品からはロボット、百合、といった要素が見出せるかと思います。それに加えて、一話のインパクトが強烈だったり、男性からの恋愛感情も絡めながら女性同士の関係が描かれたり、百合の外にやたら重い兄弟愛があったり……こういった様々な点は、私に一つの作品を連想させました。
 それこそが不朽の名作と呼ばれるロボット百合アニメ『神無月の巫女』です。

 2004年に放送されたこの作品は、百合愛好家の間で伝説と称され、20年近く経つ今日に至るまで大きな影響力を持っています。
 『水星の魔女』に興味がある人も、そうでない人も、ぜひ『神無月の巫女』に興味を持ってもらいたい、そんな思いで、簡単な紹介と私が作品から感じたことを述べさせていただきました。最後までお付き合いいただければ幸いです。

 ……
 …………
 ………………なーんて、丁寧に挨拶してみましたがね!!
 よーするに、『水星の魔女』見たならこれも見て!って頼んでもないのにやたら布教してくるオタクの一人が私ということだ!!
「百合オタクというのは推しの作品を勧めるためなら何だってやる人たち」*なので、私もそれに習ったまでのこと……いや、でもほんと令和の世でも全く色褪せないほどパンチの効いた作品なので、ぜひ興味を持って欲しい!もう知っている方は仲良く語り合いましょう!だいぶ最近になって『神無月の巫女』にハマった身ではありますが、作品愛は強いつもりです!
 さぁあなたも、巨大感情殺し愛転生百合に沼れ!!!

* 同じく弊会のアドベントカレンダー記事・銀糸鳥氏『「百合のレポート」を書いて授業単位をとりたい人のための記事』より引用


1. 『神無月の巫女』 伝説の一話

 まず、『神無月の巫女』という作品の概要を軽く説明させていただきます。
 『神無月の巫女』は2004年10~12月に放送されたアニメ作品であり、また介錯先生による漫画版が2004~2005年まで連載されていました。
 この作品の特色は、女女男の三角関係の愛憎劇を描き、しかし百合作品だと断言できるところ、また百合とロボット要素を絡めているところでしょう。
 2004年は、こちらも伝説の百合アニメ『マリア様がみてる』が放送された年でもあります。百合文化の火付け役とも言われる「マリみて」と同じ年に放送されたことから考えても、『神無月の巫女』は百合アニメのはしり、原点と言える作品の一つではないかと考えられます。
 それだけ歴史ある作品にもかかわらず、『水星の魔女』をはじめ2022年現在にも通じるテーマを扱っているというのは、非常に素晴らしいと言える点でしょう。

 さて、『神無月の巫女』のあらすじは以下の通りです。

山間の「乙橘学園」に通う女学生・来栖川姫子と姫宮千歌音、そして姫子に恋する大神ソウマの3人は平和な学園生活を謳歌していた。しかし16歳の誕生日をむかえた姫子の身体に異変が起きる。さらに姫子を狙う敵・オロチ衆が襲来し、学園は壊滅状態に陥ってしまう。実は姫子こそ、古代の邪神ヤマタノオロチを封印した“陽の巫女”の生まれ変わりだったのだ。そして、自らのオロチの血に覚醒してしまったソウマだったが、愛する姫子を守るため自ら呪縛を解き、凶悪なオロチ衆達との戦いを決意する。そんな二人を見守る千歌音にも、重大な秘密が隠されていた……

dアニメストア『神無月の巫女』あらすじ より
https://animestore.docomo.ne.jp/animestore/ci?workId=10298

 主人公・姫子は千歌音やソウマと平和に過ごしていたが、その日常が敵の襲来によって壊され、物語が動き出す……という王道な展開。
 しかし、この第1話は伝説と言われるほどのインパクトを残した回なのです。あらすじだけ聞けば、戦う系のアニメとしては普通では?どこにそんなインパクトが?と思われるかもしれません。
 では、百聞は一見に如かず、youtubeで公開されております一話エンディングの冒頭10秒をご覧ください。

 ……
 …………はい、お分かりいただけたでしょうか。
 想い人である姫子を守るためロボットで敵を倒し、「姫子は渡さない!」と叫ぶソウマの目の前で、当の姫子は千歌音にがっつりキスされているという余りにもぶっ飛んだ状況。『水星の魔女』の「DV婚約者を叩きのめして婚約解消、からのガンダムの掌の上で百合婚約」にも引けを取らない絶大なインパクトを与える1話ではないでしょうか。

 この1話、というよりこのエンディング直前の一枚絵は、まさに『神無月の巫女』を象徴する場面と言えます。ロボットでの戦闘あり、主人公・姫子をめぐって女と男が交錯する三角関係あり、という今作の特徴が一目で理解できるものとなっています。

 こうして、姫子は戦いの渦中に放り込まれ、激しさを増す戦いに比例するように千歌音とソウマの姫子への想いも強くなり、二人の間で姫子は翻弄される……これが『神無月の巫女』です。
 ソウマから姫子への感情、すなわち男性から女性の恋愛感情もしっかり描写されるので、ヘテロに耐性が無い方には正直おすすめはできません。しかし、千歌音から姫子に向けられる健気で一途な感情は多くの視聴者を惹きつけ、それに対して姫子が出した答えは涙無しでは見られないもので、いつの時代の百合愛好家にも胸を張っておすすめできる作品です。

2. 人物紹介

 さて、ここからは一癖も二癖もある主要キャラクター達を(極力ネタバレ少なめで)紹介していきたいと思います。

来栖川姫子


『神無月の巫女』公式HP CHARACTER より

 まずは、主人公・姫子について。
 公式HPでは

誉められると有頂天になり、けなされるとシュンとなる、子犬のように素直で純粋な存在。過剰なまでに臆病で引っ込み思案な一方、他人の気持ちに鈍感な一面も・・・。

『神無月の巫女』公式HPより
http://www.kannaduki.info/character.html

 と、紹介されています。
 純粋無垢な笑顔で、人を魅了し、人に守りたいと思わせる、「姫」と言える人物です。まさしく運命に翻弄されるお姫様、『神無月の巫女』の物語は、全て彼女を中心にして駆動していると言ってもいいでしょう。
 周りの人物が確固たる意志を持っていることもあって、か弱く受け身がちな印象のある彼女ですが、それは自己肯定感の低さに由来するものだと思われます。
 幼少期のトラウマから、彼女は常に「自分はここにいいていい人間なのか」と自問自答していて、どこかで自分の存在が周りを傷つけていると考えている節があります。自分の存在価値に懐疑的ゆえに、物事に積極的になれず、また自分が愛されるような人間だと思わないために、他人が自分に向けてくる感情に鈍感なのでしょう。
 彼女が変わるには、彼女の存在を肯定し、彼女を愛していることをはっきりと伝える人が必要でした。
 それは果たして誰なのか。ソウマか、千歌音か、それともーー。

大神ソウマ


『神無月の巫女』公式HP CHARACTER より

 次に、ソウマについて。
 いい人。マジでいい人。何も悪いことしてないし、めっちゃ頑張ってる。
 ソウマは姫子の幼馴染であり、姫子に一途な想いを寄せる青年です。
 百合的な目線で言えば、いわゆる「間男」の立場ですが、その割にはかなり人気が高い印象があります。ソウマが邪魔な存在とか「百合に挟まる男だから死ねばいい」とか言われているところは見たことがありません(他の人物やキャラに対してもそういうことは軽々しく言わない方がいいとは思いますが……)。
 それはひとえに彼の真っ直ぐな性格ゆえでしょう。姫子を守るために自らの血に刻まれた宿命に抗い、やたら重い感情を向けてくる実の兄さえ敵に回して、身体をすり減らしながら戦う姿には多くの人が好感を持ったと思います。
 学校でもかなり人気を集めているのに、鼻にかけたようなところはなく、時に不器用な態度も朴訥さを感じてポイント高いです。
 強いて言うなら苛立ちを物にぶつける悪癖が見られる……?でもそれは、自分を「壊す力しかない」オロチだと自嘲的に認めていることの裏返しだったりするので、切ない。人に対して粗暴な態度をとることはほぼ無く、力はあってもマッチョイズムとは程遠い紳士的な人物と言えるでしょう。
 考えれば考えるほど、いい人という感想しか浮かんできません。
 しかし……人を引っ張ってくれる人が常に正しいわけではなく、優しい人が親密な関係になれるとは限らず、相手を守る対価に心を得ようとすることは傲慢なのかもしれない。
 私たちは、それを数多の百合作品から涙と共に学んできたはずです……。

姫宮千歌音


『神無月の巫女』公式HP CHARACTER より

 全ての行動原理は姫子のために。
 あらゆる存在より姫子が優先。
 もう一挙手一投足が面白い女。

 それが、もう一人の「姫」、姫宮千歌音です。
 良家の令嬢で豪邸に住み、文武両道で周りからの信頼も篤い(ついでに、馬に乗れるので機動力も高いし、弓を使った生身の戦闘能力も高い)。
 完璧超人と言っても過言では無い彼女ですが、お姫様というイメージからはどこか遠く感じます。それは、彼女が守られることを望まず、また一切揺らぐことのない信念を持っているからでしょう。
 その信念こそ、「姫子のために行動する」というものです。
 姫子の笑顔、姫子の喜びこそが彼女の守りたいものであり、そのためなら千歌音はどんな犠牲も惜しみません。他の人間、自分の感情、姫子からの気持ちでさえ、彼女は踏み躙って行動できる、できてしまえるのです。
 千歌音自身は、人並みに欲望も嫉妬も葛藤も狡さも寂しさも抱えた一人の少女なのに、姫子の前ではそれを取り繕って、いつも穏やかに姫子に寄り添っている、それが姫宮千歌音という人間です。時々、彼女の本音が漏れそうになりますが、その度に彼女は強い意思で仮面を被り、姫子の前では笑顔を浮かべるのでした。

 ……いや〜〜〜〜そんな千歌音の姿が百合的に美味しすぎる。
 個人的に『神無月の巫女』は千歌音を観察する作品だと思っています。それぐらいインパクトが強い。
 百合愛好家でなくとも、視聴者から見れば、もう画面の淵がオーラが漏れ出るほどに千歌音の巨大感情はダダ漏れなのですが、前述の通り自分に向けられる好意に鈍感な姫子にはそれがほぼ届いていない。で、そんな姫子の前では千歌音も冷静であろうとする。心に嵐のような感情を抱えていても……。
 千歌音から姫子への好意はマ〜〜〜〜ジで激重なので、感情の赴くままに千歌音が行動すると、きっと姫子に近づく輩をみんな排除して姫子を求め離さないと思うのですが、千歌音はそんな己の欲望を必死に抑えて、まるで母親のように姫子を慰め、諭し、時に姫子の恋の応援すらします。
 マグマの如く湧き上がる感情を冷たい理性で押しとどめて、内圧も外圧も恐ろしく膨張した状態でそれを鉄面皮で覆っている、それが千歌音という人間の内面ではないかと思います。
 姫子の一挙手一投足で、理性と本心の狭間にある千歌音の機微が揺れるその様がま〜〜〜とても良い。姫子の前でだけは気さくな笑顔を見せ、かと思えば姫子に嫌がらせする人間には刺殺しそうな視線を向け、姫子との触れ合いに頬を赤らめたかと思えば、ソウマと姫子の関係に感情がごちゃ混ぜになったような表情を浮かべる。クールな外見に反した千歌音の百面相こそ、『神無月の巫女』の魅力だと私は考えます。
 そして、膨れ上がった感情が決壊した時の千歌音もまた非常に魅力的。声優の川澄綾子さんの凜とした声も相まって、恐ろしいほどの美しさを湛えた激情は見る者の心に刻まれます。
 これ以上、野暮な説明はしないのでとにかく8話と10話を見てくれ……。

3.とにかくアニメ見て!

 さて、『神無月の巫女』を導入と人物から紹介していきました。
 ネタバレ軽め、と言いながら色んな要素について書いてしまったような気がします。いや、でも、結局尖った要素があることを言わないとみんな興味持ってくれなかったりするじゃん……?それだけ語りたくなるほど、色んなブッ飛んだ要素が内包されているのが『神無月の巫女』ということなんですよ……!
 私の拙い文章で、『神無月の巫女』が今なお輝き続けるだけの”力”を持った作品であることが、少しでも伝われば幸いです。

 『神無月の巫女』に全く触れたことが無い、という方にはやはりアニメから見ていただきたいです。これだけの濃密なお話が、1クール12話でサクッと見れます。
 アニメの他にも、漫画版『神無月の巫女』があり、こちらも全2巻とお手軽に読めます。導入こそアニメ版に近いですが、その後はアニメとはかなり異なる展開を見せるので、こちらもおすすめです。話がだいぶ駆け足なので、アニメ版を視聴してからの方が話を理解しやすいかと思いますが、設定がそもそも違っていたりするので、そこも楽しめるかと思います。

 え?アニメ見て、もっと『神無月の巫女』の世界に浸りたくなった!?(幻聴)
 それならば、スピンオフ漫画『姫神の巫女』を読みましょう!
 『姫神の巫女』は、『神無月の巫女』連載終了から15年、令和の世に突如爆誕した外伝作品となります。著者は、漫画版『神無月の巫女』と同じく介錯先生。登場人物の名前や容姿こそ原作と似通っているものの、完全に独立した物語なので、『姫神の巫女』から読むのもアリかもしれません(ロボット一切出てこないし)。もちろん、『神無月の巫女』を知っていればより楽しめます。個人的には、あれだけ前世(?)で可哀想と言われた境遇の反動か、悪役面ではっちゃけてる双麿(ソウマ)がツボです。

 いきなりワッとたくさんの作品を上げてしましましたね。オタクの悪い癖です。
 いきなり全部見ようと思わなくても、まずは軽い気持ちで伝説の1話だけでも見ていただければ、大変嬉しく思います。各種配信サービスで1話は無料配信されていますので、ぜひご覧ください。
 これからも『神無月の巫女』が名作として語り継がれていきますように!

https://www.amazon.co.jp/神無月の巫女/dp/B00FYKYWDW

4.『神無月』から『姫神』と『水星』へ

 さて、もう締めという雰囲気でしたが、あと少しだけ、私が個人的に『神無月の巫女』と『姫神の巫女』、『水星の魔女』を比べて思ったことを書かせていただきたいと思います。
⚠️『神無月の巫女』『姫神の巫女』のネタバレを含みますのでご注意ください。

『神無月の巫女』が色褪せないことの功罪

 冒頭でも言ったように『水星の魔女』は、同性婚を「こっちじゃ全然アリ」と明言したことで話題になりました。未だに同性婚が認められていない日本で作られたアニメ、それも国民的アニメと言われるビッグタイトルでそのような世界観を設定したことは、それだけでメッセージ性があるかと思います。

 千歌音が、姫子へあれだけ強い恋愛感情を抱いていながら「女性同士だから」という理由でずっと踏み込めなかった『神無月の巫女』と比べると、この20年で社会が変わりつつあるのだろうかと思いたくなります。
 もちろん、『神無月の巫女』は同性愛を肯定する物語です。もっと同性愛への風当たりの強かった時代に、当時の社会からの圧力、あるいは千歌音が内面化した規範を描きつつ、姫子と千歌音の関係を明確な恋愛として描写し、二人の愛が地球を救うと示しました。
 また、アニメ『神無月の巫女』において、姫子が(彼女が好いている男性である)ソウマとキスをして、悲しみを感じ涙を流す、というシーンは、レズビアンの自覚、と解釈することができるかもしれません(もっとも、姫子は千歌音に「女性だから」恋愛感情を抱いたのか、「運命の相手だから女性でも関係なく」好きになったのか、そこの解釈によって話は変わるかもしれません)。
 いずれにせよ、女性同士の恋愛を清濁併せて描き、それを「結ばれざる恋」「禁忌」としてではなく「幸せになるべき関係」として締め括ったことは革命的であると思いますし、介錯先生を始めとしたスタッフ皆さんの勇気に賞賛を贈らずにはいられません。『水星の魔女』のような作品も、先人たちが切り拓いた道の上に生まれてきたものではないかと思います。

 しかし、逆説的ですが、同性愛が自然なものとして社会に受容される環境では『神無月の巫女』という作品は生まれてこなかっただろうとも思います。 

 いや、だってもし千歌音が自分の感情に正直に行動したら、姫子に超絶猛アタックして、姫子が「自分は愛されない人間」とか思う暇もなくグイグイ行くに決まってる。周囲の人間はやっかむかもしれないけど、宮様が殺意の波動を込めた視線で全て黙らせてくれるでしょう。千歌音と姫子が恋人になってハッピーエンドじゃん。
 それでも、やはりソウマは可哀想なのですが……というか、そうなると乙羽さんのお労しさが尋常ではなくなるな……あれ、ハッピーとは……?
 まあ、千歌音が最後の最後まで姫子に素直な想いを伝えようとしなかった理由は、二人が巫女として殺し合う運命にあるからとか、オロチから姫子を守れないことに無力感を感じていたからとか色々あるのですが。でも、あの矢をミサイルの如く爆発させるあの技を使えるなら、万事解決するような気もしないでもない。ホンマか?

 ともかく。 
 『神無月の巫女』は、同性愛に対する風当たりが存在するという前提で、それを超常的な展開で乗り越える物語でした。
 『姫神の巫女』3巻巻末で、アニメ『神無月の巫女』の脚本を担当された植竹須美男氏が「『神無月の巫女』は昭和の話」と語る様に、同性愛が自然に社会に存在するものとする作品に比べれば、『神無月の巫女』は古い物語と言えるでしょう。

 しかし、現実問題として、同性婚を始め当然の社会的権利が認められず、セクシャルマイノリティに対する差別的な言説が罷り通るこの日本社会で、千歌音が感じていた苦悩を「古い」ものとはとても言えないことも事実です。千歌音が感じた苦しみと同じものを背負っている人々は、今この時も確実に存在しているでしょう。

 『神無月の巫女』は色褪せない魅力を持った作品です。
 私は、揺るぎなくそう信じています。
 しかし、千歌音が持つ苦悩が「色褪せる」時代、「これは同性愛への差別が根強かった古い時代の物語です」と注釈が付けられるような時代が来てほしいとも心の底から願っています。

 『姫神の巫女』を、作者の介錯先生は「古いしきたりや圧力に雁字搦めになっている価値観を砕く物語」と語り、千華音と媛子が因習の支配する島を脱出し、恋人として幸せな社会生活を送る姿を描きました。
 超常の力や、輪廻転生に頼らなくとも、今の社会で幸せに暮らす二人の姿が『神無月の巫女』から15年近く経って見られたことは、とても意義のあることだと思います。

 チカネとヒメコ、二人が二人のままで幸せになれる社会を勝ち取ること、それが『神無月の巫女』に最も報いることなのではないか、と私個人は考えます。

ミオリネは令和の姫子?

⚠️『水星の魔女』10話のネタバレを含みますので、ご注意ください。

 さて、先ほどとだいぶ話が変わりますが、『神無月の巫女』と『水星の魔女』を見て個人的に面白かったのは、「ミオリネと姫子は似ているのではないか」と感じたことです。
 製作者も何もかも違う作品を比べるのもアレですが、オタクは好きなものを好きなものを関連づけてオタク語りしたくなる生き物なのでご容赦ください。

 

ミオリネ・レンブラン
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』 公式HPより

 

スレッタ・マーキュリー
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』公式HPより

 ミオリネは、『水星の魔女』のヒロインです。一話で主人公・スレッタの花嫁ーー婚約者になり、「おかたいのね」と言った人でもあります。舞台となる学園の理事長の娘、容姿端麗で成績優秀、「お姫様」と呼ばれることもあると、こう見ると姫子というより千歌音に近そうですね。
 ただし、彼女は婚約者を親や企業の意向で勝手に決められる立場であり、「お姫様」という呼び名はそんな彼女の状況を揶揄したものです。
 ミオリネは口が悪く、周囲の人間に対してつっけんどんな態度を取ることが多いため、周囲からの評判はあまり良くありません。

 刺々しいミオリネと誰に対しても押しが弱い姫子、とても共通点がある様には見えません。
 しかし、この二人は根底にあるものが共通していると私は考えます。
 それは、「自己価値観の低さ」です。

 前述の通り、姫子は幼少期のトラウマーー実の両親が他界し、養父に虐待された経験から、自分の存在価値に懐疑的になっています。結果、流されやすく、また自分を責めやすい性格に繋がっていると思われます。また、自分が他人に愛される人間だと思ってもいないことから、千歌音からの愛情に鈍感になっています。
 一方、ミオリネは父親から愛情や関心を得られていない(と感じている)ためからか、自分が他人から好感を向けられるという認識が欠落しているように思われます。他人に好かれると思っていないから、他人に期待しないし他人を遠ざける。そんな中で、スレッタという婚約者と出会い、交流を深めることになりますが、自分はスレッタのために自分の利益を放り投げて行動する癖に、自分がスレッタに好意を持たれているとは露ほども考えておらず、結果スレッタとのすれ違いが生まれてしまいます。しかも、そのすれ違いに気づいてすらいません(10話時点)。

 こう見ると、一見正反対な二人が実は似通った人物だと考えられるのでは無いでしょうか。
 20年の時を越えた二人の「姫」が同じ問題を抱えているのは興味深いですね。
 人間は己の人生経験から人格を作り、ゆえに自分の過去に縛られる。社会も価値観も変わっても、それはいつの時代にも人間につきまとう普遍的なテーマの一つということなのかもしれません。
 千歌音は、自分の好意に振り向いてもらえないまま感情を溜め込んでいった結果、覚悟をガン決めて凶行に及んだことはもう言うまでもないことかと思います。
 スレッタは……大丈夫かなぁ……11話と12話が怖いぜ……。

 上でも述べた様に、自己価値観の低い彼女たちに必要なのは、彼女自身の価値を認め、それをはっきりと伝える存在です。アニメ版『神無月の巫女』で姫子に彼女の価値を認識させたのは、ソウマ……ではなくマコトであるのが個人的にはとても面白いと思いますが、とにかく相手の存在を肯定し、相手を受け入れるということを認識させることが必要です。
 つまり、スレッタお前にかかっとるんや!泣いている場合じゃない!ミオリネにキーホルダーを叩きつけろ!やれーいけー!ここままだとレイニー止めかコードギアスか、とにかく碌なことにならんぞ!!

5.おわりに

 さてさて。
 蛇足気味に自分の思いをつらつらと書かせていただきました。
 とにかく私が言いたいのは、『神無月の巫女』『姫神の巫女』はいつまでも輝き続ける作品であるということ、そして『水星の魔女』には『神無月の巫女』のような何十年先でも語られるような伝説の作品になる可能性があるのではないかということです。
 このような素敵な作品たちを世に送り出して下さった方々、そして取り止めのない文章を読んで下さった皆様に心からの感謝を送りつつ、このあたりで締めとさせていただきます。

 『神無月の巫女』よ、永遠たれ……!

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