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年末のご挨拶と、ウォンバットのうんち

 あっという間に今年が終わる。年々はやくなるというが、ほんとうにそのように感じる。思えばクリスマスも年越しも、子どもの頃みたいに特別なものではなくなった。自分の誕生日すらもそうだ。幼いときには毎月29日がくるたびに「あとなんヶ月」とゆびおりかぞえて、いよいよ12月になり、27、28と近づいてくればそわそわと、日付が変わる瞬間をいまかいまかと待ち侘びたものだった。そんな暇なガキだった私も、おとといぬるりと24になった。和菓子とケーキをどっちも食べたが、ろうそくを吹き消したりはせず、吹き消したいともとくに思わず。

 今年はどんな1年だったかな、と年の瀬にはいつも考えるけれど、あれがあったこれがあったと断片が浮かんではくるものの、「こんな1年だった」と結論が出たことはない。毎年いろんなことがあり、毎年まとめようがない、と思う。それじゃあ来年はどんな年にしたいか、と考えてみてもやっぱり、自分で決められる範囲には限界があると思ってあきらめる。結局なにも決まらないまま、あたらしい年がきて、それすらもまた足早に過ぎ去っていく。ほんとうは、何事にも終わりもはじまりもないのかもしれないが、しかしこうやって一区切りをつけられるのはありがたい。もしもこの世に1年という単位がなかったら、とても困る。年が終わりもせず明けもせず、間延びするようにえんえん続いていったらと想像すると、背筋が凍る思いすらする。そんなものはまあ、感じなくていい恐怖だけれど。

 来年こそは、と焦ったりはしないが、友だちができたらいいなと思う。インスタで誕生日を祝い合ったり、定期的にカフェごはん食って談笑したり、純喫茶行って写真撮るような友だち、ではなくて、たとえばそう、ウォンバットのうんちの話ができる友だち。

 ウォンバットは哺乳網双前歯目ウォンバット科ウォンバット属の有袋類で、カピバラとコアラを混ぜたような見た目の動物だ。体長90〜115センチとなかなかでかい。ほとんどの有袋類がそうであるように、オーストラリアに生息している。オーストラリアの動物はどれも特殊でおもしろいが、ウォンバットはとくに愛らしい。掘った穴に顔を突っ込みてっぺきのおしりで天敵を追い返すところなどもかわいいけれど、なによりものすごく人懐こく、野生では5〜6年しか生きないのに飼育下では寿命が2、3倍伸びるという。しばらく休園した動物園のウォンバットが寂しさのあまり鬱になったという話もあるくらいだ。日本の動物園ではいまは2ヶ所しか飼育しているところがないけれど、YouTubeで動画を検索すれば、犬のように飼育員にあまえて膝に乗りたがるウォンバットが見られる。

 そんなウォンバットの最大の特徴、というかなぞは、なんといってもうんちである。彼らのうんちは世界で唯一、四角いかたちをしている。しかし肛門はまるい。どういうこっちゃと立派な大人たちが一生懸命調べたところ、腸の伸縮性が部分によって異なることがわかった。つまりたとえば、左右にはよく伸びるが、上下にはさほど伸びないみたいなこと。そして水をあまり飲まずうんちが乾いているので、そのかたちが固定されるのだという。なぜ四角いのかはわかったが、ではなぜ四角くする必要があるのか。いまのところ、縄張りを示すために転がらないかたちになっているのではと言われているが、ウォンバット自身も四角くしようと思ってしているわけではないだろうから、ほんとうのところはわからない。この研究は2019年にイグノーベル賞を受賞していて、私もいまこれを書くために調べてはじめて知ったけれど、2022年に『ウォンバットのうんちはなぜ四角いのか?』という本も出ている。著者の記事を見つけたので貼っておく。


 あと、ナマケモノの毛の中に生息している蛾の話とかも、したい。これは『昆虫の惑星』という本の、昆虫の寄生の例でちょろっと出てきただけなのだけれど、ナマケモノのなぞ行動のわけを解き明かした衝撃的な話だった。ミツユビナマケモノ(ナマケモノには主にフタユビナマケモノとミツユビナマケモノの2種がいて、みんなが想像するかわいい顔の方がミツユビナマケモノ)は週に1度だけ、うんちをしに地上に降りてくる。そしてだいたいそのとき天敵に襲われて死ぬ。木上からすればいいのに、いったいどうしてそんな命懸けの排便をするのか、長年なぞに思われていたのだが、その理由こそが蛾だったのだ。

 その蛾はナマケモノガと呼ばれており、ナマケモノの毛の中にしか生息していない。そして、ナマケモノのうんちのなかに卵を産み、幼虫は生まれた家を食料とする。つまり蛾に卵を産ませ、そして幼虫から羽化した蛾を迎えにいくため、ナマケモノは地上に降りてくるのである。さながらタクシー。なぜそんなに蛾に尽くすのか、というと、この蛾がナマケモノの毛の中に藻を育てるらしい。普段葉っぱなど栄養のないものを食べ、その代わり極力動かずエネルギーを消費しないという生存戦略をとっているナマケモノには、この藻の栄養がとてもありがたいそうだ。フタユビナマケモノの方はくだものも食べるので、蛾と共生関係にあるのはより怠けているミツユビナマケモノだけのようである。緑色を取り入れることで天敵の目を誤魔化すのにも役立つとか、蛾たちの方が先に敵を見つけてサワサワと歩き回ることでセンサーの役割をしている、なんて仮説もあっておもしろい。

 こういう話をしょうがなく聞いてくれる人はいても、興味を持ってくれる人は少ない。多くの人はなんの得にもならないこんな話より、自慢話とか腹の探り合いとか、ひたすらに共感し合ったり褒め合ったりする方を好む。私はそれより、ウォンバットのうんちの話がしたい。いや、うんちの話がしたいわけではない。というかなにも動物の話でなくていいのだが、すでに知ってるものより知らないものについて話したい。みんなわかる話ばかりしたがる。私はわからない話がしたいのに。もっと言えば、私よりずっといろんなことに詳しい人に、たくさんあたらしいことを教えてもらいたいのに。でもそんな人は、さらにもっと詳しい人と話したいだろうから、私たちは永遠に出会えない。しかし幸い会えなくても話は聞けるので、来年も私の友だちは、彼らが書いた本になりそうだ。

 大晦日にうんちの話をしてしまいましたが、今年もあとすこしで終わり。なんの得にもならない私の話を、楽しく読んでくれているみなさま、いつもありがとうございます。1月からもなるべく毎月更新します。出演した『すべての夜を思いだす』という映画も3月に公開されます。そんなわけで、2024年もどうぞよろしくお願いします!よいお年をお迎えください。

2023.12.31

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