さがす


行きつけのカフェに行こうとショッピングモールの階段を上っていた。
終盤に差し掛かったところに小さな子がいた。
小学校1年生か、もっと小さいくらい。
ポニーテールで、首から白くて音のなるものをぶら下げていて、鼻を出した状態でマスクをしていた。彼女は平然と階段を下る。
私は少し彼女を見た。
階段の端と端ですれ違った。

階段を上り切った。少し歩いてカフェに向かっていると、お母さんがいた。「お母さん」と言っても私の母ではなく、さっき会った幼子のお母さんだ。あまりにも顔が似ていて一目で親子と分かった。お母さんもマスクをしていて、鼻から下は見えないのだが、まごう事なく母親だった。
お母さんは何かを探すようにあたりを見回していた。右手には小さなピンク色のリュックをぶら下げて。
私は勘づいた。階段を降りて行ったあの子を探しているのだ。
お母さんはその子の名前を呼びながら、あたりをうろうろしている。
そうだ、お母さんにあの子の居場所を伝えよう。声を掛けなければ。私は咄嗟にそう思って駆け寄ろうとしたが、待てよ。あれ、今上ってきた階段ってどこだったか。いや、ない。
これでは、お母さんに声を掛けたところで「あの、娘さん、僕が上ってきた階段ですれ違いましたよ」というふわっとした手掛かりの少ない情報しか渡してあげることができない。
私はすぐに件の階段を探した。ない。

お母さんうろうろ。私もうろうろ。うろうろ。歯医者と学童施設の間の狭い通路。違う。トイレに繋がる廊下。違う。あれ、どこから来たんだ、どうした。

そして振り返ると、いつの間にか母娘は手を繋いで笑顔で歩いていた。

良かった、見つかった。
お母さんは安堵の表情。
ウチダも安堵の表情。

行きつけの場所なのに、わからなくなった道。自分で自分に苦笑。

胸を撫で下ろし、カフェでココアを注文。
「d払いで」と言ったら全然声が出ず、店員さんが耳を突き出した。

苦さを飲み込んだ喉に流れるココアは甘く、温もりをくれた。

私はまだ、階段の場所を思い出せずにいる。

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